「谺」巻頭句鑑賞


谺2009・11


眉描かれこけしの秋思はじまりぬ  古澤貞夫

 「こけし」の「眉」、さてどのような眉だろう。もちろん作者はその場に立ち会っている。何の表情もなかったこけしに目鼻が入り、眉が入る。その瞬間の顔を作者は「秋思」と感じ取ったのだ。そして、それはそのときの作者の思いそのものだったのだ。
 こけしの表情が生れた瞬間を巧みに捉えている。

谺2009・10


平和宣言聞きゐる膝を蟻の這ふ  宮澤千恵子

 広島県に生まれ広島県に住む作者は、この時期必ず原爆忌の句を寄せてくれる。詳しい話を聞いたわけではないが、その原爆によって親しい肉親知人を喪ったのだろう。毎年その日広島に駆けつけるという。
 掲句はその平和式典での作。祈る作者の膝を蟻が這っていたのだ。その蟻の何代か前の世代はやはり被爆したのだろうか。地中だから大丈夫だったのかもしれないが、地上との関わりはどうだったろう。人間は行った愚かな行為を自ら反省し平和を祈っているが、蟻はその愚かさも平和の何たるかも知りえない。知っているから賢いのか、知らないから愚かなのか。知っている人間はもっと自然に対し責任を負うべきではなかろうか。分かっていてそれができないならば、蟻などよりもさらに愚かだ。そして、その結果最後まで生き延びるのは……。
 そんなことを思わず考えさせられていた。

谺2009・09


沢蟹の身をのりだしてゐる祠  吉田善一

 「祠」のすぐ傍を沢が流れているのだろう。もっとも、すぐ傍でなくても沢蟹は結構遠出をする。いくら沢音が聞こえていたとしても、祠に沢蟹の図はそうそうお目にかかれるものではあるまい。
 その蟹が困っている。そろそろ水が恋しくなったのだろう。祠から身を乗り出している蟹、はたしてこれからどうするのか。そこから落ちて大丈夫なのか、それとも来た道を戻るのか。そして、作者はそれを見届けたのだろうか。
 こういうはらはらさせられる句もまた、珍しいといえば珍しい。

谺2009・08


田植機を田から引張り上げてをり  高尾峯人

 田植機を田へ入れるにはその畦から下るのだからたやすいことだろう。しかし、今度はそれを田から引張り上げるのだという。これはそう簡単なことではない。
 かつての田植はその地域で人手の貸し借りを前提として成り立っていた。今日はわが家で、明日は隣、明後日は……という具合だ。
 掲句は機械が植えるのだから、人手は要らない。だが、機械を田から引張りあげるのは一苦労、ということだ。一家総出で、あるいは近隣の人手も借りているのかもしれない。その景がありありと見えてくるからおもしろい。機械を使うのが前提なのだから、だんだんに畦のあり様も変わってくるのではなかろうか。

谺2009・07


連れて来しまくなぎ妻に移りけり  高尾峯人

 「まくなぎ」は「〓〓」、別名「目まとひ」。夕暮れの野道などを歩いていると、しつこく目にまとわりついて来るあれである。さすがに関東でお目にかかったことはないが、岩手ではずいぶん迷惑な思いをさせられた。
 作者は伊豆網代に住む。動物も植物も昆虫も自然豊かな地であるから、「まくなぎ」も珍しくはあるまい。
 別にそれを連れて来たくて連れて来たわけではなく、勝手について来たのだ。そして家へ帰りついたとたん、「まくなぎ」は「妻」の元へ。さあ、作者はどう思ったのだろう。しめしめ、だったとしても決して言葉ではいえまい。ちょっと笑えるところが掲句の命だ。

谺2009・06


ややありてげんげ田に入る耕耘機  吉田善一

 俳句はその時その瞬間を詠むものだといわれる。そういう観点からすれば、上五「ややありて」に問題がありそうだ。
 しかし、この「やや」は実に短い。「げんげ田」に入るのはもちろん田起しのため。その前に一瞬のためらいがあったのだ。本通りへ出るための一時停止のようなものだ。その一瞬に「げんげ田」の美しさを見た。だが、もちろんそこで停まってしまうことはできない。一瞬の間にそこに浮んで消える感情、その後に続く単調な作業、この一句に込められた人間の思いのいかに多く、深いことか。俳句の可能性はまだまだ奥深い。

