
白雲楼は堅固に出来ている。
崩壊するといっている建物は昭和39年に出来た安普請の建物であり、
この建物を本館とし、白雲楼に抵当権を付ける為に違法に建てたものだ。
この建物のみを壊し、従来からあった大林組が昭和15年に建設した貴賓館や本館は
未だ補修をすれば十分に残せる。
このテラスに続く部屋で、私の祖母桜井トキは昭和19年の冬から昭和20年の11月まで
過ごした。葬儀は柳田村で近親者のみで行われた。
祖母はそれまでは柳田村から離れたことはなかったが、白雲楼の森林を見て柳田村の
山々を思い浮かべていたことであろう。
私の手を握りしめながら、自分の死期を悟り、晩年をここですごしたのであう。
わたしはこのテラスで良く遊んだものである。
祖母は私との別れをこのテラスの部屋で、涙を流し眺めていたことであろう。