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華奴の「短歌あの日この日」 バックナンバー

2005年4月〜

             2月12 日(日)   

どうしても竜馬に見える壁の染み司馬遼太郎記念館ゆえ
                華奴

今日 菜の花忌。昨日 司馬遼太郎記念館に行った。家から自転車で40分ほどだった。少し迷いつつで最短コースではなかったからもう少し近いはずだ。 館内の案内の人が、あの天井を見て下さい、と教えてくれた。見たとたんに、「あっ」と思う。言われなくても、どう見ても竜馬に見える染みが出ているのだ。不思議なこと! 竜馬が覗きに来ているというかんじがするする! コンクリートの染み。


             9月12 日(月)   

生も死も夢の一コマ簾越しかすか揺れつつ人行き来する
                川添 英一 (流氷記 第45号 花一会)

いつも夏の終わりになって あ、今年ミルク金時を食べていない、と慌ててしまう。昨日の選挙の帰りに 甘党の店に入って食べたんだけど、失敗、そこは缶詰のあんこだった。だめだ、こりゃ。 もういちど、こんどは 小豆のおいしいとこ 行かなきゃ気がすまない。よし、あそこに行こう。
簾越しかすか揺れつつ人行き来する そんな風景を見ていると、ほんと「生も死も夢の一コマ」って 気になる。 当も落も夢の一コマに過ぎないんやろけれど、この自民の圧勝は行く末が案じられる。どこまでも戦争をしない国であってくれなくちゃ。それだけは頼むわ。


             7月 30日(土)   

しらじらと処女マリアの明るさに木槿は咲きぬ朝の光に
                砂田 暁子 (水甕2004.11)

昨日29日はゴッホの逝った日。あっという間に7月も終わる。7月に一日も更新せずに終わるのもなんなので、更新しましょ。昨日でバイトが終了。2ヶ月間はお休みなので、その間こころしてちゃんと計画的にあれこれ こなさないと、またあっという間に過ぎてしまうこと必至。明日から旅。帰ったら しっかり計画たてましょ。せなあかんこと満載やもんなあ…。

だるまさんがころんだ  とか ぼんさんが屁をこいた とかみたいに10数える 韓国での数え方は むくげの花が咲きました、という意味らしい。 なんてきれいな数え方でしょ。えらい違いやな。
ム・グン・ファ・ホ・チ・キ・オ・ス・ム・ニダ (むくげは韓国の花)



             6月 27日(月)   

光る目の魚次次流れ来て右折できない夜の交差点
                前田 加枝 (水甕2005.7)

次々現れる車。光る目の魚とはうまく言ったものだなあ。ほんとにフロントガラスの向こうは夜の水槽のようだ。右折できないもどかしさも一挙に絵本のようなファンタジーな光景になった。そして、なにかしらさびしさをともなうシーンとなった。それぞれの魚はそれぞれのフロントガラスから水槽の魚として見ている。それぞれの魚にとって それぞれの魚は流れる景でしかなく、思えばなんと多くの魚たちが互いに関わりなくすれ違ってゆく。(いや接触したらえらいこっちゃ。) それぞれが関わりのあるようなないような不思議な交差点。さあ、これを読んだあなたは もう夜の車は魚にしか見えないでしょう。


             6月 19日(日)   

演劇という異空間より吐き出さる中央突堤2号上屋倉庫
                華奴

劇を見て来た。
劇団太陽族 音楽劇「JAPANESE IDIOT」 作・演出 岩崎 正
  大阪現代演劇祭<仮設劇場>WA
  港区海岸通り1丁目中央突堤2号上屋倉庫内に 仮設劇場が出現。 円形の劇場で、円周の300何本かの透明のエアチューブが劇場の内と外を分ける。 エアチューブを押し広げてどこからでも入れる。その内側は暖簾のような白いオーガンジーがぐるりと包む。
  こういうのを見るのは初めてなんだけど、2時間50分という長い間なのに、全く飽きさせずにすっかり入り込んでしまって楽しいものだった。笑えるし、泣けるし。どういう意味の感情失禁なのか自己分析もできていないけど、ラストにはどうしてだかぼろぼろに泪。キーワード、時代なんてない、がわたしの琴線に触れたか。いろいろおもしろかった。劇中歌もいい歌だった。 帰りに 天保山のなにわ食いしん坊横町を覗いてみた。お店の人も、そのへんのひともみんなが役者のように見えて来てしかたがなかった。現実との境がわからないへんなかんじがつづいた。


             6月 18日(土)   

