当サイトでの浜名湖周辺とは、新浜松、湖西の2市と、浜名郡新居町を指します。
尚、新浜松市の範囲は旧浜松、旧浜北の2市と、旧浜名郡舞阪町及び
雄踏町、そして旧引佐郡
引佐町及び細江町、三ヶ日町の5町です。

   * 色の山寺号をクリックすれば、そのお寺のミニ・ホームページが見れます。



  浜松市の寺6
  
 (旧浜北市)
                       
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   薬師堂
山 号 寺 号  龍宮山 岩水寺 (真言宗)
住      所  浜松市 根堅2238  
電 話 番 号  053-583-2741  
寺 院 紹 介 神亀二年(725年)、行基が自作の薬師如来像を安置し、開山したと伝えられる。本堂には子安地蔵尊が祭られ、安産や子育てに御利益があるとされ、古来より信仰を集めている。
又、坂上田村麻呂将軍の息子・俊光公が、母親をとむらうためにつくった地蔵が、この子安地蔵尊といわれている。尚、俊光公の母親は、この辺りに住んでいた赤蛇だったという。
遠江四十九薬師第二十八番札所
であり、浜名湖七福神の福禄寿尊天を祭る寺でもある。

 
   庚申堂  
山 号 寺 号  金剛山 庚申寺 (臨済宗方広寺派)
住      所  浜松市宮口635
電 話 番 号  053―589ー8430
寺 院 紹 介 神亀二年(725年)草創の真言宗の寺が、明徳元年(1390年)現在地に伽藍を移し、臨済宗に改宗した。
わが国「三庚申」の一つで、別名「申寺(さるでら)」と言う。遠州地方の庚申信仰の中心で、江戸時代は大阪四天王寺と全国を二分するほどの勢力を誇り、庚申堂内部の「二十四孝図絵馬」は旧浜北地区で最古の絵馬である。

 
   大提灯  
山 号 寺 号  瀑布山 不動寺 (黄檗宗)
住      所  浜松市平口5052
電 話 番 号  053―586ー3205
寺 院 紹 介 奈良時代(710〜788)行基によって開かれたといわれている。当寺はむろんのこと、石段の途中、右手奥にある不動稲荷(出世稲荷)も多くの人々の信仰を集めている。
本尊の不動明王は行基の作と伝えられており、本堂へ続く123段の石段の途中には雄滝雌滝の滝や、芭蕉らの句碑群がある。春には桜やつつじが咲き誇る。

 
   山 門  
山 号 寺 号  少林山 心宝寺 (臨済宗方広寺派)
住      所  浜松市小林1629
電 話 番 号  053-587-1003  
寺 院 紹 介 大永五年(1525年)の開創。現在の山門は江戸時代の初めに浜松城主青山因幡守宗俊の実父・青山伯耆守忠俊の屋敷の門を移築したものである。
この屋根は元は茅葺きであったが、近年改修にあたり、材料や費用の点で銅板葺きになったという。

 
    山 門  
山 号 寺 号  薬王山 真光寺 (臨済宗方広寺派)
住      所  浜松市内野1554
電 話 番 号  053-586-0507   
寺 院 紹 介 慶長元年(1596年)、三径益和尚の開創。本尊の薬師如来(立像)は行基作といわれ、他に寺宝として谷文晁の「達磨図」がある。又、境内のイチョウの大木は、旧浜北市の保存樹林に指定されている。
遠江四十九薬師第二十六番札所

 
   本 堂  
山 号 寺 号  小松山 光正寺 (臨済宗方広寺派)
住      所  浜松市小松2326
電 話 番 号  053-586-2447
寺 院 紹 介 貞治四年(1365年)、路庵智正禅師の開創。
当寺には安永九年(1780年)の作といわれる縦・約3メートル、横・約2.7メートルの「大涅槃図」があり、涅槃会法要の際、本堂に掛けられる。
遠江四十九薬師第二十七番札所

 
 ↑ 山 門
ここが入り口   
 
山 号 寺 号  白雲山 長泉寺 (臨済宗方広寺派)
住      所  浜松市貴布祢984
電 話 番 号  053-586-3259  
寺 院 紹 介 応永年間の開創時は真言宗の寺であったが、天正二年(1574年)臨済宗に改宗した。
写真の通り、山門は寺院の山門らしくないが、これは幕末最後の浜松藩主井上河内守
正直の下屋敷の門を移築したからである。(門前の立札より) 
又、その名残りか、屋根瓦に「○に井」の紋様がある。

 
   本 堂  
山 号 寺 号  常照山 学園寺 (曹洞宗)
住      所  浜松市高薗325 
電 話 番 号  053-586-3886   
寺 院 紹 介 応永二年(1395年)、汝霖良佐(じょりんりょうさ)和尚によって開創されたといわれている。
汝霖良佐は建武三年(1336年)高薗の小杉家で生まれた。幼い頃に出家して京都へ上り、明に渡って帰国した後、天竜寺に身を寄せ足利義満の庇護を受けた。
後にふるさと高薗に戻って学園寺を開創したが、八十歳の時、洪水を繰り返していた天竜川に人柱として入水したといわれる。

 
    本 堂   
山 号 寺 号  蘆地山 陽泰院 (臨済宗方広寺派)
住      所  浜松市宮口367
電 話 番 号  053-589-8621
寺 院 紹 介 永正三年(1506年)、亀山玄龍和尚の開山。開基は平家の落ち武者藤原正貞の子孫と言われている。明治43年、火事のために本堂は全焼したが、本尊の釈迦牟尼仏は奇跡的に焼け残ったという。以後、長く仮本堂だったが、平成十四年秋に新しい本堂が完成した。(写真)

 
   本堂と
  ツゲの参道
 
山 号 寺 号  象白山 普賢院 (臨済宗妙心寺派)
住      所  浜松市中瀬4967
電 話 番 号  053-588-0081   
寺 院 紹 介 延徳二年(1490年)、広鑑神応禅師の開山。江戸時代末期まで臨済宗妙心寺派の雲水の修行道場だった。 天竜川以西の臨済宗の寺としては、最大級の檀家数を誇る。 別名「トチの木寺」。「トチの木寺」の由来は、昔、天竜川に流れて来たトチの大木のために流れが変わり、現れた中瀬の地にその大木で本堂を建てたことによる。