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華奴の「短歌あの日この日」 バックナンバー

2003年8月

             8月31日(日) 

      落ち蝉のみな仰向くをいぶかしむ幼に空を恋ふ故と言ふ
                  根本 芳平 (水甕 2002.12)


    明日は 9月だあ。


             8月30日(土) 

      傘のほね広がるときのうつくしさ 詩の事ばかり話して帰る
                  石川 美南


    今 NHKの詩のボクシング見ながら書いているの。詩のボクシング 必勝法とか分析レクチャーしてた中で、詩のボクシング用のキャラクターをひとつ作ること、というのがあった。活字で見る詩でなく、朗読も大きな要素でもあるから、なおさら キャラクターというのは大きい。今月は 水甕ML歌会では 写生と私性の歌をセットで募集してそれぞれの「私」を考えてみようってやってみた。「私」というのが 今年のテーマもあるし。「歌の中のわたくし」というキャラクターを意図的につくる手もあるのよね。


             8月29日(金) 

      三歳の口真似の子に何回もconstitutionといわせてみたり
                  木下 のりみ 歌集『たゆた』


    夕方 マンションの駐輪場で自転車を出そうとしていると、同じマンションのおちびちゃんが、声をかけてきた。年少組の男の子。
「おばちゃん どこいくの?」
「うん? 買いモン行ってくるわ」
「ふうん。なあ、おばちゃんとこ こどもいてへんの?」
「うん、いてへんよ」
「なんでいてへんの?」
「うーん、なんでやろなあ」
「離婚したん?」
「ううん、離婚してへんよ」
「結婚してへんの?」
「結婚してるけどな、いてへんねん」
「なんで?」
「うーん、なんでやろ。こどもでけへんひともおるねんでえ。」
「ふうーん。」納得したようなしないような…。後から出てきたお父さんに、「こどもおれへんねんて」と無邪気に告げていた。めちゃめちゃ かわいかった。自転車を漕ぎ出しながら、おかしくておかしくて、愉快で愉快で 顔が笑ってしまってハタからみるとずいぶん不気味だったろうな。あの子は きっとずっと気になっていたに違いないのだ。いつか聞いてみたろ、と思っていたのだろう。ふつうのおばちゃんは みんな「だれだれちゃんのおばちゃん」で こどもがいるものなのに、ふしぎなことにこのおばちゃんはおばちゃんだけだ。どういう存在なのか 不思議でならなかったに違いない。こんなま〜っすぐにこころをぶつけられたことは 久しくないような気がして、愉快愉快。なんかまるで 愛を告白されたような ときめきを感じた。なんか妙にカンドウしたわ。近頃みょ〜〜〜にこまっしゃくれたキショクワルイ ガキンチョもいるけど、なんとも あいらしいおちびちゃんだ。
なんて答えたらおもしろかったか。<おばちゃん 卵で生んだんやけど、落として割ってしもてん。>いやいや、生卵たべられへんなるか。<おばちゃん 魔女やから人間のこどもでけへんねん。> あ、これがええわ。<今晩お父ちゃん貸してくれるか?> 


             8月28日(木) 

      水の辺の静けさ分かちわれもまた魚の仲間と砂丘を泳ぐ
                  三浦 好博 歌集『水の辺のうた』


    思えばあれは二〇〇〇年の半ば、梅雨を迎えたころでした。ひょんなことから幸いなことにお近づきになれた三浦さんに 歌集を頂いたのは。読後のメモは 記している。 
<水の存在感をたっぷり味わう季節に、私 水のかやこは今 歌会の宿題のお題 「水」「雨」に溺れているところ。(あっぷあっぷ)さすがに 『水の辺のうた』には 素敵な水の歌がいろいろあって、うっとりうるうる羨望の眼。>
そうでした。ほんとうに たくさんの歌を写して、うっとり浸っていたものだ。また最新の歌集『流星』のこころねに触発された部分が 実はこのふらここの構成にも影響しているのよん。その三浦さんに 先日短い時間だったけれど、京都でお会いすることができた。

