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【心のディテイル】本心の真正面で捉える人、逃げる人
人間がわからないもののひとつに、自分の心というものがある。わかっていそうでわかっていないもの、それが自分の心ではないだろうか。人は多くに、他人の過ちや間違いを見て取ると、それを批難し、その過ちを許しがたいものだと感じてしまう。それを見過ごすことは正義ではないと感じ、その過ちを犯した者を容易くも糾弾する。そのとき、自分の心が正しいのだと確信する者は、それを支持する賛同者を求める。賛同者を得ることで、自分の心の正しさを誰かに保障してもらうためにである。だが、何かがおかしい。自分の心が正しいのだと確信があるのならば、どうしてそれを誰かに保障してもらわねばならないのか。それは自分の心に不安があるということではないのか。自信がない、ということではないのか。もし、そうでないのならば、誰の賛同を得ずとも、独り孤高にそのことを見て取り、意味を知り、己のどてっぱらに収めていればいいのではないのだろうか。誰に知られることなく、ただわかり、耳と眼を閉じ口をつぐんで、自分の歩むべき道をただただまっすぐに見て、悠然と進めばいいのではないだろうか。自分の心を知らぬ者のみが、不安に駆られ、それと知らずに己の醜態を晒しながら、大道の娑婆で未だ右往左往している。
心にも内と外がある。心はひとつではない。それがわからない人は、それをひとつだと見ている。簡単な言葉で表現するならば、それは”本心”と”建前”である。そして人間の吐く言葉とは、それを表現するための”筆”に過ぎない。その意味がわからない人が、その筆にばかり拘って、大事な心を見逃す。そしてその心という常に変化するものの刹那一瞬の姿のみを捕まえて、それが変化することさえも拒もうとしてしまう。ずっと固定していたいのだ。固定していないと、その人には意味が取れないからなのだ。変わってもらっては困るのだろう。しかしそれは我儘というものだ。自分の心が固定しているからといって、周囲の者の心までそれに合わせさせようというのは、余りにも傍迷惑なことでしかない。しかし、このような微妙なことは、この現代にあっても、未だに明確には認知されていない世界のことであるために、人は未だ迷い続けているといっても過言ではないのだろう。その様は、さしずめ”マーブル状態”といっていい。心の硬い人々と、心の柔らかな人々が、同じ世界の中に混ざり合っているのだ。どちらもが確かにある。あるのだから、仕方がない。
強く固定した心もまた、ある種の引力を持っている。共鳴力を持っている。近づくものに影響を与え、同じくに硬く変化させてしまう力を持っている。感化力がある。その上、こちらの力には保存力もまた強いのだ。即ち、記録がしやすいのだ。言語化して明記することが容易いのである。それは蓄積した後に、知識と呼ばれ、それが集まり概念というものを形成し、やがて常識と呼ばれる雛形の如き、情報認識から判断までの決められたパターンを人の心に定着化させてしまう強力な力をも持っている。この磁力は相当なものである。一度ハマルとなかなか抜け出せない蟻地獄のようなものである。しかも、ハマっているときには、自分がそれにハマっていること自体にも気づけない。それは競走馬が横の視界が見えないようなマスクを付けられているが、まさにあのような状態である。しかし、一度その固定化されたマスクが外れると、物事とはもっと柔軟で多様な理解の仕方が存在していたのだと、当たり前のように認識ができるようになるのである。そのとき初めて、それまでの自分が非常に狭い世界の中に閉ざされていたのだと知ることになる。
柔軟で開かれた心も、共鳴力も感化力も持っている。しかし残念なことに、その影響力はそれほど強力なものではない。否、影響力は本当は凄まじいのだが、見えないのだ。つまり、感覚では捉えられない。故にハッキリと姿が見えない。触れるような確かな実体がそこにないのだ。だが、実体がないから何もないのではなく、そうしたものがある。だがらそれは効果としては現れる。逆にいえば、効果によってしか見ることができないともいえる。効果が現れるそのとき、それは確かに凄まじい影響力を発揮してそこに存在している。確認することが出来る。しかしそれを既成のディテイルで追おうとすれば、跡形もなく消えてしまう。その力の本質がディテイルとはまったく異質の世界にあるものだからだ。再現しようとして、型やパターンでそれに迫ろうとしたとき、それとはまったくの逆方向に進んでいってしまうのだ。外側ではない。内に内にと入って行くということは、外側が段々になくなっていくことと同じであり、やがてはすべての境界線が消えてなくなるということに他ならない。それは何もない、ということ。何もしない、ということに他ならない。
もうひとつ大事だと思うことは、そもそも人間というものが完璧ではなく、常に過ちを犯してしまう可能性を持つ生き物だということを、肯定的に捉えることができるか、或いはそれを否定的に捉えているか、ということだと思うのである。人はとかく、自分の過ちにはどこまででも寛容ではあるが、一方で、他人の過ちに対してはそれほどには寛容ではない。誰にでもあることだ。なのに、厳格で人に厳しい人が確かにいるというのは、それは余程、普段から自分にも厳しい規律を課しているような立派な人物か、自分のことなどまるで少しも顧みることのできない人物かのどちらかになるのだろう。だが果たして、生涯一度の過ちも犯さずに一生を無事に終える立派な人などこの世にいるのだろうか。多分、いるのだろうな。だからこれほど、他人の揚げ足を取る人たちが世の中には大勢いるのだろうから。しかし、大事なのは他人ではなく自分のことである。自分の心である。少なくとも、自分にとって大事なことをこれから探っていこうというときに、何をするにせよ他人がどうしたああしたといってばかりいたのでは何も自分が進む筈がない。その自分というものが、まず過ちを犯す不完全な人間であるという事実を肯定する。それが何よりも先決であるのだと思う。それさえできれば、後はまっすぐに前進していくしかない。そうすれば、眼を瞑っていてもきっと上手く前進しているのに違いないのだから...。いつまでも過ちばかりではいけないけれども...。

「なあ石ちゃん、俺達この街ではちょっくら浮いてねえかい?」「そ、そうっすね。」 「だけどよう、どんなに街が変わってもよ、俺達は俺達の道をゆっくりと歩いていこうぜ。」 |
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【在東京リアリズム雑感】そこに住む人々の気がその環境に”見えざる場”を形成している
私のような九州の田舎者からすれば、東京という響きは、何か凄い最先端の場所で、人々の夢が詰まったエネルギッシュで眩しい、華やかな場所というイメージがあった。勿論、様々な東京という響きにまつわるそれをテーマにした多くのアーティストらによる作品や、楽曲、著作物などから受けてきた先入観、つまりは私個人の中にある都会コンプレックスのようなものはあったことだとは思う。しかし、実際に東京に来てみて直ぐに感じたことは、意外にも”リアルな普通さ”の方だった。まあ、当たり前といえば、当たり前なのだろうが、殊更それを強く感じた理由は、”むしろ、これじゃ、博多の方がよっぽど都会っぽいじゃないか!”という印象をそこに強烈に感じたからだった。確かにそう感じたことが、その不思議な思いを私に抱かせた原因だった。(殆ど観光をしなかったことを差っ引いても、やはりそれは同じく感じたように思う。)
むしろ普通の空気感があるリアルな東京。
逆に都会らしさという匂いのプンプンする博多。
なるほどと思った。つまりこういうことだろう、福岡という街は、九州でいえば大都会ではある。しかし、そこに住む人々の心には、ご多分に漏れず私がそうであったように、常に”九州では..ね”という但し書きが付く劣等感みたいなものがその根底にあるのではないか。そうした人々の想念の集合体が、殊更、福岡の街を都会らしく装い、それらしく魅せているのではないだろうかと思った。それとは逆に、東京の人々には、そうした構えた意識も、劣等感も無く、むしろどこかしら方々から集まった雑種の民というような、冷めた心をどこか共有していて、偏った劣等感がない分、より空気がフラットな感じを受けたのではないだろうかと思っている。想念が街を作っている。それを感じた。
元より人間、個人個人には想念というものがあり、人がそれを意識するしないに関わらず、人が集合している場所には自ずと、そこ特有の場が形成されている。空気というか、無言のルールというか、そのようなものである。たとえば、電車の密閉された空間内などにおいては、その車両ごとに特有の場が形成される。すぐとなりの車両とはまったく異なるその車両特有の場が、それぞれに形成されるのだ。その場には、そこにいる人々の一見バラバラな想念が、無意識な共有というか、ある種の不可抗力による複雑な関係性を勝手に構築し始め、自然のうちに場が形成されてしまう。極端な例をいえば、不良が多い車両では優等生が肩身の狭い思いをし、優等生が多く乗る車両内では不良が所在なさげにしていなければならなくなる。といったことである。その空間を共有する人々の想念が、自然にその場の空気を形成するのだ。と、ここまでは自然形成場のことである。
そして、上記とはまた別の意味であるが、何の世界であれカリスマなどと呼ばれる人物がいる。良くも悪くもそうした人物に共通していえることは、ある特定の場の空気を、一瞬にして、或いは、ジワジワと、自分の発する強烈な影響力で、能動的に統一してしまう能力に長じているという点である。それは、場を支配する、場を変えてしまう”気”だといってもいい。そうしたものは確かにある。別段に不思議なものではない、ときにそれは”魅力”と呼ばれたり、”素敵な雰囲気”或いは”オーラがある”などと呼ばれることもある。その人物が醸し出す”何か”である。カリスマなどと呼ばれるスターなどは、確実にそうした”何か”を出すための自分の中にあるスイッチの在処を知っている。そして楽屋から出るときには、そのスイッチをオンにしているのだ。そうしたときに、そのスイッチをオフのままステージに上ってしまうのは、まだ新人の駆け出し小僧たちである。何の世界であれ、一流のスポーツ選手などにも、共通してそうしたものは感じられる。近寄りがたい雰囲気。強烈な個性。溢れ出る自信。そんなものが、そんなものを持たない人々を魅了してしまうのだろう。相手を呑む。揺るぎない”何か”を発することで...。
いずれにしても、そうしたものは即席では無理で、一夜にしては作れないものではあるだろう。そういうものをある種の人々は、血の滲む様な過酷な試練の果てに、自然と掴み取るのだろうし、人が寝ているようなときにも、努力を怠らなかったというような経験を経た、自信などが育むのかもしれない。と、まあ、こういっておいた方が、世間的には無難になるのだろうが、やはりいわねばならぬことは、一部にはどうしても、こうしたことを悪用する邪悪なる一群もあるということである。それがいわゆる霊感商法や怪しい宗教などの類であり、そこでは様々な知恵師たちが、こうしたものの暗黒面を利用しているという側面がある。いわゆるマインド・コントロールというヤツである。だが、彼らはただの催眠術師である。まず、何某かの”導入”を作為的に仕掛け、密閉された空間内において、知らないうちに上手くカムフラージュした”見えない振り子”を揺らす。そして、すっかり身体と心がリラックスしたと見るや、いきなり大声を張り上げるなどして脅すのである。それは特定の”場”に対して違和感をなるべく発しないようにしようとする優しい調和的な人々の良心を、巧みに逆利用する汚い手口である。”カツアゲ行為”などは、決まって人気の少ない暗い路地裏で行われる。明るい大通りでは行われない。”お回り”が来るようなシャバでは上手くないのである。これらも”場”の作用を巧みに利用している手法である。
