ふらここ って…
ふらここってなんやの?って みんなに聞かれる。そして「ふらふこ」とか「ふららこ」とか新語が生みだされて呼ばれたりなんかして、それがまた楽しくて このネーミングさらに気に入った。
始めタイトルは 月夜の
鼬際としていた。いろんなもの並べ立てようとはりきって。ところが、ある刺激的なことによって ふらここ という名がひらめいたのだ。
それは「ふらすこ」という同人誌創刊号を頂いたこと。永守恭子、信藤洋子、木下のりみ三氏、あこがれのおねえさんがた三人の同人誌。「たぶん融合することはない三つの個性がこれからどうなっていくのか。透明ガラスの中で変化する個性を、よく見てほしいという自負がほんの少し入っている。/木下のりみ」
「ふらすこ」。なんて素敵な誌名だろう。
もちろん、誌名だけではない。短歌作品30首ずつと、創刊に寄せてそれぞれの短歌への思いを綴った短文、作品互評。それぞれが今、どんなことに向き合っているか近況を語った編集後記、どれも 一行も見逃せないような、まったく無駄のない充実した三十三頁。うつつの時空を忘れて一息に読んだ。三者三様の個性が、研ぎあって行こうという仲間となった、素晴らしい出会い。作品はもちろん、そんな関係も それぞれのキャラクターもなにもかも わたしのあこがれ満載なのである。
のりみさんはこう言ってくれた。「わたしは、短歌は孤独になれるから、好きやねん。孤独がいいねんで。孤独やないとでけへんで。」 誌の短文にもこうある。「言葉の宇宙を遊泳することは、私に孤独を与えてくれる。ひとりで考え、見つめ直す時間を生活の中にもたらしてくれるのだ。ともすれば流されてしまう日常での、この時間を大切にしたい。」と。
そうだ、私は ふらここ だ。ひとりで、漕ぎ続ける、ふらここ、これにしよう。
ふらここは
鞦韆のこと。ほんの思いつきが、考えれば考えるほど、自分にぴったりのように思えてきた。あなたにとって短歌って楽しき玩具なのね、と言い当てられるように、わたしはいつも遊んでいたい。とてもおおまじめに遊んでいたい。ひとり遊びの遊具でもある。また、あっちへふらふら、こっちへふらりと いつまでもどこまでも行方の定まらぬというか定めぬ性癖、支離滅裂。たまには酔って反吐を吐き。ばかげんきに立ち漕ぎする日もあれば、しょんぼりキコキコする日もあるけれど、漕ぎ続けてみたいと思う。『ふらすこ』への憧憬を胸に。
『ふらすこ』考
トルソの胸 永守恭子
悔しくて泣いてゐる子がドーナツの穴をのぞいて笑ふ目になる
青春がブレーキかけずに坂道を両足広げて駆け下りて来る
下駄箱に同型の運動靴ならび中学生のこころは見えず
思春期の硝子のようにあやうくてきらきらの子ども達。ともにあやうく見守る母は こころを添わせるように思い出してみる。
美術室のカーテン揺れて陽が射せばトルソの胸に浮き出づる傷
美術室という語それだけでも、とてもきらきらの青春がある。そうだ、実はわたしもちょっと思い出がある。別のクラスの男の子への片恋、美術の授業の時だけ一緒になるときめきの場所だった。絵の具箱を大きな物音たてて落としてしまい、そんなはずかしいときに目があってしまって顔から火が出そうだったこと。絵の具のにおいとか石膏のトルソの陰影とか、せつないものが蘇る。トルソの胸の傷は、ちょうど中学生くらいの寡黙な子ども達が秘めたこころの傷を思わせる。おとなには言わないけれど、ふだん見えないけれど、あるんだ、傷が。教室のカーテンが風に揺れている静かな光景は、とてもせつない。
集合写真に深海色のワンピースさびしくそこにまだゐる我よ
(評:信藤洋子)-------------------
深海色のワンピースに想像がふくらむ。十六、七歳頃の集合写真を想像する。深海とは海面から二千メートル以深を言う。日の光が全く射さない暗い海であるが、この歌のワンピースは、深い藍色か、緑がかった紺色か、そんな色を連想する。
思春期の少女の心は複雑である。自我の認識、他者との対立、孤独、畏れ…。その頃の気弱だった自分の姿。「まだそこにゐる我」を、集合写真を見て意識した作者。<深海色>と<さびしく>がひびきあっている。<さびしく>は、もっと何か具体的に詠んだ方がいいのかと思ったが、この一首では<さびしく>は効いていると思う。<さびしくそこにまだゐる>という姿、思春期の少女が立ち上がってくる。
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喫茶「ひぐらし」通学途上に見るのみの樹の扉の奥は森だつたらう
