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華奴の「短歌あの日この日」 バックナンバー
2003年12月
12月31日(水)
忙しくをれば聞えて除夜の夜の雫のごとき清き鐘の音
初井 しづ枝
ここ平野郷は、お寺がいっぱいあって、除夜の鐘も間近に聞こえます。もう、まもなく聞こえてくる除夜の鐘。さよなら2003。
12月30日(火)
雨のなか燃ゆる焚火に立つ煙けむりは濡るる枝に葉にそふ
友松 賢 歌集 日本現代歌人叢書第十四集
この歌のようなシーンは 絶対見たことあるのに それがいつどこでなのかはちっとも思い当たらないな。落ち葉焚きなんて いつやったんだろ。なのに とても身に沁みて慕わしく思われるのはなんなんだろう。いったいどんなときにどんな思いで見ていたのだろう。今日はいいお天気だったのになぜこの歌か。旅で出会った歌を記しておきましょう、ということなの。一日目の宿 小天橋の碧翠御苑の図書コーナーでみつけた歌集から。この歌人 久美浜の如意寺の住職で、久美浜カンツリークラブの理事だそうで、ご当地の書棚にあるのも宜なるかな。
この宿の図書コーナーは なかなかよかったなあ。ロビーの一角なのだけれど、けっこう広めで、書棚で仕切られたようなかっこうになっていて、ひとりゆっくり自分ちの別荘の書斎気分で、ソファにくつろいでられて、うん、実によかった。しかも眺めがよい。庭の向こうに広がる内海。こーんな書斎のある家がいいなーーー。
12月29日(月)
解けがたき世界のとよみひびけども今日といふ日の灯はともしたり
斎藤 史
リビングの照明をはずして掃除、してくれた。蛍光灯を変えると、部屋が明るい明るい。そして、換気扇の掃除。中のドラム状のものをはずして洗った。洗い終わって、しっかりネジを締めて、こわごわスイッチを入れて、回り始めると、がちゃっと嫌な音がした。わわわ、なんやなんや。よおく考えると、あ、もしかして、フィルターつける時の磁石がくっついてたかもしれん。せっかく締めたネジをはずして、とりはずしてみると、あ、やっぱり、磁石がくっついておりました。ありゃりゃ。夫曰く。「おまえ、なんかものを分解したりするときは、なにをはずしたか、ちゃんとチェックしとかなあかんがな。医療ミスの医者のことなじられへんぞ。手術のときのメスとか鋏とかお腹に置き忘れるのと一緒やないか。」
えー?! 一緒というのもどうかと思うけど、けど、うまいこと言いよるなあ。
12月28日(日)
貝などのこぼれしごとく我が足の爪の光れる昼の湯の底
岡本 かの子
温泉気分が抜けず、朝風呂に入る。だらだらの一日。大掃除どころか、小掃除もせず。あかん。だれか気合い入れてくれー。
12月24日(水) (25日、26日、27日お休みします。)
湖づたふ径の歩みもおのづから鴨の啼き音を踏むごとくゆく
安永 蕗子
今日は 手作り鴨のロースト お相伴にあずかりました。うん、美味しい!! おおきにい。 おいしい。 ああ、これがあのかわいい鴨さんなのね。おおきに。南無阿弥陀仏。
12月23日(火)
君は蹴る父の扉をさんさんと蹴れば新鮮な肉の痛みよ
佐佐木 幸綱
今日は 漫画カリフォルニア物語・音訳テープの校正。物語は 父と息子、兄と弟の確執があったり。「エデンの東」を思い出す。あー、年賀状書かんとあかん。
12月22日(月)
一番湯も仕舞湯もなき気ままさを柚子と浸れる冬至の夕べ
吉田 由紀子 (かたかご 第9号)
ご主人を亡くされての一人住まい。もはや一番湯も仕舞湯もないのだという感慨。早く入らなきゃ湯が冷めますよ、なんて小言を言ったりもしただろう伴侶との思い出に浸りながら、さみしさを気ままと言い換えてみる健気。ご主人への思慕の歌をよく詠まれていたのを知っているだけに、ちょっぴり強気に出たなと。まずは口先だけでも 気ままと言えたその日から、寡婦の人生 これからなのさ。きっとね。女は強いぞ。
12月21日(日)
木の国の扉ひとつ開けひとつ開け青鷺の住む九鬼にいたりぬ
信藤 洋子 (ふらすこ Vol.2)
