■私のPCヒストリー
私とコンピュータの関わり合いにまつわる記事を、時系列に並べてみました。
●パソコン前史
私が初めて手にしたコンピュータ(らしきもの)は、パナソニックから発売されていた
音楽専用のものです(製品名などはとっくに忘れた)。一応キットで、組み立てをした記
憶があります。1977年の話です。
音楽といっても、単なるブザーの様な音で、音高と音長を16進で1つ1つ入力するだ
けの、他愛のないものでした。それでも結構ハマって、いろんな音楽を楽しんだような気
がします。
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●初めてのパソコン
1978年、高校卒業と同時に上京した私が初めて手に入れたパソコンは、米コモドー
ル社のPET2001でした。40×20行のキャラクタ表示モノクロディスプレイと本
体、補助記憶用のカセットデッキが一体化されたもので、BASICが走りました。
CPUは6502。メモリは16kバイト。カセットデッキへの変調は多分1200
ボーぐらいだったんじゃないかな。ちょっと大きなプログラムだと、とてつもなく時間が
かかって、しかも、しょっちゅうエラーが出ていました。よく我慢して使っていたと、今
思えば不思議なくらい低レベルのマシンでした。でも、こいつのおかげでプログラミング
の基盤ができたのは事実です。
その後、1980年の4月に専門学校の助手として就職してからは、学校のマシンが
次々と使えて、それはそれは恵まれた環境になったのです。PC−8001、PC−88
01、日立ベーシックマスターレベル3など、往年の名器を使ってリサージュなんかを画
面に出しては悦に入っていました。
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●NECをゲット
1982年の暮れに、あこがれだった16ビットのパソコンPC−9801を入手。
当時貧困だった僕にとっては清水の舞台からバンジージャンプするくらいの勇気と決断が
必要でした。買えたのは本体と8インチのFDD×2。FDDだけで¥398000しま
した(あまりにも高かったので、値段を忘れようにも忘れられません)。
ディスプレイまで手が出なかったので、当初は、なんと、テレビに接続して使っていま
した。
I/Oを拡張してやろうと、PIOボードを自作して拡張ポートに突っ込んだりしてい
たところ、回路設計ミスからBUSコントローラなんかを壊しまして、半年も経たない
うちに修理に出しました。UV−EPROMがマスクROMに変わって帰って来たのが
印象的でした(笑)。
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●PC−9801の増設
テレビに接続しても、漢字のキャラクタは半分しか表示できなくて、結局のところ、と
ても使えませんでした。そこで、比較的安価になったグリーンディスプレイを秋葉原で購
入。また、パソコンラックも入手して、ようやくパソコンらしい使い方ができるようにな
りました。
次にメモリの増設。当初128KバイトだったメモリはMS-DOS2.11を使うようになって
次第に不足するようになりました。そこで、1枚のボードに2層にメモりを密集させたメ
モリボード512Kバイトを購入。約6万円でした。
当時、Z80を中心にソフト開発していたものですから、98でもCP/Mを動かす必
要が出てきたため、Z80のコードが実行できるエミュレータボードも増設。汎用コン
ピュータ用の漢字プリンタのインタフェーステストシステムのソフトウェアなどを開発し
ました。
また、1985年には、ナツメ社から執筆の依頼を頂戴し、その原稿を印刷するために
ドットインパクトプリンタPC−PR201を借用。何とかパソコンシステムが構築でき
たのでした。
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●おしゃべりパソコンPC−6001Mk2
1984年、「しゃべるパソコン」が登場しました。PC−6001Mk2です。カ
ラーも20色ぐらい表示できるもので、TVに接続して使える、というのがウリで、気の
