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華奴の「短歌あの日この日」 バックナンバー
2004年3月
3月31日(水)
浅き水にすすき風さとはしるさへ驚きやすく鹿の子のゐる
前川 佐美雄
霧島の丸尾温泉ってとこの 旅行人山荘という宿に泊まってん。安いのに大満足、お薦めの宿やね。大浴場の露天風呂からは 錦江湾と桜島が望める。それとは別に、秘湯の趣の露天風呂もある。かなり広い敷地で林のなかに3ヶ所の露天風呂、予約制で45分間ずつ貸し切りで入るようになってる。まぎれもない林の直中。ほんとに周囲に人の気配はなく 鳥の声木々のさやぎだけ、山のなかでひっそり入ってるかんじ。特に赤松の湯が 山道をどんどん下ったところにあって、開放感バツグン。林の中そのまま。お風呂に入っていて 鹿や猪、狸が来たりなんかすることもあるだろうな。ひのきの湯ともみじの湯の方の入り口には 今日の写真のように「鹿の入浴禁止」なんて洒落てるのだ。
「この扉を開け放しておきますと、鹿が入ってきますので閉めてください。」っちゅうことなんやけど、そこんとこおもしろうに書いたあんねんなあ。鹿し、丸尾温泉は鹿が教えてくれたらしいねんから、鹿のお風呂もつくったげたら もっと洒落てるのになあ。奈良県民歴20年の過去を持つ私、鹿には馴れてるほうやと思うけど、やっぱり奈良公園の鹿より 「野生なんや、ほんまもんなんや」と胸がどきどき。出くわすとどっきりするでえ。つづきは明日。
3月30日(火)
恋人のカルテの上に蜘蛛たちの私刑のような横文字は散る
穂村 ひろし
仕事で 医者の書いた書類をたくさん読まねばならないことがあった。それが、、、、、よ、読めない。こ、これは、字、なのか? と、相当の苦痛を強いられた。あれは かなりのストレスで、こっちが病気になりそうだ。おいおい、どいつもこいつも、もちっと 読める字ぃ 書けよお。字ぃ いうたら、人が読めてこそ 字ぃやろ。とぼやきつつ。医者同士ではちゃんと読めるらしいが。わがのメモとちゃうねんからな。有償で書いてるもんやのになあ、なんとかならんかい。
3月29日(月)
渓渓の湯の霧しろしきりしまは里の生るる境ならまし
与謝野 晶子
霧島に行って来ました。三日間 山歩き。体ががくがくびしびし痛い。霧島 ほんによかとこですたーい。いっぱい報告したいことありまあす。
3月24日(水) (25日から28日お休みします。)
華やげる季は来たりぬうるみゆく空みつみつと声は満ちたり
梅原 道子
今日は マイバースデイ。自分では すっかり忘れていて「今日は 誕生日だね。おめでとう。」って ついこないだ知り合った人に言われて 気がついた。どうもどうもおおきに、かたじけない。 お昼休みにも 「今日は誕生日やねん」と吹聴すべきところをすっかり忘れてしまっていた。一年に一度なのにい。こんなもんなのね。昔こどものとき、ママは誕生日もべつにうれしそうでもないな、なんでだろ、って思ってたのが、ああこんなもんなのねえ、、、てかんじです。それに比べて、こないだのかなちゃんの華やぎとのこの違い。でも、誕生日は 特別な日だよね、やっぱ。 で、 家に帰ると、しっかりおねだりを覚えてくれていた道子さんから
さくらいろの封書。わーい、わーい。しっかり おぼえてくれてたー。お誕生日おめでとう、の 歌を 創ってくれたのだー。わーーーーい、おおきにい。 ていねいにいちまいずつ筆で描かれた桜の花びらが 散ってるきれいなまるいカード。細い金の蘂が緻密に描かれて。素敵だねえ。
3月23日(火)
夕闇にとろりと門は融けはじむ背に膨みてゆくさくらばな
永田 和宏
今日は寒さもすこしやわらいだ。