水の辺の静けさ分かちわれもまた魚の仲間と砂丘を泳ぐ
なんとも 静かなこころもち。一緒に歩く仲間を「魚の仲間」と思う。自分ももちろん魚である。なんともいえない 静かな信頼感の中を泳いでいる。ふだんはML歌会やメールでのおつきあいの歌のお仲間に 全国大会やなにかのイベントで会って一緒に時を過ごすと、こんなふしぎなかんじがするのよね。短歌とパソコンは いつも私にとても素敵な出会いを用意してくれる。


             8月27日(水) 

      葛の花 踏みしだかれて、色あたらし。この山道を行きし人あり   
                  釈迢空 歌集『海やまのあひだ』  


    今日は 藤川先生にくっついて飛鳥藍染織館に行った。(岡寺の近く) ここは、民俗学者鈴木正彦氏が収集した1万3000点の土鈴も展示されている。で、今日は その展示の土鈴の入れ替えのお手伝いに伺ったはずなのだが、今回の入れ替えは少しなので、と、鈴木氏の貴重なお話を伺ったり、直々に土鈴を見せて頂いたり、なんてぜいたくな一日だったことか。鈴木氏は 水甕の熊谷武至氏の教え子で、熊谷先生に勧められて國學院に行かれたそうだ。そして 6年間 釈迢空(折口信夫)の助手をなさっていたということで、熊谷武至、釈迢空両氏の当時のお話をいろいろ伺った。(熊谷武至「寓言百度」の9、10ページに登場する鈴木正彦氏です。水甕の千賀さん こないだ新幹線でアイスクリームをごちそうしてくれはった千賀さんの話も出た。)

(飛鳥藍染織館は 検索でいっぱい出てくるよ。元NHKのアナウンサーの館長さんなんだけど、お手打ちの蕎麦御膳もおいしいの。)

本日の失態。橿原神宮駅のトイレに傘を忘れた。帰りに見ると、すでになし。届いてないか駅務室で訪ねたが、届けられてはいなかった。


             8月26日(火) 

      深ぶかと真綿はへこみやがてまた立ち上がりゆく運命受容   
                  福光 敬子  地中海メルマガ創刊号


    悠子さんのお陰で出会った敬子さん。よくよく考えると、この歌の方だったのだ。そっか、歌を始めたきっかけとか伺ったあの話の歌なのだと、思い当たる。  


             8月25日(月) 

      外房の立待月のらんぱんうん石井悠子があけてしまひぬ
                  浜田 昭則 <こひつじLetter>より


    思えば2年前くらいかな、<こひつじLetter>を頂いてから 悠子さんとはお互い顔も知らないまま メールのやりとりが続いていた。で、ついに今日 京都にて初デート。短歌結社「地中海」の全国大会が京都で催されたので、みちのくよりご来京、ご尊顔を拝するの栄に浴す。京女の直美さんに付き従い、西陣織会館、清明神社、北野天満宮、妙心寺あたりをぷらぷら。二十五日は北野天満宮、天神さんの縁日。ふつう 梅干しは 土用干し 七月のはずなのに、今年は雨続きだったからか、今頃干してたんよね。珍しい巡り合わせかもしれない赤トンボと梅干し。貴重な出会いの日のワンショット。

赤トンボ葉月縁日に飛び交うよ天神さんの梅干しの上/華奴

本日の失態。初めて会うというのに、かなりお待たせしてしまったかもしれない。JRのひどい延着の所為なんだよお。大阪から京都まで27分で着くところが、ずっと徐行運転でなんと55分もかかったの。こ、こんなんありかよお。事故があったとかは言わない。ただ、先行の雷鳥とか2本の列車がつっかえてるとか。なかなか動かないんだから、長い長い時間に感じた。こんなことがあるんだから やっぱり10分やそこらの余裕ではだめ。待ち合わせのときは もっと早め早めの余裕を持ったタイムスケジュールにしなくてはいけないと、痛感。  


             8月24日(日) 

      赤き星接近しくる夜にして限りなく(かめ罌粟(けしが水吸ふ
                  真鍋 美恵子 歌集『蜜糖』


    今夜は 曇っていて 星が見えない。この歌もやっぱり火星のことなのかな。


             8月23日(土) 