谺2009・05


バス停まるたびに子が増えあたたかし  芦田みさを

 わが国の少子高齢化が叫ばれて久しいが、やはり子供がいなくては元気も出なければ、夢も希望も持てないような気もする。
 掲句はその子供がみるみる増えてくるという。バスが停まる一つの停留所ごとに、夢や希望が大きな声とともに乗り込んでくるのである。居眠りができないくらいのことは辛抱辛抱。
 季語「あたたかし」に子供たちを頼もしく見つめる作者の目が感じられる。日本、まだまだ元気だ。

谺2009・04


勢ひを残し芝火の行き止る  作田 和子

 岡山後楽園の芝焼の句という。その芝の具合やその周囲がどうなっているのかは不明だが、芝の切れ目、その周辺から火が点けられるのだろう。
 そしてその火は掲句の前の句にあるように、その中央に誘われる。つまり、周囲に燃えるものがなくなり、芝の中央で八方からの火が合流するのである。一瞬の高ぶり。そして、そこで行き止るのである。

谺2009・03


大年の郵便受を拭いてをり  高尾峯人

 さあ、年用意もいよいよ大詰め。一年間世話になり、明日からも世話になる郵便受けを拭いて最後の締めくくりにしよう、ということだろう。
 こう言われてみて、さてわが家はどうだったろうと考えてみる。郵便受けなど、ついぞ拭いた記憶がない。作者も改めてそれを拭くために外へ出たわけではないのだ。他の掃除のついでにはっと気がついた、というところが本音だろう。そう、誰しもが意外に気がついていない、だから俳句になるのだ。

谺2009・02


明日嫁ぐ娘の布団干してをり  作田和子

 「明日嫁ぐ娘」、最後の一晩のために布団を干す。これが親心だろうか。淋しさと嬉しさとが交錯するのだろう。作者自身の思いを考えるなら淋しさだろうが、娘の幸せを思えば喜んであげなければならない。その複雑な心境を一晩のための「布団干し」に込める。
 どうということのない心遣い、何よりその細やかな心遣いが掲句の命である。

谺2009・01


大空の一枚張りの小春かな  古澤貞夫

 冬晴の青空はまさに青一色、澄んだ空気の元で雲の生まれる余地もない。そんな日は、特に北国の場合だが、圧倒的に寒い日が多い。北風がそんな澄んだ空気を運んでくるからなのだろう。
 掲句はその青空を「一枚張り」と表現した。しかも、それを安堵させてくれるような陽気だったのだ。風がなければ日射はあるのだからある程度の暖かさは保証されるのである。「一枚張りの小春」という流れるような調べにその束の間の喜びがこもる。

谺2008・12


船長の今朝は甘藷を掘つてをり  榊原素女

 海のない地域、あるいは海のある場所においてさえも「船長」という職種はそう多くはあるまい。そして、作者はその人が船長であることを知っていたからこそこう詠むことができたのだ。
 普段は船に乗っているはずの船長が、今日は陸に上がって甘藷を掘っている。どうということのない表現だが、瀬戸内に住んでいるという生活環境、そこに生まれる人人との繋がりや生活習慣、その日常を詠んだのだ。その日常にこそ俳句があることを知らねばならない。

谺2008・11


竜胆へつつとハイヤー運転手  吉田善一

 先月の岩手行、帰りの新幹線が午後だったので、盛岡駅からワゴンタクシーを頼み、小岩井三時間コースへ出かけた。我々がうろついている間は運転手さんは自由時間、どこへでも行けたはずだ。そう考えたら、掲句が素直に胸に響いてきたのである。
  運転手のほっとしている時間、その傍に咲いている「竜胆」に心を留めたのである。それをしっかりと監察していた作者の目がいい。

谺2008・10


打水の手に夕刊を渡さるる  蓮見澄男

 こういうことなら作者に限ったことではなく、どこかで誰かも経験しているのではあるまいか。
 「夕刊」といっても夕方に届くわけではない。場所にもよるだろうが、まだ暑さの厳しい三時、四時ごろが一般的なようだ。打ち水に出てたまたま届けに来た夕刊を受け取る。それをそのまま表現する。こういう日常の一こまを切り取るのが俳句なのだ。
 こういう句を見ていると、一句のためにいろいろ考え込んでいるのがばかばかしくも思えてくるではないか。