お笑い芸人達の間では、そのとき、その場のお客さんの”空気を読む”能力が不可欠なのだという。しかし、これは少し力の弱い、消極的な芸人達の言い分なのではないかと思う。合わせるのでは弱い。真に力のある芸人は、場の空気を一瞬に自分の場に変えてしまうのではないだろうか。たとえば、ステージ中に客席から赤ん坊などが突然に大声で泣き出してしまうような場面があったとしても、一流ならば、「こら、そこのボウズ!いいとこで泣くんじゃねえ!」などと舞台から一喝し、すぐさま破顔一笑で向き直り「御覧のように、幼い赤子も喜んでおりまするー。」などとやって、その不和をも帳消しにして、笑いにしてしまうのではないだろうか。それが瞬時に場を読むということの正しい意味と活用である気はする。勿論、そうした芸人は多くないが...。
ともかく、今回の東京では、普段は感じることのできない、ダイナミックで急激な、場の転換を味わうことができたように思う。それは、部分からではなく、明らかに旅の全体から感じ取った”何か”ではあった。
けれど、もしかしたら、帰りの飛行機があんなにも揺れたのが大きかったのかも...。やっぱり地面が安心するなあ...。 |
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【門を開くカギは何処にあるのか】入門するということの難しさ
最近また少しずつ見学者や会員さんも増え始めていて、新しい人が増えると自ずとまた稽古のやり方も自然に吟味し始めるので、更に稽古が面白くなってきている。この技術は身体が基本だが身体がすべてではない。身体だけのことを考えていても何も見えてこない。しかし、その身体をずっと見ていると、身体以外の別のものがそこに段々に見えてくる。そこからが実は面白い本当の稽古となってくるのだ。何かわからない見えないエネルギーの流れの存在や、意識の問題、力ではない力など、次から次へと面白いものが見え出してくる。そうしたものへの探求が少しずつ進んでくると、今度は他の人の身体を見たときに、その人が何をしているのかということが以前よりも明確にわかるようになってくる。当然、より相手のコントロールは容易いものとなってくる。ただそこで、問題となってくることは、それをどう説明するか、という指導時の問題である。勿論、そこでは言葉を駆使する。しかしその言葉というもの自体は、それぞれの解釈で如何様にも汲み取れるものである。そこに伝える事の難しさがある。
時々、一瞬だけでも身体をそっくり取り替えることができたなら、どんなに効率が良い事だろうなどと思うことがある。だが、そんなことは実際には不可能である。だから、触れて言葉を尽くし考えさせ、考えたことを検証させ、自らの身体を通じて発見させ、「あっ、これか!」というような、その本人がこれまでに体験したことのない何かに今初めてそこで対面し、そこで驚くべき何かを見る、というような段階を経て、初めてこの技術の門に入ることができるのだ。それは間違いないことである。そして、それを一度でも本当に経験した者は、必ずそこにある種の面白さを発見する。それは稽古している彼らの楽しげな顔を見ていればいつもわかる事実である。
そうした稽古を長くやっていると、良い悪いではなく、人間は2種類の反応をする人とに分かれるということが見えてくる。これは技が掛かるとか掛からないだとかという問題でもない。良い悪いではなく、その人本人でさえも気付いていない、その人のその時点での状態という意味で、である。それはその人本人が、新しい自分のまだ知らない何かを今、受け入れようとする準備が出来ているか?出来ていないか?という2種類の反応のことである。そこで準備の出来ている人は、何か訳のわからないものをそこで見たときに、たとえとりあえずではあっても「なんじゃこりゃ、ふーん、こんなことがあるんだなー。へえー。」くらいには受け入れることができる。つまり、その体験をそこで素直に受け入れる。片や準備の出来ていない人は、仮にそうしたものを見たとしても、「こんなバカなことある訳ない、今のは何かの気のせいか錯覚だろう。」として、その体験を受け入れず、どちらかといえばより否定的に捉える。そして、理路整然としたわかり易い説明を求めようとしてくる。これは、まず自分ではそれを認めたくないという立場に立った上で、しかし、そのことが事実ならば知りたいという思いが深層にあるからで、そうでない人は始めからそういう場所には近寄りもしないことである。こういうことには何の興味も関心も見せず、何か別のことをしている筈である。そうじゃないとヘンである。
だから後者は、知りたいけれども自分では面倒だから考えたくはない。簡単にできるように懇切丁寧に説明してくれ、といってくる。されども、こちらは冒頭にも述べたように、端から伝えるべく言葉を尽くし、これでもかというほどに、いつでも懇切丁寧に説明を繰り返しているつもりなのである。指導する以上は、相手にその意味を理解してもらうのがこちらの願いであるのだから、態々理解し辛い説明などをする筈もなく、それでは甚だやっていることの効率が悪い。当然、わかるべく説明し指導を繰り返している。勿論、そこではその場を担当する指導者のレベルは問われるだろう。指導内容のレベル、指導者自身のボキャブラリーなど、門戸を開いている以上、そうした者は常に生徒側からのそうした吟味に晒されている。しかしそれは始めから明確なことであり、どういう指導者を選ぶ自由も始めから生徒の側にあることである。指導者はただ、自分の下に来た者に自分の持てるすべてを尽くし、ただ全力で指導するのみである。世の中に多くの優れた指導者がいる中で、縁あって自分のところに来た者である。心を尽くして教えることが当然であると信じている。自分のやっていることに共感してくれるほど、嬉しいことはないのだから。
私自身は、少なくとも私が現状持っているものはすべて、自分の所に来た生徒にはなんとか伝えたいと思っている。そして、その意味が正しく伝わったならば、今度は更にその先にあるものを共に見ながら探求していきたいと願っている。それが真の稽古だと思っている。私には私に今あるもの以上のことは決してできない。だからそれを常により高めていこうと日々精進している。それが私自身の稽古である。そして、そこで見たものを私は道場で指導している。この流れはこれからもずっと変わることなく進んでいくだろうと思っている。それこそ、私は死ぬ最期の時までこのプロセスを生涯楽しむつもりでいるのである。この技術は、上手いとか下手とかいうものではない。理解度がすべてである。ならば、未だ私などはこの技術の道半ばの者である。だから当然、私よりも深くこの技術を理解すれば、その時点で私を追い越すということも当然に起こることである。そうなれば、私も頑張ってその彼の後を追いかけることになるだろう。自分の弟子にそういう者が現れたならば、そのときは嬉々として私は頭を垂れて彼に教えを請いたい。そうしたこともこの道では楽しみでしかない。非常にエキサイティングなことだと思っている。
現時点でいえることは、人間の身体というものは、一般的に広く知られている常識的な理解の領域では決して収まりきれない、不思議な領域をも含むものだということである。そしてそれは、それを知りたいと願うその本人が、自分の身体を通じて探求することでしか見出せないものであるということ。それは、ただ説明を聞いていればできるというような簡単なものではありえないということ。出来る為には、少なくとも、その”新しい何か”を自分の中に受け入れようとする準備が先決である。そこで初めてその道へ繋がる門が開く。その門のカギは他ならぬその人の中にしかないのである。何度言っても書いても伝わりにくいことではあるが...。
我々人間が生きているこの世界には、いうまでもなく様々なものが混沌として確かに存在している。そんな世界の中で我々は日々を生きている。そこには色々な人がいて、色々な思いがあり、価値観がある。意味のあると思われるひとつの価値観も、また別の人にとっては、まったく違った別の意味を持ち得る。それは、良いとか悪いとかではなく、確かにそうなのだから仕方がない、というほどの事実でしかない。もとより、万人に漏れなく愛される何かなどこの世には存在しない。たとえば、料理がそうだ。良い料理人は知恵を絞り、自身の思う最高に美味しいものを考案し、客に喜ばれようと提供していることだろう。しかし、それを食らい、旨いと思う客もいれば、それを不味いと思う客もいるものである。それはどこまでいっても、どんな物事にも付いて廻る問題なのではないのかと思う。だがそれも、決して果てのない問題なのではなく、味というものの規準を”自分の舌”という一点に定めると、途端に明白となる問題でしかない。つまり、眼の目にあるその料理が、自分にとって旨いものであるか、不味いものであるか、ならば直ぐにも答えが出ることである。旨ければ自分はそれを食らい、不味ければ食らわねばそれで済むことである。実にシンプルなことだ。だがそこで、100人が100人、旨いと思える料理を追い求めることは、この混沌世界の実際においては叶わぬ幻想に過ぎないのではないか。しかし、それでも一人のある料理人が極めんとする味は、そこでひとつの価値観をずっと示し続けるものではあるだろう。そして、そうした弛まぬ精進を重ね続ける限り、その料理人の出す一品はどこまでも進化し続けるに違いない。そして、その味に共感し、魅了され続ける人たちによって、その真価が色褪せぬ限り認め続けられるだろうことも、また確かなことであると思うのである。
「価値のあることも、価値のないことも、同時に存在している。しかし、ものの多さもさることながら、それへの規準の方が、より無数に存在している。つまりそれは、人の心のことである。ならば、それをどこに定めるかによって、見える世界は如何様にも変わる。」
「誰かにできることならば、自分にもきっとできると思えるのかどうか?が最初に問われる。」
「自分が何かをしようということは、自分自身の問題でしかない。ならば、自分がどうするか次第でその成果も決まる。」
「自分が自分の力で手に入れたものについては、一番それを良く知っている自分がそれを完璧にコントロールできる。他人任せでは完璧とまではいかない。不安が残る。」
「人から授けられたものでも、よくそれを消化できていないと上手く使いこなせない。消化(理解)のレベルは問われる。人から授けられたものでも、よくそれを消化していれば、充分に使いこなせる。元々外にあったものでも、体内に入れてよく消化すれば、やがて自分のものになる。食べ物と同じ。」
いつまでも赤ちゃんのままという人間は一人もいない。ならば確実に人は常に進化しているものである。その進化には限界というものがない。望むなら人は死ぬまで進化するものである。死は誰にも避けられぬことであるが、だからといって最後までその進化を諦めず、続けることは可能である。若いときにも、老いたるときにも、自分が自分であることは少しも変わらない。その今の自分を常に見つめることが稽古であり、そのままそれが進化のプロセス以外の何物でもない。老いたるときには、老いたなりの進化がそこにあればいい。それをずっと見ていれば、生きることに飽きるなどということはないと思っている。実際、今まさに私自身がそうである。しかしてこの楽しみは、この身体というものを持つ人間に万人に開かれている道でもある。
こんなに面白いもの、やらない手はないとも思うんですが、如何なものなんでしょうかねえ...。その門に入るキーワードは、やっぱりこれでしょう、素直さと勇気。ただそれだけだと思っているのです。まあ、人それぞれではありますから、これを誰かに押し付けるなど私にはできません。私は私の面白いと思えるものを、これからもずっとやり続ける。それだけは確かなことですが...。しかしホント、人間の身体ってのは面白い! |
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【すべては確かにワンセットなのかもね】常にふたつの視点から眺めることの大事さ