昨日 尾鷲で雪が積もったとかニュースで言ってた。九鬼にも雪が降ったのだろうか。まだ星の見える夜明け前に 熊野から九鬼へ向かって走った車の窓から見たあの空の色の変化。夜から朝になっていく空は まこと宇宙の色だった。まさに「木の国の扉ひとつ開けひとつ開け」して、フロントガラスの山と空とをくるくる角度を変えながら、曲がって曲がって、九鬼にいたるのだった。
12月20日(土)
敏捷にキーボード打つ娘の指は細くてしなやか 皿は洗わぬ
穐山 和代 (かたかご 第9号)
ふふ、結句の憮然とした言い様がおもしろいね。わたしも そういや 娘時代あまり洗わなかったな。どうせ そのうちやるっきゃないんだからと、母もあまかったのよね。それでも うつくしい手にはほど遠かったのだ。どういうわけか、どこかに打ち付けたり、擦りむいたり、なにやってんのん、というような 生傷の絶えないふしぎな手でした。しかも、傷痕はしっかり残るし。ん?そういや 今も。注意力散漫、距離感欠如とか、いろいろ欠落してるんだろね。欠落帳にいっぱいになるわ。
12月19日(金)
星たちの言葉の林に眠りおち夜明けには拾ふ夥しき鳥
浜田 到
今日はほんとに凍えそうな寒さ。たまりませんわ。よりによってこんな日に病院の予約日。今日はほんまにめちゃめちゃ寒いから ぬくいごつい方の上着を着ぃと 懸命に義母ちゃんと説得しても 義父ちゃんは 言うこと聞きはりませんわ。がんこ一徹。寒い頭も 帽子嫌いには術無し。さて、今日の目玉のつもりだったのが、アベキンの裏のフープの広場に 「ファンタジックスタードーム」って特設のプラネタリウムができてるの。期待してひっぱっていったのだけど。100万個の星とオーロラ、って触れ書きで 寒いのに少し並んでまで入ったのにね。なあんだ、ちゃっちいの。オーロラは オーロラもどきだったし。あー ほんものが見たい。せやけど、寒いやろなあ。
12月18日(木)
こんなにも戦争を恋しがる父なき国の五十八年
安田 義昭 (かたかご 第9号)
身をもって戦争を知るこの歌人の時事詠・社会詠はいつも気になる。
12月17日(水)
朝かぜに馬を放てばしら露は芒のうへに乱れぬるかな
平塚 らいてう
やかんのお湯が沸いたので、ジョーバをストップさせずに慌てて飛び降り 火を消しに行った。戻ると 馬はとっとこどっかに行ってしまっていた。なんてことはありません。なかにし礼著 『赤い月』 の主人公、波子は らいてうの愛読者で信奉者だったというので、歌はどんなのがあるのかと現代短歌大辞典で調べてみた。この一首だけで言うのはなんだけど、歌のほうは古典的なかんじだな。あえて らしさを読もうとするなら「馬を放てば」というところに意志的で自由な気分が漲っているのかな。 波子と勇太郎が結ばれるシーンにも、馬がいた。馬車の荷台だからね。自覚した女性だという自負と自由を謳歌する歓び。なるほど、らいてう信奉者というかんじ。
「荷台に敷かれた筵は土埃と馬糞の臭いがしたが、いまの波子にはそれさえ心地よかった。散らばっているとうもろこしの粒が背中や腰にあたって痛いと思ったがそれも束の間だった。 星は降るごとくに夜空を満たしている。波子は宇宙を抱きしめる思いで勇太郎を両手いっぱいに抱きしめ、そして無限の時に身をまかせた。」
12月16日(火)
南湖の量、否、海の量の酒を飲み語らむと逢ふ夕暮はよし
大口 玲子 歌集『海量』
幻の名酒「平野酒」 (かいたに本店HPより)
摂津国平野郷で作られ、後に大坂酒の主流となった。大坂諸白「平野酒」の台頭は、15世紀末期といわれる。醍醐の花見(1598年)の時に秀吉が飲んだという「平野酒」、1617年刊行の「太閤記」の中で全国に名高い名酒として登場する。以後、江戸前期に大坂酒が江戸で「下り酒」と言われ珍重されて、樽廻船で大量に運ばれたが、「平野酒」は「大坂諸白」として好評を博した。
甘くも辛くもなく、スルリと口に入ってくる口当たりの良さ、口中に広がる華やかな香り、五味(甘酸辛渋苦)の調和のとれた育ちの良い上品な旨み、そして最後に心地よい酸味が口中をスッキリさせて、もう少しと催促するキレの良さ・・・。
美酒誕生。まさに言葉通りのお酒となって、平野郷の幻の名酒が復活。
以上