谺2008・09


三食をきちんと食べて暑に負けて  大関 洋

 今年の暑さは異常だ。それに輪をかけて地球温暖化の影響から、冷房の温度は控えめに、ということになっている。
 そこで、暑い暑いといいながら、何とか暑さに負けまいと鰻を食べたり、肉を食べたり。もちろん三食はきちんと食べる。それも意識して多めに。しかし、どうあがいても今年の暑さにはかなわなかったのだ。
 きちんと食べて、なおかつ負けた、その発想のずれが何ともいえない。

谺2008・08


六月のどの木も働き盛りかな  小林比奈子

 梅雨の最盛期、草木はすべて緑。人間に例えるなら青年期を過ぎて壮年に差し掛かる頃だろうか。それを「働き盛り」と捉えた。考えてみれば当り前かもしれないが、
それをここまで明確に言いとめた句は始めて見た。
 字余りの中でも中八はどうしても冗漫になるので、普段はほとんど採らないのだが、掲句の場合は別。上五から一気に読み下すことができたので、その冗漫さは解消されている。鬱陶しい梅雨の頃にここまで力強い句ができることに、俳句の可能性を思う。

谺2008・07


スコップにこつんと石や夏に入る  大関 洋

 スコップを使って土を掘る。本格的な農家なら、耕すための農機具は多種多様にあるだろうが、家庭菜園程度ならスコップやシャベルで十分だろう。
 掲句もやはり家庭菜園かせいぜい庭いじりか。土に触りたくなるということはそれだけ暖かくなり、身も心も開放的になっているということなのだろう。スコップに当たる石も実に新鮮なのだ。「こつんと石や」という何気ない驚き、その表現が何ともいえない。

谺2008・06


こつの要る藏の開け閉て花蘇枋  宮澤千恵子

 こんな思いは誰でも経験があることだろう。あの人に開けられて、なぜ私は開けられないのか。この扉は人を見ているのだ、とも。その「こつ」を会得してしまえばどうということはないのだが、それがまた難しい。特に「藏」という古いものなら開ける機会も少なく一層難しいことだろう。
 古い藏とやはり何代か前から育てているだろう花蘇枋、そこに対する作者の思いが伝わってくる。

谺2008・05


花の昼寺苑に熊手竹箒  大関 洋

 東京は大田区の池上本門寺での吟行会(横浜俳話会主催)での作。たいへん風の強い日で、桜は満開だったにもかかわらず、戸外でじっと腰を落ち着けて、という句作りは困難な日だった。
 掲句を見ると、物がいかに大事か、ということがよく判る。桜の美しさも強風も、「熊手」と「竹箒」の存在には影が薄くなってしまった。この句を読んで、この日の強風を想像することは不可能だが、事実を伝えることが俳句ではない。事実と違った、うららかな春の一日がそこに生まれたのである。

谺2008・04


春浅し富士に敬礼して出掛け  梅津大八

 作者の自宅に一度お邪魔したことがある。リビングのソファーに座ると、ベランダ越しに富士が真正面に見えたのだった。ちょうどその方向が傾斜地になっていて富士との間に遮るものが何もない。実に贅沢な立地で、羨ましく思ったものだ。毎日見ているのだから、毎日富士の句を詠んだら、と注文したのだが、これがなかなか難しい。季語が富士に力負けしてしまうのだろう。
 掲句は、おそらく毎日のことなのだろうが、まさに富士に対する挨拶。まだ寒さの残る早春の富士は姿正しくそこにある。思わず片手を上げて出勤するのである。その気持ちがある限り富士も俳句も作者を裏切ることはあるまい。

谺2008・03


大寒の真正直といふ寒さ  渡辺時子

 地球温暖化が叫ばれ、この冬も暖冬のはずだった。ところが一月の半ばから急に寒くなり、三寒四温の四温のまったくないような状態が続いている。特に今年の大寒は寒かった。その寒かった「大寒」をどう表現するのか。他の投句の中にもいろいろ工夫を凝らした句があったが、掲句の「真正直」に勝る表現はなかった。
 まさに正面から「大寒」と向かい合った句。その力強さはその寒さをものともしない。

