空の青
11
こういうのを何と言うんだっけ?
そうだ、ムントテラピー。
確か、ドイツ語だったよな。
Mundtherapie―――療法説明。
「mundは口でtherapieは療法。だからって、口を使って治療するわけじゃないけどね」
何件目かの病院で、若い先生が笑えない冗談を飛ばしてたっけ。
けどそんなことを思い出すように、橋田の舌は丁寧に俺の口腔をゆっくりと動きまわり粘膜を探る。
―――コレは、キス、だよな。
酸素が足りなくなった頭で考えることは奇妙だ。
「……ふっ…」
息が上がって、俺の鼻から空気が漏れた。
橋田は耳を指先で弄りながら、俺の上から身体を浮かせた。
上から見下ろす瞳。
真っ直ぐに見つめる視線。
音も無く動くくちびる。
―――苦しいか?
だから俺もくちびるだけで返す。
―――いいや……。
少し微笑んだ橋田の口元に、白い歯が見える。それがそっと下りて来て、耳朶を噛まれた。
甘い痺れが全身に広がる。
何時の間にか俺の横に身体を落とした橋田は、左手でパジャマを引き下げようとしていた。
「あっ、やっ・……」
思わず身を捩って橋田を押しやろうとすると、いとも簡単に片手で俺の両手首を掴んで頭の上に固定してしまう。
そのまま暴れると、肘で橋田をヒットしそうだ。
一瞬躊躇した隙に、橋田は空いた手と足を使って俺から下着まで剥ぎ取る。
俺自身を大きな掌で覆われるのと、乳首に歯を立てられたのはほとんど同時だった。
まだ軟らかいそれをそっと慈しむように掌に収め、優しく揉む。
時折、鼠蹊部を指で押されると後ろの穴がひくひくと蠢く。そんな自分の身体に、かっと頬が熱くなった。
「おまえ、綺麗な眼をしてる……」
何時の間にか首を伝い上がって、橋田が耳に囁く。体躯に似合って低い硬質の声。
湿った舌がぺろりと耳朶を舐め、橋田の顔が俺の目の前に移動した。ずん、と腰が重くなり胸が弓なりに浮く。
でも、掌は硬くなった俺自身をそのまま揉みしだいて、スリットに指を這わせている。
透明な液が滲み出したそこに人差し指を当て、ぬるぬると滑らせる。
「…い…やっ、アオ……」
腰を浮かせて口走った俺の顔を見つめ、橋田は再びゆっくりとくちびるを落としてきた。
それが右眼の真上で、俺は瞳を吸われるのかと思わず瞼を閉じる。
―――本当は、眼、そんなに悪くないんだろう?
―――そうだよ。目の前に、視界を遮る何かが欲しかっただけだ……でも、眼に映るのがアオなら……。
橋田は押さえていた手首を離し、あやすように俺の掌を撫でた。
その動きは『怖くないから、抵抗しないで……』と囁いている様で、俺は腕の力を抜く。
そして、橋田の頭に右手を差し伸べ髪を梳き、再びくちびるを咬み合せる。
橋田は、ペニスを摩っていた手を外すとざっとシーツで拭い、力なくベッドに置いた俺の左手に指を絡ませた。
潰さないように気を付けながら俺の上に被さり、橋田と俺のそそり立ったモノを重ね合わせた。
熱く滾った大きな塊。
それで擦られると俺自身がびくびくと跳ねる。
橋田は少しづつ下に移動しながら、乳首を転がし臍を吸う。
そうして目当てのモノまで辿り着くと俺の膝を割って身体を沈め、止める間もなく口に含んだ。
俺は反射的に上半身を起こし、その余りに刺激的な橋田の姿に眼を眇めた。
アオのくちびるは根本まで俺を咥え、信じられないほど気持ちがいい。
湿った口腔。
絡み付く舌。
尖った乳首を弾く指。
扱きたてるくちびる。
もう堪らなかった。
「あっ」
身体を走った衝撃に、掠れた高い声を上げ、一気に落ちる。
びくっ、びくっと震えながら白いモノを吐き出すペニスを咥えたまま、橋田は袋まで揉みしだき吸い上げ、そして掌に吐き出した。俺は瞼をぴくぴくと痙攣させ、脱力してベッドに沈む。その俺の腰を持ち上げて自分の膝に浅く乗せ、橋田はゆっくりと指で後ろをなぞり始める。
「…あっ…な、に……?」
予感はあった。あったけれど、怖かった。
「緩めとかないと、きついから」
そう言う橋田の息は、軽く弾んでいる。
ようやく首だけ動かして下を見ると、ぴくっ、ぴくっと動いている橋田のモノが信じられない程大きくなっていた。
肘で上半身を起こし、何か言おうとして口を開けたのと橋田の指が挿入ってきたのは、殆ど同じだったと思う。
その指が、俺の吐き出した精液を送り込むようにぐるりと回され、その瞬間、俺は雷にでも打たれたようにベッドに倒れた。
「よかった、…あったか」
切羽詰った橋田の声。そして、指はそこをぐっと押す。
途端に果てたばかりの俺のペニスが、むくっと頭を上げた。
―――みんながみんな、イイ訳じゃないらしいから……。
呟きながら、橋田は指を動かし二本目を入れようとしていた。
「まって! あ、・…アオ、・…な、にこれ・……ああっ」
「きつっ…頼むっ…各務、…力、抜、いて」
三本目の指と、ぐちゃっぐちゃっ、と言う響き。
―――だいぶ、緩くなった?
疑問型の橋田の声が聞こえた。中に入れている指の付け根に、別の何かを宛がわれる。
呼吸が速くなった。
ずるっと指が抜け、代わりに塊が入り込む。
めりっ。
音がしたような気がした。
俺は、本能的に逃げようと必死で身体を動かす。
「まって、各務…」
その腰をがっちり掴んで、橋田が侵入してくる。
「だ…め、だ。…ああ、ア、ォ…」
俺は、いやいやをするように首を振る。しかし、橋田はなおも身体を進め―――そして、そこに当った。
全身がスパークしたような、理由の判らない感覚。
総ての血液が沸騰して、かっと身体が熱くなった。
一瞬力が抜けた隙に、橋田が激しい注挿入を開始する。
俺は、まるでサンドバックのように揺さぶられ、呼吸が大きく深くなる。
そして、ある一点を通り越したとき、段々と指先が冷たくなった。
「各務、心臓が……」
橋田が泣きそうな声で言った。そう、ドーンと鳴った心臓が暴走を始めたのだ。
まずい、発作だ!
―――頼む、もっと呼吸を抑えて。
橋田が、声を震わせる。しかし、動きは止めない。
俺の目の前が、白く霞み始めた。
「カガミ……」
覆い被さった橋田が、俺のくちびるを塞いだ。
大きく口を開け、人工呼吸に似た呼気の遣り取り。
橋田は激しく腰を使いながら、でも息だけはゆっくりと吐き出し、吸う。
遠のいた意識が戻って、俺の中で暴れる橋田自身がいっそうリアルに感じられる。
「うっ」
重ね合わせたくちびるの隙間から、橋田の声が漏れた。
俺の身体の奥で何かが大きく弾け、衝撃で顎が上がる。
橋田の顔がふわっと離れ、微かに身震いしてから俺の上に崩れ落ちた。
そのままの姿勢でどれだけ時が流れたのか―――血流の戻った暖かい指先に、橋田がそっとくちづける。
俺は、一度口角を上げ、橋田に向って微笑んでから意識を手放した。