多い僕はすぐに飛びついて買ってしまいました。
外部記憶はカセットテープ。PET以来のカセット入出力ということになりましたが、
やっぱり変調速度が遅くて、どうにも使い勝手の悪いモノでした。
その後、4インチ幅ぐらいで4色のペンで印刷できる「プロッタプリンタ」なるものを
接続して使いました。
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●静岡で最初のパソコン購入
1986年2月、住み慣れた東京都東村山市を後にした僕は、静岡県の県庁所在地であ
る静岡市に移住。この年の4月に、PC−9801VMとカラーディスプレイを購入。よ
うやくカラーで仕事ができるようになりました。また、その頃にはナツメ社からカラープ
リンタをお借りすることができ、カラーの印刷も(一応)できるようになりました。
このマシンは、その後10Mバイトのハードディスク(初のHDDでした)を増設し、
また初めてモデムというものを接続。1988年からNiftyserveに加入して、パソコン通
信を開始しました。
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●PC−9801EX2
長く使ってきたPC−9801VMでしたが、さすがに8色カラーでは、いろいろなア
プリが辛くなってきました。CPUパワーも苦しくなってきて、そろそろ、という頃に職
場のPCが新しくEXになりました。このチャンスに、と、私も便乗してEX2を購入。
ディスプレイはVMのをそのまま使いました。VMにはグリーンモニタを接続。初めて2
台のパソコンを同時に使える環境になったわけです。
EXはメモリを増設して2Mバイト、ハードディスクは80Mバイトのものを接続しま
した。やがてVMも不要になってきたため、下取りに出して何か買おうと思っていた矢先
のことです(以下次項に続く)。
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●初めて買った携帯型パソコン
1988年、NECからデスクトップと完全に互換性のあるノートパソコンPC−98
01nが発売されました。モノクロ液晶で640×400ドット表示、RAMドライブ
1.2Mバイト、FDD内蔵という、当時としては画期的なマシンでした。ちょうど要ら
なくなったVMを下取りに出して、差額6万円ちょっとで手に入れることができました。
これが後にも先にも、最も効果的な買い換えになりました。
その後、この98ノートはパソコン通信用端末としてかなり長く使いました。1997
年に、子供の友達のお兄ちゃんに進呈し、遂に手元を去ったのでした。
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●鬼のH98=金食い虫
CPUが286から386、486とテンポよく進化し、パソコンもどんどん性能が
アップしていきました。EXは286マシンですから、486まで登場すると、もう買い
換えたくてどうしようもなくなりました。そこで、業者からPC−9801DA(386
マシン)とPC−H98S(486マシン)の見積をもらい、ああ、僕は大きなミスを犯
したんです。先見の明が無いというのか、バカというのか、70万もの大金をはたいて、
本体、17インチディスプレイ、ウィンドウズのアクセラレータ等を買い込んでしまった
のです。
これが私の最大の失敗。やはり、ある時期のハイエンドマシンに
手を出してはいけない
んです、庶民は。その後CD−ROMというものが必要となり、3倍速のドライブを9万
ぐらいで購入。なんだかんだで、結局このマシンには100万近くの大金を注ぎ込んでし
まったのでした。あ〜あ、ばっかだなぁ。
それでも、初めてマルチメディアに対面することができたり、ウインドウズを体験した
り、インターネットのWebを見たりと、新しい技術に直接触れることができたのはこの
マシンのおかげでした。
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●PC−9821Xa16/R16