http://jizakewine.com/index-02.htm 地酒ワイン.COMより引用
おいしいよ、平野酒。平野酒を買いに行ったんだけど、売り切れ中で、23日に搾り立てが来るという。
新潟の地酒「八海山」を買ってしまった。
12月15日(月)
電車の席にゐて寒きかな嵌められし捩子おびただしく目に見えはじむ
多田 零 歌集『茉莉花のために』
携帯電話の車内での使用について、もうこのごろはあまり誰も罪悪感もなさそうだ。阪急電車のアナウンスでは 携帯電話の使用できない車両の案内をしていた。先頭車両と最後尾の車両2両が「携帯電話の使用ができない車両」だという。通常が使用できて、特別に使用できない車両がある、ということ。明らかに、携帯の使用を認めた、というか、諦めた、というか。ペースメーカーなど医療機器等使用の人や、携帯嫌いの人は その車両を利用しましょうということなんだね。なるほど、もはや賢明な措置かもしれない。JRでは 相変わらず 電源を切りましょうと唱えているが、多くの人がメールをぴこぴこはごく見慣れた光景である。
12月14日(日)
冬牛蒡せいせいと削ぐ時の間も詩語ほろび詩となる言葉あり
今野 寿美
今日も 京都へ。四条大宮アークホテル。ラーメン屋のおっちゃんが、今日は撮影で野際陽子が泊まってるよ、って言ってた。現代歌人集会秋季大会で、今野寿美さんの講演を聴きに行った。
駅前のラーメン屋に入って腹ごしらえ。そこで、常連さんらしき人と店の主人が交わす会話に聞き入ってしまった。向かい側京福電鉄の駅の隣にあるスーパーが雇っているガードマンの話。「あんなええガードマンなかなかおらんで。あそこのスーパー、ほんまにええ人来てもろたで。従業員2,3人分くらいの働き充分してる。店にとって、ほんまにあんな人いてたら、得やでえ。ほんま感心する人やで。あんな一生懸命打ち込んでる人おったら誰も怒れへんわな。えらいもんやで。客もみんな 気持ちよう協力しよう思うわ。」 客が駐輪してゆく自転車の整備をてきぱきと 気持ちよくやってのけてはるらしいにだ。 京福電鉄の改札のところまで箒持って掃除してはったそうな。「掃除してるの誰かいなおもたら、ガードマンや。あこまでやったら、駅員も 自転車そこ止めんといてって文句言われへんわな。えらいなあ、すごいなあ思うでえ、ほんま感心するわ。」と しきりに感嘆していた。おおー 素晴らしい人がいてるもんやなあ。帰りに思わず 見にいって心の中で拝んできました。確かに 駐輪場があるわけではなく 狭いところでせっせと常にこころを砕いて働いているらしきガードマンさんがいました。一生懸命やってる人の姿はみんなこころうたれるもんなんですね。そんで、きっとずいぶんいろんなひとに刺激を与えているんだろうな。おっちゃん、すごいぞ、ありがとう。
12月13日(土)
かにかくに祇園はこひし寝るときも枕の下を水のながるる
吉井 勇
今日は 京都祇園甲部歌舞練場に行った。今日は「事始め」の挨拶回りに、、、なんちゃって。さすがに花見小路 ガードマンいっぱいいて、何事かと思ったら「一力」の前には アマチュアカメラマンが 舞妓さんをねらって群がっていた。わたし、その前を華奴どすぅっとタッタカ通ってきました。いや、コスプレしてたわけとちゃいまんねんけど、そこ通らな通られへんねんもん。歌舞伎創始四〇〇年記念 太鼓新歌舞伎「阿國・わらう」を観に行ったのでした。急に行けなくなったからと友達からチケットをもらったの。太鼓は好きやろ、とだんなを無理矢理ひっぱってってつきあってもらった。芸術鑑賞のときの生徒の気持ちってこんなんやろなあ、などとぬかす。生徒は文楽とか能狂言が終わってからみんなでカラオケとか行くこと、それを楽しみに行くんだって。終わったらあとなに楽しいとこ連れてってくれるんか、やて。けっこう楽しんだでしょ、と言うと、「まあまあやな、せやけど、前売り8500円 当日9500円は高すぎる、甲子園のほうがずっとええ」やって。
12月12日(金)
フォルマリン溶液の底に捩れたる巻爪が屈折の光を反す
高嶋 純
衝撃!爪の痛い話
「チョプスイ シンガポールの日本兵」にケンペイタイがやっていた拷問、指の爪をはがすというのもあった。うーー、、想像したくない。