      大夕焼けに川あかあかと流れゆく醒めて狂へる心あるべし
                  沢口 芙美


    玄関の扉を開けて外へ出ると ちょうど沈む夕日があかあかと見える。そういえば柏原あたりで見る夕刻の大和川、西を向くと ちょうど歌のようにあかあかと照り輝いていたな。


             8月22日(金) 

      夜の蝉何して夜を過ぐすらむさういふことを考へてゐる
                  紀野 恵


    今日は なんて暑い日だったろう。横断歩道を渡る。アスファルトの上、  まるで灼ける鉄板の上を歩いているようだ。くらくら。バスを待つ間に 蝉が転がって来てじたばたする。 拾って木に止まらせてもまた 飛んでって駄々っ子のようにひっくり返る。どうしたいというのだ。どこに行きたいというのだ。
文字化けの解明で昨日は 書けなかった。夕べ 原因がわかった。なんと ダニという漢字の所為だったのだ。とことん、ダニにふりまわされる。恐るべし、ダニ! ダニの漢字は 出さないことにした。


             8月20日(水) 

      ためらひてちゐしドアの前を去るわが束のまの午後の思ひに
                  高嶋 健一


    はじめてのバルサン。どきどきでした。パソコンやオーディオやあれこれに袋をかぶせたり、植物を外に出したり。 おっと、最後にひとつ出し忘れているのに気づいて、どきどき、あとなにか忘れてないか、、、、どきどき。 煙探知機も全部被せたしぃ、歯ブラシもケースにしまったし、換気口は閉めたし、あ、換気扇止めなきゃ、、、、。 出かける方の準備も忘れ物はないかな、取りに帰れないんだから。そして肝心の煙、うまく煙がでるのかも心配。 余分に買ったほうがよかったかな。どきどき。クーラーをつけっぱなしかもしれないと心配で煙の中の家に確かめに戻ったっていう 友達の失敗談を聞いていたので、なにかあとで、あ゛って叫ぶようなことがありはしないかと、どきどき。玄関を出て扉を閉める。 いよいよ、煙が〜。「バルサンしています。」の張り紙を扉に貼る。だいじょうぶかな。なんかぬかりないかなあ。警報なったり して騒ぎをおこせへんかなあ、、、。と、けっこう おおげさに 一大事業でありました。が、なんとか無事に完了。これで、まだあかんかったら、 もうしゃあないなあ、家 火ぃつけるしかないなあ。


             8月19日(火) 

      ?だに(ダニ)に苦しめられしことへば家?(ダニ)とわれは 戦ひをしぬ
                  斎藤 茂吉


    寝具にも使えるダニ忌避剤を試してみたり、ハーブから殺虫剤まで4種類のスプレー次々にやりました。 が、やっぱ 結局思い切って バルサンやっときます。観葉植物いっぱい外に出さなきゃいけないし、あ〜憂鬱。 


             8月18日(月) 

      朝毎に咲く朝顔の数増すにと末期の癌の友詠みてをり
                  中西 一男 (水甕 2002.12)


    毎朝咲く朝顔を見ている人がいた。見ていると詠った歌を読んだ人がいた。その人は その想いにこころを寄せて歌を詠んだ。 その歌を読んで選んだ人がいた。そして 水甕に掲載された。それを読んだ人がいた。そして ふらここに掲載された。それを読む人がいる。 そして、明日咲く朝顔を見て 泣く人がいる。(涙もろい こころやさしいだれかさん。)

ちょうど一年前を思い出す。一周忌も近い。 


             8月17日(日) 

      生きなほすとも同じ選択くりかへすならずやと思ひ憮然となりぬ
                  藤川 弘子 歌集『草の穂』


    なんの番組だったか 被爆者が原爆投下のパイロットと面会した話をしていた。そのパイロットは 被爆者の障害の残る手を両手で包むように握り、 被爆者の痛みを自分の痛みとして感じ入っているようすで。そして、こう言ったという。「私は自分がもう一度同じ状況に置かれたら 戦争になったら また同じことをするだろう。 私は軍の命令通りに原爆投下を実行するだろう。任務を遂行しなければならない。戦争とはそういうものです。だから、決して 二度と戦争はしてはならないのです。」と 力強く言ったそうだ。そう、だから 戦争をしてはならないのです。私は 当事者の深い痛みを伴うとても説得力がある言葉に感動した。そしてまた 別の番組で、従軍画家だった人の言葉にも同じことを 聞いた。自分はもう一度同じ状況に置かれたら同じことをするだろう。だから 決して二度と戦争を繰り返してはならないのだ、と。
戦争とはそういうものなのだ。そのようにしか言いようがないと思う。