さてさて、久々の稽古日記でも書いてみます。最近、個人的にも色々と考える事が多くて、しかしそれらが無駄なく何かを教えようとしてくれていることも感じます。やはりすべてが稽古となっている。そう感じています。道場ではいつも通りの淡々とした稽古が今も変わらず続いてます。大事なのはやはり私自身。私が何を考え、思い、そしてどう行動していくか。その今の自分に自信はあるか?YESと心から感じているか?その答えがしっかりしていれば、何も問題はない。JUST GO MYWAY。それでいい。
あるとき、何かの考えに私の心は捉えられるときがある。それはフッと湧いてでた素晴らしいアイデアであるときもあれば、逆に自分をギュッと締め付けてしまうような悩みの種になることもある。しかし、どちらもが、今自分の前にポンと出てきた何かではある。出てきたものは出てきたのだから仕様がない。消しようもない。だから、まずはあることを認め、その意味をじっと考える。すると、それは意外にも、その瞬間から自分にとって役に立つものへと変貌している。ただ意味を考えようとし始めただけで...。だが、意味を考えようとせずに、闇雲にそれを排除しようとしたり、否定しようとしたりすれば、そこからは何の意味も見出せず、ただ己の心を掻き乱すだけで終わってしまう。実に勿体無い話。だが、確かにこれは難しいことではあるなと感じる。昔は確かにできなかった。
「自分を見ることが実は一番恐ろしく難しいことではないのか?そう感じるからこそ、もっともっとこの自分というものを今、どこまでも丁寧に、そして、大切に見ていたいと思うのだ。」
東洋には昔から”陰と陽”ということがいわれてきた。いわゆる両義である。内と外、光と影、男と女、プラスとマイナス...。あらゆる物事とは対になるふたつの極からできているのだとそれはいう。人間は、自分の眼で見る外部世界。つまり、自然界の姿を汲まなく観察していると、やがてそこにある法則性に気づくことができる。相対的な関係性によって、あらゆるコトが動いていることを容易に悟る。しかし、こと自分自身についてはどうか?自分は自分だろ?などといい、自分についてはひとつのものだとしてなかなかそこは譲ろうとはしないもの。誰しも他人のことはよく見える。しかし自分自身のことはよく見えないのだ。そのこと自体に気付けない。何しろそれが主観というものがもつ性なのだからある意味では仕方がない。でも、そういったらこの話は終わりだ。
自分を中心に物事を考えてばかりいると、確かに自分とは自分でしかない。それはひとつであり、それがふたつになどなりはしない。しかし、ではその自分が果たしてこの地上でひとりで生きていられるかと問うならば、そんな訳がない。誰かの助けがあって皆生きていることは明らかだ。誰もが誰かに助けられて生きている。これを否定できる人はいないと思う。だが一方で、誰かが誰かを苦しめながら生きてもいる。これもまた事実である。ここにも両極が確かにある。片方だけでは成り立たないものがある。仮に、どんなに世界中の全人類を嫌って、敵に回してしまったとしても、それでも尚、生きていたいのなら、やはり飯を食わねばならない。飯を食らう以上、その飯を作ってくれた人間に頼らねばならぬことになる。頼るということは、それはその恩に自分が感謝を表明しているという意味と同義である。口でどんなに汚いことをいっても、飯を食うというその行為自体が、既に感謝の気持ちによって支えられているのだから。背に腹は変えられぬとして、最後に自分が折れて降参しているからこそ、その飯に箸が進むのだ。そこで最後まで感謝することを頑なに拒絶する人は、きっと最後まで飯に手を出さないだろう。壮絶な覚悟をして、そのまま飢え死にするのではないだろうか。それならば、ある意味それはそれで大した覚悟であったと呼ぶのに相応しい。でも、それすらも少し引いて観れば、馬鹿げたことでしかないだろう。ひとりの哀しい人間がそこで背負ってしまった、独りよがりで意味のない、痛々しい悲壮感の結末でしかない。
実際問題、誰もが生きていくためには、何かに、誰かに頼って生きている。日々食らう飯には、それを作ってくれた人がいて、その料理を考えついた人がいて、その料理の食材を作ってくれた人が、その背後にいつもいる。今、着ている服にも、触っている何かの道具にも、立っている床にさえも、道路にも、建物にも、人間のこれまで作り出してきたありとあらゆる物品や書物、音楽、芸術、思想、教え、教訓、文化などなどにも、良いものにも、また悪いものにも、それらに一切頼らずして、今の我々の生活は成り立たない。それは否定のしようのない事実だ。もしも、「いいや、俺は一切誰の世話にもならず、これから独り旅に出発するのだ」と息巻いたとしても、それならば彼は素っ裸で街中に飛び出さねばならなくなる。服だけは着ていくというのならば、既にその自分の宣言に反していることになるのだ。大袈裟ではなく、それがそこにあるありのままの事実でしかない。言葉通りの意味はたったそれだけのことだ。足すものも引くものもない言葉の意味はそれだけである。
だから、人は誰もが自分では知らず知らずに色んなものに感謝をして生きている。それを心で否定している人も、実はそれに気付かないだけで、知らずに感謝して世話になりながら生きているのだと感じる。否定することも、そこにその否定する何某かの対象が存在してくれていることへの感謝に根ざして生起するものに他ならないのだから。その意味で、あらゆる個人の考えも、想念も、アイデアも、根本にはすべて、そのものへの感謝からスタートしているのだなと思えるのである。自分の考えとは、実は自分ひとりが作り出したものではなく、それ自体が何かが自分の外にあるお陰で、それに支えられる形で出てきたものに相違ない。ならば、主観ひとつではなく、自分と思われていたものにも、やはり二極性が存在しているのだと今、紛れもなく考えることができるのである。
そもそも自分がいなければ、何も考えられないのだから、自分がいるということにまず感謝することから誰もがスタートしているという現実がある。それは単なる主観とは別のものである。だが、それ以降の主観の内容しか、多くの人には捉えられない。ただ、それだけのことである。それは、そうした方向に流れやすい傾向が、人間には元々あるということに過ぎない。だからまた、この意味を考えるのも、考えないのも当然、その個人の問題でしかない。考えたくない人には、まったく意味のない話でしかない。そのことも否定のしようがない。押し付けられない。だから、私はここで何かを書くことで、誰かを変えようなどとも考えないし、また、自分の考えが唯一正しいのだ、などとまさか主張するものではない。ただ私は自分の今観ていること、感じていることを気ままに、気楽に述べているだけである。私と同じ思考ができる人がいれば、私の意見に同意する人もいるだろうし、そうでなければ、批判を受けることもあるだろうと当然に考える。それはごく自然なことでしかない。幸い、言論の自由というものがあるそうなので、私も一人間として、そうしたつかの間の楽しみに浴しているのにすぎない。時代が時代であったならば、私もじっと密やかに、口をつぐんでいなければいけなかったのかもしれないけども...。それとも、まだまだそんな時代ではなかったのかな?
右だとか左だとか、或いは、上か下かだとかじゃなく、見えているものの相対的な違いのことではなく、優劣ではなく、善悪ではなく、ましてや、自分か自分じゃないだとかでもなく、物事のありのままの実相を、そのままの姿として観る視点。そこには二極性が見えてくる。そこには常に内側と外側とがある。相反するふたつの意味のど真ん中に我々は生きている。生かされている。どちらか一方だけを見て生きていくこともできるのだし、その自由さえも与えられている。意味を限定し、自分に解釈しやすく簡単に考えることくらい、誰にだってすぐにできること。それは散々に誰もがやっていること。また、そうして生きていくのは楽で、とても単純だから悩みもない。ただ、ちょっとこけたときに痛いだけ。それさえ我慢していればどうということもないのは確かなこと。しかし、ふと自分の人生に躓いた瞬間などに何か重大なことをお座成りにして生きてきたのではないか、などと人が気付くとき、忘れしまっていた大事なものが、本当は別にあったのではないかと、人はまた思うのではないだろうか。でも、そのときになって考えるよりも、自分から今からやれることだって充分に転がっているのではなかったか。いつだってスタートするチャンスがあらゆる場所に転がっている。それは無限に転がっている。そう気付くとき、どんなにか苦しい生き地獄さえも、途端に明るい爽やかなそよ風の吹く楽園に見えてくるのではないだろうか。だが決して、苦から逃げて、楽へ行け、というのではない。どちらか一方だけをずっと見ることをそろそろやめて、実は苦も楽もない真ん中にいたんだな、と気づくことが今必要なんじゃないのかな、といいたいだけなんです。もちろん、自分への自戒をも込めてですけどもね...。
まあまあボチボチやってこーっと♪きっと、なるようになるでしょ。自然体。自然体。
だってね、自然体じゃなきゃー、おならも出やしねえもの...。
人生楽ありゃ苦もあるさ
涙の後には虹も出る
歩いていくんだしっかりと
自分の道をふみしめて
人生勇気が必要だ
くじけりゃ誰かが先に行く
あとから来たのに追い越され
泣くのがいやならさあ歩け
人生涙と笑顔あり
そんなに悪くはないもんだ
なんにもしないで生きるより
何かを求めて生きようよ
これって、いわゆるひとつの水戸黄門のテーマソングだーね...♪
しかし、こうして文字にして引いてみると、これってなかなか捨てたもんじゃねえじゃん。
まあ、いつものあの行進曲のノリで聞かされりゃあ、まー、ダセぇんだけど。(笑
あ、さて...。 |
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【再び、強さについて】変わり続ける意味を追求する営み
再び人間というものの強さについて、最近また考えさせられている。ある意味、これは私の中でのメインテーマなのかもしれない。だけど、遠い昔の子供の頃に、漠然と思い描いていた私にとっての強さというものの意味。それは今日までにずっと、果てしなく変わり続けてきたといっても過言ではない。今は、今見つめようとしている強さという意味が、私の眼の前にはあるのだ。ただ、強さという言葉のみは、ずっと何も変わらずにそこにある。妙な気分もするのである。強さという言葉を思うとき、私の中には何か郷愁に近い感じがするのである。少年時代を思い出すからかもしれない。
昔、TVのCMで黒人の幼い少年が、ショーウィンドウに飾られた、ピカピカのトランペットだったか何かの楽器をじっと見つめているというのがあった。しかし裕福ではない彼にとっては、それは決して手の届かない夢の楽器なのだ。だがそれでも彼は、いつしかその憧れの楽器を自分が手にして、素晴らしい音楽を自由に表現していることを夢見ているのだろう。純粋な憧れ。彼には想像するという自由は無限にあるのに、お金のみがない。もしも、そのお金がないというリアルな現実にさえ心が引き戻されなければ、きっと彼はいつまでもどこまでも、その想像の自由は膨らみ、夢の幸せのイマジネーションは果てしなく無限に広がっていくのに違いないのだ。
仮に、その黒人の少年が、その後夢が叶い、やがて素晴らしい演奏をするプロのミュージシャンになれたとする。彼の部屋には、あのときは夢の楽器だった高価なトランペットが、今やもういくつも並べられているまでになったのだった。が、その中に、ひとつだけ特別な意味を持つ、彼にとって大切な一本があるのだ。彼は今や名だたる一流プレイヤーのひとりとなったが、その一本とは、彼が最初に手にした記念すべき楽器なのだ。今はもう古びてしまったその一本のトランペット。それは紛れもなく彼の原点だ。その一本をあらためて眺めるとき、彼は一体何を思うだろうか...。きっと、心は一瞬にしてあの少年時代へと引き戻され、不思議な郷愁にも似た、懐かしい感慨を持つのではないだろうか...。