巻爪が悪化すると、手術して爪をとらなくちゃならなくなる。私も巻爪になりつつあることに つい最近気がついた。左親指。指先のしびれのように感じていたのは 外反母趾が痛むのかと思っていたのだけれど、いやいや違う。生協で見つけた「巻爪プロテクトクッション」を試してみませう。ひどくならないために。
「爪にはアンテナがあります。爪がどこまで伸びたらいいのかを知らせることが、爪のアンテナの能力。そのアンテナを深爪により、切り落としてしまうと巻爪になるのです。巻爪になると、痛みを避けるために外側に重心をかけるようになり、結果、外くるぶしが下がった状態で骨盤が開いて体型にゆがみが生じます。巻爪プロテクトクッションでアンテナの能力を蘇らせましょう。」
ですって。
12月11日(木)
すつぽりと蒲団
をかぶり、
足をちゞめ
舌を出してみぬ、誰にともなしに。
石川 啄木
衝撃!舌の痛い話
今日聞いたオソロシク痛い話。友達の大学生の息子さんが、舌をざっくり裂傷。しかも、それは、なにも特別なことをしていたわけではなく、ごく日常のだれもがいつもやっていることをしててですよ。カラッと揚がったおいしそうな鶏の唐揚げ。これを食べようとしただけなのに。骨とかで切ったわけでなくて、皮と衣がほんとにかカリっとよく揚がっていたのでしょう。
その裂け方は ふわっとしたオムライスのたまごを最後に切り目を入れてとろっと裂けたような様子だったとか。そらもう、出血、出るわでるわ、だし、うー、痛ーーーーーー、きゃん、これも想像したくない。舌のピアスを見るだけでも 胃がひりひりしそうなのに、べろんと切れたなんて。ホッチキスみたいなんで留めんとあかんのんちゃうかと、病院に行くと、外科の先生はちょうど手術中です、と。どこの科に行ったらいいですか、と訪ねると、看護婦さんがこう言わはったそうな。「うーん、こりゃ、うちで診ても、消毒するくらいしかないから、イソジンのうがい薬で10分置きにうがいして、口内炎の薬つけときなさい」と。そして、診察してもらわずにそのまま帰されたそうな。で、うがいをせっせとして、その度に、出血どばーーー。しかし、それでもそのうちなんとか出血は止まったそうな。もちろん、食べる物は食べられず、なんとかかんとか とろろ汁とかお豆腐を食べてしのいで、2週間くらいでようやくなんとか食べられるようになったそうな。 「撒き菱のごとき鰈の骨なれば舌に味わうおのが血の味」 私は 鰈の骨でちょこっと切ったくらいで懲りていたけど、それどころの話ちゃいますな。 で、その後。治ったところで、また食べにいこう、リベンジだ、と言うそうな。すると弟が言う。「リベンジとちごて、返り討ちに逢うたりしてー、、、。」 ひー。 みなさま、鶏の唐揚げには気をつけましょうぞ。
12月10日(水)
耳たぶがけもののやうに思へきてどうしやうもない悲しさにゐる
前川 佐美雄
衝撃!耳の痛い話
チョプスイ シンガポールの日本兵たち (絵 劉抗 訳・解説 中原道子)より
シンガポールが陥落して間もなく、1942年のクリスマス前にイギリスは再反撃を敢行するだろうという噂がひろがった。人々の間に希望が高まり、多くの人々が、日本軍に禁止されていたにもかかわらず、秘かにイギリスやアメリカの放送を傍受しようとした。この違反者は、逮捕されると、椅子にくくりつけられ、2本の鋭く尖った鉛筆を耳に差し込まれた。憲兵はその鉛筆を叩いて激しい苦痛を与え、脳を傷つけた。
12月9日(火)
いないいないばあと笑って亡妹の電話かかって来さうな月夜
山田 たけ子 (水甕 2003.12)
今日は 満月。さっき見たら 大きな虹色の月暈がかかっていた。
12月8日(月)
まためぐる五十八回の十二月するどき記憶を誰に託さん
安田 義昭 (花野 第13号 1999.1)
1941年 昭和16年12月8日 真珠湾攻撃。
日米が正に戦ふこのニュース頬こはばりて我はききゐつ
田中みゆき 歌集 『昭和万葉集』