きっとまじめな生徒だったに違いない。生活指導の先生に睨まれていた私とは違うけれど、この感じはとてもよくわかる。素敵な名前の喫茶店に ちょっと憧れながら、校則は守る。(禁断の森に踏み込んだら、鬱屈のけぶる巣窟だったよ。)
中年はだれも翳りを帯びはじめ本当のことを絞るやうに言ふ
母である自信がないと泣かれをりはなみずき咲く窓が明るし
吐き出せる糸は自分を巻き締めて蚕のやうに閉ぢこもる 闇
そうしていつしか少女は母になっていた。中年になっていた。不登校の子どもの母がうったえる話を聞いている。どうしてやることもできず、聞いてやることしかできない。人間のせつないかなしみ苦しみをよそに 自然は輝いている。ひきこもりの子供のこころの闇を思い、途方にくれる。
私が落ち込んだとき、滅入っているとき、永守さんは親身になって聞いてくれて、ほんとにこころにしみるやさしいことばをかけてくれる。いつだって、だれにだって、そうだ。一生懸命向き合って、いっしょにかなしみ苦しんでくれる人なのだ。そして、自らはまた、どうしてやることもできないかなしみを抱えてしまう。
どこからを空と呼ぶのか天深く陽につつまれて飛ぶ鳥が見ゆ
大空の鳥の呼吸に合はせよと今なら言へるわたし自身に
そう、今なら言えるんだけれど。こどもたちになにをどう言ってやればよいのだろう。寄り添い なんとかこころに近づこうとする、切実な思い。
ビー玉の中にゐるやう月の夜は花から花へ鉄橋架かる
(評:木下のりみ)-------------------
薄青い光に包まれた月夜を海底や水中に喩えることはあったが、「ビー玉の中にゐるやう月の夜は」と表現したのは具体的かつユニークだと思った。子供の頃、ガラス玉を覗くのが好きだった。ビー玉やネックレスのビーズ、ブローチの模造ダイヤモンドなどをよく覗いたものだ。初句を読んですぐ、そんな子供時代が蘇り、ビー玉の中にある空想の世界へ直行する。「花から花へ鉄橋架かる」というフレーズは藤城清治の影絵を見るような美しさがあり、現実の景色とは思えない。実際月光に満ちた風景とはこのような幻想的な雰囲気を持っている。「ビー玉」「月」「鉄橋」という曲線の三重奏はゆったりとした気分へ効果的に作用している。
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新しき朝の気持ちで子に会へば昨夜の顔してこちら向きたり
子の部屋のCDボタン押したれば大音量に飛び出た鬱屈
迷ひつつ柔道やめた黒帯がひよろんと椅子の背に垂れてをり
思はざる方へと枝は伸びむとす荒しきかたちの樹となりてゆけ
遙かなるところに希望はあることを思はせて空に咲く桐の花
自分と同年代のひとは ちょうど今そんな「母」をやってるんだな、ととても身近に感じる。母でないわたしも ほんのすこし「母」を追体験してみる。偉大な母でなく、少女のつづきの等身大の母。少女は毎日自分にとっては初めての「母」を体験しているのだ。人が子を育て、見守るということ、きっとほんとに日々ともに育っていくのだろうな。子供の頃は、おじいさんおばあさんおとなは なにかべつのいきもののように思っていた。でも、みんなみんな、こどものつづきなのだった。ひとは そうやって育まれてきたのだなあとしみじみ思った。
風の吹くまま 信藤洋子
おみなよりおうなに渉る橋あらばあおき背すじの橋占よ居れ
(評:小畑庸子)-------------------
女性には<おみなよりおうなに渉>らねばならない日が、いつか必ずやってくる。女から老女へと渉るべき橋は考え方によっては、案外長いかもしれない。中央部分ではかなり反っていて、その頂上を過ぎると、ゆるやかながら下り坂となる。そこから惰力を伴ってそのまま速度を増し、一挙に老女へ渡りつくということになるのであろう。
橋占は占師で、橋を渡って往来する人間の言葉から吉凶を占うという。<青き背すじの>から、橋占はまだうら若い女性。結句は居れという命令形だが、願望でもあろう橋占の居る場所が、橋の手前なのかそれとも向う側なのかによって、作者の思いも、作品の意味も微妙に異なる気がする。
老いには遠いが若年とは言えない世代の女性のデリケートな心理を詠みながら、不思議な感性と表現によって象徴的な作品とした。
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<青き背すじの>橋占はまだうら若い女性であることをさしているのだろうか。<青き背すじの>は文字通り 青いのだと わたしは読んでしまった。どんな青だろう。青筋揚羽のような少しみどりがかったうすおあお? 爬虫類、両棲類のようなぬめっとひかるあおみどり? 青魚のような銀いろに光りもする青? わからないけれど、信藤さんのふしぎの世界には、きっと妖しくてうつくしいいきものがいてもいいと思えてしまう。