岩波新書に 短歌パラダイス 歌合 二十四番勝負(小林恭二著)というのがある。
1996年に 現代短歌の歌人たちが集まってやった歌合の記録。
<夕闇に>はその中のひとつに出された歌。
ちょうど短歌を始めたころに 初めて読んで こーんなことして遊んでるんだーと 楽しい遊びを発見。MLの歌会でまねごとをやってみたりもした。どんなふうに真剣に遊んでいるか 垣間見てみたい方、『短歌パラダイス』を見てみてね。今年の水甕の全国大会ではタンカバトルと題して歌合イベントをやるらしいので楽しみだ。
3月22日(月)
春さめのふた日ふりしき背戸畑のねぎの青鉾並み立ちにけり
伊藤 左千夫
今日も寒い寒い、冷たい雨。春雨なんてもんじゃないね。風もつめたいよお。校庭のソメイヨシノが四分ほど咲いているのが、冷たい雨に打たれて悲惨。
3月21日(日)
噴水は疾風にたふれ噴きゐたり 凛々たりきらめける冬の浪費よ
葛原 妙子
今日もまだ寒かった。公園の噴水を見ても、まだまだ冬の浪費ってかんじ。
3月20日(土)
老いてなほ艶とよぶべきものありや 花は始めも終りもよろし
斎藤 史
今日 神社のさくらが 咲いてました。
ちらのらまでいかない、ち だけ。
電車から見えた弁天町あたりでは 四分くらい咲いてる木もありました。
いよいよ 咲きだしますね。
3月19日(金)
ノウミソガズガイノナカデサドウシテセカイハイミトコトバニミチテ
森本 平
イミトコトバノコウズイニオボレカケテイル。イマスコシタダボーットアイヲカンジテイタイ。イミモカイシャクモイラナイアイヲ。アアイミッテメンドウクサイ。
3月18日(木)
大小の楕円かぎりなく降ってくる宇宙のここは疲れすぎてる
加藤 克美
職場のMさんの名前は <宇宙>。すっごーい壮大な名前。宇宙と書いて、「そら」と読ませる名前は見たことがあるが、Mさんは「たかおき」さん。これは なかなか読めるひとはいないだろうな。
3月17日(水)
信号の下にトラック停まるとき荷台の白き豚はかたむく
大森 益雄
『リチャード』 by ストーリーテラー・ナナ
ある村に ブタをペットとして飼っている若いカップルがいました。彼らはブタの「リチャード」を子供のようにかわいがっているように、まわりの人には見えました。実際にリチャードをかわいがっていたのは、カップルのうちの男、太郎だけでした。女の方の花子は 最初はリチャードを可愛がっていましたが、生活が苦しくなるにつれ、花子には食物として見えてくるようになりました。そんなトキ、太郎が川に洗濯に行っているときに、花子は太郎を靴で気絶させ、食料に変えてしまおうとしました。今までも生活が苦しかったが、最近になって太郎がリストラにあい、花子は初めての子をみごもっていたのである。そのため、花子はリチャードを殺し市場で売ろうと考えたです。そして、花子はリチャードのスキをねらって気絶させようとしたとき、リチャードはそれに気付き、なんと花子に話しかけたのです。「今までありがとう。ぼくを殺して下さい。」 そしてリチャードは「これまで可愛がってもらって色々食べさせてもらい感謝しています。今まで僕は幸せでした。今度はぼくがあなたを幸せにします。」 そう言ってリチャードは静かに目を閉じました。 そして、リチャードのおかげでお金が入り、そして、それから太郎の仕事が見つかり、子供も産まれ、3人は幸せにくらしました。