             8月16日(土) 

      この八月の街をみづいろ前線がとほる痛みのかけらがぼくだ
                  荻原 裕幸 歌集『世紀末くん!』


    新しいパソは 作業をしながら同じ画面でテレビを見ることができる。だんなのきままに左右されずに見たいものがみられるぅ。
「関東軍は何を検閲したか」「さまよえる戦争画」NHKの番組。 昨日は 被爆者と真珠湾攻撃戦死者の遺族との対面。戦争は なんとさまざまな痛みを生み今に残していることか。


             8月15日(金) 

      土灼くる営庭(にはにおぼおぼと声流れ 五十年ありて白き木槿や  (八月十五日)
                  根本芳平 歌集『潭』


    今日もとても涼しい。この時期にこんな涼しさ 覚えがないなあ。 終戦の日のことも よくその日の暑さとともに語られる。災害、異常気象もつづき、新型ウィルス、停電、世紀末は終わっても、不安ばかり。 <戦前に近づく>などと囁きも聞こえる。決して決して 戦前になどしてはならない。最後の戦後です。
大川悦生作 「おかあさんの木」という童話。
つぎつぎに 息子を兵隊さんにとられたおかあさんが その度に桐の木の苗を一本ずつ植えて、 一郎、次郎、三郎、四郎、五郎と名前をつけて 毎日語りかける。
このおはなし、音訳絡みのイベント 「やります。」と手をあげたものの、どうしても泣けて泣けて読めそうにないよお。 ど、どうしよお。トチの言ったとおりでした。


             8月14日(木) 

      暗道くらみちのわれの歩みにまつはれる蛍ありわれはいかなる河か
                  前 登志夫


    先日 志賀高原でゲンジボタルの灯を見た。でっかい! 今までに見た蛍とはぜんぜん違っていた。 青いのだ。蛍の光は 緑っぽい黄色の蛍光ペンのような色だとばかり思っていたが、青いのもいるのだ。乱舞などとはほど遠く、 あ、あそこあそこ、そこにも、ほらそこ、、とか言う程度の数えるほど。明滅の間も長くて、とても息を合わせることなどできない。 たまにしか消えないような印象。関西の蛍は ちかちか いらちで点滅の間隔が早いとどこかで読んだことがあるが、これほどの差があるとは思わなかった。 あ、でも 東北で見た蛍にはそんな差を感じなかったから 種類によるのだろう。いろいろなんだな。


             8月13日(水) 

      みんみん蝉あまた鋭く響ければあはれ衰へてつくつくほふし啼く
                  土屋文明


    きのう 久々に みんみん蝉の声を聞いた。信州長野 善光寺参道でのこと。たった一匹で その存在感といったら そりゃあたいしたものだわ。 ミンミンゼミの声を聞いたのは 2年前東京で聞いたのが 10年20年いや30年?ぶりのような気がした。こっちでは とんと聞かないなあ。
帰りの電車までの時間に善光寺へ。なでられて 顔もつるっつるになってるびんずるさんにデンしてきただけだけど。善光寺は 中学の修学旅行で行ったはずなのだけれど、ほとんどなにも記憶にない。なんにも見てないもんだなあ。修学旅行って。


             8月8日(金) (9日〜12日お休みします)  

      この寒き輪廻転生むらさきの海星に雨のふりそそぎおり
                  小中英之


    台風だあ、たいふうだあ。自転車で帰る途中 どしゃぶりに遭って 傘をさしながらずぶぬれになった。 わたしが走ってた間だけ降った。帰り着いたら、止んだ。あれ、こういうのは だんなのオカブだったはずなのに、とうとうわたしにまわってきた。


             8月7日(木)   