さんじゅうのおゆびゆるらにゆるむかなさ牡鹿の鳴く夕べ春日野
(評:永守恭子)-------------------
前にある歌
(美しき阿修羅をうみし工人に抱かれしかや天平の少女)から
これは興福寺の阿修羅を詠んだものとわかる。阿修羅が持つ六本の腕の三十本の指。仮名書きにされた「さんじゅうのおゆびゆるらにゆるむかな」が独特の表現だ。枕詞の働きを残す「さ牡鹿の」から続く表現は、上の句を感覚的に支える情景ではあるが、格別の必然性はないと思われる。言わば、下の句は作者好みの古風な、且つ又、夕暮れの世界へと歌を連れていくための道具立てとして引き出されたものではないか。
ユ音を点在させながらのうねるような調べ。初句と下の句の頭の、ひびき合うようなサ音。これはもう音楽としか言いようがない。意識的ではないが、知らずしらずのうちに音楽を奏でたがるものを身の裡に持っている人だと思う。
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わたつみのあおのあわいにほの光る魚のごとくに別れ来にけり
(評:木下のりみ)-------------------
人と人が「魚のごとくに」別れるという面白さにまず立ち止まった。そして思い浮かべたのは水槽の中で泳ぐ魚たちの擦れ違うシーン。彼らの生態には関わりなく、全く人間の恣意にまかせての観察だが、擦れ違いざまに素早く互いの腹を触れ合わせ、美しいウロコをきらめかせるように一瞬胴をくねらせて去ってゆく。そういうさり気ない印象的な別れが作者にあったとすれば羨ましい限りだ。しかし、人との出会いと別れを繰り返す慌しい現代社会の中で、やっと築きかけた淡い人間関係を幾つも諦めてきた作者なのだろうか。「わたつみのあおのあわいにほの光る」という流れるようなフレーズのA音から、青い水中を虹色に光る泡が浮かび上がる光景が見える。その泡のように儚い淋しさが読んだ後にいつまでも心に残るのである。
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難波江の水の都を離りきて空のあかるき風の町に入る
縄文の人らも風の吹くままに居を移ししや川を渡りて
鉄の橋石橋木の橋天の橋わたりて千夜 夢になせとや
透き通る繭を紡ぎて絹衣 真間手児奈の晴れ着べにいろ
しののめの二十日余りの月よりもほのかに白き魚に抱かれ
第三紀北極のあたりに咲きしとう泰山木の大仰な白
信藤さんは ほんのいっとき大阪に住まわれて、これからもっとお近づきになれるんだ、と思ったら、また転勤で引っ越してゆかれた。とても残念だった。わたしも擦れ違った魚のひとつなんだと思いたいな。
彼女は縄文でも、天平でも、どこへでも自在にワープして戻ってくる。第三紀は 地質時代の新生代で、6500万年前から165 万年前までの時代。はるか太古の昔、第三紀という語にまずほだされて生まれた歌なのだろう。いつも 身めぐりに 気の遠くなるように長い長い時間をまるで自分の過去のように抱えているひと、なのか。信藤さんのふしぎの世界は いつのどの世もとても近くてつながっているのだ。鉄の橋石橋木の橋天の橋わたるのは 転勤引っ越しを繰り返す現実の作者自身でもあるかもしれないが、累々と辿りたどってゆくと、神の下りきた天の橋にとつながっているおそろしく長い時間と、宇宙だかなんだかわからないものに帰ってゆく、そんな気がしてくる。
しろたえの花びら反らし極まれるカサブランカの太刀のごとき香
やすやすと人の座るを拒みたる椅子を作れり岡本太郎
有平棒くりくりまわるその向こう硝子引き戸の小さき和菓子屋
あかねさす宮口野行く一両の赤き電車のまたねむそうな
奈良市の商店街に 大仏さんの掌みたいな椅子があったよな、たしか。
きっといろんな椅子を作っているだろうから、どんなのかはわからないけれど、どんな椅子かは言わずにいるのがまたおもしろい。作者は 岡本太郎という人物もまた、天平の少女や真間手児奈のように自分の過去にしてしまったのかもしれない。床屋さんの有平棒と和菓子屋さんというレトロな風景も、このうつつを走る赤い電車も、童話か絵本の中に入ってしまった。千尋がふしぎの世界に行くように、信藤さんの世界は どこにでもつながっている。信藤さんの歌はどこでもドアなのだ。
きっと優しい 木下のりみ
ミルク色の光が遠く我を待つトンネルの外はきっと優しい
(評:小畑庸子)-------------------