誰かが手遊びに書きつけた紙片を見つけた。バイトの学生さん、ナナちゃんのいたずら書きだった。『リチャード』は ブタ、靴、川 という3つの題を与えられて、即興で作ったお話。おもしろいもんだ。なかなか楽しいことして遊んでるもんだ。こんな短いなかにも、少なからぬ真理が盛り込まれているようでおもしろい。なるほど、ブタといえば、詩的解釈は 食用家畜としての哀切さ、ときて、そこからイメージが湧いたようだ。そして、おもしろいのは 女の現実的なドライさを端的に材料にしている。そして、いちばん興味深いのは 自己犠牲の美談。ここは、2003年1月14日の「あの日この日」に書いた柳田国男の「山の人生」の序文の話と同じ精神が存在しているわけなんだ。こういうのは われわれ日本人はどこかでうけついできてしみついているものなのかなあ、なんて民俗学的考察に及ぶ。
3月16日(火)
ヒヤシンススノードロップ桜草ムスカリ春がポーコ・ア・コーポ
足立 瑞穂 歌集『しろいものばかり』
春だねえ。お昼に 外に出ると、仕事してる場合じゃない、このままどっかへ行ってしまいたーい、って気分。あったかーい。
3月15日(月)
いつかふたりになるためのひとりやがてひとりになるためのふたり
浅井 和代 歌集『春の隣』
今日、月曜なんだけど、飲み会。同じ鍋を囲んだ隣の子は 子持ちバツイチ、向かいの子は未婚。バツイチさんは 未婚者に 「出戻ってくるより、まだ行ってないほうがずっといいよ」なんて言ってた。どっちがいいかなんてそりゃだれにもわからないよね。 ある決断が良かったか悪かったか、どんな結論がでるのか。何処まで行っても それは謎のまま。 オリンピック出場に選ばれなかったQちゃん、そらしゃあないね。公正な選択でありましょう。 でも、そのときそのときに悔いのない選択を決断して 進んでゆくしかないものね。 それに またその先が、どう転がってゆくのか、全く 塞翁が馬。 わからないから 生きてゆけるんだよなあ、これが。
3月14日(日)
ああ夕陽明日のジョーの明日さえすでにはるけき昨日とならば
藤原 龍一郎
-gwo- Collection ポエトリーリーディング・ライブ、初挑戦。
■出演 亜子米・池上宣久・華奴・楠木菊花
■料金 500円(+ 1ドリンクオーダー)
■会場 Common Cafe
20代の詩人達に混じって、カフェのステージに立つ。観客も二十代だよなあ。ひょんなことはひょんなことをつぎつぎ呼んでくる。どういうわけかどうしたことかねえ。摩訶不思議なことに、ライブ、やってきましたよお。 なんでわたしがこんなとこにおるんやろ、っちゅう ひょんひょんななりゆきに思いがめぐる。が、しかし、けっこう楽しくて、ヤミツキになってゆくのかもねえ……。
あ゛ー、録音テープ持って行ってたのに、
録音するの忘れてしまったー、ああー、しくじりい。
3月13日(土)
アポロンやその弓よりも弦よりもはげしく撓ふ夜々の草花
坂井 修一
夫は 昨日から沖縄に行って留守〜!! だもんで 昨日 飲み会、今日 歌会。羽がびろんびろんよお。そして、この<夜>が わたしの<夜>が戻ってきた。夜更かしを楽しむ。と言っても、明日のポエトリーリーディング ライブの原稿創り。そう、やっぱり ぎりぎりなわたし。
3月12日(金)
わが胸の鼓のひびきたうたらりたうたうたらり酔へば楽しき
吉井 勇
酔っぱらってまあす。酔へば楽しき、やがて寂しき…… 愉快な係のみなさまとロッカーパーティー。
3月11日(木)
子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る
河野 裕子
