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華奴の「短歌あの日この日」 バックナンバー

2003年1月

                 1月31日(金)

たつぷりと真水を抱きてしづもれる昏き器を近江と言へり
                       河野 裕子  歌集 『桜森』


    掲示板に湖国の話が出たので、思い出した歌。この歌は 少し短歌に興味のある人なら琵琶湖と言えばきっと思い出すくらい有名だろうな。わたしが たっぷり眺めた琵琶湖と言えば、武奈ヶ岳からの琵琶湖。リフトの行き帰りと山頂で。それから 伊吹山からの琵琶湖もすばらしい。近江舞子、近江高島、近江八幡、栗東こんぜの里、石山……湖国 って 何度でも訪れてみたいところがいっぱいある。


             1月30日(木)

夜ごと寄る書房シャッターを閉ざしいて張りし小さきビラ破産告ぐ
                       先野 浩二 「早春」第十二輯


    今日のランチは 今年最後の新年会。ファミリーレストランみたいな洋食屋さんかな。そこの入口に 2月2日をもって店を閉めるという張り紙があった。これには 一同唖然というかオオウケというか。というのは、このグループで 新年会で行った店、いくつ潰れたかと指折り数えるほどの実績があるからなのだ。焼き肉屋、ステーキハウス、イタ飯屋、フランス料理屋えっと、あとまだいくつかあったような。私ら行ったらすぐつぶれる。今年のとこも つぶしてしまうかな、と冗談を言っていたのが……。今度ばかりは 私らが行く前に決まってたんやから、私らの所為ちゃう、と言い合う。<いや、ここは リニューアルするのかもしれんで>と 期待をかけている。


               1月29日(水)

でも僕は口語で行くよ 単調な語尾の砂漠に立ちすくんでも
                       枡野 浩一 短歌集『ますの。』


    マスノ短歌教の教祖様という歌人 枡野 浩一。私の信仰とは宗派が違うけど、おもしろい人だにゃプー。(デモシカプー語 語尾)
  さて 今日は『ひらのく ひゃくねんし』音訳版についての打ち合わせ。 頭をいくつも並べて検討するも 頭を抱えることしばし。口々に漏らす言葉は、「うーん、日本語って難しい。」簡潔さをもとめるあまり 削りすぎてしまって、真意が伝わらない文になってしまったり、説明のルールにこだわって不自然な文になってしまったり。写真説明で 「あります」連発、語尾の不自然な単調さ。おおー 語尾の砂漠。立ちすくんでしまった。南北に走っている道なのに <横切る>はおかしいんじゃないかい、とか。後方にはないのだから前方にひとつだけある としたほうがよくわかる、とか。言語感覚を研ぎ澄まして言葉を選んでゆく。なんか似てるじゃない。歌作るのと。あー 今日も わたしは 言葉のしもべ。



                1月28日(火)

自動販売機の吐きし切符に汚されし指を持ち改札口を抜けたり
                       高嶋 健一


    平野区では 昨年『ひらのく ひゃくねんし』が発行された。 分厚い表紙の変形A4版蛇腹折りで りっぱなお経のようにも見える。明治、大正、昭和、平成と順に 平野のうつりかわりが 年表とたくさんの写真で見ることができる。百年間の人々の生活や風物を絵巻物のように仕立てている。これがなかなかおもしろい。平野に生まれ育ったうちのお義父はんとおかあはん、ふたりが語るひらのの昔話が その写真やイラストに生き生き浮かんでくる。 今日は この『ひらのく ひゃくねんし』と音訳版に再構成した原稿とを 終日にらめっこして 校正作業をしていたのだ。
  大正時代の南海鉄道乗車券の写真があった。たくさんの駅名が書かれていて、まるで双六のようで わくわくするような切符なのだ。この切符で 電車に乗って出かけることってきっと楽しいことだったんだろうな。音訳での写真の説明には そんな主観的なことは御法度、だもんで ここで言っておこう。
  切符といえば、梅田で買う阪急の切符。これが自販機からでてくると なんだか凶のおみくじをひいたような気になる。田の字の中が十字でなくて ぺけぽんになってるんやもん。



             1月27日(月)

日報に希望欄あり書き続く壁にもの言うごときものなれど
                       木下 憲子 歌集『シュピール』


  仕事でも こんなことほんまに意味あるんかいな、と思うようなことって あるある。わたしのこの欄は 仕事でもなんでもなくて 好きで勝手にやってるもの。でも、ここのことで ツッコミいれてくれたひとはまだ誰もいないので、誰か読んでくれているのかしら、とちょっとさびしい。歌の下に 短文があるのに気づいてくれているのだろうか、とかちょっと不安。確かに毎日十数人は訪問して下さっている。どなたさまか ありがとうございます。とてもささえになります。ここ 覗いてくれてるとイイな。


