ある日の言語学 


DATSUN考 

    2001年1月のML歌会のお題 <言葉>。そのとき出詠した拙歌3首。

27 言語学の教授は語りき ダッツン(DATSUN)の一言で足る地球の歩き方

28 北欧の夕陽めでるもさよならも涙で交わす「ダッツン」一語

29 親指を立てて止まったダットサンで言語を捨ててことばを得たり

    お題<言葉>をもらって なんと二十数年も前のある日の言語学の講義を思い出したのである。教授のおもしろおかしく語る北欧紀行、身振り手振りを交えた熱弁を。
    歌会では この歌をとてもていねいに読んでくださって ことのはさんとのり玉さんに DATSUN考と題するコメントをいただいた。

   27 言語学の教授は語りき ダッツン(DATSUN)の一言で足る地球の歩き方
ダッツン(DATSUN)はもちろん「ダットサン」の英語読み(?)世界中を走っている経済車なので、日本や日本人、日本車の代名詞になっているということかな、と始めは思ったの。でも親指を立てるのはヒッチハイクの時の合図なので、ヒッチハイクはすべてこのダッツン(DATSUN)の一言で世界旅行ができるよ、と言語学の教授が言った、ということかと思う。
「地球の歩き方」という世界中の国別、地域別の旅行の指南書がありますが、ここでは文字どおり地球の歩き方ですよね。私は「南部アメリカ」や「イタリア」の「地球の歩き方」のお世話になりました。 日本人旅行者はたいていこれを片手に歩いてますね。

28 北欧の夕陽めでるもさよならも涙で交わす「ダッツン」一語
「うわあきれい」も「さよなら」もすべてDATSUN、DATSUN、DATSUNってわけね。

29 親指を立てて止まったダットサンで言語を捨ててことばを得たり
言語とことばの違いがよくわかる。言語というと学問的な感じがするけど、 ことばは人と人の心をつなぐものとして実感できたということでしょうか。/ことのは

どう読んでいいのかと悩んでいたのですが、ことのはさんのDATSUN考を読んで少しわかったような、まだちょっとのような。でも29の「言語を捨ててことばを得たり」には説得力あります。言語と違って、言葉は体中で発することができるものだから。/のり玉

ちょっと言葉が足りなかったかなと思いました。 ダッツンの意味は前回の通りなんだけど、言語学の教授の一番言いたいことは、国固有の言語よりも、例えばDATSUNのようにその国の人が知っているたった一言を通して、気持ちを表現することの大切さを語ったのでしょう。「地球を歩くってそういうことだよ」っと。/ことのは

のり玉です。DATSUNで私はこう考えたの。 29だけが、ダッツンでなくて、ダットサンですよね。外国ではニッサンではなく、ダッツンと呼ぶんだと私も教えられたことがあるけど、日本人にとっては、ダッツンより、ダットサンの方が言い慣れた言い方なので、29の「ダットサン」は、ただ彼が共通語として使った言葉というより、実際ヒッチハイクで止まった「ダットサン」という車のことだと思いました。それまでの旅で、ダッツンという言葉を便利(?)に用いてきたけれど、「親指を立てて止まったダットサン」の中で、人と人との心のふれあいがあったのではないでしょうか。もちろん、そのふれあいの中でダッツンという言葉も使ったでしょうけどね。/のり玉

二十年を経て あの日の言語学の講義がこんなところで再現された不思議を思わずにはいられない。ねえ、覚えてる? あの日の講義。
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