車でトンネルに入る。長いトンネルである。はるかかなたに、小さい円形のミルク色の光が自分を待っている。そう思うと、その光にむかってアクセルを踏む足に力が入ってしまう。一応情景描写としてはこの辺であろうか。しかし、この一首の背景に見えてくる作者は、今長い長いトンネルの中を、遠い光にむかって懸命に歩いている。歩いても歩いても、ミルク色の光はなかなか近づいてこない。<トンネルの外はきっと優しい>と思わなければ、足は前に進まない。
一連のタイトルになっている作品である。トンネルの外はほんとうに優しいのだろうか。優しくないかもしれない。ひょっとするとトンネルの手前よりも厳しいものが、待ちかまえているかもしれない、<きっと>の言葉の裏にある作者の不安とも願望ともつかぬ複雑な思いが伝わってくる。
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小さき神が飛び立ちわれにしっくりと添うてはくれぬ去年の襟ぐり
(評:永守恭子)-------------------
私たちの年齢になると、年ごとに微妙に変化していく身体を、知らぬふりをしながら実は、誰もじっと見つめているのではないか。しかし、だからと言ってそれは、一々語り合うほどのことでもない。というようなことはいくらでもあるのだが、口には出しがたい微妙で複雑な感情は、歌だからこそ言葉にすることが出きるのだと思う。
首周りにしっくりと添っていた「去年の襟ぐり」が、今年は身に馴染まなくて着心地が悪い。その事実を、だれも真似することの出来ない、作者らしい視線で見つめて詠っている。飛び立ったのは自分の若さでなくて、襟ぐりにいた小さい神の方なのだというのである。とは言いつつ、「添うてはくれぬ」には少しの弱気が現れ出ていて、表現とは正直なものだと面白く思った。
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鍵穴のように待つ耳 私の名という鍵がわたしを開く
30首のうち8首 鍵の歌がある。ひとつの題で、どれもはっとさせられるような視点のおもしろい歌をそろえられるのは、さすがのりみさん。
なかでも、名前が鍵だというこの歌には まいった。ほんとうに、ふしぎなもので、私たちはいつも、開いているわけではなくて、呼ばれて初めて開くのである。雑踏の中、電車の中でも、ふだんは開けっ放しにしてはいないのだ。ちゃんと閉めてうちの中にいるのである。呼ばれることで、そこに居ることを認知する。呼ばれるまで、体はそこにあっても心はどこにいてもいい、存在しなくていいのだ。そういえば、会議もMLもそうね。でも、ここでは 開けられるのを願って、じっと耳を澄まして待っている。開けてほしい人がいるとも読めて意味深で、相聞歌としても味わえる。
億万の雨つぶが打つ万緑の響きに立ちて透き通る耳
五月雨の一日を泥に屈みつつ棚田に光を植えてゆく人
さみだれに細き天蚕糸をまぎらせて雨魚釣る罪ようるわし
スポークの反射まぶしき下校時の小イワシの群れに分け入りてゆく
六月の原稿用紙の湿地帯さなえのごとき文字に雨音
ゆうぐれに流せる水と響き合う指の傷は笛の歌口
ビルの窓ひとつひとつに入る夕日打ち水のごとく町を輝く
さきがけのサンマ並べる魚店に硬質の秋うち寄せてくる
<<光と水と>>
作者は 光るものに惹きつけられ、敏感に反応する。この捉えられた繊細なひかりはうつくしい意味を得て、さらに輝く。みず、水の音とともに、視覚だけでなく、聴覚、触覚を刺激するうつくしさを持って。そんなうつくしさを原稿用紙にまで見出すセンス。夕餉の支度どきに指を切ってしまったのだろうか。こんな所帯じみた日常が 清冽な谷水の記憶を蘇らせるような感覚で詠われる。しみいる痛みは笛の音のように水と響きあって、傷口は笛の歌口だという。うつくしい〜。のりみさんのしらうお、繊細な手指が目にうかぶ。<打ち水のごとく町を輝く>も 夕景のこの上ない喩に感服するばかりだ。作者は 水と光をすっかり手中におさめている。
蛤の殻すり合わす遠蛙いずこに梅雨の黒衣は立つや
振り向きて塩の柱となる人の終のことばを朝の卵に
ペチュニアは話止まざりそよ風の中宙に浮く赤き唇
片足に立ちてストッキングを履きている深々と凍て鶴の我かも
うつくしいものを捉えるばかりではない。知的でスマートなウィット。蛤を洗うという厨歌が、その音に<遠蛙>を思い、さらに<梅雨の黒衣>を思うという展開になるなんて。聖書のロトの妻の話をモチーフに 日常の塩が意味を持つことになる歌。凍て鶴のお茶目は、自分でツッコミいれる『たゆた』にあったあの流れですね。ユーモラスだけど、うつくしい。スリムなのりみさんのおみあしが目に浮かぶ。