               1月26日(日)


地下花舗に花のかたちの花溢れ麒麟語話す店員がいる
                       信藤 洋子 歌集『二月の森の ff ( フォルテシモ


  今日は プールの帰りに 東部市場に蟹の浜ゆでを買いに行って、そのまま今里筋に出てみた。もちろん愛車のちゃりんこで。大阪国際女子マラソン真っ最中。ちょうど35q地点。うまい具合に先頭グループのお通りに出会した。ケニアのローナ・キプラガトのするりと長い手足にはびっくり。ルーマニアのタルポシュかな、透ける肌がいかにも冷たそうに うすももいろに斑に紅潮していた。
  給水ポイントにテーブルがいくつか並んでいる。ドリンクがびっしり置かれて。そのドリンクボトル まあいろんなのがあること。ドリンクの色も 無色透明なのは もちろんあるけど、黄色や緑色、氷いちごの蜜のようなピンク色、醤油のような真黒まである。黒酢とかなにか特製ドリンクなんだろうね。それに どれもこれもさまざまに目立つように目印が工夫されているものだから、ほんとにお花屋さんみたいよ。ボトルに星形のプラカードをつけていたり、クマさんカードがついてたり、ミニ薔薇の花束がついてたり、……薄紙の牡丹の花、ビニルテープでつくったポンポン、ミニカラーの花、いろーんなものがつけられていて それはそれは華やか。 迷わず取れるように、なのでしょうが、どれもめだつと どれも目立ちません。たいへんだあ。でも 係の人が、近づいてくる選手の番号を叫んで、テーブルのそばの係の人がドリンクを取ってあげていた。駆け込んでくる選手が団子になってくるときっとたいへんだあ。ほんとは 緊迫した生の給水シーンを見たかったんだけどな。帰ってテレビをつけると ちょうどゴールして長居スタジアムだった。



             1月25日(土)

「いらっしゃいま」までしか言へぬ新米の少女かはゆし地下のうどん屋
                       島津 忠夫


今日は 平野区かるた大会があり、音訳グループで詠み人として参加させて頂いた。平野区民からの募集でつくられた<平野いろはかるた>と百人一首のかるた大会。小学生二百余人、大人五十余人の参加。つつましがっていては役に立たない。新米でもかはゆくてゆるされる時代はとおに終わってしまった。声を張り上げて よおがんばりました。負けるな、おまえもりっぱなおばはんや。


             1月24日(金)

この上に座れば何か変わるかとこっそり座ってみたくなる椅子
                       藤本 晋吾 「早春」第十二輯


座りたくなる椅子もあれば、二度と座りたくない椅子もある。また今日も うどん屋に入った。お義父はんと病院デートの日だったのだが、珍しく早く終わって、ランチは平野にもどってからにしようということになった。とてもおいしいうどん屋なのだが、以前冬に入って、座布団のない椅子にエライ目にあわされた店だ。もう冬には絶対行けないね、とお義父はんと固く誓い合ったはずだったのだが。分厚いこの上着をお尻に敷くことにしようよ、と。……おいしい。しかし、しかし、お尻がつめたすぎる。作りつけの木のベンチなのだが、座布団もなにもない。氷の上に座らされているように ちべたい。拷問やないかい。木のぬくもりなんて うそや〜。たまりかねて、帰りの勘定のときにこう言ってみた。
「椅子 めちゃめちゃつめたいですねー。」
「そうですねえ、この季節はどうしてもねえ」
愛想よく答えてくれたのだが、これには驚いた。おいおい、ちべたいのん 知っとんのんかい?! せめて「いやあ、そうですか、それはそれはほんまにすみませんでしたねえ」とそう言ってほしかった。こんなにちべたい思いさせてんのん知らんのんちゃうんかと 教えてあげなくては、と親切心を起こしたのだったけれども、知っとってやっとんのんかい?!思わず言ってしまった。「長居をさせないためですか?」
「いやあ、そういうわけじゃないんですけどね、、、、」
あきれた。そういうわけじゃないもなにも なんやねん。店を出てから、お義父はんは「座布団 置いたら、こどもがこぼして汚したりするから、かなんのんとちゃうか。」という。えー?! いったいどんな了見なのかはわからないが、ちべたいのん知っているのなら、ゆるせん。「いっぺん座ってみい。」と言ってやりたい。ほんまに。よおそんなん座らせるなあ。 ほんとは どんなにつめたいか知らないで答えた返答であることを願いたい。愛想もわるくないし、おいしい。鳥南蛮でなくて、鴨南蛮があるし、鍋焼きだって 千円でどこにもない豪華さでおいしいんだ。出汁も麺も言うこと無しなのに。でも、もう行かない。もう行かない。座布団置くまで。夏だって行かないぞ。今度こそ もうほんまに行かんとこな、とお義父はんと誓いあったのだった。




