空より広し
対面朗読で出会った歌人に もうひとり とても印象深い方がいる。
西村文美恵さん。私が短歌を始めるずいぶん以前のことで、まさか当時は
自分が短歌をつくることは思ってもみなかったのだが。歌集「空より広し」
(初版平成三年十一月)
を読んで、たいそう心ゆさぶられて、この感動は誰かにも伝えたい誰かにも分けたい
という衝動にかられて、数冊を購入し、知人に送りつけたり、ニコニコセンターの
本棚に置いたりしたことがあったのを今になって思い出したのである。で、最近
平野区のわたの実だよりというテープ雑誌に収録しようと読み直している。
(確かご本人によるテープもすでにあるはずなのだが、少しご紹介用の記事として、
収録しようと思っている。)しかし これが、読んでいると、いつも、あるところに
くると どうしても泪でのどがつまって読めなくなってしまう歌がある。
なんだろう。なにかいいようのない感情があふれてくるのだ。いつ何度読んでも
喉が痛くなる歌。激しくゆさぶられる歌。
障害者の逝きし日人ら語りをり親より先に死んでよかったと
親よりも先に死んで良き子などこの世にあらずあらじと思ふ
悔しさを誰にか告げむ逝きて夫五体満足になりしと云ふを
西村さんの気概をとてもよくあらわしている歌がある。
このかっこよさに わたしはもうすっかりまいってしまって信奉者になりました。
命令形で物言ふ人にわが不自由補われたくなし盲ひといへど
西村さんは まひる野の会員で 歌集には「人間の歌 序に代えて」と題した
まひる野の橋本喜典氏の文章がある。そこで 抄出されたものから少し紹介する。
亡き夫に触れゐるごとき感触に汀に立ちて足浸しをり
梅雨はれて窓を開くれば亡き夫が元気でゐるかと我を見てをり
こほろぎの鳴けば亡き夫帰り来て秋ぞと言へり夢の中にて
願ふとも果たせぬものを自が夫と月日同じくボーヴォワール逝けり
さざ波の音聞こゆれど亡き夫は海の彼方に黙して語らず
亡き夫の白杖の先十センチ切り詰めて我も命を託す
膝折りてナイトの如く我の手にくちづけをせし在りし日の夫
早く来よ早く来よと亡き夫が我を呼ぶごと蝦蟇鳴き響む
ヘルパーが刻みて帰りし生野菜とりどりの色を想ひつつ食む
ボランティア右眼は景色左眼はわが足許をみてゐるらしき
ヘルパーの土産に賜ひし能勢の栗茹でてあるらし掌に温かし
音訳テープにドアの開く音交じりゐて夫帰るらし奉仕者の家
お向かひのあなたが奈良に越してゆく太陽の塔なくなるごとし
姿なき差別偏見にいどむ我ドン・キホーテと酒汲みかはす
車椅子の人が歩廊(ホーム)に落ちしとて黙って見守る愛ありと言ふや
タイガース優勝成るを聴く今宵一人祝ひてやがて寂寥
白杖の我のゆくての蝉しぐれ声の一途さに歩みがたしも
カーテンを真白に替へてわが内の氷の如きものと親しむ
盲ひては盲ひの我がわれなりき見えなば今のわれにあらざり
人恋ふる声に寂しく鳴くちちろ吾は現身をいまだ離れず
われ死なば閻魔大王の肩を揉み罪人赦し給へと言はむ
悲しみは海より深しと思へどもわが歓びは空より広し
またこの稿は 改めて 自分のお気に入りを抄出してみたいと思っている。
なお この歌集は 自費出版図書館ホームページ というところで
借りることができます。
そして ついでながら 水甕の歌集も借りられることを発見しました。
001 歌集 春雷(水甕叢書第67篇)(松田常憲)
002 歌集 えごの花−岡田里紀歌集(岡田里紀)
003 歌集 真弓(水甕叢書第390篇)(市川享)
004 無畏−市川享歌集(現代短歌全集13)(市川享)
005 歌集 北国断片(春日真木子)
006 歌集 春秋不盡(山口津奈子)
007 水甕合同歌集−創刊1000号記念(水甕叢書第641篇)(水甕合同歌集刊行会編)
松田常憲の春雷 480円の貸し出し料で 借りることができますよ。