私にとって強さという言葉の響きは、まさしくその彼のトランペットに似ているような気がするのである。彼がショーウィンドウを見たように、頭でいつも私が思い描いていたあのときの憧れこそが、きっと私の原点なのだろうと思う。私にとっての強さという言葉には、長い年月の間をかけてずっと濃縮されてきた様々な意味が詰まっている。とてもそれを一言でこれだ!などと表現して誰かの前に提出することなどはできない。それを何故と問われたならば、きっとその意味が自分の中で、今もずっと変わり続けているからだと思う。だが同時に、そうやって変わり続けていることが嬉しいのである。そして、これからもそれはずっと続くのだろうと思えるのだ。でなければ面白くないと思う。あっ、これか!なんてその答えがわかってしまったら、一体その後、何を楽しみに生きていけば良いのかわからなくなる気がする。きっとそれは、実につまらない人生だろうなと思える。一生追いかけれるものがあるということに、たまらない幸せがあるように思うからである。難しいからこそ面白い、わからないからこそ好奇心がどこまでも駆り立てられる。そんなものではないかと思う。だから、本当に満足できる状態になるのは、死ぬ直前でいいなと本気で私は思うのである。勿論、それまでは無限に上昇してやるつもりでいる。実に愉快なことをやっているなあという充実感がいつもある。
ある時代には、肉体的なパワーやスピードやスタミナなどを強さだとして追求したことがあった。当時は身体を鍛えるということの意味は、筋肉増量と反射神経の訓練などが主軸であったし、加えて、より具体的なテクニック的な身体の動きを追求した。よく身体が動くこと、が大事なことだと考えていた。それにプラスして、精神力が強いこと、つまりハートの強さも、欠くべからざる要素だと考えていた。しかし今、こうして並べてみると、これらはすべて試合用というか、人間同士が同意の下に闘うときだけの強さに限定された非常に狭い意味での強さを有する場合に必要な装備であったな、と感じる訳である。それが今の実感である。でも当時は確かに、それが私にとっての追求すべき強さの規準ではあったのである。
そのような非常に狭いものを求めていた時代に、あるとき変なことに気が付いたことがあった。それは、その強さには、非常にムラがあるということであった。つまり、一度は得られた筈の強さが一定していないという事実である。どういうことかというと、道場で汗を流して懸命に稽古をして、清々しい充足感を得ると、それだけに自分が確かに強くなっていることも感じる。だが、一晩寝て次の日になると、それは微妙に薄まっている。それは確かだった。恐らく三日も稽古しなかったら、かなり最初の実感よりは薄くなってしまうだろうな、と思われた。だから当然、それが怖いものだから、それを打ち消そうとして再び身体にムチを打つ。まったくもって、その繰り返しなのであった。その不安を打ち消すためには、ずっとそのキツイ思いと実際の身体の疲労感を感じ続ける必要があった。サボると途端に減退してしまう。それは、そんな不安定で一定しない、まったく少しも気の置けない強さであったのである。
かなりの時間を要して僅かには上昇はするが、その努力を怠れば、予想以上に一気に楽に下降してしまう。そんな実に非効率的な作業を、自分に強いている。そんな気がしたのである。もっと、そんな一過性のものではなく、もっと安定していて、簡単には減退せず、ムラのない、そんな効率の良い上達へのルートがないものかと思案したが、当時はまるで想像が付かず、発想もなく、仕方なくその非効率的な作業を続けていた、という感じなのであった。だけども、周囲の皆がそれを当たり前だと考えていたし、それが大多数の一致した意見だともわかっていた。それに反旗を翻すには、自分に画期的なアイデアなどなかったし、策もないのに見切り発車できるほどの勇気も自信もなかったから、仕方なくその群れの後に習い並んで歩くしかなかった。そんな時代であった。
郷に入れば郷に従えの如くに、そこに飛び込んだからには、そこの色に染まる必要があった。でなければ、そこでの収穫は何も得られない。だが、そのトレーニングには心からの納得感がなかったので、いつしか私の焦点はそうした”鍛錬”の部分とは別の部分に向かっていった。それは何かというと”経験”である。そのような稽古の中にあって、やればやるほど蓄積はしていくが、少しも減らないものがあるとすれば、それが唯一、経験ということだった。経験といっても、良い経験だけや、自分が勝つような正の経験をたくさん得る、ということではない。勝敗などといった感情的な問題とは関係なく、試合や稽古で勝とうが負けようが、実際に自分の肉体を使って相手の身体を攻撃するときの手足の感触や、相手からの攻撃を身体に受けた時の感触。それはあらゆる速度でや、角度から飛んでくる突きや蹴りなどの膨大な記憶となって身体に残る。その経験が多いほど、きっと後に何かを考える際に、それが少ない人よりは、より豊かな発想や、考察ができるだろう。そのようには思えたのだった。実際、そのときの記憶は、現在の私の稽古にとっても、非常に役の立つ財産となっている。
だが、そうした過去の実戦経験?が、今の稽古に直接的にそのままの形で、変形せずに役に立っているかというと、そうではない。そのときには、そのときの私の身体があったのだし、そのときの身体の操作というものがあったのだ。それと現在もその同じやり方を踏襲しているのではないのだから、その経験をそのままでなぞる、ということはない。また、単に予測で役に立っているということでもない。「この感じで今、発された相手のこの身体の動きからは、このくらいの威力がやってくる。だから、この時点で、このようにこちらは始動して、このように捌けば安全だ。」などというのが予測であるが、その意味ではない。それで役立つというなら、それは昔とまったく同じことを今もしているということになる。動きが違うのである。というか、動きの意味が違う。やってくる威力の意味が違う。こちらがすべき処理も違う。何から何まで、ある意味すべてが違う。ではどこの部分にその経験が役に立っているというのか?相手の動きである。相手がやろうとしていることが昔の自分が経験しているものと同じなのだ。だから、相手の身体の動きで、相手の狙っている意図がわかる。何を狙い、それからどんなものをこちらに飛ばそうとしているかが、始動と同時にわかるのである。恐らく、この部分で私が過去に経験したものが凄く今、役に立っているだろうなと思えるのである。やってなかったら、ここまで見えただろうかと思うからである。
さて、ここまで書いてまだ本題に少しも入れてない気もするが、長文になりすぎたので、纏まらないが今日はひとまずここまでにする。気が向いたらまた続きを書こうかと思う。
前提が共通ならば、どれほどか楽なのだろうが、それを翻訳となると疲れるよな...。そのくせ、ちっとも報われないときてる。ま、好きでやってるんだけど...。ま、これもまた人間の有する自由のひとつということかな...。 |
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【職人と道具と...etc】 人が道具を使い何かを表現し上手な作品を生み出す。それがアート?
F-1パイロットは、自分の乗るマシンについてはとことん熟知していることだろう。ステアリングの握り具合はこれでいいか?距離は窮屈でないか?と吟味を重ねる。ペダルの幅と角度はこれで丁度いいか?シートの角度はしっくりきているか?幅はピッタリしてるか?どんな些細な事でも充分に調整し、可能な限り納得のいくものを作り上げることだろう。そうすることで、自分のやりたい完璧な走りを存分に追求ができるのだ。
料理人は、自分の使う包丁には拘り、その握りの良さ、切れ味、そして常にメンテナンスを怠らず、自分がいつでも気持ちよくその道具を使えるようにするだろう。道具が良ければ、また、それを存分に駆使するキャンバスでもある食材にもうるさくなるだろう。最高の食材をどれだけ最高の作品に仕上げるかが、料理人の腕に掛かっているのだ。その腕を最高に駆使するためには、どの要素が欠けても最高のものにはならない。最高の腕と、最高の道具があり、最高の食材がそこで料理されるとき、そこに最高の作品ができあがることだろう。吟味できることに限界はない。限界があるとすれば予算である。
演奏家は、自分の楽器については知り尽くしていることだろう。長年愛用してきた自分の楽器には愛着がある。その楽器の良いところも悪いところもすべて熟知しているだろう。この楽器にはこういうクセがあるから、この奏法のときには、ここの力加減が強すぎてはならない、だとか、ここはダイナミックにやるとコイツはバッチリの音を出してくれるんだ、とか、他人にはわからないような微細な違いを感じ取れる。ギターなら、1フレットト2フレットでは僅かに磨り減り方の違いで段差が異なり、ほんの僅かな力の入れ方にも差異がある。絶妙なコントロールを無意識的に行っている。ちょっとした誰にもわからないような部品を、ちょっといいものに代えただけで、その楽器への愛情がグッと増したりもするのだ。そんな些細な事が、またプレイの技術を劇的に向上させていくファクターとなりうる。
絵描きは、無地のキャンバスの上に、自由自在に思い通りに好きな色をのせ、心に浮かんだイメージを時間を掛けて丁寧に具現化していく。写真家は、本来どんな角度からも無限に見える被写体に、ここだという一本の矢のような鋭いラインを定め、この瞬間だという絶妙の一瞬を射抜き、それを見事に捉え、それを唯一の自分の表現として作品として昇華させ完成させ、それを観衆に魅せる。
サッカーの基本は、つまるところリフティングであろうし、野球の基本は、つまるところキャッチボールであろう、上記と同じ意味合いにおいては。あらゆるものの基本とは、すごく単純で、ずっとそれをいつまでやっていても楽しいという単調な遊びのようなものではないだろうかと思う。それをつまらないと思った人は、その方面の才能は伸びないのではないだろうか。好きな事だったから結果、いつの間にか上手になった。そんなシンプルの延長線上に、きっと各界の名人と呼ばれる人たちが生まれて来たのだろうと思うのである。
「基本はやってて楽しい遊びのようなもの。ならば、やってて苦しいと感じる基本は間違い。」
そんなシンプルな法則が見えてくる。
では武術というものはどうなのだろうか?すると、やはり同じような部分を語ることも充分に可能だろうとは思う。たとえば、剣術使いは、己の刀を吟味するだろうし、手入れを怠らないことだろう。棒使いは、手に馴染む使いやすい棒をこしらえるだろう。手裏剣だってそうだろうし、槍使いも、鎖鎌もそうだろう。得物を使う武芸者は皆、そうだったろうし、体術を主とする各種拳法、空手、柔術や相撲などの武術家は、己の身体を道具として、研ぎ澄まし、使い勝手良く吟味していったことだろう。同じことがいえる。
だが、このことをさらにより深く考えていくと、もっと違ったことも見えてくる。そうした部分が確かに武術には含まれている。それは何か?つまり、目的の違いによる技術発展の方向性における新しい展開の枝である。
武術といっても様々なものがあり、また修行する個人の考え方の差異によって、追求する技術は、元は同じであっても、常に変化しているといっても間違いではないだろう。そうしたときに、武術と聞いて、一番想起しやすい、わかりやすい目的といえば、自分の身を守り、敵を倒すこと。つまり、平たくいえば、殺人術。もっとも効率よく、簡単に、見事に、芸術的に人を殺す技術。そういうことができる。つまり、これまで書いてきた他のジャンルと同じ意味合いにおいては、そういうことになる。これがひとつの追求の方向性として、ある。これらに共通することは、すべてが最高の”作品”を作り上げようとする、という方向性に向かっているという点で一致している。