1996年に入って、回りの同僚達のマシンが次々にPentium搭載になり、いよいよ
我がH98Sも、使い勝手が悪くなってきました。そこで初のPentiumマシンとして
PC−9821Xa16/R16を選びました。ディスプレイはディーラーに新古品があるとの
ことで、安く譲ってくれる話をつけ、本体を30万でゲット。割といい買い物をしたと
思っています。
発注から随分待たされて、4月も半ば過ぎにようやく納品。ディスプレイは新古品と
いうには余りに汚かったので文句を付けたら、結局無料に(_o_)してくれました。
CPUはP-166、H98Sでは外付けだったCD−ROMも内蔵され、HDDも1.6Gと
(当時は)申し分の無いスペックでWin95でガンガン使いまくりました。ただ、メモリが
16Mしかなく、P-166の割に、えらく重たかったので、64M増設。それからは快適マシン
として仕事に欠かせない道具となりました。
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●ようやくカラーノートをゲット
1996年の秋頃から、カラーノートが欲しくて欲しくて、物欲の固まりになりました。
雑誌の広告を見ては溜め息、パソコンショップへ出向いては溜め息の連続。暮れになって
いよいよ我慢できなくなり、IBMのThinkPad535(MF9)を、大晦日に購入。メモリ32Mと
外付けのCD−ROMドライブを同時に購入。やっと人並みにノートパソコンが使える
ようになりました。
CPUはP-133、HDDは1Gと、まあまあのスペックで、何しろその小さな筐体が
持ち運びに便利で、職場と家の間をしょっちゅう往復しました。
10.4"のTFTは、SVGAだと文字が小さくなって目が疲れますが、それでも1.7kg
という軽量はGOODです。
その後、インターネットやデジカメを使いまくるようになって、あっという間に
HDDが満杯になったので、3.2GのIBMのドライブをゲットして換装しました。
結局約2年半にわたって、家のメインマシンとして鎮座ましましていましたが、家内が
E-mailを始めてしばらくするとポートがいかれたとメッセージが出て起動しなくなりました。
家内は自分が壊したと、しきりに謝りましたが、僕はやさしく微笑みながら「おお、よくぞ
壊してくれた。さぁ、新しいのを買おう」と励ましたのは言うまでもありません。(爆)
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●P−2カラーノートへ
1999年春、ThinkPad535の故障を期に(笑)自宅用として新しいカラーノート購入を検討し始めました。なるべく安く、かつ高性能のものを物色した結果、ちょうど翌日に新機種発表を控えたThinkPad390が24万で入手との情報をゲット。P-2の266MHz、HDDも4.3Gと、結構なスペックだったので即購入を決め、送金した翌日には物が到着。あっという間の出来事でした。
オールインワンでTFTは14"でXGA。これで24万かとウハウハしましたが、良い事ばかり続きません。早速メールを、と思ったら、なんとモデムが無い。仕方が無いので56kのカードモデムを購入。
重量が3.5kgもあるので持ち運びは不便ですが、14"のXGAは大変目に優しく気に入っています。
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●遂にPC組み立て
1998年春、かねてから組み立てたかった夢を叶えようと、ツートップでMMXの
キットを購入。物が届いてから1ヶ月近く梱包のまま放っておいたのですが、連休明けに
組み立てました。
スペーサの長さが足りなくて、PCIカードとケースがうまく合わなかったのですが、
適当に誤魔化して(笑)完成。電源を入れたらちゃんとBIOSの画面が、、、キットだ
から動いて当たり前なんですが、結構感動ものでした。
その後、ネットワークカード、SCSIカードを組み込んでCD−RWや外付けHDD
も接続。なかなかのスペックになりました。
でもCPUがノートに全然かなわないところが悲しいです。
