にわかネットワーク管理者日記(〜1999年)

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12月  「平成12年度マルチメディア活用学校間連携事業」参加のための計画書を作成・提出し,都の推薦を受ける。

10月  Windows NT Serverを活用したISDN接続によるリモートアクセスサービスシステムの試験運用開始

27日  ジャストシステムのWebページにおいて一太郎10のアップデートモジュールが公開されました。
1日  高等学校教諭専修免許状地理歴史,高等学校教諭専修免許状公民,中学校教諭専修免許状社会取得
9月  Windows NT 4.0 Serverの稼働するNEC PC-9821Ra20/N30をサーバー機として活用したユーザー認証システムの稼働開始。フリーソフトのPersonalMailServerによる校内メールサーバの運用設定を試みるが,設定に過誤があるらしくサーバーからクライアントへの転送が不調。

7月  社団法人日本教育工学振興会(JAPET)情報化推進コーディネータ養成研修受講者募集に応募したが,120名からの応募があったということで選考に漏れる。

6月  東京都盲・ろう・養護学校インターネット接続モデル校事業受託に伴い,ダイアルアップルータを利用した校内複数パソコンの同時インターネット接続環境を構築。併せて校内イントラネットホームページの試験運用開始。

24日  エプソンダイレクト「Endeavor Pro-400シリーズ」「Endeavor VZ-4000」「Endeavor AT-700C」Intel PentiumIII プロセッサ 550MHz 搭載モデル新登場。
19日  平成11年度都立盲・ろう・養護学校高等部職業教育等推進事業実施申請書を作成・提出。
5月  東京都盲・ろう・養護学校インターネット接続モデル校事業受託に伴い,校内ネットワーク網基幹ラインの仮敷設を行う。

20日(火)  東京都教育委員会教育長より「東京の教育21」研究開発委員会心身障害教育部会(養護学校外国語,養護学校高等部情報)委員の委嘱を受ける。
2日(金)  インターネット接続モデル事業参加に伴い,ISDN回線開通。
4月  高等部普通科より産業技術科へ移籍。2年副担任。「情報」を担当。

 2階職員室と3階職員室の間にイーサネットケーブルを自力で敷設し,校内ネットワークの非公式運用を開始。
22日(日)  東京学芸大学大学院教育学研究科総合教育開発専攻情報教育コース修士課程学位授与式
 情報教育指導教員養成研修(応用コース)終了。
3月 7日(日)  東京学芸大学大学院総合教育開発専攻情報教育コース修士論文発表会

 エプソンダイレクト Endeavor Pro-400L納品。PentiumU450MHz+Windows98。
24日  父 逝去
1999(平成11)年 2月  平成11年度東京都盲・ろう・養護学校インターネット接続モデル校事業参加のための計画書を作成・提出し,事業の委嘱を受ける。

11月  「市販ソフトを使った絵本の作成」を『NEW教育とコンピュータ』1998年12月号(学習研究社)に発表。
 教務用パーソナルコンピュータの更新に校内機種選定委員として携わり,仕様について取りまとめを行う。

9月 16日(水)  「NHK学校放送番組クイックレスポンス視聴調査研究」プロジェクトに参加。

8月 25日  エプソンダイレクト Endeavor Pro-400シリーズ・VZ-4000シリーズにPentium(R)IIプロセッサ450MHz搭載モデル登場。

7月 31日(金)  社団法人日本教育工学振興会主催/文部省・東京都教育委員会後援「『情報活用能力』を育てる授業展開のためのマルチメディア活用事例セミナー」に出席しました。

6月  「コンピュータを活用した学習活動」を『日本教育工学協会ニューズレター』1998年第2号(日本教育工学協会)に発表。

5月 1日(金)  (10教人職第7号-50)東京都教育委員会教育長より,毎週火曜日に東京学芸大学大学院教育学研究科において「知的障害児の指導における情報技術活用方法の開発についての研究」について研修することを命じられる。

4月  生徒指導用コンピュータ更新。2階職員室とコンピュータ教室間に自力でイーサネットを敷設。
 東京都心身障害教育算数・数学研究会 土曜パソコン講座講師を委嘱される。
 東京学芸大学大学院総合教育開発専攻情報教育コース修士課程2年に進級。社会学研究室から教育工学研究室に移籍。
履修科目は
  • 前期
    • 教育工学特論 「教育工学の現状と課題」 篠原教官 2単位
    • 情報技術学特論T 「コンピュータネットワークとプロトコル」 山田教官 2単位
    • 情報教育基礎研究 「情報教育カリキュラム開発研究」 篠原教官 既履修
  • 後期
    • 教育工学演習 「教材開発の現状と課題」 篠原教官 2単位
  • 通年
    • 特別研究 6単位 計12単位 累計36単位