レーサーは最高のタイムを出すこと。料理人は最高の料理を出すこと。音楽家は最高の音色。芸術家は最高の作品。スポーツマンは最高の勝利に向かって。すべては最高の結果を出すことに目的が集約している。ならば、武術家は最高の殺人が同義の目的となるかと思う。しかし、すべての武術家が、果たして最高の殺人などということを目的にしていたのだといえるだろうか?勿論、そうした方向性で技を修練していった武術家もいただろうとは思うし、現代の武術や格闘技の方向性も、どちらかといえばこの方向性に近い。身体を武器として研ぎ澄まし、如何に効率よく勝つために、鍛えられている現状があるのだから。しかし、武術の本義とは本来、そうした技芸の究極の姿を求めていったもの、というよりかは、もっと切実な必要に迫られて生み出されてきた必然であったのではないかとも思えるのである。つまり、殺らなければ殺られる、という切迫した状況があり、その中で、各人はそれぞれの覚悟をして生き方を選べた。ある者はそのまま斬られることを選んだかもしれず、またある者は必死で生きようとした。
そこには、できれば殺生などしたくはないが、しかし生きねばならぬと考える者もいただろう。そうした者にとってみれば、相手を殺すことが必ずしも目的ではなかっただろう。見事に、綺麗に、芸術的に殺す技術がそこに必要だったのではない。ただ、その危機から脱し、生き延びることがその目的だったことだろう。ならば、武器が最高のものでなくともよい、そこそこ斬れるものであればよかっただろうし、多少、形が悪いものでもなんとか使えればそれでよかった。というか、選べる時間がそもそもなければ、選びようもなかっただろうし、そのときに手元にあるものが、そこそこに役に立ち、使えて間に合えばよい、という考え方が根本にあっただろう。体術でも同じことがいえる。身体を屈強に鍛えあげて、それを己の武器とする考えもあろうし、そうではなくとも、間に合えばよい、上手に凌げて身を守り、無事に生き延びるという目的を果たせればそれでよい、という考え方による修行のスタンスもそこには存在したであろう。そして、その方向に関する弛みない吟味を重ねていったことであろう。事実、偉大な剣豪などには、そのようなニュアンスの記述が見受けられる。「道具はそこそこ斬れればよい」といった感じの発言である。また、これは想像であるが、昔の武術家で、現代のアメフト選手のような肩や胸の張った筋肉質の身体をした者が大勢いたとは考えにくい。むしろ、スマートで肩が細く、少し腰回りには厚みがあって、全体としてはシャープな身体をしていた姿のほうが容易に目に浮かぶ。それはしかし、現代的な理想とされる鍛えられた身体のイメージとは大きく掛け離れたものである。それは恐らく、現代では「なんか普通だな」といわれるような身体になる筈である。「全然鍛えてるようには見えないな」といわれる身体であるだろう。
こう考えてくると、決まったものなど本来、何もないのではないかと思えるのである。何かの競技や芸術と呼ばれるものが、既にそこにあったとしても、ではそこでいわれている良いとされる価値観のレールを、決められたようになぞり、先人と同じようなカタチでもって、上手く模倣をできることが、そこでの上達であり達成だと呼べるのかどうか。そうではなく、発展とは常に新しいことの創造であるのだとすれば、新しい人間による新しい工夫や、新しい観点の発見、誰かとは違うユニークな個性が開花するときに、その何かは進化を遂げるといえるのではないか。だとすれば、それに携わる自分自身が、どのように考え、何を見て、どう動くのか、ということが、誰の真似でもない唯一の自分という人間がそこに生み出す芸術と呼び得る何かであり、個々が産み落とす創造と呼べる何かであるような気がするのである。オンリーワンという言葉が少し前に流行ったが、それこそが真のオンリーワンと呼べるものであるような気がするのである。
このようなことを踏まえた上で、あらためてあらゆる世界を眺めてみると、また違った風景も見えてくるのである。ただ、その入口として武術で語ったことに過ぎず、実はあらゆる分野でも、こうした目的の多様性ということは等しく存在しているのだといえる。絶対の音程を外さない完璧な技術を持つ音楽家が、ある境地を迎えると、わざと乱れたルーズな演奏を好んだりしだす。だが、それは下手なのではなく、味わいがあり、遊び心に溢れる、お茶目な表現であったりするのである。また、一流の料理人が、パパッとまかないで短時間にこしらえるような簡単な料理が、途轍もなく旨かったりもする。あらゆる精細な写実的な表現を、巧みに施す技術を持った一流の画家が、あるときを境に子供のような絵を描いてみせる。ピカソなどそんな画家のひとりではなかったろうか。そうした人たちには共通する何かがある。それは、何か形式やカタチという拘束された枠組みからの自由な開放感のようなものではなかろうか。何の縛りもない、自由無碍な境地、それでいて、その人だとすぐにわかるような、紛れもない個性の刻印がそこにはある。何かを極限まで追求した人間たちは、いつしか必然的に同じ方向性に向かい、似たような境地に至るものなのかもしれない。そこには人間というものの本質的な、もしかすれば普遍的な何かがあるのかもしれない。一体そこに人が至るとき、そこには何が見えるのだろうか...。真のアートがそこにある気がする。 |
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【我が愛しの愛機APX改造日記@】 魅惑のシングルカッタウェイ♪
私は少しだけギターを弾く。だが、下手である。技術はお粗末。しかし、それでもギターが何故か大好きなのである。無性に好きである。まず、なによりもあの形が好きなのである。といっても、私には形へのこだわりがあって、ギターならすべてかっこいいなどとは思わない。むしろ、私にとっては「これ、造形美がないよな。」と感じるギターのほうが多いくらいである。
エレキギターにもかっこいいのはたまにある。しかし、余り魅力を感じない。そもそもギターなのに、楽器であるのに、出音までの構造がデジタル過ぎるというのが、私の中で矛盾しすぎているからだと思う。デジタルなら他にモノはくさるほどあるのだから、何もギターにそういったデジタル性を持ち込まなくても、などと思っているのだ。ギターのギターたる良さは、アナログであることに尽きると思っている。(エレキLOVEの方、ごめんなさい。個人的趣味なので...。)
で、アコースティック・ギター(いわゆる生ギター)といっても色々あるのである。大きく分けると、1.クラシックギター。2.生ギター。3.エレアコ。の三種類にわけられる。1.は、いわゆるギターの原型を今に残す古典楽器といったところ。2.は、いわゆるフォークギターと一般にいわれるもの。3.は、ライブなどでアンプを通して大音量で使うことを目的に派生してきた近代機種で、エレキのようにラインを繋ぐ装置が内臓されている。2.よりも小ぶりなものが多い。また、さらにボディーの形状にも様々な種類があって、ドレッドノート、ジャンボ、シングルカッタウェイなどのタイプがある。当然、同じタイプのボディー形状であっても、メイカーのポリシーによっても微妙な違いはあるし、シェイプラインや大きさの差によって、音色はそれぞれに違う特色が出てくる。また、細部の工夫によっても、ギターの個性は変わってくる。
で、こんなことをいっていると、さもギターの良さが全部わかっているような口ぶりであるが、まったくそんなことはない。というのも、ギター、特にアコギ(アコースティックギター)の世界では、いわゆる名器と呼ばれている機種がいくつかあるが、それらはほぼ本家のアメリカ製メイカーのもので、ギブソンのJ-45やJ-200、ハミングバード。マーティンのD-28や00-18など、いかにもギターの基本形だなー、完成形だなーと思える機種で、多くの人に愛されている。これらの状態が良いアンティークものなら何百万円もするというものもざらにある。
で、そうした名器をコレクションしているような”通”の人にいわせると、「ギターはアコギこそ王道で、エレアコなど邪道。」というようなことがある。確かにそう思う。しかし、それはそれ、私などが所詮、そんな名器を持っても宝の持ち腐れというものである。それに、そうした名器たちよりも、私にはかっこいいなーと思わせるギターがあるのである。それこそが日本のYAMAHAが創ったエレアコ、APXなのである。前記の如く、アレアコとは、エレクトリック・アコースティックギターの略で、主に生音よりもラインからとった音を重視して作られているので、生音にこだわりをもつギタリストたちからは、やや邪道といった位置にあるギターだともいえる。だが、私にとってはこのギターこそが、ギターというもののひとつの完成された美というものを持つ、最高の名器だ!と感じてしまうのである。

シングルカッタウェイのボディーシェイプ、インレイをあしらった楕円のサウンドホール、6連シングルヘッド。
愛して止まない初期APX-10Sのグラマラスな曲線の美学。うーん、やっぱ最高!!
1980年代頃、フォークミュージシャンたちのライブや録音作業に革命が起きようとしていた。それまでのアコギ・プレイヤーたちはどこまでもギターの生音にこだわった。アコギは生音が命。それはギター・クラフトマンたちにとってもひとつのプライドだといえただろう。だが、生音を広い会場で全体に届かせるにはやはり限界があった。マイクでギターの生音を拾い、アンプで増幅させてスピーカーから出音する。そのために、別の機材が必須であった。その煩わしさを解消するアイデアが、まるでエレキギターのような使い勝手で、アコギの生音のしなやかな音を機材を通さずに直接出せる楽器、それがアレアコという楽器の登場だった。
昔気質のクラフトマンシップの流れに、ようやく新風が吹いたのだろう、どうにかして生ギターの生音と遜色のない、否、生音を越えるような電子アコギを作ってみようではないか!そう割り切ると、きっと様々なアイデアが考案されたことだろう。APXには、その痕跡が見て取れるのである。鳴りを重視せねばならないアコギにとって、ボディーの厚みは絶対であった。だが、ギターそのものの鳴りを必ずしも重視しなくてもよい概念を持つエレアコは、この問題から解放されたのである。よって、これまでのアコギにはない薄型のボディーを獲得した。また同時に、ボディー容積と音量を削ぐが、ハイコード・ポジションでのプレイビリティーを格段に向上させ、見た目にも映えるシングルカッタウェイというシェイプを何の問題もなく採用できた。そして、アコギとしての最低限の機能を維持したままで、エレキのようなルックスを融合することにさらに挑んだ。ヘッド形状は、従来のアコギの主流である糸巻きが3:3に左右に分かれたタイプではなく、フェンダーのようなシングル6連ペグ、サイデットヘッドを採用。まるでト音記号を思わせるようなグラマラスなヘッドを手に入れた。APXの魅力はまだまだある。ギターの生音を響かせる出口であるサウンドホールという真ん中の穴の形状は、従来、最も効率の良い真円ばかりであったが、APXはここにもこだわりを見せる。わずかに楕円を描いた独特のサウンドホールとなっているのだ。さらに、そのサウンドホールに指板がわずかに飛び出し、その切り口はなめらかな螺旋を描いてカットされている。このAPXに貫かれているテーマは、ズバリ!螺旋である。と、私は思ってる。そこが好きなのだ。
思えば、私が最初に手にした初めてのギターが、このAPXだった。ギターを買おうと決心して飛び込んだ楽器屋さんで、いっぺんで私の心を捉えてしまったのが、このAPXだった。魅了されてしまった。他のギターがすべて野暮ったく見える中で、コイツだけが異彩を放っていたのだった。ギターに関する知識など何もなかった。が故に、このフォルムに惚れてしまった。当時、このシリーズで最安価のAPX-6Sのブラック。黒崎の片山楽器。ニヤけながら家路に着いた。
なんだかんだといって、結局これまで私は計5本のAPXを手に入れたことになる。が、その内、一本はギターを始めたいという友達にあげた。かなりボロボロになってたが、別れの前には、せめて最後にはと丁寧に磨いてから嫁に出した。もう一本は、相当に程度の良い、また希少なタイプのAPX-8CTSという超お気に入りだったのだが、これは盗難にあって手元から消えてしまった。現在あるのは、初期型APX10Sのブラック・バースト。中期APX-10CS、ブラウン・サンバースト。それにAPX4A、ナチュラル。の3本。APX以外では、タカミネのNPT-012BS。これは長渕ファンだからお約束の一本。計4本所有している。腕はないくせに、立派なギター道楽である。しかし、未だにお金に余裕があれば、まだ手に入れたいAPXがある。初期のAPX-20Sか、APX-50の様態の良いものがあれば、いつか手にして見たいと夢想している。ほとんど病気である。(笑