鹿たちも若草の上に眠るゆゑおやすみ阿修羅おやすみ迦楼羅
                永井 陽子

今日は中学時代の友達4人とならまち、高畑あたりをしゃべくり散策。暑い一日だった。入江泰吉の写真美術館へ足を延ばした。今年で生誕100年という。92年に亡くなられたとき、私は職務でさるお方のお供をして葬儀告別式に参列してご焼香もさせていただいた。ペギー葉山さんが追悼の歌を歌われたりとても感動的な式だったことを思い出す。そう言えば、そのさるお方の年賀状の代筆で、入江泰吉様と書いて感動したこともあったなあ。
入江さんのおなじみの仏像写真も見ることができた。阿修羅を見ると、貴の花の若いときはこの阿修羅像みたいにほんとにきれいだったのにねえ、、、、、、、、、、と、つい、とこぼしてしまう。
入江さんの自筆の覚え書きがいろいろ展示されていた。ひとつ目に入ったのは、「日本人は 美に関して敏感だけれど、醜に関して鈍感である」という。


             6月 17日(金)   

「ダイヤだよ指輪にしなさい」 前輪のタイヤに刺さった硝子の欠片
         華奴

今日はお昼を外食の約束。近頃はできるだけ歩こうと思って、徒歩での出勤を心がけているのだけれど、お昼に自転車でちょっと遠出するために、自転車で出勤した。で、お昼に、さあ、いざ、出発! と 思ったら、なんと、パンク、ぺっちゃんこ。ひーーーー。時間ないのに。アセアセ…。 友達に、自転車借りて、追っかける。ショックーーー、パンクショック。なにしろ、かつて、いたずらで、何度もパンクさせられるという事件があったということを聞いていたものだから、その被害にあったのかと、悪意の結果かと、それが、ショックで、ショックで、タイヤもへこんで、気持ちもへこんで、ぺちゃんこになっていた。 でも、自転車屋さんで、直してもらって、空気も入れてもらって、私の気持ちもぺちゃんこがもとどおりふくらんだ。 なにしろ、硝子が刺さっていたのだから、ただ踏んづけただけでしょう。よかったー。 自転車屋さんは、ほれ、これだよ、って、ダイヤ、指輪にしなさい、って、掌に載せてくれた。「正直だねえ。ちゃんと、ここに、原因があるよ。」 と、しみじみ、パンクした自転車の正直を愛しむように呟いてはった。因果応報のダイヤの指輪。


             6月 16日(木)   

シャガールの藍の底より夜は満ちて湯剥きされたる真っ赤なトマト
         佐藤 きよみ

おおきなおおきな真っ赤なトマトを食べた。実家の熊本から送って来たの、というトマトのお裾分け。今晩のメニューは どういうわけか、頂き物が勢揃いした。アナゴの付け焼き 食べる? と携帯メールが入って、今晩のメインに。姫路から到着のあなごだそうだ。それから一昨日、ハッチク(筍) はっちく食べる? って携帯メール。頂きますメールが続いた。それから 今家にいるの? ってメールで もらったのは 鹿児島土産。よめはんの実家に漁の手伝いしてきたという V仲間のおっちゃんのちりめんじゃこ。 携帯メールが入ると、え、なんかもらえる?! … ってこたないよな。
○○食べる?メール お待ちしております。


             6月 13日(月)   

ピシピシと地を打ちながら縄跳びの少年しかと月を切り取る
         佐治 洋子 歌集『ヒト科の器』

同じマンションのお子達、ちょっと見ぬ間に、猛スピードで成長して変貌してる。 かわいいやんちゃ坊主もいつのまにか ピシピシの凛々しい少年に。


             6月 12日(日)   

もこもこと音をたて湧く森の樹のたましひそばだつ午前八時を
         道上 隆三  歌集『メメント・モリ』

そろそろ森が恋しい。鳥の声のテープばかりを聞いている。


             6月 10日(金)   

はつなつのゆふべひたひを光らせて保険屋が遠き死を売りにくる
         塚本 邦雄

重鎮の訃報。かつて遠かった死も やはりやってきた。ご冥福を祈ります。

職場の昼休みに出没する保険のおばちゃん。というより 最近は若いおねえちゃんが、新人ねらいで通ってくるというかんじかな。ノベルティのお菓子は ベビスターラーメン。

久々です。しばらく渡欧してまして…、なんて 嘘ですよお。
ちょっと優先的にすべきことがありまして自粛してました。一段落したので復帰します。


             5月  24日(火)   

何もかも色を亡くしたこの五月に葉桜だけの緑輝く
         高嶋 純

四月生まれの父に相応しき法名釋桜健となりて旅立つ
最愛の父を亡くした彼女の当時の歌。
桜を愛した父不在の世界に葉桜の緑が輝いている。
なんとせつない煌めきだろう。

そして、この五月はもう三回忌。また緑は輝いています。
お誕生日おめでとう。
かなしみを消すことはできないけれど、きっと よろこびはふやせるよね。
輝く緑に乾杯!!