             1月23日(木)

わが耳に山の落葉の音積る これの一夜ののちの百の夜
                       斎藤 史 歌集『渉りかゆかむ』


JR大和郡山の駅前に <山の音>という手打ちうどん屋がある。今日久しぶりに入ってみた。この<山の音>という名がいい。<山の音>と染められた暖簾をくぐるのもなぜかわくわくする。店に入ると、ごーごー音がしている。饂飩をゆでる大釜が滾っていて、湯気のたちこめる狭い厨房も間近に見える。んー この音は……換気扇の音。
 出汁が少々うすあじすぎて、たよりなかったけれど、麺はばっちりわたしごのみ。うすい、と思いつつ、かなりの出汁をしつこく啜りつづけたのであった……。


               1月22日(水)

フセインを忘れることなしフセインと言ふ賭事のゴルフにありて
                       道上 隆三  水甕千里支社『千里篁より』


ゴルフで賭事遊び「フセイン」なるものがあるという。知らなんだ。
検索してみると ちゃんと教えてくれるサイトがあった。常に2番目に打つ人がフセインになり、フセインの打数の3倍と他の3人(多国籍軍)のスコアの合計の差を競うそうな。
  


             1月21日(火)

とろとろにひかれし豆を火にかけてわれの自慢の豆腐をつくる
                       鈴木 稔  「早春」第十二輯


わたしを短歌教の信仰へと導いた敏腕布教師 鈴木稔さんの歌。
戦争で失明されたので、おそらく戦前の確か故郷東北の回想だろうか。
のびのびと水車のまはるふるさとはかけろの声が遠くこだます
という歌も詠われている。

今日は ヒルトンの地下で 新年会ランチだった。豆腐御膳で 紙鍋に豆乳と豆腐。豆腐を食べてしまっても、表面が 皺皺とさざめいて 次々に湯葉ができてゆく。2時間以上喋りこんでいたが、最後のさいごまで、「はい、できたで。次だれ?」「こっち廻りやから、はいはい、わたし」という具合に順々に 湯葉をひきあげてゆく。かなり楽しめる趣向だ。しっかり 鍋がカラカラになるまで堪能した。 
  



             1月20日(月)

ほの熱き喉流るる「鬼ごろし」春の来るまで角矯めてをく
                       小池 尹子 ( ただこ


もうすぐ 節分。うちにある お酒は「鬼ころし」。
いつも おでんの出汁をつくりながら、計量カップでお酒の味見をしています。
  



             1月19日(日)

ゆらゆらと漉き舟の水掬われてたちまち紙となりゆくも( わざ
                       前 登志夫     歌集『縄文紀』


本日のお昼のメニューは ざるそば。(この寒いのに…。)冷たい水で ( ざる を洗っていて ふと紙漉を思い出した。むかし昔、吉野の国栖で 紙漉の作業をみせてもらったことを。通りすがりに吉野川の川沿いの小屋を ふらりと訪ねて。今思い返すと、なんと傍若無人な…しかし、テレビカメラがあるわけでもないのに、闖入者に動ずることもなく、迷惑がるでもなく、なにか尋ねると快く答えてくださったりして、作業を見せて下さったのだった。



             1月18日(土)

行くへなく月に心の澄み澄みて果てはいかにかならむとすらむ
                       西行


今日は 短大時代の友達との年に一度の集い。六人六様の人生。いったい誰が平凡なのだろう。いったいどこに平凡な人生があるのだろう。そう思ってしまうくらい「平凡」というものの広さ奥行きは侮れないものだ。   



             1月17日(金)

空白は数多あるままジグソーパズル神戸の街に片片探す
                       小池 尹子 ( ただこ


作者のお姉さんが被災されたそうです。今朝 どういうわけか 明け方に目が覚めました。当時わたしは マンションの11階に住んでいました。よく揺れました。八尾空港が近いので、ずっとヘリコプターや飛行機が飛び交いました。被災者でなくてすら、ヘリコプターの音は今もとてもコワイです。   




             1月16日(木)

( タナトス をおもふわがまへ 快適に廃車の群をたたく白雨は
                       高嶋健一 歌集『歴日』より


今日は 大和郡山の筒井へ 高嶋健一 歌集『歴日』を読む ミニシンポジウムに出かけた。
タナトス Thanatos. ギリシャ神話で死の意味。
  



             1月15日(水)

