水甕社内評 同人欄の短歌を読む (水甕2004年8月号に掲載)


         ○銀鈴集より
・残すもの残されるものありありて土押しあげる春がはじまる     蔵本 瑞恵
  <後ろ手に括られている心地して転移・再発しんと聞こえ> とも詠う作者の「土押しあげる春」というフレーズは、簡潔にして万感万象の込められた密度の濃さに感嘆する。古い葉を落とし新たに芽吹く春の息吹。種であれ個体であれ生命の大きな連なりの中に淘汰あるいは交替が繰り返されてゆく。残されるもので在り続ける者はいない。先頃友人の訃に接した折り、そのお約束はひとつの大きな慰めともなったが。切実に「残すもの」の側にも踏み入らねばならない境涯にあって淡々と詠う作者の清澄な把握力に感動する。力強い生命の賛歌として、この歌を まだまだ残されるものとしての作者にお贈りしたい。 たいへんデリケートな領域であるし、なにか無神経な粗相にならないかと書くことは控えたいとも思ったのだが。現実の作者の事情は知らない読者として、そのように現実を密着させて「私性」を読み込んでしまったということでもある。心よりご快癒、ご健詠をお祈りします。

・黒木山歩めば日の斑がとびすさる梢をわたる風の速さに      高橋 良子
木漏れ日の動きに風を見ている。日の斑がとびすさるという小鳥の影のようなスピード感がある。見えない風がいきいきと写生された。黒木山という固有名詞は明暗のコントラストとなって利く。新緑の心地よい風を思う。

・細長き友のえにしも深くなりほんじつほろほろほんねの便り    阪部 洋子
儀礼的なやりとりを超えるおつきあいになったという本日、ほろほろ素敵な歌もこぼれて羨ましいかぎり。おや、作者は京都の方というのも面白い。ひらがなもほんわか良し。

・あをぐろき伊勢のうみ見ゆ銀色の波つぎつぎに月を食みゐる    藤井 雍子
波のうねりに見え隠れする月を、次々に新しい月が食べられていくと見る楽しい発見。あをぐろきという語で奥深く神秘的な情景になった。次の月が現れるまでの暗さと明るさに地球という星の生命の息衝きが感じられる。

       ○一炬集より
・川へ川へ生まれた川へ 鮭どもを走らせているしろがねの声    山形 裕子
川へ川へと駆り立てるものは何なのか。見えざる大いなるものの声を聞く。目に見えないものの写生とも言えよう。群れなして遡上するあの驚異的な迫力。勢い、躍動感も「しろがねの声」と簡潔に言い尽くす。わっしょいわっしょい愉快なリズムにのって。

 ・わが命吸い上ぐるさくらの一本か仰ぎて首の冷たさ知れり     行方 祐美
・冬の陽の海に没るときわが街の袋を絞りゆくごと         前川真佐子
・点滴の光数へきれざるを数珠をつまぐるごとく身に受く      森  和代
・早春を束ねてひとすぢ野をつらぬき小川は動悸うちて流るる    山下 富美
感覚的把握の鋭い写生は私性の濃き写実と言おうか。

ことば選びのおもしろさでは、的確な比喩に間男という語が見事に詩語となった一首と 方言を活かした一首をみつけた。
 ・立春の朝の戸袋越冬の蚊が間男のやうに飛び出づ       藤井 幸子
・運賃五千三百余円の七割はトンネルに居る時間でごわす    小松 正

        ○間歩集、三径集より
 ・冬烏賊の皮いっきに剥ぐ夕べ人もいちまいの皮に覆わる    佐々木則子
化けの皮を剥がしてやりたい人がいるのだろうか。おもしろくてコワくて凄味のある歌。 なぜ皮をと助詞を入れなかったのだろう。

・蝶ふたつ縺れあふごと手の動き糸の梯子を子は作りゐる    小島 督子
綾取りの鮮やかな手の動きがよくわかる。

 ・浅沓に春衣の若き神官が雪の参道傘傾げくる     小松カヅ子
男は巫女を尼僧を、女は若き僧を神官を詠う。お決まりと思いつつ、好しと思う私は女。

・デジカメといふかめありて売り上げは上上といふわれは何を飼はむ    畑 克介
 ユーモラスに社会と「私」の関係を詠う。

・白毫の翁も地蔵のごとくなれ山里に焚き火ごうごうと燃ゆ     松本 茂子
選択された単語のそれぞれが響きあって詩的な世界ができあがる。ほんとうは白髪パンチパーマの爺さんだったかも。

・パチッパチ夫の打てる独り碁の佳境に入るや呼ぶも答えず     牧野 京子
 パチッパチ、だんだん早まるような音、集中した空気感を想像する。

 ・つららは最良の凶器になりますと囁き去れり北ぐにのひと     野中 笑子
 融けてしまえば見つからない凶器。どきりとさせる。北ぐにの人に寄せるちょっと謎めいた思いも見えておもしろい。

        ○俊英集、作品集より
・降りつづく雨の水輪を天蓋にゆらり花鯉向きを変へたり     寺岡 淳子
読む者を一度水の中の鯉の視点に立たせる描写が新鮮。また水面に戻り雨を見つめて過ぎる静かな時間。花鯉とは種類だろうか。水面に花弁を被く鯉の様を思わせて華やかだ。

・刀身の刃文のひかりのごとく落つ冬山裾のほそき滝水      筒井眞智子
  水量の少ないながら冷たく鋭く、また鈍く光る滝の微妙な変化を華やかに巧みに伝える。 しっかりした観察の上に生まれる直感か。

 ・少しずつ閉じる力の弱りこしチューリップ見つつ人を許しぬ   滝川 雅子
先頃久しく怒りを買っていた友人から赦された。人は自他共の弱さを認めて許すことができるものなのだと思う。四句まで自然観察を述べて来て、着地は思いがけない処に飛んだ。♪結句は大事だよお〜と大会の歌会でもキーワードになった「結句」で決まった歌。

・み仏の「はなくそ」賜い陽の中に涅槃会の梅ほほえみ咲けり    蘆田かおり
奈良のお土産に鹿の糞と並んで今は大仏の鼻糞という洒落っ気たっぷりの工夫を懲らしたお菓子がある。仏様はほほえんでおられるだろうに、仏様への冒涜だと目くじらをたてた某寺の圧力にか登録商標取り消しとか。「はなくそ」を賜ったのは誰か、梅のように読めて捻れがあるのではないだろうか。

・臘梅の香り流るる昼路地に二つの鼻がぐつと寄り会ふ     尾子 靖江
香りに惹かれて寄る鼻二つ。犬の鼻かもしれぬし、密会シーンのようにも謎めく描写。 結句が新たな可能性を添加しておもしろい。

・吹く風に春一番の胎動し目を覚まさんか山もブッシュも    佐々田美恵子
某国大統領にはあきれ果ててため息が出る。嘆きを機知に富んだ結句に込める。

・街の灯を縫ひて夜汽車が走る窓ハモニカに似て郷愁を呼ぶ   中山 幸子
ハモニカの比喩がおもしろい。縫ひて走れる汽車の窓、ではないかと語順が気になる。

・緋袴の巫女の後れ毛紅梅の下に揺れおり綿毛のごとく     武谷 好見
写実にして、それを見つめる「私性」が色濃く匂う歌である。


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