弱い心 1

 

コンコンと同時に部屋のドアが開いて「アニキ、おはよう」と普段は上げている前髪を垂らした幼い感じの啓介が入ってきた。また、風呂から上がってちゃんと乾かさずに寝たんだな。

「お前にしては随分早いな。今日は何かあるのか?」 

「うん、まぁ」

眠そうな目をこすりながら近寄ってきた啓介は俺が読んでいた本を取り上げていきなり抱きついて耳元にキスをした。

おはようのキスは珍しいことではないが、恥ずかしがりの啓介がいきなりこんなことをするに訳がある・・ハズだ。

何か悪いことをしたとか、頼みごとがあるとか、俺の顔を見て話しにくいことがあるに決まっている。

「朝から抱きついて俺を誘ってくれるんなら大歓迎だけど・・・。どうした?言い難いことがあるんだろう?何をやらかした?今日は急ぎでやらなきゃならないレポートがあるからゆっくりと聞いてやれないんだ。長くなりそうな話はパスな。早く言えよ」

「ちぇっ 何でもお見通しかよ・・」 顔は見えないが、きっと今、啓介は口を尖らせているはずだ。

「フン・・で、何だ?」

「あのさ、今日はアニキ家に居るって昨日言ってたよな?」

「ああ」

「FC借りてもいい?」 こう来たか・・・通りで俺の顔を見て言えないわけだ。

「啓介・・お前の頼みだから考えてはやりたいが・・どうしてだ?」

この前のバトルのプラクティス中にFDは対戦相手に撒かれたオイルのせいで壊れてしまい今は史浩に任せて修理中だ。仕方なく啓介は母さんの車を足にしていたはずだ。

「この前、恭子にFD借りただろ。そのお礼をしたいから今日会う約束してあるんだ」

「・・・・・」 恭子・・・あの子のことそんな風に呼んでいたのか・・・。

「なぁ、アニキ、頼むよ」

「母さんのベンツがあるだろう」

「オレもそのつもりでいたんだけど、やっぱし、走り屋として同じ走り屋の奴に会うのにベンツはかっこ悪りぃーだろ!笑われるぜ」

こいつ、俺がお前の次に大事なFCを何だと思っている・・・・。

「その子、お前のこと好きなんだろ?それなのに俺のFCに乗せるつもりか」

「そのことだけどサ。今日、ちゃんとはっきりさせてくるから。オレそういうの苦手なんだけどFCが一緒ならアニキに側にいてもらってるみたいで心強いから」

「・・・・・」

「同じロータリー使いとしてバトルに大事な車を貸してくれたことに心から感謝してる。もう、これであいつに会うのは最後になるからしっかりお礼をしておきたいんだ」

「・・・わかった・・・バトルで車を借りた事は俺にも関係ないわけじゃないし。それじゃあ仕方ないな」

「ありがとう アニキ!」 啓介は嬉しそうな顔で俺の唇にチュッと軽くキスをした。

「ようやく、お前の顔を見る事ができたな。どうせ俺は一日部屋にこもってレポートにかかりきりだ。そのかわり、そのためのエネルギーを、少しもらえるかな?」

啓介はキョトンとした顔をしたが、すぐに、にやりと笑うと「いいぜ」と言って今度はゆっくりと顔を近づけた。

「好きだぜ、アニキ 今日一日頑張ってオレが帰って来るまでに終わらせておいてくれよ」

俺達は暫らくの間、長いキスをしながら抱き合っていた。

 

抱いている啓介の背中をトントンと軽く叩き合図をして、キスを止めて

「ありがとう、啓介。とりあえずお前が戻るまでの補給はできたみたいだよ。早く行って来い」

「オレもありがと、アニキ。なるべく早く帰って来るから、待っててな」

「わかった 気をつけて行けよ」

 

 

そうは言ったものの自分と常に共にあるはずのFCが家から出て行く様子を見るのはなんとも言えない気持ちだ。

聴きなれた音が自分から遠ざかって行く・・・・啓介が運転しているのはわかっているのに、FCも啓介もなぜか自分から剥がされて無理やり連れ去られる感覚に陥った。

たまらない喪失感。

こんな事なら啓介の願いを聞きいれなければ良かった。

 

 

しなければならないことは山ほどあるのに集中できずに進まない・・・。

窓の外に視線を移しFCと共にいる啓介を思う。部屋の時計も何度眺めた事だろう。

結局、予想していた時間を大幅にオーバさせてレポートをどうにか仕上げたが、沈みこんだ気持ちは疲労をよりいっそう深いものにして倒れこむようにベッドに横たわった。

身体は重たくて眠りたがっているのに頭だけはそれを拒んでいて目を閉じても休んでくれない。

カーテンを開けたままの窓の外はとうに闇になっていて、シンと静まり返った部屋はやけに時計の秒針の音が響いて訳のわからない不安が自分をさらに追い詰める。

いつから自分はこんなに弱くなったんだろうか・・・・・

 

 


アニキ・・・暗いです。

私にしては珍しくシリアスっぽいです、でも、DVDで「ラストドライブ」見てたらこの時アニキはどんな気持ちだったんだろうって思って・・。原作読んだときにはただ恭子が振られた事に喜んであまり深くは考えなかったんですけど、DVD見たら切なくなりました。

いえいえ、恭子に同情したのではありません。アニキの気持ちを思ったんです。

FCを貸した時。啓介が恭子と二人でいる時間。

どうなんでしょう。多分焼餅は焼かないと思うんですよ・・でも、どうしようもない感情ってあるでしょ。アニキらしくない?女々しいでしょうか?

表面には出そうとしないでしょうね。いや、そうでないと・・・困ります!だってうちの涼介は攻めですから(笑)

2005.10.29