「ひかり天体観測所」
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  '06年2月,三鷹光器製30cmカセグレイン望遠鏡が東大から移設され,
 スライディングルーフもアストロ光学製のかまぼこ型に改造された。これ
 で観測能率は大いに向上した。

 名称の由来
    当観測所が東京都国分寺市の光(ひかり)町にあるので、その町名を観測所の名前にした。
    光町はJR中央線国立駅の北側に位置しており,旧町名は平兵衛新田という古めかしい名前だった。この町
   の広い面積を鉄道総合研究所(旧国鉄技術研究所)が占めていて,ここで新幹線「ひかり号」が開発されたこ
   とを記念して「光町」と改名したという。 

 立地条件
   JR中央線国立駅北東側は武蔵野段丘と立川段丘の境界線となる国分寺崖線という南西に開けた崖がある。こ
  の崖線の南東の延長には国立天文台三鷹キャンパスがあるが,北西側の延長は立川市で消滅する。そのため,
  国立駅北側での落差は三鷹キャンパス付近の半分以下である。しかし、当観測所も南方が開けた国分寺崖線の
  肩にあるため冬季にカノープスが観望できる。また都心からも適当に離れているため移転当初には天頂で5等星
  が観察できた。
   残念ながら、現在では観測所の南側に家屋が建てられて、カノープスが南中を過ぎないと観測室からは見えな
  い。また隣接立川市のゲームセンターの回転サーチライトほかの市街光で現在では3等星がやっと見える程度に
  なってしまった。

    ↑国分寺崖線の坂道(突き当たりが観測所)              ↑カノープスが見える 




















     ↑かまぼこ型スライディング・ルーフの観測室             ↑ 観測室内部とスライディングルーフ


 「ひかり天体観測所」の概要
   望 遠 鏡 = 口径30cm反射赤道儀。1981年
           三鷹光器製30cmカセグレイン式。 
                        右の写真 →
            1965年以来愛用してきた西村製
           作所製の口径25cm(木辺鏡)の反
           射赤道儀に代わって,東京大学理学
           学部が測光専用として特注した望遠
           鏡を’06年2月13日に移設した。
            星像の良さはニュートン式の木辺鏡
           に一歩譲らざるを得ないが,追尾精
           度や使い勝手など測光観測に重要な
           機能については三鷹光器製が断然
           有利である。また,後者は堅牢なつくり
           であるため,強風時でも測光器のダイ
           アフラムから星像が外れることがな
           い。
            '07年5月、赤緯のアブソリュート・エ
           ンコーダの修理完了。田中済元国立
           天文台教授のご援助で自動導入装
           置も復元できた。
   観測対象 = ベテルギウスの光電測光ほか主に
           半規則変光星の5色(UBVRI)光電
           測光を継続している。
   光電測光機 = 1991年以降,当時国立天文台
           の田中済教授の指導の下で,フォト
           ダイオードを使用した光電測光装置
           の製作と改良を重ね,2000年以降
           現在の形に落ち着いた。
            この測光器専用のA/Dコンバータ
           ーも自作品である。また,フォトダイオ
           ードの測光器と同型で光増倍管1P
           21を使用した測光器も自作し,明る
           い恒星の掩蔽観測に利用している。
            三鷹光器製のEMI6256B使用の測
           光器は暗い星の測光に適しているが
           未使用。
   スライディングルーフ = アストロ光学製。
            西村(1965年)製25cm赤道儀から現在の三鷹光器製30cmへの移行に際して,アストロ光学
           製のかまぼこ型スライディングルーフに一新した。
            改造前の三角屋根(都内の工務店製)に比べると,強靱さ・防塵・防水・防熱・動きの軽さと静
           かさ・安全性・外観などで全く比較にならないほどの改善点があった。

 主な観測報告・研究実績・著書
        「簡単な光電測光装置の作成とその普及」で,文部省より'98(H6)年度科学研究費奨励研究(B)の補
         助金の交付を受ける
        「星食観測によるαTauの視直径の測定」   日本天文学会 1998年秋季年会
            大金要次郎(都立小山台高校),大倉信雄(JAPOA),仙石新・奥村雅之(海上保安庁水路部),
            鳥居泰男・相馬充・田中済(国立天文台)による共同観測
        「αOriの5色測光」    連星・変光星ワークショップ2003
        「デジタル式カメラによる変光星の観測方法の開発と
            その普及」で,日本学術振興会より'04(H16)年度科学研究費補助金を交付を受ける
        「デジカメでも測光ができる」 2004年 天文教育研究会
        「デジカメ測光の可能性」  連星・変光星ワークショップ2004
        「αOriのUバンドの周期的変動について」
            連星・変光星ワークショップ2005
        新版地学教育講座J「星の位置と運動」地学団体研究会編 東海大学出版会 初版1994
                                                  著者=大金要治郎(要次郎)
        高校「地学」教科書(大日本図書),チャート式地学(数研出版)ほか,共同執筆は多数

 「くにたち天文台」 = 「ひかり天体観測所」の前身
    1982年に国分寺市へ移転してくる
  前の観測所は,光町に隣接した国立
  (くにたち)市北に「国立(くにたち)天
  文台」として存在していた。ここは中央
  線の線路から100mほどしか離れてい
  ないため,重い貨物列車が通過すると
  振動が伝わり,観測のための立地条
  件は良くなかった。また東京都の都市
  計画で道路用地となったため立ち退か
  ざるをえなかった。
   現在地へ移転後も最寄り駅が「国立」
  であることから「国立天文台」の名称を
  そのまま使おうとしたが、東京天文台が
  東京大学から独立して「国立天文台」と
  改称されたため,大変紛らわしいので
  「ひかり天体観測所」の名称にした。
     右の写真は国立市在時の25cm
    赤道儀(1965年西村製)とその左
    の16cmシーソー式経緯台。双方
    とも当初は自作鏡,後に木辺鏡。
     火星の眼視観測ほか,高校地学の
    教材用天体写真の撮影などを行っていた。

 改造前の「ひかり天体観測所」 = 1982年に国分寺市光
  町へ移転後,「ひかり天体観測所」と改名。
   1996年に赤道儀を昭和機械製作所が全面的に改に改
  造を行い,エンコーダーを取り付けて導入支援型とし,駆
  動もステッピング・モーターとして追尾精度を向上させた
  ため,測光観測が効率的に行えるようになった。
      右の写真は昭和機械にによる改造後の西村
     製25cm反射赤道儀に自作測光器(フォトダイオ
     ード使用)をとりつけた時の様子。









 アルバム 2006年の改造工事と30cm赤道儀の移設




          右 改造工事前の観測所


          下・右下
             アストロ光学による
            スライディングルーフ
            の設置工事



























  下  東京大学理学部3号館屋上ドームからの移設工事(2006年2月13日)


  下 東京大学理学部3号館前の50tクレーン車
    (屋上にドームの一部が見える)                     下 ひかり天体観測所への設置工事



















   更新記録 = 2005.1/28(1),'05.11/5(2),12/30(3),
           '06.2/16(4)5/18(5),8/31(6), '07.1.5
           '07.6.25

           
ベテルギウスの光電測光

        フォトダイオードを使用した光電測光装置

             
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