育休で休職中の人が 元旦に生まれた赤ちゃんを抱いてやってきた。あかちゃんだあ。ちっちゃ〜い。か〜わいい。抱くのはコワイと若い子が後ずさる。実は わたしもコワイ。こどものいないわたしは 赤ちゃんに慣れてないの。しかし、さすがに、おばさんの域に達している私は 以前のように 若い子と一緒に こわい とは言えなかったわ。黙って盗み見するだけ。 子を持つという大きな経験を享受できなかったことは残念だけれど、その分逆にそれだからこそ享受できることを存分に致しましょう。欠損部分は 他の手だてで穴埋め、なんとかそれなりに成長してゆきたいものだわ。<われと子>の関係は 母親の場合ほんとにこの歌のような感じなんだろうなあ。濃密な関係。そんな貴重な関係を<子>とは経験しないかわりに、<子>でない他者と貴重な関係を結びましょ。 え? どんな関係や? そう言えば、受験生を持つ母、どうしてるかしら? 決まるまで すごい日々らしいのだ。
3月10日(水)
冬日差しことんと暮れて白壁の向かうは異界死者の半顔
千賀 政一 (水甕 2003.6)
高齢者の日常の様子が書かれた書類を毎日目にするのだが、「そこに知らない人がいる」「誰かが入ってきた」「死んだ誰それがそこに居る」というように <誰もいないのに誰かいる、と言う> という記述が共通項と言えるほどとても多い。どうも歳を重ねると見えないものを見てしまうらしい。
こないだの詩ボクでのコミッショナーのおもしろい話を思い出す。「歳をとってくると見えないものが見えてくるらしくって、片足は違う世界に踏み入れているのか高齢の詩のボクサーの世界はまたひと味もふた味も違って圧倒される。健康の秘訣なんかを延々と語って、終了のゴングが鳴ってから、やっと詩が始まる。」とか。もちろん馬鹿にしてるわけではなくて、畏敬の念を持って不思議な世界の存在を感じているわけだ。
幼い時にも 見えないものが見えるらしい。友達の甥っこも なにもいないところでなにか言葉にはならないが語り合っているような様子だとか、わんわんだとか言ったり、どうもなにか見えているようだったが、言葉が話せるようになるころには見えなくなったらしく、確かめるすべもないが。
子どもと年寄り、どちらも 異界とこの世の隙間にいるようなもんなんかな。行ったり来たりしてるとか、片足ずつとか?!
3月9日(火)
コンビニは若者専科と思いいしに昼餉時刻は老人多し
赤坂 文代 (水甕 2003.6)
こないだの日曜、雪の降る日だった。うちは コピーをとりに行くくらいしかコンビニとはあまり縁がないと思っていたが、この頃ダンナがセブンイレブンのパンを食べるようになった。軽いランチにセブンイレブンのパンを買って来いと言われて、雪のちらつくなかをでかけた。マンションの一階の玄関のところで 二階の人と出会った。ほな、とそれぞれ言って別れた。そして、セブンイレブンに着いて、パンの棚の前に行くと、なんと その 今「ほな」と言った彼女がいたのだ。なんやあ、おんなじとこに来てるんやんかあ、と大笑い。彼女は自転車で、一足早かったのだ。ただし、言って置かねば。彼女は 若者である。
3月8日(月)
ヒヤシンス薄紫に咲きにけりはじめて心顫ひそめし日
北原 白秋
今日も今日とて とびっきり寒い。
ヒヤシンス 風信子 は 幕末に渡来したんだって。
3月7日(日)
雪はまひるの眉かざらむにひとが傘さすならわれも傘をささうよ
塚本 邦雄
またまたとびっきり寒かったわあ。雪が降る降る。詩ボクの報告 いっぱい書きたいけれど、歌会の詠草集作成サボってたので、やることやらなきゃ。あ゛ー、歌会出詠の締め切りも明日だしい。
3月6日(土)
この辻を曲がらば逢はむ逢ひたきはかの夢にわれを奪りし一人
藤井 常世
とびっきり寒かったわあ。しかし 熱い「詩のボクシング」大阪大会in弁天町for国民大会 闘ってきましたあ。よっしゃあ、今度は1回戦は勝ちましたぞお。とちは 2回戦も勝ちました! いい大会でした。終わってから30何人だかで呑みに。 詩ボクに出なけりゃ 決して出会うことのなかったいろんな人たち。愉快な詩人たち。いろんな世界があるんだねえ。福井、岐阜、長野、名古屋、静岡、東京といろんなとこからやって来てたのには驚いた。 20代の詩人達とお友達になれるし、楽しいな。
