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誰かにイヤな事を言われたり、辛く当たられた時、思い当たることがなければ私はいつも考える。
「これは、ちょっと先の私の未来を考えてくれた天使のような存在が『今、気を付けておかないもっとややこしいことになるよ。思い当たることがないなら、いつも以上に
周りに感謝しておきなよ。思い当たることがあるなら、言葉で、心で、ごめんなさいを言って反省したら?そしてどうすればよかったか考えてみるいい機会をくれたんだよ』と言ってくれてるんだ」って。
時々、自分に起こったイヤな出来事を誰かや何かのせいにして「あの人が悪い」「社会が悪い」って言ったりしてるのを見るけど、自分の周りに起こる出来事は全部自分の鏡だから、『自分が悪いからこういう事を引き寄せた』ってことを宣伝して回っていることに気付かないことは、残念だなーと思ったりする。これはちょっと深いから難しいけれど。
とはいえ、私も最近ちょっと面
倒臭い事に巻き込まれ、その人やその会社について不信感を抱いて友達に愚痴ってしまったばかり。今思うと恥ずかしかったなあ。自分が同じ精神レベルになっている事を周りに吹聴したようなもんだもの。。(--;
良い学びにはなったと思う。
「不信感を募らせる喋り方はこういうことなのだ」とか「いくらいい商品だからといって、強引に押しても心は引くばかりだ」という事がとてもリアルに分かった。もちろん、人としてそういう事は幼少の頃から気を付けていた方なので(人以上に傷付きやすかったから人がイヤな気分になっているのでは?という事を敏感に察知し過ぎた)「仕事というより、人としてどうなんだ?!」と考える良い機会にはなった。
というか学びだと思わなくちゃやってられーん!(*へ*)感じといいましょうか・・・。
いや、そういう事でいいと思う。嫌なことが一つあったら、「これをどう学びや気付きとして自分に折り合いをつけられるか」。それを癖付ける一つのアイテムとして考えたらいいと思う。特にマイナスの出来事については。
そして、それが最終的には「私に学びや気付きを与えてくれてありがとう!心から感謝します!w(^o^)w」と思えたら最高よねー。でも実際、
そんな感じでいいんじゃないかと思う。
それによりマイナスな要素はすべて「勉強」って事で折り合いがつくし、今度マイナスがやって来ても特別
怯えることなく対処出来るようになったりもすると思うもの。
人生は、壁があると思った瞬間に壁の存在に震えるし、壁ではないただの「出来事の一つ」と認識しちゃえば、ただのできごとのひとつ
なのだから。
怒りを我慢せよ、とかそういうのではなくて、もしも理不尽なことがあればちゃんと言うべきだし、伝える術を持っているのだから訴えるべきだと思う。でもやみくもに悩んだり心を閉ざしたりするんじゃなく、自分に折り合いをつける癖付けをするのは大切だし、慣れたらフツーの日々の中に埋もれるほど、当たり前にできるようになるから、「私の人生あんまり嫌なことないなあ」という状況になるのだと思う。実際、そういう人が身近にいるけど、そんな感じだもの。飄々としてとってもスマート。(^^)やっぱりそういう人はそれも鏡で「いいことを引き寄せている」のだと思う。
さぁ2006年!「ありがとう」ではじまる1年にしたから、きっと今年もいい年になるなあ♪
midori,a 〜2006.1〜
『言の葉カードカレンダー1.2月』より
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