1998(平成10)年 2月  生徒指導用コンピュータの更新に伴い,機種選定に関わる。

 Panasonic Let's Noteを購入。Pentiun MMX 150MHz+Windows95
10月 1日(水)  情報処理振興事業協会・コンピュータ教育開発センター主催新100校プロジェクト関東地区活用研究会に出席。

8月 27日  財団法人日本視聴覚教育協会主催の平成9年度マルチメディア教材研究開発ワークショップの受講を終了する。

5月 6日  (9教人職第7号-68)東京都教育委員会教育長より,毎週月曜日に東京学芸大学において「知的障害児の指導で情報技術を活用する方法」について研修することを命じられる。

 勤務校でNEC PC-9821Ra20/N30を購入。Pentium Pro 200MHz。Windows NT 4.0 Workstation搭載モデルだが,Macintoshとのデータ交換を狙いNT 4.0 Serverをインストールして納品してもらった。1999年度まで,Peer-to-Peerネットワークの中の1台として稼働させていた。
20日(日)  東京学芸大学大学院入学式。総合教育開発専攻情報教育コース修士課程入学。社会学研究室に所属。
 履修科目は
  • 前期
    • 情報教育基礎研究 「教育情報基礎工学」 新藤教官 2単位
    • 情報教育基礎研究 「情報教育カリキュラム開発研究」 篠原教官 2単位
    • 情報教育基礎研究 「マルチメディアネットワークと教育」 横山教官 2単位
    • 情報化社会と教育特論 「情報化社会とメディア」 村松教官 2単位
  • 後期
    • 情報化社会と教育特論 「情報化社会の法と倫理」 角替教官 2単位
    • 教科情報教育方法論 「新しい算数指導の方法」 関沢教官 2単位
    • 教科情報教育方法論 「技術教育と情報教育」 田中教官 2単位
    • 教科情報教育方法論 「社会現象の数量的把握」 野呂教官 2単位
    • 発達臨床特論 「発達の生理と病理」 太田教官 2単位
    • 教育工学演習 「マルチメディアの設計と教育利用」 篠原教官 2単位
  • 通年
    • 日本語教育U 「言語情報処理と日本語教育教材」 加藤教官 4単位 計24単位
17日(木)  東京学芸大学大学院総合教育開発専攻 合格発表。
13日(日)  東京学芸大学大学院総合教育開発専攻入学試験 受験。
1997(平成9)年 4月 4日(金)  東京学芸大学大学院総合教育開発専攻入学願書 提出。

12月  情報処理技術者試験初級システムアドミニストレータ試験 合格

4月  南大沢学園養護学校開校と同時に着任。高等部普通科1年担任。視聴覚・OA部主任。Windows95パソコン間でPeer-to-Peerネットワークを構築。
 東京都心身障害教育算数・数学研究会に参加して,マルチメディア教材作成ソフトウェアの利用について研修。
 自宅パソコンを2年使用した9801DAからPC-9821Anに更新。Pentium90MHz+Windows95。

1996(平成8)年 3月 9日(土)  池袋メトロポリタンプラザ8階のMETホールで行われた「文部省・通商産業省ネットワーク利用環境提供事業 100校プロジェクト成果発表会」(情報処理振興事業協会・財団法人コンピュータ教育開発センター主催)に出席した。

1995(平成7)年 10月 27日(金)  情報処理振興事業協会とコンピュータ教育開発センターが主催して幕張の障害者職業総合センターで開催された100校プロジェクト「平成7年度インターネット活用研究会」に出席した。筑波大学電子情報工学系教官・山本順人氏による講演「インターネット−未来に向けて」(ここで初めてCU- SeeMeを知った),プロジェクト参加校のうち筑波大学附属盲学校・兵庫県立神戸聾学校・福井大学教育学部附属養護学校・都立光明養護学校・同そよ風分教室の各教員による事例発表があった。