             5月  14日(土)   

教室に入らずこのまままつすぐに廊下を過ぎてゆけるものならば
猛獣の檻に入りて猛獣をおそふ気魄が教師には要る
粟つぶほどの熱心もなくなりてのち教ふる技はいささかすすむ
佐野朋子のばかころしたろと思ひつつ教室へ行きしが佐野朋子をらず
         小池 光

夫は短歌に関心がないのであまり歌のことを話さないのだけれど、 落語好きの夫が笑えそうな歌や共感を持ちそうな歌は言いたくなる。 だから小池光の歌や文章は とてもおもしろくてよく見せたくなる。 同業者としていかにもいかにもと思えるだろうなあ、と。 期待通りその通りだそうだが、奴にはあまりに当たり前のことらしくさほどの反応をしてくれるわけでもないのが私には物足りない。もっと喜んでくれてもええのに。
粟つぶほどの熱心もなくなりてのち教ふる技はいささかすすむ
もう直球勝負する気になれんらしい、ほんでカーブやフォークが上手なったそうや。
生徒がうろついていると厄介なので、近辺は危険区域。で、今シャクヤクがたんと咲いているという○○公園にも残念ながら近づけない。なので 今日は 千早赤坂村まで足を伸ばした。



             4月  18日(月)   

父十三回忌の膳に箸もちてわれはくふ蓮根及び蓮根の穴を
         小池 光

万葉短歌祭の講演で永田氏は この蓮根の歌を例に挙げてこう語った。

「短歌をやっていてよかったとつくづく思う。考えてみれば、蓮根を食うことは 蓮根の穴も一緒に食っていて、だれも穴だけ除けて食べることはできないで、みんな蓮根の穴も食っているのだ。なるほど気づかなかったけれど、確かにそうなのだ、蓮根とは。ほとんど意味のないような歌なんだけど、ほとんど蓮根の穴も食ってるという意外に何にも言ってない歌なのに、立ち止まらずにはいられない。あー、こいつはこういう感じ方をするんだな、と思う、そんな感じ方があるんだなと 自分には思いも寄らない感じ方に出会う。凡人の自分では感じられない他人の感性、感じ方の方、に出会えることに 短歌をやっていてほんとによかったと思う。おかげで人生が何倍にも楽しい。 何倍も人生が豊かになった。なんのために短歌を読むか、それは そういうたくさんの感じ方の方に出会うためなのだ。豊かな人生を送りたいからなのだ。
小池光の親父は 大池なんとかという直木賞作家で志半ばに若くして亡くなった。もっともっとこれから小説を書きたいと思っていたであろうに早くに逝ってしまった、そんな父親の十三回忌に、そんな父の無念さやなにやらなにも知らない人々が集っている。知っているのは息子の小池だけで、そして、箸をもって蓮根を食っている、蓮根の穴も食っている、と言う小池。ああ、小池はそんなふうに感じているんだなあ、と。歌を読んで思う。何も言ってないような歌に、実はとてもことばにならない諸々の思いを感じ取れるのだ。
この歌を読んでから、蓮根を食う度に、ああ、穴も食ってる、と思う。そして みなさんも この話を聞いたもんだから もう明日から蓮根を食べると必ず思い出すでしょう。それくらい、心に残るのがやっぱり秀歌なのだ。
そして、最近の歌壇 短歌の世界の危惧として、どんどんどんどん短歌は無尽蔵に作られるけれど残らないで、読み捨てられる現状。百人一首や近代短歌が残ったように現代短歌もぜひとも読み継がれ残さねばならない。伝えなければならない。昔の歌や詩が残ったのは みんなよく知っていた。口ずさんだのだ。愛唱したのだ。人の口の端にのぼってこそ残る。現代短歌を世に残すためには 人の口の端にのぼるようにならなければならない。 そのためには おもしろいなと思った歌は、覚えておいてまわりのひとに伝える。それが大事だと思う。」
   と永田氏は語った。

なるほど、そうなんだ! そこでわたし華奴も決心しました。短歌作家のはしくれとしてもやれること。おもしろいなと思った歌は、覚えておいてまわりのひとに伝えること。 そうなのです。だから、この「短歌あの日この日」も 近々閉じようと思っていたけれど、また気が変わりました。 毎日の更新はしないけれど、残して続けることにしました。


             4月  17日(日)   