温泉の裸に友を見失う彼女の何を彼女となしし
                           木下 のりみ 歌集『たゆた』より


旅好き温泉好きの夫のおかげで、年に十日くらいは温泉宿に泊まることになる。
そこで、人の裸を見るたびに思い出す歌がこれである。




             1月14日(火)

父われに殺してくれといはざれば夕闇朱し高き山畑
                           前 登志夫 歌集『縄文紀』


柳田国男の「山の人生」という本の序文に書かれた囚人の話。私は、それを読んだのではなく、小林秀雄講演・信ずることと考えること のテープで聞いたのだが、こころに焼き付いている話である。聞き込んでいた頃20年近く前のさまざまな思いが甦る。

テープおこしで紹介しているサイトがあったので、小林秀雄の講演まるごと この世界を覗いてみるのもお薦めですが、こちらから その話の部分を引用させていただきました。

 http://www.siq.co.jp/media/itou/sinzuru.html

 …柳田さんの「山の人生」という本がある。この序文にこういう話がある。もうこの話を記憶している人は、私ひとりだから書いておこう。これを序文に変えるという話を書いている。それは、ある囚人の話である。この囚人は、なぜ牢屋に入れられたか。この人は、炭焼きだった。そして山の深いところで炭を焼いて、それを売っていた。これで暮らしを立てていた。おかみさんは早く死んじゃって、14歳になる男の子がいた。同じ年頃の女の子もどっかからもらっていた。3人で暮らしていた。だけど炭が全然売れない。子供たちは、ひもじくてしょうがない。ある日、いつものように炭を持って里におりた。やっぱり売れない。家に帰ってきても、子供たちと顔を合わすのが恐ろしくて、自分の部屋に閉じこもった。それで、昼寝をしてしまった。ふっと目が覚めると何か音がするので、覗いて見ると男の子がなたを研いでいる。女の子はそれを見てる。それで、ふっと出てくと、その時入り口一面に夕日があたっていた。男の子は、なたを持って入り口の丸太の上に寝て、女の子も寝た。そして、「おとう、これで俺たちを殺してくれ。」と言った。その時炭焼きは、めまいがして、何がなんだか分からないで殺してしまうんです。なたで子供の首を2つ切ってしまう。それで自分も死のうと思った。ところが、上手くいかないで警察に捕まった。という囚人の話です。これを序文に変えた。…




             1月13日(月)

短歌とは澱む心を篩にかけ残りし小石を磨くが如し
                                前田桂井子


今日の歌会に出された詠草。短歌ってなんだろ、のひとつの答ですね。



             1月12日(日)

野の川のみづのとひつじ誘ひ寄せ春の旋律きかせてゐたり
                             長縄広治


お年賀に頂いた歌。今年は 癸未(みずのとひつじ)なんだよね。
水の音とかけて、うまく詠みこんだ素敵な歌。こういうのもらうとやっぱりうれしくてるんるん。


             1月11日(土)

しずかなるものいいをする人と居ていつしか心ほぐれゆきたり
                             藤井正一


 ある日通りかかったお寺の門前に「今日のことば」というかんじで 貼られていたもの。ことばってふしぎ。この歌、このことばを読んだ だけで わたしの心をほぐしたようでした。いつのどんなときのだれのこと だか思い出せなくても、その感覚が甦りました。

 作者名を覚えてなかったので またその道を通って 見に行きました。 いつもは通らない道。たまたま 道路工事で遠回りしたときにみつけたんです。で、ちょうど 通りかかったときに また塩梅よお、そこの住職がでかけるところに出会して、たずねてみました。 この 藤井さんて方はどういうかたですか?って

 すると、これは 毎日新聞の毎日歌壇に載ってたんですって。心に残ったものだからって、、、、。 たまに このお寺の前を通ってみようと思ったことでした。 正業寺住職選を見に。でも ま、いつも歌を書いて貼ってるってわけでもないのでしょうねえ。 今日のことば って かんじで 毛筆で書いてあるの。 たまたま そういう用向にもなる歌でもあった、というわけか。

 労せず求めずして 飛び込んできたものに 予期せずして心動かされるということ自体が なにかとてもトクしたようで妙にウレシイものです。このページも 誰かがちょっとトクした気分になるようなヒットが、たまに出せるといいな。



             1月10日(金)

売りにゆく柱時計がふいに鳴る横抱きにして枯野ゆくとき
                             寺山 修司


短歌を始めたばかりの頃出会った歌で、これはとても衝撃的でした。
おじいさんの古時計も大好きだけど、これも大好き。


             1月9日(木)

雪しまく牧場に草を食みてゐる羊はなににうながされて生く
                        藤川 弘子     歌集『草の穂』より