九州紀行3 PART.1
1日目 平成20年11月24日(月)
11月25日から30日まで6連休を取ったが、出発前まで行先が決められなかった。東北、能登半島、西国三十三所霊場、四国別格二十ヵ所霊場と色々迷ったが、高速道路深夜5割引を活用しなければ損だと、結局は8連休で予定していた鹿児島県知覧町の「知覧特攻平和会館」、指宿の「砂むし温泉」、宮崎の酷道巡りへと行くことにした。
24日10時に勤務終了後、自宅に帰り出発準備をするが、前回地図を間違えたので再確認して車に積み込む。さー出発というところで、もう一度荷物を確認すると、やっぱり忘れ物が・・・・・コーヒーが無いぞ。
なんだかんだで13時30分にやっと出発、小牧I.Cより名神高速道路へと進む。今日は祝日なので混雑に遭わないように大阪を早い時間に通過したかったが、ちょっと出遅れてしまった。
菩提寺P.Aで休憩して、大津〜京都渋滞の案内があったので京滋バイパスへと進み、大山崎JCTから吹田JCTまで流れが悪かったが、大した混雑に遭うことも無く中国道へと入る。反対車線は宝塚付近から神戸JCTの先まで渋滞していた。連休とは恐ろしいものだ・・・・・。
往きは時間を優先して神戸JCTから山陽道へと進み、福石P.Aで夕食、宮島S.Aでは携行缶から20リットルを給油、中国道に入り23時51分、王司P.Aに停車して休憩する。
本日の走行距離、685キロメートル。
2日目 平成20年11月25日(火)
0時37分出発、通行止の電光掲示板に一瞬焦ったが、内容は「関門トンネル工事通行止」であった。関門橋を渡りやっと九州に上陸したが、鹿児島I.Cまでまだ350キロメートルぐらい残っている・・・・考えるとぞっとする距離だ。
広川S.Aで給油、熊本I.Cを越えたが八代I.C手前の宮原S.Aで遂にダウン、3時19分に停車して仮眠する。ここまでの走行距離、916キロメートル。
7時30分に起きて朝食後、8時30分出発。桜島S.Aで休憩、9時55分出発して鹿児島I.Cから指宿スカイラインに進む。鹿児島I.Cで降りると市街地を走行しなければならなく、310円は痛いが谷山I.Cまで有料道路を走行する。この道路はETCが使用不可で、無人のゲートで料金を支払う。
指宿の砂むし会館「砂楽」が12時から13時まで受け付け中止になるので、最初に「知覧特攻平和会館」へ行くつもりだったが、この時間なら指宿へ行く方が有利であろうと、県道219号線から国道226号線へと入り、途中で給油して「砂楽」に11時19分到着。ここまでの走行距離は、1,104キロメートル、疲れた・・・・・・。
砂むし温泉 砂楽
海岸で砂に埋まる
15分ほど砂に埋まり汗だくになって、館内の温泉に浸かる。駐車場に戻り昼食を食べて12時58分出発、長崎鼻へと向かったが立ち寄る気になれなかったので、開聞岳の麓を走行して県道28号線で池田湖へ向う。
池田湖より 開聞岳
この後は県道17・234・232号線で「知覧特攻平和会館」に14時06分到着、ちょうど修学旅行の高校生が帰るところだった。案内パンフレットには、「この知覧特攻平和会館は、太平洋戦争末期の沖縄決戦で、人類史上類のない爆装した飛行機もろとも肉弾となり敵艦に体当たりした陸軍特別攻撃隊員の遺影、遺品、記録等貴重な資料を収集・保存・展示して当時の真情を後世に正しく伝え世界恒久の平和に寄与するものです。」とある。ちなみに館内は撮影禁止だ。
館内を観覧中に30分ぐらいの語り部による説明があると館内放送があったので別室へ行ってみると、ツアーなどで来ている人は時間の制約があり無理なようで、広い部屋に7・8人しか集まっていなかった。
知覧特攻平和会館
屋外にある飛行機
敷地内の碑
本日の予定はここまで、明日以降は酷・険道巡りの予定だ。15時40分出発、県道27号線で国道225号線に入り、県道19号線を北上して宿泊地探しをする。
途中に岩屋公園の案内があったので行ってみたが、駐車場が夜間閉鎖と書いてあったので直ぐに退散して県道に戻る。交通量がまあまあの道だが、川辺ダム沿いに広いスペースがあったので16時12分に停車。奥の方へと駐車したら以外と静かだったので、本日はここまでとした。
本日の走行距離、490キロメートル。