今日は 摂津小学校 12.8人権・平和集会。音訳グループのメンバー7名で乗り込む。大川悦生著「おかあさんの木」を 児童達に聞いてもらう。 (「読み聞かせ」と言う言葉は なんか好きじゃない。無理矢理組み伏せて聞かせるようで。) しっかし、ちゃんとおとなしいして、ようしっかり聞いてくれたなあと 感心する。ちべたいちべたい体育館の床に座らされて、あーさぞやちべたかろうに。 おかあさん役のメンバーの声が響く瞬間、子ども達の気持ちがぐい〜んとこっちに吸い寄せられるように向かってくるのを体感した。すごいなあ。惹きつけるって こういうことやねんな。マッスで動く「人の気持ち」ってものを目の当たりに「見た」ぞ、というかんじ。 普段、対面朗読以外は テープ録音だから、聞き手の反応を感じつつ読むということはない。こういうのもいいね。ふしぎな交流。
12月7日(日)
ぎんなんの翠玉口に含みたる今宵霜夜の月蒼からむ
斎藤 史 歌集 『渉りかゆかむ』
風がつめたくて、寒い一日だった。大阪城の大銀杏もかなり葉を落としていた。堀端の銀杏はまだ鮮やかに黄金を輝かせているものもあった。
こないだ見つけたきれいな本、『月のオデッセイ』(編・翻文 三枝克之)
世界各地に伝わる月にまつわる神話、伝説、民話が 第一夜から第三十夜まで月の長い旅として語られる。世界各地で撮られた月のうつくしい写真集としても楽しめる。
12月6日(土)
氷の下の魚と生きつぐ日夜にて寒冷の中になほ瞠けり
斎藤 史 歌文集 『やまぐに』
ちりめんじゃこが減ってきて、容器の底が見えるほどになった。おや? その樹脂の容器の底を つーーっとすべるものがある。それはそれは すべらかに リニヤモーターは斯くやと思うようなスピードと摩擦感のなさ。小さな、ちいさな 半透明の玉。数の子の粒 くらいのと、たらこの粒くらいのとが、いくつか、滑るすべる。おーおー、これはこれは、ちりめんじゃこの目ん玉なんや!! なんと心地よい この滑り具合。 いっぺん 一袋分のちりめんじゃこの目ん玉を集めて 滑らせてみたい。
12月5日(金)
有平棒くりくりまわるその向こう硝子引き戸の小さき和菓子屋
信藤洋子
日本おかし話 総本家駿河屋
「代々紀州藩主に愛された創業500余年の菓子司。1461年に京都で創業。その後、紀州藩主・徳川義宣公の供に和歌山へ。(全国観光スポットガイドより)」
へーそっか和歌山市に駿河町ってあるんだね。こないだ おみやげにもらったお菓子。「昔お菓子」見たことはあっても 一度は口にしたことはあっても そう言えば名前なんて知らかった。金平糖とカルメラくらいしか知らなかった。有平糖、え? あ、そうなんかい?! 床屋さんよりお菓子が先なんや。
「有平糖のような棒の意味で、理髪店の看板として用いられる赤白青のらせん模様の棒のことです。そもそもこの有平糖というのは、1600年ころにヨーロッパから伝わった砂糖菓子の一つで、ポルトガル語のalfeloa(砂糖でつくった菓子の意味)からきた名前です。このお菓子は、引き伸ばして棒状にし、いろんな色をつけたので、ちょうどその形が、古く西洋で理髪師を兼ねた医師の看板に用いられてきたものとよく似ていて、明治の初めに開業した理髪店が転用したそれが有平棒とよばれるようになったのです。 (日国フォーラムより)」
お砂糖のかたまりでさくっとくずれるやつ、金花糖、へー そんな名前があったんや。それから砂糖を巻いた「おこし」みたいなんが 「奉天」っちゅう すごい名前。これがまた 日露戦争の勝利を記念して、奉天入城で命名されたという、かりんとうを白砂糖で巻いた関西独特のお菓子なんだって(楽天こだわりのお菓子屋さんより)。
カルメラには思い出がある。小学生だったと思う。デパートの催しで 昔なつ菓子展みたいなのがあって、カルメラの実演販売をやっていた。どうしてもそれをうちでもやりたいと思ったパパさんが、粗目やら小鍋やら道具まで買って帰った。ママさんはそんなの要らない、止しなさい、と言っても聞かなくてあきれはてていたと思う。思えば わたしの<なんでもやりたいと思ったらどうしてもやりたい>というところは 父譲りのようだ。パパは とっても嬉しそうにたいそうはりきって おーふくらんだふくらんだと大はしゃぎで 作ってくれた。でも、あの甘すぎる匂いが家中に満ちて、わたしは気分が悪くなって、「ママぁ、吐きそう、、、」とダウンしたのであった。