谺2008・02


さざんくわの散る山茶花に触れて散る  宮澤千恵子

 掲句を判らないという人はいないだろう。むしろ判りすぎて嫌いだ、という人の方が多いのかも知れない。
 枝を長く伸ばして、その先に花をつける樹木なら、そのまま風に吹かれて地面へ、ということもあろう。しかし山茶花の場合はそうではない。枝や葉に紛れるように咲くのである。散るときは葉に触れたり花に触れたり、ということになる。自然の定めの哀れさとでもいえようか。観察の目の行き届いた句である。

谺2008・01


もうそこに冬の来てゐる背中かな  隅田晶子

 どこに、あるいは何に冬を感じるのか。時雨や木枯、マスクや手袋、減ってゆく日めくりなどもそうだが、季節のものから感じることが一般的だろう。
 ところが作者が注目したのは背中だった。これはやはり男の背中だろうが、そこに「冬」を意識したのである。女性の「冬」はマフラーやブーツ、コートなどファッションから始まる。しかし、男のそれにはどことなく生活臭が漂う。どこか元気のない丸まった背中、特に木枯に吹かれる背中は淋しい。そこに「冬」を見たのだ。
 モデルになった男性、まさかこんな目で見られていたとは知るよしもなかろう。分かっていたらもう少ししゃきっとしていたはずだ。「もう」に驚きを込めて。

谺2007・12


烏瓜みんな帰つてしまひけり  大関 洋

 「烏瓜」はウリ科の蔓性多年草で、夏にレース状の白い花を葉の脇に開く。秋には鮮やかな赤い実をつけ、晩秋から初冬、葉が落ちてからが一層その赤色が際立つ。 花はなかなか見つからないが晩秋の赤い実はちょっと山道に入れば、結構目にすることができる。
 紅葉狩りなどで出かけた山道でもあろう。日中はあれほどの人出で賑わっていた山道も、夕暮れが近くなるに従って閑散としてくる。一人一人が指差して注目してくれた「烏瓜」だが、もう誰も見てくれないし、その存在さえ闇に紛れてしまうのである。
 自分の家に遊びに来てくれた友達が、夕方になって、みんな帰ってしまったあとのような淋しさ、それが掲句の「烏瓜」だ。

谺2007・11


あづかりし鈴虫五泊六日かな  吉田善一

 一度鈴虫を貰ったことがある。熱帯魚を飼うような大きなガラスの器に入れ、適度な湿り気と餌をあげるわけだが、その声は部屋中に響き渡り、とても趣があるとはいえなかった。そして最後には雌が雄を食べてしまうのだから、子供たちにはショックだったようだ。
 実際に飼っている人からすれば、ペットと同じだから、餌やりや水分補給などは気にかかることなのだろう。したがって掲句のような状況になる。犬や猫を預かるのと違って、手間はかからないが、馴れないと室内に響くあの声はノイローゼにでもなりそうなほど大きい。
 作者は預かった感想は何も述べない。だが、気にしなくなったころにはお別れ、ということだ。報告的に叙しながら、そこに隠された思い、これが俳句の醍醐味だ。

谺2007・10


法螺の音を滝が掻き消す滝開き  蓮見澄男

 「滝開き」の行事はいろいろな場所で行われているようだ。夏真っ盛りの七月が結構多いようだが、中には夏の観光シーズンの幕開けとして四月に行われるところもあるという。
 掲句の場合はもちろんそれを狙って出かけたのだが、ちょっと時間の行き違いがあったのだろうか、滝に着く前に始まりの「法螺の音」が聞こえてきた。慌てて急いで滝の前に着くと、さっきまであれほど大きかった法螺の音は聞こえなくなっている。目の前に現れた滝の音の前に、法螺の音は聞こえなくなっていたのだ。
 「法螺の音を滝が掻き消す」という、まさにその瞬間との出会いである。実に爽快な句だ。

谺2007・09


車椅子の業者来てゐる暑さかな 堀江野茉莉

 「車椅子の業者」が来ているという。なかなか個人の住宅に来ることはあるまい。病院とか、そういう施設ということだ。一般的にはそんな場面に出会うことはめったにあるまい。
 たまたま見掛けたその業者、見本の車椅子でも持って来ていたのだろう。業者と、車椅子など必要としない健康者が打ち合わせをするのだ。第三者から見てどこか複雑な思いに駆られるではないか。思いがけないこととの出会い、大事にしたいものだ。




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