我が愛しの愛機たち。
手前:初期型APX10S 左:中期APX-10CS 右:TAKAMINE NPT-012BS
今、実はこの初期型APX10Sブラックをちょこっと改造しているところである。このタイプの特徴は、近年エレアコが浸透してくるにつれ、いかにもエレアコですよー!と、プリアンプがその存在感を主張している機種が多い中、まだエレアコが登場した当時の初々しさが色濃く残っていて、極力プリアンプが存在感を強く主張していない。つまり、機械らしさを抑えるように、目立たないように配慮され考えられて創られているのだ。音量などを調節するツマミが外部に突起したままではなく、押し込むと内部に収納できる構造になっていて、サイズも最低限の大きさに留め、ギター本来の曲線のシェイプを邪魔しないように尽くされているのだ。当時のクラフトマンたちの情熱と工夫の心がビンビン伝わってくる。それを見てるだけで嬉しくなってくる。

APX独特の楕円サウンドホール&指板フィニッシュ。 押し込むとフラットになる沈胴式のツマミ ネック横にもボリュームがポツンと付いてます。
だが問題もあって、なるべく外観の変化を抑えるために、本体の加工を加える部分を削っているのだが、常時扱う必要性のない電池BOXが、ギター内部にマジックテープで貼り付けられていて、交換時は弦を緩めて、手を突っ込んで交換するという、実に使い勝手のわるい仕様となっているのだ。タカミネなどを代表とする現在のエレアコのほとんどが、電池は外部から簡単に取替え可能の仕様となっていて、APXも後期型ではその流れに乗っかって、同様の仕様に変更された。が、初期型はそのような旧式の仕様なのである。これが唯一、私の美学に反しているところなのだ。で、ご想像の如しで、この部分を改造して、現行の仕様に改造しているところ。APX-4Aをばらし、穴の形状をよく見て、思い切って10Sにドリルで慎重に穴をあける。それをノコでつないでくり貫き、後はヤスリで整形していく。なんとか上手く加工できた。後はYAMAHAに注文しておいた600円の電池BOXが届けば装着するだけ!早く付けたーい。
で、この10S、実はまだ問題があって、6弦のペグ(糸巻き)が段々ずれてきて、チューニングが安定しないという欠陥があって、長く弾いていなかった。強くナットを締め付けてみても同じだったのだが、今回これもバラしてみると、原因がわかった。ペグの内側の見えない部分に、突起が出ていて、それがヘッドにほがしてある穴に引っかかりペグが安定するようになっていたのだが、そのピンが折れていたのだ。しかもヘッド側にピンが刺さったままで、取り出すことが出来ない。なんとか爪楊枝などで穿るが出てこない。うーん、としばし悩みこむ。叩いてでも出したいが、強く叩くとネックが痛むし、それもできない。小一時間くらい悩む。で、ひねり出した答えは、細ーい針金をピンの奥まで差し入れて、さらに先っぽが詰まるまで押し込む、充分に奥側で針金がカーブしたところで、一気に引き抜く。見事、成功。めでたし、めでたし。俺って天才やーと、自分を独り褒める。(笑)後は一個1100円もする純正ペグが届くのを待つだけ。早く付けたーい。
自分で加工した電池BOXを収める穴。 左から、ピンの折れたペグ、正常なペグ、穴をくり貫いたカケラ。

ペグを取り外したヘッド。ピンが入る小さな穴が空いている。頭を悩ませてくれた部分。右はタカミネ012BSのヘッド。
どうにかこのAPX-10S、蘇える目処が付いた模様。すべてが完成したとき、コイツへの愛着はきっと、さらに100倍以上は増すことだろう。むふふのふ、である。

APXは曲線の美学。エレアコという楽器のひとつの完成形。いつまで眺めていても飽きることがない。見てるだけでご飯が三杯くらいイケます。

仲良く並んだAPX-10S兄弟。どちらも味がある。 タカミネ最大のジャンボボディーを持つ012BSとの対比。厚みがこんなにも違う。

このシングルカッタウェイというカタチが好きなんですよねえ...。J-45を誰かがくれるといったら、そりゃ貰いますよ。でも自分で買う気はしないのです。
ここからは番外編。ネットで見つけたいろんなAPXさんたち。





いいものはいい。それに尽きます。無断で載せましたが、APXをこれだけ熱く語った熱意に免じて、所有者さんもきっと許してくれるだろうと勝手に思ってます。(笑
今回はとことん趣味の話題に突っ走ってしまいました。しかし一方で、体術に関連しても、ギターから学べることも確かに多いなとも思ってるのです。ギターはデリケートな楽器で、ちょっとしたネックの反りや、ブリッジの高さが数ミリ違うだけで、弾き易さが全然違ったりもする。だから、逆に手を入れれば、入れるほどに良い音を出してもくれる。気難しい頑固者みたいなとこがある。深く愛情を持って接すると、それを音で正確に返してくれるけど、テキトーに扱えばテキトーにしか音を出してはくれない。変な濁った音を出す。プレイヤーを楽器が選ぶのである。一筋縄ではいかない。
人間の身体も、楽器のように丁寧に見て、よくメンテナンスをしてやると、手を入れただけ理解が深まるものである。自分の身体ほど、身近でリアルな楽器はないのかもしれない。ただ、APXの美しいシェイプとは程遠い自分の身体ではあるが...。 |
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【コレクターと職人】
なんとか鑑定団とかなんとかいうTV番組がある。たまに見る。何か価値がありげな品物を一般人が持ってきて、それをプロの目利きたちがウンチクを並べて査定し、驚くような掘り出し物がでる場合もあるし、飛んだ安物だったりもし、その最終評価如何によって依頼者が喜んだり、ガッカリしたりしている。
プロの目利きがこれは良いものだといえば、それどうだといわんばかりの得意顔となり、これはコピーですなといえば、ハハハと愛想笑いの顔となる。気持ちもわかるし、モノの骨董的な値打ちなんてものを正しく見抜く眼も、ウンチクも、自分にはないと思う気持ちもわかる。しかし、鑑定依頼をする時点で、いくらかの価値がその品物にあるのでは?という気持ちが多少なりともなければ、そもそも鑑定依頼もしないことだろう。
価値とは一体何だろう。それを良いものだ、と思うことが価値だとすれば、誰が鑑定しようがしまいが、自分にとって愛着があり、素敵なものだと思えれば、それで充分なような気もする。されど、結局、そこで誰かの保障が欲しいということなのだろう。自分ではない誰かが、私もこれは良いものだと思うよ、といってくれることで、自分の主観が間違いではなかった、ということを確認しているのかもしれない。
しかし、権威ある誰かが保障をしてくれたことで、そのモノの価値が増し、保障を得られなかった場合には、そのモノへの価値が急速に失せていく、というのならば、それではあまりにも最初に自分が持ち得ていたインスピレイションへの尊重ということに対して、なんとも著しくも乏しい在り方ではなかろうか、と思える。たとえ、権威による評価がどのようなものであったにせよ、それはそれとして、なるほど、それが通説なのかと受け止め、しかし、それ以降もそのモノへ向ける自分の眼差しには、なんら変わりがない、という態度がそこにあってもよかろうに、と思える。
価値あるモノを集めている、いわゆるコレクターと呼ばれる人たちが世の中には大勢いる。どんなモノにもコレクターというのはいて、あらゆるモノに価値を見出す人たちがいる。彼らに共通する傾向は、その自分のコレクションをいつかは誰かに少しくらいは自慢してみたいという心理を持っているということだろう。「どうです、これ凄い良いでしょう」といって、相手がその価値をわかる人だと、歓喜して顔がほころぶ。価値をわからない相手だと、切々とその価値について語りたくなるかもしれない。どの道ちょっとは誇らしく自慢してみたいのだ。だが、しかし、その誇る際の話のネタといえば、自分がこれを良いモノだと思う、などという主観的で頼りなげな意見ではなく、専ら客観的な権威による裏付け、保障の部分を自慢することになっていて、やれ歴史的にどうだとか、あの目利きいわくどうだとか、この品物のいわれはどうだとかで、自分自身が感じる率直な感想よりもそちらを多く語ることになっている。
つまり、散々自慢していながら、一旦、その自慢の根拠(権威による評価)が少しでも揺らぐと、一気にそれへの誇らしげな気持ちも同時に消え失せ、熱がなくなり、もうどうでもよくなる。そんなモノばかりを集めているというのなら、何か他人に振り回されるばかりのコレクションで、他動的な価値観でしかなく、そんなものならば、元から集めるほどには値しないような気もする。
しかも、コレクターというのは、いつだって自分のコレクションの更なる充実を願っていて、それが止むことのない存在である。つまり、良いモノを常に追求しているのだ。だから、これでよい、というゴールがない。ひとつ良いモノがあっても、他に良いモノがあるならば、それも是非とも手に入れたい。また他の場所に良いモノがあると聞けば、行って確かめたくなるし、可能ならば購入さえ惜しまない。そうしてまたひとつ自分のコレクションが陳列棚に増えることを喜ぶ。
そしてもうひとつ、コレクターという存在は、常に完成形を求める。その品物が既に完成された美を備えていることを、ひとつの価値基準としている。その規準にもれる品物であれば、購買意欲は甚だしく削がれ、完成美を備えていないモノには価値を一切見出さない。拠所とする権威の保障が得られないようなモノだと思えば、魅力を感じもしない。つまり、完成品をいくつも欲しがるのだ。
良くも悪くもなく、コレクターに属するということは、そういうことだと思うのである。
一方で、そのコレクターとは相反する在り方をとる存在もある。その在り方の中身が、コレクターのそれとはまったく相反する傾向を持つ存在。それは何か?それがいわゆる職人と呼ばれる人間の一群である。彼らにとっては、良い物を造り続けるというのが仕事であり、命題であり、また本性である。造ったものが、自分の思いにそぐわない場合など、他人がどんなにそれを悪いといわなくても、躊躇なく打ち壊したりするという話は、職人の世界ではよく聞かれる話である。これは、常に職人というものが、現時点で自身が為し得る最高の作品に、完璧なまでに迫ろうとしていることを示している。
失敗作には拘泥しない。少しの未練すら、そこには残さない。即刻叩き割る。かといって、満足できる最高の品物ができたとしても、それはすぐに売り物となって、誰かの手に渡るという宿命をもっている。造り上げることに、ただ全身全霊をそそぎ、出来上がれば、そこに心は一切留めない。離れる。そしてまた、次の最高の作品へと心は振り向けられる。その連続である。もしも職人が、良いものができたからといって、それを一々コレクションしていれば、生計は成り立たないだろうし、いつか置き場所に困ることにもなるだろう。そして、蔵が満タンになってしまえば、それ以降は創作を止めてしまうかもしれない。しかし、そういうことにはならない。何故ならば、職人になるような人間には、元からそのようなコレクター気質というものがなく、職人とは職人気質であるが故に、職人となっているからである。
つまり、職人という在り方は、コレクターという在り方とはまったく違う、まるで相反する傾向を持つ存在だといえる。良くも悪くもなく、職人に属するということは、ただそういうことだと思うことである。
では、コレクターたちは何を求め、何を得るのか。また、職人たちは何を求め、何を得るのだろうか。一体何が両者の在り方をわけているのだろうか...。
