小国の地質

ブナの新緑と山桜 1996.5.4 残雪の残る小国にて

国土地理院発行 1:50000地形図「小国」「飯豊山」「手ノ子」(「朝日岳」、「玉庭」・・必要に応じて) 

*20万分の一では、飯豊山と玉庭が「新潟」、他は「村上」に入ります。

1:25000地形図「小国」「小国東部」「長者原」「手ノ子」(「舟渡」「五味沢」「叶水」なども必要があれば。)

*地質調査所発行、5万分の一地質図幅「飯豊山地域の地質」(1996.2発行)
 これは解説の冊子がついていますので、役に立つと思います。

 地質図幅の入手先は、

 東京地学協会 〒102 東京都千代田区二番町12-2 tel.03-3261-0809 fax.03-3263-0257
 地学情報サービス(株)〒305 つくば市梅園2-19-2 tel.0298-56-0561 fax.0298-56-0568
 などです。


A)小国中心部付近(1:50000「小国」)

小国の盆地と、沖庭山の地形がみどころ。小国断層が南北にのび、尻無沢のあたりでは大規模な崩壊−地滑り地形がみられる。第四紀の後半、最近の時代に急激な上下変動があったことがわかる。
 今 琢生さんのページに断層地形の説明があります。

 赤芝渓谷は、かこう岩を荒川が彫り込んでつくった急峻な谷です。かこう岩(花崗閃緑岩)は、斜長石の大きな結晶が目立つ粗粒なものです。渓谷の前後で、車窓からでも断層地形がかなり良くわかると思います。また、急斜面にブナが生えていて、土壌保持の役割を果たしているのがよくわかります。

 越後金丸駅付近の採石場には、ジュラ紀の泥質岩の中に、白い変成チャートのブロックが取り込まれている様子がよくわかります。泥質岩はかこう岩の接触変成作用で、ホルンフェルスといっていいものです。

沖庭山や大里峠周辺にはかつて鉱山があったのですね。米坂線の歴史の話や鉱山のお話は興味深いです。

B)飯豊山のふもと−玉川、長者原(1:50000「小国」「飯豊山」)

 第三紀層の分布域で、地形が比較的なだらかです。飯豊山のかこう岩の分布域にはいると、とたんに急峻な地形になるのがよくわかります。

 玉川の両側のピーク(黒石山、大花山など)は、流紋岩でできています。転石を見ると斑晶の石英が六角形の暗い色で入っているのがわかります。また、片貝には玄武岩質火山角礫岩の露出が川原にあります。

C)小国東部−沼沢・白子沢(1:50000「手ノ子」)

 第三紀のいろいろな地層と、その基盤になっている岩石が交互に出現します。特に東部では現在でも変動が進行中なのがわかるそうで興味深い。

 伊佐領の西、いもり池のあたりでは、横川が第三紀の”グリーンタフ”と呼ばれるピンクの凝灰岩層を削って流れており、見事なポットホールが観察できます。(春だとカタクリの花も美しい)

伊佐領の東の箱口・落合橋付近、ちょうど国道113号線が大きくカーブするところに、採石場のあとの崖が露出していて、金丸の採石場と少し似た、中生代の砂泥互層が露出しています。とても硬い岩石で、これがかこう岩類とともに小国の第三紀層の基盤(地層を作る堆積物の入れ物、底)を構成しているようです。良く観察すると級化層理や荷重痕などの堆積構造があって、地層の堆積時の上下がわかります。どうも露頭内でくしゃくしゃに褶曲しているようですね。

 落合橋から少し南にはいると、ポットホールで見た、ピンク色がかった風化色の凝灰岩層の延長がみられます。石はもろいのですが採集もできます。この凝灰岩層の分布域は地形的にも明瞭です。

 

弁当沢トンネルのあたり、片洞門と呼ばれるところ(旧道)では、渓谷の岩壁に、第三紀層が堆積しはじめた初期の、厚い礫岩層が見られます。礫の種類を良く見ると、当時の陸域の様子がわかるわけで、注意して観察すると面白いかも知れません。また、こんな大規模な礫層が堆積する状況というのも、想像を絶するものがありますね。

沼沢のあたりは、第三紀の砂岩、泥岩が傾斜して露出しています。このあたりは活構造(活褶曲)になっているようで、地滑り注意の立て札や、トンネルの変形のお話などが興味深いです。地層の走向・傾斜を調べると面白そうです

今 琢生先生(白沼小中)に案内していただきました。どうもありがとうございました。m(__)m