12月4日(木)
紫禁城とほい、とほい、漢方薬選り分けてゐし溥儀の指先
炎昼に母語は汗して立つものを樹皮剥ぐごとき剥奪思う
青畳踏める素足のやすやすと日本人たる我と思ひぬ
大口 玲子 歌集『海量』
先日 特番でやっていた皇帝溥儀の弟夫妻の長編ドラマ、録画したのを またアイロンしながらちょこちょこ細切れながら見終わった。たいへんな時代だ。バイト先の職場に満州生まれという人がいて、九十幾つかのご高齢のお母様がいらっしゃる。その方は まさにあの時代をあの地で過ごし生き抜いて来られた、っちゅうことやねんなあ。
12月3日(水)
針と針すれちがふとき幽かなるためらひありて時計のたましひ
水原 紫苑
昨日の朝の生活ほっとモーニングで、痴呆症状も進行中のアルツハイマー患者でありながら 講演活動をしているクリスティーヌさんという方が出ていた。言語能力がうばわれてゆくことから 痴呆症状のある人がどんな気持ちでどんな世界を生きているかということは なかなか知ることができないことであったが、希に話す能力を保ち続けているクリスティーヌさんの出現でいろいろなことを教えてもらうことになった。彼女には 強力なケアパートナーがいる。発症してから5年後に知り合って結婚した夫というから驚いた。すごい結びつきである。「アルツハイマーと診断されたときから、アルツハイマーであることがその人のすべてであるかのように思われがちだが、そうではない。アルツハイマーという病気と向き合い真摯に生きて行こうとする彼女の姿に惹かれた。」まさに、その人の魂を愛しているのだ。クリスティーヌは語る。「日に日に症状は悪化してゆき、今まで当たり前にできていたことがどんどん奪われてゆく。わたしがわたしであるということはいったいなんなんだろう。なにもかも奪われていって、なにもできなくなった私が、なおわたしがわたしとしての尊厳をもって生きるとは。そして、気がついた。最後に残ったもの それが私である。私が私として感じること、生きて感じること、emotion、それがわたし。」 なにもできなくなって最後に残っているもの、それがわたし。おー、なんと簡潔に魂というものを言い得ているか。なにができる、かにができる、能力、そういうことではないのだ。ニッポンの老人ホームを訪問して、痴呆の老人の手を握ってこころを通わせる彼女を見て思った。感情も表情もなくなってしまった老人も、われわれの目には老人はなにもわかっていないようで、実はそれを表すことができないだけで、感じているのかもしれない。尊厳。忘れないでいたい。
詩とは感情の神経をつかんだものである、と朔太郎が言った。ということは、すなわち、詩とはやっぱり魂なんだな。
12月2日(火)
魂よいづくへ行くや見のこししうら若き日の夢に別れて
前田 夕暮
この歌は自分自身の魂に呼びかけている歌のようだが、人はひとの魂の存在を感じることはあるらしい。先日、夫の従妹が亡くなった。ゴルフの帰りに山中の車の事故で。ひとりだったので、翌日になって通りがかった人に見つけられるまで
わからずに。そのひとのご主人は 出張で家にいなかったし、息子達は家を離れているし、帰って来ないと心配されることもなく 山の中に、ひっそり。なんてことだ。こんなことがあるんです。みなさま お車 お気をつけ遊ばせ。
発見が早かったら なんとかなったかもしれないのだが。
お通夜が終わってから、みんなして その現場に行ってみようと行ってみたそうだ。
着いたのが 夜中の2時ごろ。
ガラスの破片の飛び散った無惨な現場。
妙ななまあたたかい風がふう〜っと吹いてきて、
そのときみんながおんなじことかんじたそうです。
あ、いま、今 いきよった。 って。
今まで ここで待ってたんやね、やっと来てくれたって
安心して行きよったわ、と。
12月1日(月)
いちはやく英雄となる犠牲死のをみなの如き膚さらせり
近藤 芳美 歌集『流星群』
テロにひるまず、犠牲者の意志を継いでいこう、などという論理。
な、なんでやねん。なんでそうなんねん。ちゃんと考え直してくれー。