このように思う。両者は共に完璧を求めている。最高のものを求めている。それは変わらない。そこに違いがあるとすれば、それを求める場所であろう。つまり、コレクターは、自分の外にそれを求める。どこかにもっと良いモノがあるのではないかと旅をする。方や職人は、自分の内にそれを求める。もっと良いモノが自分には生み出せるのではないかと旅をする。その矛先の違いによって、ふたつの相反する人間の在り方が生じているのではないだろうか...。
しかしこれはただ、矛先次第でその後の在り方の構造が変わるというだけのことで、どちらが良いとか、どちらが劣っているという問題ではない。しかしそこに、そうした構造は確かにあり、そのように振る舞い、人に対して機能する法則性がある、とはいえるようには思うことである。また、これらのどちらの要素がその人に、より多いかによっても、その違いが生じているとも考えられるし、完全にどちらか一方の傾向しかない、という人がいるとも考えにくい。そのように綺麗に二分されるものではないだろう。職人気質の人間にも、ある一面では収集家的な部分があったりもし、収集家気質の人間にも、同様に職人的な気質が顔を出す瞬間もあることだろう。だが、やはり根本的な部分でのそうした矛先の相違により、現われが決定的に左右されることも、また事実ではあるだろう。要は、人間とは常に、そのどちらもが選択可能だということであるのだと思う。
で、これを自分ことで考えてみますと、やっぱりどっちもあるよなー、などと思ってしまうのですが、これを今お読みになった貴方様は、果たしてどう思いましたか?なーんて、たまにはどっかのナレーターっぽく、そっちに振ってみるとしますかね...。(笑 |
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【サイクル・オブ・ザ・ワールド】明暗・一日・四季・一年
無から有は生じ、すぐにそれは陰陽に分かれた。すなわち明暗。一日は日の出から始まり、日の入りをもって締めくくられる。しかしそれで世界は終わることなく、また次の日には、次の日の出が待っている。繰り返されるサイクルがある。
まったく同じリズムで繰り返されるかに見える単調な毎日の連続は、実はまったく同じではなく、少しずつ見えない何かが推移していて、それは隣同士では決してわからないが、長い時間を経て大きく見ると、それもまた明から暗へと、そして再び、暗から明へとゆるやかに転じているのである。春から夏へ、秋から冬へ。そしてまた春へと季節は巡る。
人間の内側に生起する喜怒哀楽にもまた起承転結あり。終わらぬ喜びはなく、止まない怒りもまたない。始まりがあるものにはすべてに終わりがある。だが、終わりは新たなることの起こりでもまたあるのだ。季節のように。地球上に四季が巡るが如くに。生じたものは、やがては滅する。人もまた、それを免れることはできない。生まれたことを喜びとしたのならば、死もまた同じように悲しみとなり、返される。ただそれだけのことだ。難しいことは何もない。
今日流した涙は、明日の笑顔の糧となり、今日の驕りは、明日の失墜の糧となる。ならば人はただ、泰然自若として日々を進まねばならぬのだろう。たとえ一時の強風によって傾いたとしても、釣りの浮きの如くに、そこでの傾きを瞬時、自然なるがままに修正し、そこでの中正に復帰する。自身の居場所を、特定の場所に固持しようとするのでもなく、風が吹けば、風の道理に従い、そこでの最善を尽くせばいいではないか。そこにたとえ涙があったとしても、その涙はいずれ止む。自然はそのことをずっと繰り返し教えている。
陰陽をそれぞれ天・人・地の三才に当てはめてみるとき、そこには8つのパターンが現れてくる。その8つのパターンに、さらに陰陽を当て2ペアにしてみたところ、実に64種の多彩なパターンが生み出された。そのパターンにはひとつとして同じものはなく、しかし、隣同士ではわずかな形状の差異しか見出せない。しかしその変化の相は、四季の穏やかに移り変わる様を、しかと余すことなく映し出す。そして同時に、それが止まったものではなく、常にまた移り変わりゆくものであることを示している。
「小さくは、一日のなかにも四季を見出すことができ、大きくは、四季の流れも一日として見出すこともできる。そして、あらゆるもののなかにそれらは見出せる。すべてが動くもの故に、そこに動かざる法が定まる。」
自分が何故、この世に生まれて来たのか?という質問に、自分で明快に答えれる人は、恐らくはいないのだろう。しかし、理由はわからなくとも、そこに生きている自分がいることもまた事実でしかない。春夏秋冬と巡るこの世界の一部として、この我もまた確かにそこにいる。誰もが時折問いを持つ。どうしてなのか、と。そして人は、その答えが何なのかと探る旅に出るものである。だが、その問いの答えを得る前に、その問い自体が誤っていないかと自身考えてみるのもまた深いことである。
人間を地球上の東西で分かつことはできない、しかし、文化の発達とは、その発生区域を中心に根付く。古の中国で起きたひとつの文明の枝は、やがて広大なる拡がりを見せ、アジア全土にまで及び、小さな島国である日本にも、大いなる影響を落とした。東洋の武術の根底には、古代中国の世界観、思想が確かに根付いている。ある時代に生まれた武術は、その時代の人間が学んだ文化の影響を受ける。或いは、その時代の人の考え方の基本軸、雛形の傾向の枠からは脱し得ない。あまねく影響を受ける。
ならば、ある時代に産み落とされた、ある文化の真髄に近づかんと欲するならば、究極的にはその時代の人間の考え方の原点にまで踏み込まざるを得ないだろう。その文化を踏まえずに、まるで変わり果ててしまった異文化を土台にして、古文書に秘められた意味を紐解くことはやはりできないことだろう。同じ言葉ひとつとってみても、時代によってその意味は変わる。しかし、丁寧に古人の思いに心を馳せていくならば、いつしか、もしやこのように考えたのではなかったか、というようなある種のインスピレイションに突き当たることもあるのかもしれない。ならば試みてみる価値はあると心は躍るのだ。
一転して、2006年、夏。今、この真夏の青空と太陽のまぶしさに手をかざしながら、はたと思うのだった。
果たして古の人間たちも、この時節にはこの青空と太陽を、今の私と同じように味わったのだろうか、と。
地球の自然環境は今、過去にない速度で激変しているのだという。しかもそれは、決して我々の未来にとって好ましいとはいえない方向へである。地球、否、人類全体は今、もしかすれば、”坤為地”に近づいているのかもしれない。しかし、ならばこそ、それはまたやがては”乾為天”へと巡るものであろうとも楽観し、ただ悲観するばかりではなく、同量なる希望の光をも持って、この時代の自然の流れに身を置き、叶うならば、あの海面に漂う浮きの如くに生きていきたいものと願うのである。 |
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【我が愛しの愛機APX改造日記A】 ナチュラル・リボーン大作戦♪
さてさて今回は、以前にも書いていた我が愛機ブラックAPX(ギター)改造計画の後編である。前回は電池BOXの設置までで終わっていたのだが、実はさらにさらにー、大胆なる改造計画を私は密かに推し進めていたのであった...。(って、誰に向けて報告しとるんだっちゅー話ですがw)題して、”ナチュラル・リボーン大作戦♪”なのダ。
前回の改造によって、初期型APXの使い勝手を著しく削いでいると感じていた電池交換時の煩わしさは、電池BOXの設置によって一挙に解決した。もうこれで、いちいち電池交換のときにすべての弦を緩めたりする必要もなくなり、非常に快適になった。しかし、それだけに、さらにこのギターを”使える相棒”にしたくもなってきていたのだった。元来の凝り性気質が顔を出す...。
ひとつの修正したいと思っていたポイントは、塗装の問題であった。それというのも、ギターの塗装にはテカテカの艶のあるグロスフィニッシュ(ラッカー塗装)と、艶を抑えてあるサテンフィニッシュ(オイル処理)という方法があるのだが、この黒APXは前者であり、元々艶のある綺麗なブラック塗装だったのであるが、ただ、経年を経たビンテージ・ギターの多くがそうであるように、経年によって表面の艶がなくなり、なかには塗装時の不良で経年後に塗膜の表面ではなく内部に醜い白濁が出てくるというケースがあり、この時代のYAMAHA製造の一連のギターにも、やはりこの白濁が出やすいという問題があった。で、私の黒APXも例に漏れずこの症状は出ていて、以前からなんとかしたいと思ってはいたが、塗装をすべてやりかえるとなると、それだけでもかなりの費用が掛かる事は想像に難くなかったし、そこまでするのならば、他にも修正しておきたいという箇所もあった。でないと、色だけが良くなってもギター本来の性能に未だ問題が残っているのならば、それは飾りにしかならないという思いがあったのだ。
で、その他の問題というのは、フレットという指板に打ってある鉄の部分の磨り減りの問題である。これはどうしても消耗する部分なので、長年使用していれば、どうしても磨り減ってきてしまう箇所である。といっても、私がそこまで使い込んだ訳ではなく、中古で購入した際に、すでに前オーナーがかなり使い込んでいたらしく、5分山以下くらいにまでなっていたのを、さらに私が使用したことで更に減り、1フレ2フレ辺りは3分山?くらいとなっていた。で、これをプロに打ち換えてもらうとなると、相場では大体2万円くらいは掛かるらしく、それもどうかなーと考えていた。
で、あともうひとつの問題、というか、これは個人的な希望だったが、この黒APXとは別に、いつかはビンテージのAPXで、シングルヘッドのナチュラルカラーのモデルが欲しいとずっと思っていた。しかし、その機種(APX-20TSや、APX-50TS)はすでに製造停止になってから久しく、市場に出回る確立は今では非常に希少であり、そうしたものに今後幸運にも出会えるという保証はなく、その確立は低かった。しかも、もし見つかったとしても、きっとその値段で腰を抜かすに違いなかった...。
と、そういう要素があったのだが、それらはそれぞれ個別の問題で、まさかそれを同時に満たすなどという考えはなかったのだが、この電池BOX改造で蘇えったリニューアル黒APXをじっと眺めていると、ふと大胆な発想が浮かぶのであった。
黒塗装が白濁している...やり直したいが、金額が張る...一方で、ナチュラルカラーのAPX、しかもシングルヘッドが欲しいよな...でも、なかなか見っからないよなあ...どうせ高いんだろうし...フレットもやりかえたいよなあ...しかし、専門店に出すとそれこそビックリ価格だろうしなあ...。ん?ちょっと待てよ!
どうせ塗装が白濁してる...ナチュラルカラーが欲しい...黒を剥がすと木目だよな...そこでクリヤー塗装したら?ん?ナチュラルにはなるよなあ...。いやいや、まさか...でも簡単かも?できるかな?できそうな気もする...。ってか、やってみたい気持ちアリアリじゃんかよ今の俺。うーん、どうしよ。つーか、ええいやってまえ!!!と、いうことで無謀にも作業に突入♪

走り出したらもう止まらない♪とりあえず勢いでホントに削り始めちゃいました。最初は荒めのサンドペーパーでジョリジョリ削ってきます。
で、削り始めてみると、ちょこっとした数ミリの塗膜だからすぐに地肌が出てくるものと思っていたが、これがこれで意外に強敵で、なかなか地肌が出てこない。始めはかなり慎重に削っていたのだが、段々そんな調子ではダメだとわかり、どんどんダイナミックに削りだす。もうすでに後戻りは不可能なんだし。いくしかねえ♪

やっと地肌が出てきたところ。地肌の出たところはさしあたって触らず、とりあえずは他の黒をどんどん剥がしていく。かなり粉が出ます。

つまりは、コレ↑を コレ↑にしたいのですわ♪
全部なんとか綺麗に剥がせました。次はクリア塗装だ!
ここまでやるなら、ついでにピックガードも作っちゃえ♪
塗装が乾くまでにフレットの打ち換えもやってまえ!