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●デスクにカラーノート
1998年夏、IBMがとってもスマートなノートPC、ThinkPad600シリーズを発表。
本体2.5kg、液晶が13.3"のXGA。スペックを見るうちに欲しくてたまらなくなってしまい、
そうこうするうちにツートップからメモリ128Mをプラスしての特売広告が、、、
気がついたら送金して物をゲットしていました。
軽いし、ウルトラスリムベイってベイにはCDまたはFDD内蔵できるし、厚さが36ミリ
でスマートだし、パームレストも高級感が漂うし、嬉しくってたまりませんでした。
P-2の233MHz、メモリが合計160MBは現在でもまあまあのスペックです。
その後換装するために6.4GのHDDを購入。インストールに梃子摺っているうちにウルトラ
スリムベイの装置が何も動かなくなり、バッテリーも充電できなくなって、ただネットにぶら
下がっているだけのちょろいノートになってしまいました。
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●動かない、2台目キット
1999年夏、Celeronの400MHzのキットが7万円弱で見つかり、即ゲット。早速組み立てようと
梱包を解くと、、、ありゃりゃ、「何とかサービス」っていうのにチェックをしたばかりに、全部
組みあがって送られてきました。早速CRTを接続して電源投入、、、ところがBIOSが起動しません。
手持ちのマザーボードと交換したり、CPUそのものを交換したのですが、ファンの回る音、HDD
のディスクが回る音はすれど、BIOSが起動せず。
原因不明のまま秋になってしまいました。
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●動画が処理したくなって、、、
2000年問題を無事通り越して落ち着いた頃から、ビデオ編集やCGアニメーションにチャレンジしたくなって、また物欲がどうにも抑えられなくなりました。
そうは言ってもハイスペックマシンは高価です。カタログや雑誌広告を見ては溜め息を
つき続けていたある日、ソーテックのAVシリーズを発見しました。CPUはP−3の700、メモリ128M。HDDは40G。アナログもDVも取り込めて編集できて、なおかつCDはCD−R/RW、DVD−ROMも付いて本体価格16万8千円。思いっきり飛びついてしまいました。
P−3の700、ビデオ編集などでは決して軽くないのですが、ビジネスアプリには
余りにも高速過ぎて、完璧にオーバースペックです。
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●35万画素じゃ赤ん坊も喜ばねぇ
時代はメガピクセルになって久しいのですが、我が家のデジカメは相変わらず35万画素。これじゃ生まれた赤ん坊もきれいに撮れないってんで、メガピクセルに眼を向けました。
赤ん坊が生まれる前に買ったDVの使えない小さなバッテリーが転がっています。
これを生かすには、、、あったんですねー、同じバッテリーが使える3Mピクセル機が。SONYのDSC−F505V。画素数は一気に334万。カールツァイスレンズで光学10倍ズーム。もおっ!ってカメラです。人気が高かったせいか、どこの店も品薄、品切れ状態でしたが、オンラインショッピングで何とか見つけ出して結構安く手に入れました。
このカメラ、画質はピクセル数が多いからめちゃくちゃきれいなんですが、シャッターチャンスに
弱いです。記念撮影でハイ、ポーズみたいなのは良いんですが、とっさにシャッターを押して撮る、というのは超!苦手。女房もあまり使いたがらないし、ちょっとショックでした。
標準的な画像サイズで1枚約1Mバイト。うちのノートPCでは処理が重くてこれまたちょっと辛いところです。
デジカメがきれいになったんだから、と、プリンタも買い換え。選んだのはEPSONのロール紙対応PM−820C。ロール紙が高いので相変わらず単票で印刷してますが、PM−750Cに比べてあの騒音は格段に静まりました。で、やっぱりきれいです。素材もきれい。印刷もきれい。あー幸せ!