1995(平成7)年 4月  校内パソコン委員会委員長。
 職員室の3台のMS-DOSパソコンと1台のWindows3.1パソコンをイーサネットでPeer-to-Peer接続,さらに職員室へもネットワークケーブルを伸ばして,市販ネットワークOS(IPX/SPXプロトコル)による校内ネットワークを構築し,ディスクの共有を行った。
 100校プロジェクト開始。
 NSFNETは商用インターネットへ役割を譲り停止した。

1995(平成7)年 1月  東京都情報教育指導教員養成研修会(上級コース)修了

1995(平成7)年  「インターネット」が流行語大賞を受賞。

1994(平成6)年 9月  ハブ内蔵のネットワークアダプタ1枚と10BASE-Tのネットワークアダプタ2枚を校内予算で購入,バンドルされていたIPX/SPXクライアントソフトを組み込んで職員室(実は隣接する放送室)の3台のMS-DOSパソコンをPeer-to-Peer接続し,ディスクの共有を行った。

1994(平成6)年 8月  100校プロジェクト参加校の公募。検討の結果,校内の人材不足のため応募を断念。

 自宅パソコンを4年半使用した9801RXから3年落ちのNEC PC-9801DAに更新。i386 16MHz+MS-DOS Ver.6.2。
 NEC PC9801DAのリース期間が終了し,替わりにNEC PC-9821Apが教務用パソコンとしてリース契約で導入された。
 職業教育推進予算でモデム内蔵のNEC PC-9821Cf “CanBee”を追加購入し,合計4台のマシンをネットワークに接続することが出来た。
 ジャストシステムがJustNetを営業開始。モデム“CanBee”の内蔵モデムから職員室の電話機へワニ口クリップで接続し,一太郎Ver.5にバンドルされたJustNet無料利用サービスとブラウザJustViewを用いて内線発信でインターネットを利用する。
1994(平成6)年 4月  校内パソコン委員会初代委員長。

1994(平成6)年  日本国内でインターネットの商用化が始まる。

1993(平成5)年  生徒指導用パーソナルコンピュータとして富士通FM TOWNS7台配置される。
 前年同様教務主任のもとでボランティアとして校内コンピュータのメンテナンスにあたるとともに,校内パソコン委員会の設置を提案し,設立準備に当たる。
 アメリカイリノイ大学のスーパーコンピュータセンター(National Center for Supercomputing Applications)において,Marc Andreesenが仲間と一緒にMosaicというブラウザを開発。

1992(平成4)年  教務主任のもとでボランティアとして校内コンピュータのメンテナンスを一手に引き受けることとなる。
 翌年度からの都立盲・ろう・養護学校へのパソコン導入を控え,機種選定のための製造元5社(NEC,IBM,富士通,松下,エプソン)のデモンストレーションが港養護学校で開催され出席した。他社の提案内容がi386マシンなのに比べ,IBMのみ発表されたばかりの486マシンを提案していたのが印象に残った。その後,校内でも出張デモをしてもらった。年度内に機種決定が行われ,富士通に決定した。

1991(平成3)年  校内で3台目のパソコン,NEC PC9801DAが教務用パソコンとして3年間のリース契約で導入された。

1990(平成2)年  校内で2台目のパソコン,NEC PC9801RXが導入された。
 養護学校教諭二種免許取得。
 パソコン通信日経MIX加入。
 アメリカ国防総省が運用したARPANETが運用を停止した。

11月 11日  自宅に初めて自分のパソコン(NEC PC-9801RX + 4MB RAM + 40MB HDD)を購入。i286 12MHz+MS-DOS Ver.3.3。
 一太郎とMS-DOSの検討に没頭。

8月  校内にあった唯一のパソコン(NEC PC-9801VX)で一太郎Ver.4を習得する。

1989(昭和64)年  Tin Berners-LeeがCERN(Conseil Europeen pour la Recherche Nucleair)においてwebを考案する。

1988(昭和63)年  養護学校教諭二種免許認定講習会に参加,必要単位を取得。

4月 1日  東京都高等学校社会科教諭として採用され,東京都立青鳥養護学校高等部へ赴任する。

1987(昭和62)年  全米科学財団(National Science Foundation, NSF)が運用するNSFNETがスタートした。

1986(昭和61)年  東京都高等学校教員候補者選考(社会科:日本史)合格

1985(昭和60)年 12月 28日  大日本印刷株式会社を退社。

1985(昭和60)年 5月 2日  YAMAHA SRX-4購入

1985(昭和60)年  電気通信事業法が施行され,電話が開放されて,コンピュータによる通信に電話回線を使えるようになった。
 村井純が慶應義塾大学と東京工業大学をつないでJUNETを発足させる。