おーんおーんと山は膨らむこの山のどこかにあるはずの空気穴
         永田 和宏

万葉短歌祭の講演、今年は永田氏。今日、畝傍御陵前の社会福祉総合センターへ出かけた。畝傍山のみどりも膨らんでいた。国分へと向かうとき、大和川を渡りながら見た山もふくらんでいた。膨らむふくらむ。いろんな木の新芽がちいちゃくちいちゃく、それでいてもくもく。いいお天気だった。


             4月  6日(水)   

  ひいやりとふれるかつてのわが祈り鞄の底の六角水晶
                   華奴 (題詠マラソン 008:鞄 習作)


10年ほど前、水晶を買った。いつの間にか忘れていたけれど、鞄に入れっぱなし。 そんなこともあったのだ。 


             4月  5日(火)   

  はにかみて笑まふアジアンタムを撫づうつすら哀しき日の右手なり
                   永守 恭子 (ふらすこ vol.3 )


うつすら哀しき日。


             4月  4日(月)   

  有事とはいかなるときぞわらわらと赤松あかき鱗をこぼす
                   春日 真木子 歌集『生れ生れ』


赤松にとっての非常事態は火山の噴火とか山火事のとき。まつぼっくりがはじけて種を残す。自然界の巧妙な最期の防衛手段。われわれ ヒト科にとっての有事とは? そして防衛手段は? いかにいかに。


             4月  2日(土)   

  赤松の芽立ちの萌えのあかるきをまぼろしとして霧ながれ入る
                   春日 真木子 歌集『生れ生れ』


霧の中のえびの高原・赤松千本原。ここに魅せられた。残念ながら、写真はなかなかうまく撮れてない。ちっとも赤松のおもしろさが出ていない。写真の入門講座でも行ってみようかな。いつもたくさん撮ってもどれもいまひとつなんよねえ。
それはさておき、霧って、寒いもんだねえ。でっかーい冷蔵庫の中みたい。ほんの一瞬だけど息もできないくらいの風が吹いて、寒い寒い凍えそうなときがあって、ジャケットは 霜が降りたみたいにミストが白くなった。
霧に包まれて 大ピーンチに遭いました。白鳥山に登って、池巡りコース。そのもうほとんど終点に近いところまで来て どっちに行くか、すぐ数メートル先も見えなくなった。もう車道のところに来てて、駐車場もあって、遭難するようなところじゃないけれど、方向間違えると バスに間に合わなくなってしまうのでたいへん。 ビジターセンターの裏手だったので なにか仕事中の人がいてよかった。どっちがレストハウスの方ですかって、訊ねると、ああ、ほんとに見えないねええ、、、って 笑いながら案内してくれた。すると、もうほんとに目と鼻の先、で晴れてれば、冗談のようなすぐそこに見えている至近距離だった。霧って こわいなあ。幻想的なくらいならいいけれど、あんなのもっと山の中だったらパニクリそう。真っ白な雲の中やもんね。五里霧中なんて、いやああぁあぁぁぁぁ。


             4月  1日(金)   

  ササダケの間を歩めばぬかるみに小さき獣の滑りし足跡
                   華奴


旅の最終日、晴れていれば韓国岳に登る予定だったが、曇りがちなので霧島連山のパノラマは望めそうにない。開聞岳に登った筋肉痛もあることだし、軟弱コース、えびの高原の池巡りコースに変更。白鳥山に登る。しかし、このコースも けっこういいじゃないの。霧のために、景色はなにも見えなかったけれど、晴れていればそりゃもうきれいだろうなあ。 見えるはずのコバルトブルーの白紫池も六観音御池も不動池も見えなかったけれど。
で、なにも見えないのに、何がよかったかって? それが、雨上がりのぐじゅぐじゅだったからこそ出会えるものがあったの。 それは 小動物の足跡。 鹿の足跡はもちろん、もっとちっこいちっこいちっこーいかわいい足跡が いろいろ。うわ、ここ歩いとおるう! って おんなじとこ歩いてることに、めっちゃわくわくうれしかったですぅ。 なんの足跡か えびの高原エコミュージアムで展示してあったのを去年見たけれど、残念ながら忘れたわ。ヤマネ とか。ちっこい足跡、滑ってる足跡があったりして、きゃはは、すべっとおるぅ! 鹿には遭遇した。(開聞岳では クマに遭遇。クマといっても アナグマ。)
 霧の所為でよかったことがもうひとつ、それは、アカマツの樹のシルエットが霧の中にとってもおもしろく浮かび上がって ふしぎな光景になっていた。 枝ぶりのおもしろさに目を奪われた。強い風のためだろう、龍のようにスピード感あふれる動きのある枝ぶり。アカマツ大好きになりました。 台風の影響で、枝だけが残っていたりして、さらに枝ぶりの妖しさが際だって見えるのだろう。