空の青


12

遠くの方で違和感があり、霞んだ意識を呼び覚ます。はっきりしなかった鈍痛は覚醒と共に露になり、と同時に下半身の疼痛を認識した。気を失っていたのは、多分5分も無かったはずだ。眼を開けた時、さっきと寸分変わらない橋田の顔が眼の前にあった。汗で額に張り付いた前髪。ひどく優しく見つめる瞳。
「…わるい。辛かったか?」
耳に届いた声は、『本当に橋田か?』と思うほど、甘く掠れている。
首を横に振り、その身動ぎで俺の両膝の間に身体を入れた橋田のそれが、まだ中にいることに気が付いた。
穿ったまま、さすがに力を無くしているが……。
「いや…だい、じょう……」
俺は、声帯を震わせて応え―――その瞬間、ざわり、と襞が蠢いた。
「あっ……」
橋田が眉を顰める。
―――おまえの中、よすぎっ。
橋田は、囁くような声で抗議した。
そんなことを言われても、俺にはどうすることも出来ない。
ぐんと大きさを増した橋田のそれに吸い付いた襞は、中に送るような蠕動を始めた。
「くっ…カガミ…」
奥歯を食いしばった橋田が、両腕で身体を支え上半身を起す。
そうして、繋がった部分をゆっくりと回すように動かした。
「あああっ・……」
俺は、思わず腰を浮かせた。そこが、トロトロに溶けそうだ。
微かな鈍痛は、蕩けて甘い香を放つ快感の下に沈んでもうどこにあるのかも分からない。
俺は、膝を立てたまま橋田に両手を差し伸べる。
「もっ、と…そばに、き…」
橋田の身体がぷるっと震えた。中の橋田がさらに硬さを増し、俺を一杯に満たす。
そうして俺の太腿を抱えると、一番感じる場所を突き始めた。
浅く速く、大きく深く。
ぐしゅっ。
橋田がそこを刺激するたび湿った音がする。
項垂れていた俺のペニスも首をもたげ、零れる声は嬌声にしか聞こえない。
―――各務……。
再び上半身を屈め、俺に覆い被さる橋田に呼ばれる。
くちびるからちろっと舌を覗かせた橋田の顔が下りて来て、俺も舌を差出し絡ませる。
ぬるぬると絡ませては解き、大きく口を開けて咬み合う。
熱くなった腰の痺れが、少しずつ身体に広がり―――俺は、快感の海に漂う。
満ちていく潮に乗って、指先までも蕩けそうだ。
―――カガミ…いっしょに……。
そんな囁きと、大きなうねりが同時に起きた。
瞼に透けた閃光と身体の奥の衝撃が重なり、俺は橋田を引き絞る。
俺の腹に熱い飛沫がかかる。
拍動するそこは橋田自身を咥え、『もっと奥まで』と誘い込んででもいるように、いつまでもひくひくと蠢いていた。




ぽたん……。
額に水滴が当った。
「……ん?」
「あ、わるい。起したか」
月明りが差し込む部屋で窓を開け放ち、橋田はバスタオルで濡れた頭を拭いていた。
「いや、いい……。橋田、シャワー浴びたのか?」
「ああ。おまえも行ってくれば。シーツ、換えとくから」
そう言われて薄暗がりに眼を凝らすと、シーツがすごいことになっていた。タオルケットも。
(これは、言われるままにしておいたほうが良さそうだ)
素直に立ち上がり、腰と下腹部、それにあそこがズキンと痛んでそのままの姿勢で固まる。
一瞬、眼の裏がちかちかして倒れそうになった俺を、橋田がはしっと支えた。
「大丈夫か?」
心配そうに覗き込む橋田の瞳。
それが何だか気恥ずかしくて、反射的に「大丈夫」と手を振り解き、急いで浴室に飛び込んだ。
止めていた呼吸を大きく吐き、鏡に自分の身体を映して見る。
あちこちに散った朱。浅い歯型。
何だ? これは。橋田には、噛み癖でもあるんだろうか。
あそこもそっと触ってみる。指に血液は付着しない。多分、傷はないのだろう。でも、どうしておけばいいのか……。
シャワーを浴びた俺は、取り敢えず傷用の軟膏を塗り寝室に戻った。

「先にやってる」
畳に座り込んだ橋田が、ビールの缶を軽く持ち上げた。
一瞬、俺はdéjàvuかと眼を瞬かせる。
数時間前と同じシチュエーション。
それとも、あれは夢だったんだろうか?
「何突っ立ってんだ? やっぱ、どっか……」
橋田が立ち上がりそうな素振りをしたので、俺はそのまま横に座って橋田のビールを取り上げ喉に流し込む。
そして、自分に言い聞かせる。
夢じゃない―――俺は、アオとしたんだ。
ビールを飲み終わるのを待って、橋田は背中からそっと腕を回し、俺を抱き締めた。だらりと伸ばした指先に触れるシーツは、ぱりっと乾いている。自分で言った通り、シャワーを浴びているうちに替えてくれたらしい。
「おまえ、初めてだったのか?」
戸惑いを含んだ声音。
「そうだよ」
―――あんまり感度がいいから、さ。
それはそうだ、相手がアオだったから。
随分な言い草なのに、腹も立たない。思わず口角を上げて、俺を羽交い絞めしている腕を掴んだ。
瑞々しく張り詰めた皮膚。弾力のある筋肉。

ふっと、眼の前を小さな光が横切った。

視線を移すと、ふわふわと宙を流れるような光の瞬きが群れをなしている。
「―――蛍だ」
「ああ、……綺麗だな」
橋田も、同じく川面に眼をやり、微笑んだ。
「なあ、橋田」
「うん?」
「この川に蛍が居なくなったら、それはまず間違いなく大学のせいだろうな」
「そうか?」
「ああ、……どんな装置を付けても、流れ出る化学物質を完全には浄化出来ないだろう?」
そうしたら、この夢のような光景は俺と橋田の中にだけ、存在することになる。
橋田は、「……そうかもな」と呟き、俺を懐にすっぽりと抱きこんだ。
俺たちは、そのまま黙って乱舞する小さな光を見つめ続ける。
「おまえ、卒業したらどうするんだ?」
暫らくして、橋田が遠くを見たまま口を開いた。
「そのまま、院に進む」
「再来年?」
「多分」
卒業に必要な単位は、来年までに全部取れるはずだから。
「院に進んで、それから?」
「ドクター・コースに行くと思う」
俺に回した腕の力が少し強くなった。
俺の髪に押し付けた橋田のくちびるが、もう一度「そうか」と動いて肩に下り、小さく「好きだよ」と囁く。
「俺もだ」と返して、俺は橋田に身体を預けた。橋田の言葉は本当なのだろう……今は。
けれど、俺は知っている。
バランス感覚があって、爽やかで好青年の顔をした老人のアオを。
明日になったら、ごく普通の成功を目指して進んでいくアオを。
「十年たったら、各務は何をしている?」
「そうだな、そろそろ拠点を海外に移して華々しい活躍をしているかも」
―――だったら、俺は大手に入っておまえを引き抜きに来るよ。『わが社に是非!』ってさ。
俺たちは、声を殺して笑う。
橋田の笑う振動が、俺の背中を伝って心を振るわせる。

―――おまえが迎えに来たら、どんなにか仕合せだろう――アオ。

でも、その言葉がくちびるから発せられるとはなかった。





to be continued

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