名残を惜しい別れのとき、「また会えるといいね。」と言うと
詩人しげひろくんがこう言った。
「会いたいと思っていたら、きっと会えるよ」
3月5日(金)
葦辺行く鴨の羽がひに霜降りて寒き夕は大和し思ほゆ
志貴皇子
寒かったわあ、今日も。奈良はお水取り。もうお水取りさえ終われば、いよいよほんとの春が来るぞお。奈良の実家のとうちゃんかあちゃんをたまには思い出そう。弥生は とうちゃんかあちゃんも誕生日の月なのだった。恒例の義父ちゃんと病院デートの日。ついに、義父ちゃん短期記憶ができない症状現るか。「くろせ」で定食を食べて、新しくなった図書館に寄って、カードを作って 義父ちゃんの好きな戦争物『インパール作戦従軍記』と『女の太平洋戦争 』を借りて帰ってきたのだが。「さっき、昼 どこで何喰うたんかなあ、、、、。」 よかった、まだ 食うた記憶はあった。
3月4日(木)
ひとつづつ雛のおもてを包み蔵ふ雪降る午前しづけくしあり
宮 英子
寒かったわあ、今日も。雛をしまう、という作業もまた絵に詩になる情緒的な場面ですねえ。しかし、いまや、あのタンスニゴンの沢口靖子のCM、あれを思い出してしまって、笑ってしまう。あのCM おもろかったよねえ。
さすが、元 堺市民の靖子ちゃん、おおさかの子をや。
CMって、おもしろい。なのに、だんなは CMになるとすぐチャンネルを変えて、つぎつぎつぎつぎチャンネル変えっぱなし。けっこう どこの家庭でもそういう状況らしいとは思っていた。たいてい男はそうなんだろうと思っていた。ところが、今日、女もそんな奴がいると判明。23歳、女の子。職場で、発見。隣の席の男の子の奥さんがそうなんだそうだ。リモコンを握っているのは ダンナのほうでも、「変えてー」と言われて変えるそうだ。なんで CMなんか見させられやなあかんのん、って。そしてそのまた隣の席の男性は 自分がリモコンを離さずに 変えまくりーだそうだ。リモコンつぶれるほど。うちのだんなと同じことを言っていた。いろんな情報をみんな漏らさず見られるやろお、やて。おちおち真剣にみてしまうと 途中で変えられてイライラせんならんのよねえ。どれかにしてよお! と叫ぶが、この癖は治ることはないでしょう。また今日も、あ、そのつづき 聞きたかったのにい、あ゛ーーん、終わってもたやんかあ、、、、、。わたしのひとつのストレスであります。
3月3日(水)
われにふかき睡魔は来たるひとりづつ雛人形を醒まして飾り終ふれば
小島 ゆかり
わたしのお雛さん。わたしが嫁いだのち、実家の母が京都のお寺に納めてしまった。もしかして 孫をあきらめる覚悟でもあったのかもしれない。ああ、やっぱり、持ってかないで、って言えばよかったなあ。どうせ 狭いから飾る場所もないからと、置きっぱなしにしたけど、実家に帰って お雛さんを飾るようなそんな時間を持つべきだったなあ。ああ もったいないことしたあ。お雛さんを出すひととき、いい時間だなあ。こどものとき お雛さんのある部屋はこわかった。今もこわいけど。
3月2日(火)
五十代は飛ぶやうに六十代は跳るごとくに去りてゆきたり
長沢 美津 歌集『五黄』
だ、そうです。五十代まっただなかの幸ちゃんへ。
3月1日(月)
鏡なすガラス張窓影透きて上野の森に雪つもる見ゆ
正岡子規
今日から 弥生3月う。 生まれ月だし、大好き3月弥生。でも まだ寒いね。
ニュースでは 東京 雪降ってたね。ちょっと 今日も手抜きで おやすみなさい。