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華奴の「短歌あの日この日」 バックナンバー
2004年5月
5月 31日(月)
だんじりの聞こえ来るたびベランダに裸足で飛び出す条件反射
華奴
題詠マラソン 012:裸足
まだだんじりには ひとつき早いんだけどね。
5月 30日(日)
どうしても告げたきことのあるごとく振り向きしまま引かれゆく犬
華奴
犬語がわかればいいんだけどねえ。な、なんなの? なに? なにか言いたいことあるの? 気になるやっちゃなああもお。 しかし、犬と言葉が交わせたらそれも コワイこわい。なんでも筒抜けになってまうよね。おはなしがひつとできそうなネタだ。
5月 29日(土)
「それとって」「あれもってきて」「これすてて」 わたしゃあんたの介助犬かい?
華奴
ほんまにもおええかげんにせえ。一日に一度はかならず言うのは 「リモコンとって」やな。自分でとれよお。
ヤツは、わしは腰が痛いんや、という切り札があるんだよな。
5月 28日(金)
不定愁訴さくっとふんわりとろけてくハムとチーズのクロックムッシュウ
華奴
電子レンジについてるトースターの機能が壊れていて、トーストができない。で、餅網で焼いたり、魚グリルで焼いたりしたが、一番いいのが普通のフライパンで焼くクロックムッシュウ。パンは8枚切り。ホットサンド用の二面ではさむフライパンだとしっとりしすぎるし。朝ご飯は ご飯だし、今は仕事に出てるから、あまりトーストを食べるチャンスがないけれど、ひとりランチのチャンスがあればクロックムッシュウ、これがただいまのマイブーム。
5月 27日(木)
思いがけず声かけらるるすでにわれ圏外なりと思いおりしが
華奴
転勤されてしまって久しくお見かけしなかったひとが来られていた。傍で他の人たちと談笑されていた。始め、見覚えがあるなー、って、仕事しながら名前を思い出したりして、あ、そうそう、、○○さんだわ、やっぱり、と、あれは何年前? 覚えてはるとは思わんかったなー。案外覚えられてるもんなんや。覚えられてないと思って失礼してしまうことが多いんやけど、、、、、思いあらためなければなるまい。たとえ すぐ名前が思い浮かばなくても 見覚えがあるなら とりあえず会釈はしたほうがよさそうだ。
5月 26日(水)
久々に出会いし友に姫だるまみたいだなんて 言うてはならぬ
華奴
ちょっとみないうちに……。口をついて出そうだったけど、押さえ込みました。わたしも こないだ言われたとこなんだ。「ねえ、言っちゃあなんだけど、、、、ふた月ほど前より お顔がぽっちゃりしたみたいですよ。」
5月 24日(月)
数学といううるわしきオルゴールを君はたやすく開けて楽しむ
華奴
そう言えば、、、今にして思えば、、そんなこと知らずに好きになるんだけど、好きになるのはなぜか数学ができる男だった。ほお〜、、、、。数学というお題で 大発見ですわ。して、夫は数学の先生。
少年よ。数学、勉強しいや。数学できたら 女にモテルでえ。 ?!?!?!?!
5月 23日(日)
土踏みてけものに還るししむらに樗の香りしみわたるなり
華奴
考えて見ると まこと土を踏まない暮らしである。街の中の固いものに埋もれていると わたしは何者であるのか忘れてしまう。ときどき山に行ってやわらかな土を踏みしめるとき わたしはこの星の生きものであることを思い出す。全身で鳥の声、花の香を、木々の緑を 聞く。わたしは すべてと繋がる。
5月 22日(土)
ウェーブをなすごと立ちてひと通す狭き座席のサンケイホールは
華奴
今日は サンケイホールで 桂吉朝独演会。犬の目、百年目、浮かれ屑より。おもろかったー。サンケイホールも もう古いからついにここでの独演会は最後だそうだ。新しくなったら もうウェーブしなくていいんだ。座席は小さいし、間隔も狭いし、今どきこんな窮屈なところはないね。思わず、「こんなん、でっかいひとやったらかなわんで」と漏らした。でっかいひとは座られへんで、気の毒に、という意味だったんだけど。ふと見ると 隣のおっちゃんは けっこうでかい人だった。なんやずっと そのおっちゃん 肩をすぼめて、膝をすぼめて、気ぃつこてはるみたいな。もしかして、アレが聞こえて、しかも でかいひとが隣やったらかなわんわあ みたいに聞こえたんやろか。ひゃ、ちゃうでちゃうでー、ごめんなー。
5月 21日(金)
芋蔓にヒントばかりがついている思い出せない名前を手繰る
華奴
百個のお題が決められていて、順番に詠んで行く「題詠マラソン」というイベント企画があって、三月からだったんだけど、スロースタータでようやく走り始める気になりまして、今日のお題は 名前。
http://www.sweetswan.com/daiei-2004/index.html
名前をつけるって楽しいだろな。こないだ聞いた話は、女ばかりの姉妹四人か五人いて、その名前が、つらつらと尻取りでつながってるんだって。ほんとの名前は忘れてしまったけど、例えば、みか、かな、なつき、きみえ、えり、、、、、とかそんなかんじで。こんどこそ、男の子がほしいー、って願いつつの姉妹だったそうで。つぎは、「ん」をつけて 止めんとあかん、とか言うてたとかなんとか。「り」に「ん」で、りんちゃんだ。
5月 20日(木)
先輩の手のぬくもりを残したるマウスを握る君の横顔
華奴
新人の男の子が やさしいおねえさん先輩に入力の仕方とか仕事のやり方を教わってる会話が聞こえてきた。
サシある? サシ出して。サシ(物差し)でこうやって、リストのラインに置いて、、、、、。
え? 線ひくんですか?
