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『 経 験 。 』〜第42章〜
近頃の打ち合わせでは、お仕事の話からだんだん「お悩み相談室」へと移行する事が多い。年齢も幅広く、私の親の年齢の方からもご相談を受ける事がある。
その時に思うのは『人生って、生きて来た年齢ではなく、“どう生きたか”なんだなぁ』という事だ。20代前半の女性でも疲れきってしまっている人はいるし、60を過ぎても溌溂としている人もいる。でも30才を過ぎても、10代の女性と悩みの本質が全く変わらない人も、とても多いように思う。経験値と比例しているのだろう。
経験とは、“未来に選択を迫られた時に正確な判断が出来るための材料”だと私は思っている。良いことも悪いことも、一度経験すればニ度目にそれをするかどうか考える事の出来る、有り難い材料が「経験」---だと思っている。
しかし、経験値が高いからと言ってただやみくもに経験すればいいということではない。その経験の最中でさえ、意味を持たなければ意味がない。
この経験をしたことで、何を学べ何を気付けたか、自分なりに解析・分析してみなければ、次回に生かすことが出来ない。
もちろん「やるだけ無駄
だったな〜f(--;」という経験も、アリだろう。 しかし、経験の最中にもそのことを意識して取り組むだけで、少ない回数で、より正確な結論の出せる「選択」が出来るのではないかとも思う。
“
一度目の経験”を、どんどんしてみる。初めてだから出来なくて当然だし、未熟でも構わない。
でもニ度目になれば、その経験が良いものか悪いものか判断できるだろうし、似たような経験なら、するかしないか経験せずとも判断できる。無駄
がない。(「○○をしようと思うんですが、どう思いますか?」というご相談が多いが、それはやってみなければ分からないし、私がやった経験と、相談者がする経験では全く異なるので判断しかねます。したいならすればいいし、迷うならすればいい(!?)し、したくない理由がないなら経験ということでやるのもいいのではないかと思うけれど、結局は自分がその経験をどう生かすか・どう意味を持たせるかでしかないと思っています。)
「人生に無駄なことなど何一つない」という言葉が好きで、昔はよく使っていたが、今は「無駄
なことを何一つ創らないぞ!」という意志を持って生きてる人にこそ、当てはまる言葉だと思うようになった。
より多くの経験から学んだ気付きでもって、一つの経験から次(未来)の経験を選択する。一生懸命少ない判断材料から学び取ろうとする意志を持ったその経験は、大難を小難へと転じ、小難をハッピーに転じてくれる。
無駄なことは何一つ創らない!無駄
であっても無駄にしない!と思える人なら、どんな経験も財産だ。 お金も資格も一切必要ないこの思考。未来の選択が、「全部良くて迷ってしまう〜♪o(*^o^*)o」と思えるような、そんな経験を、経験をしていこうと思う。
midori,a 〜2004年8月〜
松下寿電子工業(株) Picture
Stage『言の葉カード』より
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