歴代の名馬たち

--1985年--


[1] オールウィン
オールウィンの性格は非常に温厚で人懐っこく、世話もしやすい馬で、 外見も細身ですらっと背が高く顔もハンサムでした。 食欲はとても旺盛で、飼い付けの時にはものすごい勢いで前掻きをしていました。 その性格の素直さからか、実際に騎乗してみても従順であったため、 一年生の練習馬として大活躍していました。 また、新井さんを乗せて中障碍をゴールしましたし、 関東学生の2回走行では田島さんを乗せて飛び回ってくれました。

[2] シャイアン・ブルー
脚力養成馬、伝統の馬といわれていたシャイアンです。 クリームがかった白い体とつぶらな瞳が魅力の彼は、 乗り手の気迫の程度に敏感に反応するという厳しい面も持っていました。 朝、馬房から出してあげると、うす茶色になっている部分が混じっていることがよくありました。 ボロの上が暖かくて気持ちよかったのでしょうか。 時にはじんましんに苦しんだり、足に疲れが出たりと、 デリケートな面もあったようです。

[3] 流星群
ピースケは安野さんの所有馬として、伊勢崎のトレセンから頂くことになった馬です。 本名は流星群でしたが、顔に流星があったというわけではありません。 本名と別にあだ名をつけるといったこだわりから、ピースケという名前で呼ばれていました。 OBとしての馬術部の関わり方を模索していた安野さんは、形式上はオーナーとし、 休日は調教をかねて積極的に乗せてもらい、実質は部員たちが自由に使える馬としました。 このようなケースは群大では初めてだったのではないでしょうか。

[4] ブーメラン
赤城国体の後に、プロファイル、サンダーらと共に、群大にやってきました。 当時は”桜次郎”という名前で呼ばれていましたが、 「障碍から帰ってくる!」という意味でブーメランと名付けられました。 潜在能力はバツグンにあり、それまでに群大で乗っていた馬のレベルから考えると、 ワンランク上の馬といった存在だったようです。 だた、その分非常に難しい馬で、この馬のレベルの騎乗者がいなかったというところに、 この馬の不幸があったのかもしれません。

[5] プロファイル
プロファイルは当時、群大馬術部で唯一の外産馬でした。 先輩たちの調教のおかげで、昭和60年頃から本格的に活躍を始め、 障碍の試合馬としてその能力を発揮しました。 ブーメランや群龍などのライバルを蹴散らし、 自他共に認める群大のエースとして活躍しました。 性格はすこぶる良好で、馬房ではいつも下唇を少したらしていました。 唇を引っ張っても、首にぶら下がってもお構いなし。 放牧中に”プロ”と呼ぶと帰ってくる、そんな素直な馬でした。

[6] スティックス
身体にまだ硬さがあるところから ”スティックス”と名付けられました。 まったくの新馬からの調教ということで、皆、頑張っていましたが、 思うように成果が上がらず、短い期間での退厩ということになってしまいました。 しかし、彼から学んだことは大きかったと思います。

[7] ノーブルゲイン
臆病だけど、ちょっと馬見知りもするけど、けっこういい馬でした。 群大馬として試合には、県大会で一回しか出場しませんでした。 たった7ヶ月しか群大にはいなかったですが、 この馬から学んだことは多かったと思います。

[8] 巡洋
OBの新井さんと東京慈恵会医科大学OBの石黒さん御二方の預託馬として 群馬大学にやってきました。 温厚で素直な性格、くりっとしたかわいい目をした巡洋でした。

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