ううん、線ひくんじゃなくってね、どのラインやってるか探さんでええようにね、置くねん。
おおーー。
彼の新鮮なおどろき。そこにわたしはまた新鮮に感動したわ。いいわねえ。誰もそういう時代があるんや。初々しいとはこういうことだね。
5月 19日(水)
倉庫よりコピー用紙を運び出すデジャヴは前の世の盗賊か
華奴
コピー用紙 一箱が重いんだ。うかっとやるとぎっくりしそうだな、きぃつけな。今日は 倉庫に行くとちょうど台車を仕舞いに来たMさんがいてラッキー。台車で何箱も運んで これで当分大丈夫だぞ。
5月 18日(火)
安心という字の態に腹を見せ鼾すらかくビーグル犬モモ
華奴
携帯で 犬のモモちゃんの写真を見せてもらった。ダックスフンドも入ってるんやね、みじかいあんよ。乳歯が生え替わってかゆいかゆいらしい。
5月 17日(月)
猫の耳恋しい指に空豆の莢のふかふか撫づる春宵
華奴
携帯で 猫のぼんちゃんの写真を見せてもらった。なあんてかわいい猫だろ。ピーターラビットそっくり。ちょっとお耳が長いのかな。
写真を見て詠むのが今月の歌会だったのに、あ、締め切りは昨日だった、ちゃんちゃん。
題詠マラソンに参加表明したまま、まだ走り出してなかったんだけど、今日からぼちぼち行くぞ。
5月 16日(日)
デジの世にアナログ楽しドーナツの思い出廻る雨の日曜
北川 幸司
雨の日曜でしたね。しかも えらい雨や。さっき ラジオから 西田佐知子の「アカシヤの雨」が流れてました。この唄 スキやねん。テレビでも流れると、洗い物しながら いつも熱唱してしまうのが、これと「喝采」なんだよね。昔の唄は しみついて離れやしない。
5月 15日(土)
「かみまっせ はいらんといて」と門に貼り安堵の犬が長々と寝る
鈴木 清子 (2001 大阪歌人クラブ 合同歌集)
なんかおもろい歌ないかいな、と思て、そや、大阪の歌人の歌集や、とぱらと開けたとたんに、大阪弁が目に入ってん。ちょうど 今日会った友達に 犬の話を聞いた。子供の頃 シェパードを飼っていて、大の仲良しだった。たしか 確か、サクラって名前だって言ったかな。いつもいっしょの仲良しだから、当然学校だって一緒に行く。教室にも一緒に入って、机の下で長々と寝そべっている。仲良しだからトーゼンだと思って。冬なんか足が冷たいと、その犬サクラの大きな背中に足をのせて暖まって。そいで、隣の席の男の子に、「足乗せさせたろかー。乗せさせたるでー。」とえらそうに言うたりしててんて。そんなのどかな学校生活だったのに。でも、とうとうある日、もう連れて来ちゃ駄目だと言い渡されたの。やっぱり大きな犬だし、こわがる児童が逃げて、それをサクラが追っかける事件があったりして、問題になっちゃったらしい。まるで トットちゃんみたいな 子供時代のお話。
おや? この鈴木さんの歌の中に サクラの歌が?! なんと。
叢に一層はげしく尻尾振るサクラが蜥蜴を追いつめている /鈴木 清子/
5月 14日(金)
五月は喪服の季節といへり新緑の駅舎出づればまぶしき真昼
尾崎 左永子
昨日とうって変わって なあんてさわやかなお天気でありましょう。
5月 13日(木)
雨の降る路両側にたぎちつつ低きに還る水は急ぎつ
吉川 禎祐
ご〜っつい雨やったなあ。わんわんきゃんきゃんどっちゃんがっちゃん。豪快に水を跳ね上げて疾駆する車ども。こっちも もう ちいとばかし かけられようとも関係ないわ。すでに ずくずくだあ。
5月 12日(水)
百年経ったらだあれもいない
俵 万智
地ビールの泡(バブル)眺める秋の夜 100年たったら だあれもいない
だったかどうか。うろ覚えで 歌はみつからない。このフレーズを思い出して 救われる。