おお、いい感じになってきたかも♪と、自画自賛。

つーことで、最終段階。実際に弦を張ってみて、ナット&サドルにスペーサーを咬ませて弦高などを細かく調整。
ちゃんと出来るというなんの根拠もなかったが、望みどおりのものが出来ちゃったよ♪ま、自分で作りたいように作ったのだから、当たり前といえば当たり前なんだけど、やっぱりちょびっと感動です。なんでもやればできるもんですなあ...。
掛かった期間:塗装剥がし(3、4日)、クリア塗装(塗り3日乾燥3日)、ピックガード製作&取り付け(1日)
掛かった費用:ペーパー類(1000円程度)、クリア塗料(缶スプレー1000円)、ピックガード材(1500円)、フレットワイヤー(500円)
計:約一週間くらいの期間で、実質4000円程度の費用で改造が出来ました。うう、信じられん!こりゃ補修職人にでもなるかw。
で、最期に、少し前に仲間入りしてたチビAPXちゃんとのナチュラル親子2ショット♪で締めますです。
またしても今回もかなり趣味ネタに走りましたが、ギターのネタはこれでしばらくは鳴りを潜めるでせう。
一部知り合いのギターフレンズからは、”APXばか”と呼ばれてる私です..。ムフフ★ |
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【友との再会】 肌一枚を通じてわかる感性
突然、友からのメール。彼らしい遠まわしの言い方で書いてある。おいおい、何だよ。もしかしてこっちに帰って来てんの?と返す。今、小倉だと返答あり。久しぶりの再会となった。
彼とは幼稚園からの幼馴染で、一緒に空手の門を叩いた親友である。今は宝塚で鍼灸師をやっている。全然変わってない。と同時に、様々な経験が彼をさらに逞しくさせ、治療家としての哲学とその腕にはまた、そうした彼自身の心が集約され、より自信というか、より落ち着きを増した彼の顔がそこにはあった。何よりもそれがうれしい。
挨拶もそこそこに、すぐに手を合わせる俺たち。周囲の人間はつかの間おいてきぼりにさせて頂く。ごめんなさい。俺たちは無言で塔手し、向かい合う。そして、ゆっくりとゆっくりと静かに動きが始まった。それは柔らかく、他の誰よりも柔らかく、それぞれのこれまでの会わない時間にやってきたことを、まるで言葉もなく交換することのできるコミュニケーションだと思えた。彼の変わったことと、変わらないものをそこにしっかりと確認した。きっと彼のそうだったに違いない。互いに笑みが溢れた。
彼曰く、「王JKっぽくなったね。」「それに太い。」二人にしか通じない言葉が続く。俺「ああSJ、変わってないな...。」と言ったかと思えば、すぐさま「だけど、またすんごい変わったよねえ。」とも漏らしてしまう。昔ほど多くの試みをすることはなかった。ただ、手を合わせ、少し気を交換し合った。実に楽しかった。ここ最近では最高の推手をしたなと思った。
その後、彼が客人に施術する光景をしばし拝見させてもらう。とても優しく柔らかく、そして静かな手技が順々に施されていく。「眠りそう」と訴えながら患者の表情はみるみる解けていった..。彼は指先から来るものに、じっと耳を傾けるようにして、それから適切な処置を施していく。ただ淡々と静かに...。そのときはすっかり治療家の顔になっていた。
しばらく見入っていると、自分の番が来た。久々に彼の打つ鍼を太衝に受ける。少しも痛くない。心地よい。そして、つぼも時間で移動するんだよという話を興味津々に聞く私。次に寝かされて、彼は私の頭蓋骨のリズムを静かに聴いている。そして足に施術をしてくれた。左腸腰筋にあった異常はすぐに治った。
いつもはもっと色々な技を試しあうのが恒例のことだったが、何故か今は、それは必要ないという気がした。自然にそうなった。その代わりに、ずっと朝まで色々な話をし合った。話題が尽きることはなかった。空が明るくなったので、じゃあ少し寝るかといって互いにわかれた。
彼は何も変わっていなかった。それがうれしかった。同時に、
さらにさらに進化を遂げた彼の姿が実に頼もしかった。
「よう、友よ。こん次はなんばしよっかね?また楽しみにしとくけんね。」
彼が去りし後、何ともいえない清々しさだけが私のもとに残った。 |
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【私の武術観】 今、どのように捉えているか
私は当然のことながら、今もって修行の身であり、「我得たり」といえるような確信など、未だ私の中には現在もないし、稽古の度に自分の未熟さをいつも痛感している。ただ、そうした中にあって幸いだなと思うことは、その度毎に私は落胆するのではなく、むしろ、「よし、なんとか突破してやるぞ」というバイタリティーが噴出してくることのほうが大きいことである。それでなんとか地味なこの自分の稽古を今日まで継続して来れたろうと思う。
昔から色々とやっては来たが、その当時には当時なりの考え方をしてきたと思うし、当時なりの価値観に従がって、これが良いと思う稽古をしてきたなと思う。まだまだ足りないとも思うが、それでも、今までも確かに色々なことをやってもきた。今、初めの頃のことを考えると、随分無駄なこともしてきたなとも思うし、あれはこうだったなと今ならばいえる部分もいくらかはある。勿論、だからわかったとかいうことではなく、ただ自分の過去に対して、今の自分から思うことがいくつかは出てきたな、というくらいのことでしかない。それだけに、こうしたことを馬鹿のように飽きもせず、私も少しはそれなりに重ねてきたということなのだろうか。まあ、確かに、もう子供だとはいえない年齢になってきたのは確かだし、少しはそんな部分もないと困ることではあるかな..。
昔は、技を沢山覚えることで精一杯だったし、知らなかったのだから、まずは知りたいのも確かだった。だから未知の技を知る度にいちいち驚いたものだった。「凄い!こんな技があるのか」といった具合に。そのようにして個々の技とその威力に、それぞれに相応の価値を見出し、それらを沢山覚えようとした。そして、沢山知ると同時に、それを使うに相応しい身体を作ることも習得なのだと捉えていた。
当時の私にとっては、技というものはひとつの完結した動きであって、ひとつの決められた終結に向けて、抜かりなく流れていく、ある意味、強引な動きであり、それが滞りなく遂行されさえすれば、技は必ず決まるというものであった。もし、それが上手くできなかった場合にはそれは失敗であり、だから、その失敗になった途中にあった要素をすべて克服するために、さらに研鑽を積んでいく、という考え方をしていた。つまり、技は既に完成品のようなものであり、それを未だ正確に具現できない自分が未熟なだけで、自分が熟達すればそれはいずれできるようになる、といった考え方だった。初めに技ありきなわけである。
たとえば、ひとつ関節技という技術がある。それこそ無数に名前がある。それをいくつか覚えたとする。で、それを、ではいざ実践で使ってみようとする。どのように考えるか?「よし今がチャンスだ!あれを使おう」と心に決める。そして技を掛ける。「どうだ!参ったか」となれば、それはそれでいい。「ん?いまいち決まらないぞ」となれば、また別の技をチョイスする。そしてそれが決まればそれでいい。つまりはそういうものだった。そういう変化が沢山できれば、それに越したことはなく、そういうものが応用技と考えてもいた。しかし、それは膨大な技のネットワークがそこに必要ということでもあった。それに、自分の技が遂にどこかでネタ切れしてしまい、手詰まりになってしまえば、そこでそれはアウトでもあった。
では今現在はどうか?たとえば関節技といわれるものは、私の中では動きの流れのある一局面でしかないと捉えている。一局面なのだから、必ずそこに持って行こうとは考えない。ではどうなれば関節技になるかといえば、相手がこちらの身体の一部分を強く持ち、ずっとそこを離そうとしない場合に、こちらの動きの都合上、相手の関節が勝手に極まる。だから、手が離れたら離れたで、そのまま次の動きに入っていくだけであって、関節を極めようとは考えていないので失敗でもない。極まる場合なら極めればいいというだけのもの。しかし、そのように関節を詰まらせる動きが、昔ほど良いものだとは余り思わなくなった。何故ならば、相手が痛いからだ。痛むとやはり心理的に反発心や怒りを生じやすいから、それを嫌うのである。できればそこで「あれ?」っと思わせたい。そのほうが上等だと思うからである。心理的にも呆気に取らせるというか、一瞬無の状態におくので、反撃の危険もより少ない。痛いと感じさせると「コンチクショウめ!」とやはり人は思うものだし、いつかやり返そうと思うのが人間の本能だとも思う。だから、負けたと思わせるよりも、駄目だと思わせるほうがより安全だと思う。
状況は常に目まぐるしく変化するのに、決められた形に持って行こうとするのは、それだけでも難しいことだし、やはり色々と無理がでる。それよりも、守るべき基本というものを崩さずに、場面の変化に応じていくという形になれば、終始安全だし、結果として根負けした相手が勝手にミスを犯して破れる、ということになる。こちらは余り深く考えずに済み、相手は散々考えた挙句に失敗してくれる、ということになる。こちらのやり方のほうが随分と楽だなと思う。しかも、途中で相手が疲れて攻撃するのを止めてくれれば、それはそれでいいのだし、また来れば、また同じことをすればいいのだし。そういうやり方だ。だが、そこに見た目の格好の良さを求める人には向かないだろうし、相手を精神的にも屈服させないと、どうしても自分の気が済まないという人にも向かないと思う。
ただ、相手が一人の場合はそれでもいいが、多人数の場合だとまた少し違う。どうしても次々に来るという状況であるならば、一人一人ができるだけ同時に来ないほうがいいので、自然と復活までのタイムが少しは長くなるような威力を与えることになる。そして、悠長な時間がある場合には、同様に相手が疲れてくれるのを待つのもいいだろうし、時間がないという場合には、仕方なく強い威力を入れて、さっさと倒し早々に逃げる。或いは、次の行動に移っていく。そのようにはなるだろうと思う。すべてはその場の状況による。
これらは、一応技を使う、という前提で考えた場合であるが、この上にはさらに「できれば技を使わないでどうするか」ということもある。しかし、それでは技の修練にはならないので、技の修練という意味でこう書いた。しかし、ここでいう技という意味は、そのときの状況と常にワンセットなものであって、何々という技をどう使うか?という、技そのものを取り出した考え方とは根本的に違うものである。そこでは特にこれという技は考えない。ただ、そこでどう守るかということが先にあり、ついで必要な動きが自然に生まれ、結果としてそこに技(一筆の軌跡として)が出てくる。そうしたものである。崩れなければ、どのように状況が変化しても守りきることができる。その守るべきものを練ることを、自分の技を練ることだと考えている。目的もないのに技が先にくることはないと、ごく自然に考えているのだ。
では、普段の稽古で個々の技を練習しないのか?といえば、見た目的には、結果的にいえばやっている。しかし、そこで練っているものとは、終始一貫して中心を練っている。結果、どういう動きがそこに生まれるにせよ、どういう技として極まるにせよ、貫かれる基本は何も変わらない。逆にいえば、その基本を見失えば、いつでも失敗をすることになる。勿論、そうした失敗の際においても、自分の基本を見直すための材料としていくのである。そして再び基本に還る。
また、矛盾するようでもあるが、個々の技や動きをわざとピックアップしてやるときもある。しかし、そうした場合でも、そこで何をやっているかといえば、その動きの中で基本が守られているか?活かされているか?というようなことである。そこでの動きが基本を離れた別のことになっていれば、結果的には上手くいっても、それは何の技にもならないと考える。いくら力技で相手を捻じ伏せてみても、自分が疲れてしまえば、いつかはピンチの場面にもなる。そうならないための基本であって、技そのものが効くか効かないかは、はっきりいえば二の次である。効く前に自分がやられてはそもそも意味がない。まず守れる事が第一で、次に、何かして五分五分であればそれでよしで、そこで適度に効くようならば尚結構、といった具合である。真剣に勝負というものを考えていけば、守るということが基本になる。捨て身というのは、死んでもいい、という場合にのみ使うものなのだから、やはり基本は守りである。
で、ここまで書いて、その意味はわかったとしても、ではその基本とは何か?ということが気になる筈であるが、特定の技でないのなら、形のないものなのかといえば、確かに形はないが、原則というものがそこにはある、ということになる。こういう風にしておくべきだ、という身体の基本的な原則を守ること。そのためには、何が基本原則かということを突き止めておく必要がある。普段の何気ない生活の中で、動きの中で。それが正にここでいう稽古であるのだと思っている。その探求の過程で見つけた基本原則をより精密に、繊細にし、さらにその精度を上げていく。その連続であり、それらが回転しながら向上していくこと。より確信に近づいていくこと。深まっていくこと。熟成されていくこと。年輪を刻んでいくこと。老練になっていくこと。結晶になっていくこと。純粋になっていくこと。無限に途切れないこと。そのようなものを稽古としているのである。やはり、最も基本的なものを練る、という表現になる。
だから、こうした稽古には終わりというものがない。と私がよく書くとき、それは稽古を通じて得た、深い実感に基づいている。そのまんまの感想ということである。意味もわからず、それらしいからと書いているのではない。まんまであり、裏などない。
また、さらに突っ込んで書くと、以前は死んだ時が終わりかなと考えてもいたが、現在ではさらにその先がまだあるのだろうと考えている。だから、死んでも、さらさら終わりではないと思う。いわば、第一段階終了といったところか...。勿論、死んでみなければ、さすがに先のことはまだわからないが...。
ということで、生きてる間には、どうせ落ち着く場所はどこにもないのだから、逆にいっそ落ち着いて、死ぬまで腰を据えてじっくりと修行すればいいのだろうと思うのである...。ん、変か?ま、いっか...。相変わらず、締り悪しである。 |
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