1983(昭和58)年  ARPANETのプロトコルがNCPからTCP/IPに切り換わった。

 この頃自宅にNEC PC-8801があったが,私にとっては全くのブラックボックスであった。
 日本電気,8ビットパソコンの「PC-8801」シリーズと「PC-6001」シリーズを発表。
1981(昭和56)年  米IBM,「PC」を発売,CPUにはインテルの「8088」を搭載,基本ソフトはマイクロソフトの「MS-DOS」を採用。

4月  大日本印刷株式会社入社。ビジネスフォーム事業部東京証券営業本部第一部第二課配属。

3月  早稲田大学第一文学部哲学専攻卒業。
 高等学校教諭二級免許状社会,中学校教諭二級免許状社会取得。

1980(昭和55)年  ソニー,3.5インチフロッピーディスクを開発。

 浮川和宣・初子夫妻,徳島市にジャストシステムを設立。
1979(昭和54)年  日本電気,8ビット・パソコンの「PC-8001」を発売。

 この頃自宅にNEC COMPO-BS/80が来たが,私にとっては全くのブラックボックスであった。
 アスキー,米マイクロソフトの販売代理店契約を取得,アスキーマイクロソフトを設立。
 日本電気,完成品の「COMPO-BS/80」を発表。
1978(昭和53)年  東芝,初の日本語ワープロ機「トスワードJW-10」を発売,価格は630万円。

 ボブ・メトカーフ,イーサネットの概要を発表。
1973(昭和48)年  米ゼロックスのパロアルト研究所,初のワークステーション「アルト」を完成。

 米AT&Tのベル研究所,プログラミング言語の「C」を開発。
 米インテル,精工舎と一緒に8ビットのマイクロプロセッサー「8008」を開発。
1972(昭和47)年  第1回計算機と通信に関する国際会議において,ARPANETの公開実験が行われ,長距離のデータ通信の可能性が実証された。

 カリフォルニア大学など全米15カ所の23コンピュータがネットワーク化される。
 米インテル,世界初の4ビットのマイクロプロセッサー「4004」を発表。
1971(昭和46)年  通産省,コンピュータ技術の導入自由化に向け,国内メーカーを3グループに再編

 万国博覧会が大阪・千里カ丘にて開催される。
 米ゼロックスのパロアルト研究所設立。アラン・ケイが「パーソナル・ダイナミック・メディア」の研究を開始。
 椎名暁慶がソード電算機システムを設立。
 米IBM,「システム/370」を発表。
1970(昭和45)年  米DEC,ミニコンピュータの「PDP-11」を発売。

 米国防総省の高等研究計画局(ARPA)が,カリフォルニア大学サンタバーバラ校(UCSB),カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA),SRI International,ユタ大学を接続してARPANETの実験を開始。
 日本テキサス・インスツルメンツの喜多川儀久がDRAM開発のため米TI本社に移る。
 電卓メーカーのビジコン社の嶋正利らが電卓用チップ開発のためインテルに出向。
1969(昭和44)年  米AT&Tのベル研究所,「UNIX」を開発。

 服部時計店,「セイコーデスクトップコンピュータS300」を発売。
 ダグラス・エンゲルバート,マウスやウィンドウズの概念を確立。
1968(昭和43)年  米フェアチャイルド・セミコンダクターから独立したロバート・ノイスとゴードン・ムーアがインテルを設立。

 米マサチューセッツ工科大学(MIT),プログラミング言語「LOGO」を開発。
1967(昭和42)年  コンピュータ・エージ社,「コンピュートピア」創刊。

1966(昭和41)年  シャープ,世界初のIC電卓「CS-31A」を発売。

1965(昭和40)年  米DEC,初の量産ミニコンピュータ「PDP-8」を発売。

 ソニー,世界初のオールトランジスタ方式の電子式計算機「MD-5」を開発。
 シャープ,世界初の電子式卓上計算機「CS-10A」を開発。
1964(昭和39)年  米IBM,「システム/360」を発表。

1963(昭和38)年  米ダートマス大学で「BASIC」言語が開発される。

1960(昭和35)年  米DEC,初の対話型ミニコンピュータ「PDP-1」を発売。