今この梅田の陸橋を渡っている人たちみんな、見渡すかぎりに居る人たち、みんなみんな、いないんだ、百年たったら。
そう、みんなどっかいくんだ。どこにいくんだろ。どこいったんやろ。白い骨だけになってしもて。
5月 10日(月)
思い出は暗きところよりよみがえり暗室に無数の写真が焼かる
浜田 康敬
訃報。
5月 9日(日)
むだづかひを知らざる母の買ひて来し小鳥の声がするといふ笛
吉野 昌夫
わたしはむだづかい大好き。そういえば、鳥の声がする笛や鳴り物シリーズ、たくさんあるのだ。
5月 8日(土)
チェホフ祭のビラのはられし林檎の木かすかに揺るる汽車過ぐるたび
寺山 修司
ここ一週間 買い物にちょこっと外に出たくらい。で、すこしは体も日に干さねば。緑が恋しくて 久宝寺緑地に。欅の下で、豆ご飯のおにぎりを頬張る。でも、すぐ傍が道路で 車の音がうるさい。静かないい場所は、しっかり青テント村になってる。樹は逃げられない。ずっと この騒音に耐えてるんだよな。欅の幹にさわってみた。遠い汽車の振動を感じている林檎の木なんてのは、牧歌的詩的〜。近くの車の騒音に耐えてる欅さん、お気の毒う。
5月 7日(金)
「尻振りのおまつ」と呼ばれ畦道を人に譲らず歩く鶺鴒
前田 穂積(水甕 2004.5)
今度遭ったら 声をかけてみよう。 「おまえさん 尻振りのおまつじゃないかい。」 振り向いてくれるだろうか。
5月 6日(木)
窓際に指先ほどの折鶴をのこして老紳士降りてゆきたり
中井 麻子(水甕 2004.5)
すごく興味そそられますねえ、このじいさん。どんなじいさんだろ。思わず 私も降りてついてってみようかと思っちゃいそ。なんかドラマの始まりみたい。 心理テスト。このじいさんは どんな人物でしょうか。物語は?
5月 5日(水)
紅生姜の天ぷらかりんと舌に鳴りほのか酸っぱき栞となれり
行方 祐美(水甕 2004.5)
紅生姜の天ぷらは、練り物ならば九州や名古屋にもあるが、衣をつけて揚げた天ぷらは全国でも珍しく大阪のものである。おそらく初めて目にし口にした作者の新鮮なおどろきから生まれた歌であろう。紅生姜を鮮やかに視覚、聴覚、味覚で手渡し、最後に「栞」という一語に大事な感覚が託される。紅生姜のスライスひときれは一つの旅の思い出としてある一頁に挟まれたのだ。この歌を知った私にとっては紅い栞紐にすら紅生姜を思うくらい「紅生姜」と「栞」という語は深く新しい関係を結ぶこととなった。私もそんなハマッテル喩をシテヤッテみたいものなのだが…。
5月 4日(火)
聞きとめし言葉のかけら繋ぎつつパズルの如く話題を探る
山本 ふさ子(水甕 2004.5)
この歌を読んで、どんな場面を想像しますか?心理テスト、でもないけれど。
この歌と並んで温泉の歌があったので、私は露店風呂の場面を思い出してしまった。露店風呂に浸かりながら、他人様の会話を聞くともなしに聞いてしまって、ついつい聞き入ってしまったりなんかすることがある。始めは、この二人の関係はどういうものか、と言葉の端々から推理したりなんかして、ついに二人の会話の中の人物の壮絶な奇想天外な波瀾万丈な人生のなりゆきに、耳をそばだててしまったりなんかするのです、はしたなくも。いやいや、そんな場面でもないだろ。デイサービスのボランティアで、会話のままならぬお年寄りのお話をなんとか聞こうとして、なにをおっしゃりたいのかしらと懸命に探っている? いやいや、それも考えすぎ。 こんな場面は日常にいくらもあること。電車に乗り合わせた人の会話の切れ切れが聞こえてきて、、、、ということもよくある。しかし、答えは 隣り合わせの次の歌にありました。夫が子の家に電話をする歌。「子の家に日癖となりて電話する夫の会話は単調となる」 これで納得。聞きとめたのは、夫が子に電話している言葉。何を話しているのかしらと、探っていたわけでした。