      じやわじやわと暴力のごとき蝉時雨包まれて吾ら魔境に入りぬ
                  梅原 道子 歌集『恋愛依存症』


    杭全神社の鳥居をくぐって参道を進むと それはもうすごい蝉嵐。鬱蒼と茂る昼なお暗い杜、ではなく、 明るく カンカン照りの道なんだけど、あれほどの音響は なんだかくらくら〜っとして どこぞの異界に行ってしまいそうになるよ。 それとは 違って、この歌のわれらは なんとなく 妖しく怪しく艶めかしい。


             8月6日(水)   

      原爆忌忘るればこそ秋茄子の鴫焼のまだ(なまの部分
                  塚本 邦雄


    今日は プールの帰りにいづみやに寄って お持ち帰りの焼き肉専門店で肉を買って帰った。 すると、すでに夫が戻っていて、なんと同じく同じ店で同じ量の肉を買って来ていた。夫はマメが好きなので、マメ100グラムと 特上バラ200グラムという 慎ましい量の肉を。せっかく 食べ過ぎないように配慮した量だったのが、ちょうどその倍を食べるハメになってしまった。 お肉屋さんも 「あれ、妙な分量が売れる日だ」と思ったろうな。しかし、まあなんで めったにそんなことしないのに ぴったりごっつんこしたのだろう。


             8月5日(火)   

      蓮池の開花を告ぐる青蛙季の使者めく両手の角度
                  市原 麻理男 (水甕2002.12)


    かえるさんの姿が浮かぶ。くくっ。なんとも愉快〜。
自転車で長居公園の蓮池を見に行こうと思いながら、こう暑くっちゃとてもとても…。 うちの向かいの全興寺の蓮で我慢しておこう。なにしろ 玄関を出て 蓮に逢うまで2分とかからないだろう。 今日 薬局まで何分かなと試しにストッポウォッチで測ったの。そしたら 特に走ったりなんかしないで 階段使って1分5秒で薬剤師さんと話せる位置に。 ということは 郵便局は 40秒くらいで窓口なのか。


             8月4日(月)   

      プードルの首根っ子押さえてトリミング種痘の痕なき肩よ八月
                  穂村 弘 歌集『シンジケート』

 
    あ〜っつくって〜。暑かった。茹だりそうに。ノースリーブ着たいけどなあ。BCGの痕跡もかすかに認められます、はい。 いつも ジェネレーションの違いに はっとするのが このネタと もひとつは 分数の読み方。イッカニブンノイチ とずっと信じてたのに、 いつのまにか イチトニブンノイチ になってて、これを言っちゃあいけないんだ、と分数がでてくるとちょっとどきどきしたりなんかして。 どこが、だれが境界線かで盛り上がるのよ、ねっ。


             8月3日(日)   

      泳ぎ来てプールサイドをつかまえたる輝く腕に思想などいらぬ
                  松平 盟子 歌集『帆を張る父のやうに』

 
    最近よく目にした競泳の映像。あの泳ぎ切ったあとの選手たちの輝きは ほんとにまばゆい。
今日も、暑かったー。プールに入ると いつもは 水が冷たいな、とちょっと始めストレスなのが、今日はさすがに水に入るのが気持ちよかったー。 あー水の中、シャーワセーってかんじでした。


             8月2日(土)   

      湿度計の奥に張られゐる亜麻色の女人の髪を筆をもて洗ふ
                  真中 朋久 歌集『雨裂』

 
    この歌の作者は気象予報士。湿度計には 女のひとの髪が使われているそうな。なんてウェットな。 「洗浄ののちしばらくは100%を示す」という詞書きがある。家庭用の湿度計はどういうしくみになっているのだろ。うちのはアナログ時計のように温度と湿度を針で示すんだけど。気象予報士は みんな俳句のほうにいくのかと思ったらそうでもないんだね。 今日は 暑かった〜。夏だ〜。べとべと。湿度が高い。わたしの髪も反応してたんだ。


             8月1日(金)   

      「二〇一〇年、脳コンピュータはあるでしょうか?」青年よ世界があるかまづ問へ
                  坂井 修一

 
    今日から おニューのパソ君で ADSL。マンションのみなさん まだ光にするつもりはないらしい。ああ、あれこれ設定とか、前のパソの整理とかわ〜ん ぐちゃぐちゃでーす。