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●小型軽量VAIO C1
とうとう買ってしまいました。VAIOのC1。SonyStyleで3年保証が付いて
いたこと、安い方にCD−RWドライブが付録で付いていたことが物欲に拍車を
かけてくれました。
何しろ1kgですから、リュックの中に入れても殆ど気にならないです。いつ
でも持ち歩けるフルスペック・パソコン、しかもソフトも充実・・・と、かなり
ワクワクしてましたが、やっぱり1024×480ドットという狭〜〜〜いディ
スプレイは、かなり辛いです。アイコンも文字もみんな小さくて、とても仕事を
するような環境じゃありません。OfficeXPパーソナルもプレインストールですが、
あんまり使えないし、ちともったいないかな。
ソフトは動画編集やMP3のプレーヤなど、AV関連がしっかりしてますが、
いかんせんクルーゾーなので、「よく落ちずにこんな長い時間処理し続けるなぁ」
と感心する程重いです。
かなり割り切った使い方しないと、ってパソコンなのでした。
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●クリエ
何でも初めて登場する製品に興味本位で飛びつくと、痛い目に遭うぞ、という
典型的な経験をさせて頂きました「クリエ」。パームで、しかもソニーで、
しかもメモリスティックが使えるとなりゃぁ、私のようなソニーおたくなら
誰だって、ねぇ。
パームで一番肝腎なディスプレイがお話になりません。「直射日光でもよく
見える」とかいう液晶らしいのですが、とにかく見えません。もっと悲しいのは
ずーーーっと見やすくなったのが間もなく発表されたこと。
今回ばかりはアホを見ました。しゅん。
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●VAIO C1のHDDを換装
15Gバイトなんて、そりゃ昔なら広大だったわけですが、よせばいいのに
デジカメでジャカジャカ動画を撮ったり、静止画もガンガン撮って貯めていった
結果、いよいよ容量が不安になってきました。今後を考えると、多少のリスクを
背負ってもハードディスクを載せ替えないと、と一大決心。
いくつかサイトを見て研究して、40Gバイトのドライブを購入。それが1万5千円
とは、実に何とも大変な世の中になってきたものです。知人から譲ってもらったVAIO
SRは簡単に換装できますが、C1は大変。分解手順は調べてあったんですが、それでも
簡単には分解できず、C1のパッケージをデザインした人を恨む始末・・・
およそ30分かけてようやくHDDを入れ替え、組み直そうとしたら、さあ
フラットケーブルが挿入できない。「あー、壊しちゃったかも」とイヤな予感も
しましたが、それでもと頑張って何とか復旧しました。その後はシステム再インストールから
アプリのインストール、データの移設と、トントン拍子に無事完了。
これでソニスタの3年保証もパー。でも容量はどーんと40Gバイト。
DSC-F3の時代から撮り貯めたデジタル写真、全部入れてもへっちゃらですっ!
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●AirH”
基本的には学校の中だけで仕事をしている私ですから、そう度々出掛けるわけでも
なく、つまり、決してモバイル環境が必須なわけではない、それはわかっているのですが、
やっぱりモバイルしたくなりまして、AirH”に手を出しました。
つなぎ放題、但しMaxで32kbps。月額は5,000円弱。実際接続してみると、
時間帯によっては目茶重。うーん、どーなんでしょう?たまに出張したりすると
結構便利なんですが・・・
それより気になるのは通信カードのLED。モバイル=バッテリーですから、
ちょっとでも消費電流は抑えたい。ところが通信カードにはインジケータにLEDが
2個。しかも通信中は点灯・点滅。LEDって10mA程度電流が流れるんですよねー。
それが2個だと20mA。よっぽどの山の中でもなければ、通信はできるわけですから、
ユーザが簡単にLEDのON/OFFできたらいいのに、と思います。はい。
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●クリエ リベンジっ
あれ以来、次々に発表されるクリエのサイトを見ては溜め息、パソコンショップで見ては
溜め息を繰り返していましたが、AirH”が使えるNX70Vが登場して、遂に購入してしまい
ました。
重量は200gをオーバー。寝っ転がって片手で操作するには重過ぎます。AirH”で接続して、ちゃーんとブラウジングもできるんですが、そんなに嬉しくもなく・・・
小さいカメラを内蔵しているので、静止画はもちろん、動画もOKです。まあ、今回の
機種はこれが一番嬉しいかな。ちょくちょく娘が歌って踊るシーンを撮ったりしますが、
後から見ても結構いけてます。
音声録音もまあまあ。128Mバイトの白メモステも買いましたが、バッテリーさえ
もてば2時間ぐらいはへっちゃら。結構明瞭に録音できます。
予備のバッテリーとして乾電池のアダプタを購入。単3を4本でフル充電できますが、
1回で乾電池はパアです。ぎょえーっ!
充電できるタイプのバッテリーを後日購入。まだ使ってないので何とも言えませんが、
某サイトでは「良いっ」と盛り上がっていたので、きっと良いのでしょう・・・
音楽を聴くっていうのは未だ試して無くて、だもんだから、メモステが白である必要が
無かったようで・・・
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