5月 3日(月)
差しあぶら切れしブリキの兵隊の手足のごとく関節軋む
植野 京子(水甕 2004.5)
今日の驚きは 「ふしぎ大自然」で見た マダガスカルの世界遺産 ツィンギ。垂直にそそり立つ剣のような尖塔の奇岩群。あれもカルスト地形だって。そして、そのとんがりの上を飛び跳ねるキツネザル。あんなんなんで痛ないんやろ?! 何十メートルも樹木の根がずんずんずんずん水の在処までのびてのびてのびているふしぎ。水あるの、なんでわかるん?! なんで知ってるん?! しっかし、すんごい環境を生きているもんだ。恐れ入る。いきもの ってすごいぞ。そう、わたしも いきものなんだ。
5月 2日(日)
リウマチの指先百合根のようなりき作りくれたる母の赤飯
信藤 洋子 (水甕 2004.5)
下がったと思った熱がまた上昇。指もぱつぱつにふくれたかんじで芋虫だあ。これはきっとウィルスと闘ってる所為で、一過性のものと信じてはいるけれど……。一歩踏み出すのに、こんなにたくさんの関節が働いていたのかと、あらためて知る。痛みによって関節という関節の存在を知る。ほえー、まったく健康は損なって初めて知るありがたさ。リウマチを病む人の苦痛も今やひとごとと思えない。なんの痛みも知らなさすぎるのよあんたは。思い知れ。
5月 1日(土)
窓外は香に立つごとき青空と思ひて風邪の熱に臥しをり
板宮 清治
昨日はちょうど 義父ちゃんのCT検査の付き添いの日で病院行きだったので、わたしも診察を受けました。病院は待つのがしんどい。元気なときしか行くもんちゃうなあ。疲れるわ。血液検査で 腎臓も肝臓も機能に異常なく心配なし。一般的な血液検査と別に、何のウィルスかを調べる検査をしますか、どうしますかって、訊ねられた。はしか、だとか、風疹だとか、なんだとか なんのウィルスだって特定できたところで、決まった治療法があるわけではなく、どれも安静にして下さいとしか言えないのですが、やめますか? と。しかも、たいていの場合は、結局わかりませんという結果が多いのですが、どうします? うーん、どうしよっかなあ、、、電話じゃだめで、また、聞きにこなくちゃならないなら もういっか、、、と思ったが、あ、また、義父ちゃんと来るときに聞けばいいんだ、と気づいて、一応調べることにした。結果がわかるのは、当然もう症状もおさまったころ。ほんっとに、ウィルスの名を知ったところでなんの意味もあるわけじゃない。ただ単に趣味嗜好の領域で検査してもらうようなものなのだ。たーくさんある種類のうちのこれかなというありがちな幾つかをクリックして、検査して、結果わかるのは、そのいくつかの中には該当したかしなかったか、という判定だけで、その他のどんなウィルスであるか、全く未知のウィルスであるかどうかもそれはわかりませんのよ、ってことなのだ。そんな博打検査に四千円も払うのも、返ってくるとしても医療費の無駄使いだよな、とも思いつつ。私は兄がいるので、はしかも風疹もおたふくも なんでもちゃんと幼稚園に行く前にもらってすませたはずなのだけど、風疹とか何度でもかかる人も希にはいるようです、と。まあ、なにかのウィルスが原因だとは考えられますが、と、決して断定した物言いをしない。昔なら、おそらく風疹でしょう、くらいは言っただろうが。結局 薬と言えば、かゆみがひどければ塗って下さいと、塗り薬オイラックスだけ。そんなもんなんですねえ。どこかの未開の部族の酋長とか長老が、「これは安静にしていれば数日で治るよ。大丈夫。」と太鼓判押して安心させてくれるような存在はないんだよなあ。