|
『 内観、そして感謝へと。 』〜第41章〜
しっかりしなくちゃ、と思っていた。前へ前へ笑顔で進もう!と思っていた。たくさんの人が支えてくれてるんだから、私はいつも見本のような輝く人でありたいと願った。。。
泣くことも、怒ることも、子供じみて大人げないと、いつも冷静でいるよう自分の中の自分が語り続けた。でもそんなの全然かっこよくないや。
泣くだけ泣いて、笑うだけ笑い、怒りたければ怒ればヨカッタのに、自分の感情に蓋をすることが大人だと思い込んでいたなんて、ちょっぴりおバカちゃんだったなと、今なら分かる。人間だもの、バイオリズムによって笑えない日もあるさ、イライラする日もあるさ。それを隠し過ぎることに何の意味があるのだろう。誰かに八つ当たりするのは問題外だけど、茶目っけたっぷりに「今日はなんかダメだっ!o(>.<)oゴメン!」って宣言しちゃえばいいのかも。それをネタにして笑いの一つでも取れば最高なんだけど、まだまだ未熟モノ。無理笑いせず泣くだけ泣いて怒ったら、すぐに忘れて笑えばよかったのに。
人の気持ちが分かり過ぎて、ちょっぴり辛くなることがある。誰も犠牲にしたくなくて、全く前に進めなくなる。それは優しいからだよって言うのは違う。それは、私の弱さ。誰かを悲しませる瞬間に携わわるのが嫌だった。だから、強くなりたかった。
その時、強さを得ることが、きっと私の修行だろう。そしてその問題を乗り越えるのは、相手の修行。それぞれの修行なんだと思えたら、ずっと楽になった。
「人はみな支え合って生きてる」の意味は、「修行をし合うため出会ってる」という事なのかも知れないな。前世から乗り越えるべきカルマを今世で引き継ぎ乗り越える努力をする---‘修行’。そういう理由で出会った有り難い「あなた」なのかも知れない。
ありがとう。出会ってくれて。一緒に修行してくれて、ありがとう。きっと一緒に超えてゆこう。
midori,a 〜2004年8月 〜
『言の葉カード』より
|