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はっぱの雑記帳

   2000年2001年2002年

2000年 ゲームボーイ・アドバンス 3/25 おおぼけの母、大チョンボ  3/2
ラベンダーは虚無にやられた?  6/11 石垣島へ・竹富島 4/21 桜咲く、・・・そして旅立ち  3/31 
エリック・カールは仕事人 6/11 垣島へ・底地ビーチ 4/21 かめのビタミンA不足  9月
私はこばちゃん 6/25 石垣島へ・川平湾 4/21
夏の思い出  9月
読書感想文・・・ 8/24
梅干し漬け 7/7  秋の思い出  10/12
冬の思い出 12月   
                 
   冬の思い出  沖縄-読谷村 (12/13〜12/15)
       
              
秋の思い出  広島・宮島 (10/12〜14)

夏の思い出  岐阜・田瀬 (8/13〜8/17)

                        
かめのビタミンA不足 (9月)

 末っ子はミドリがめを5年くらい飼っていて、暇があるとなにやかやと世話を焼いている。
そのミドリがめが、夏の始め頃から、じっと目をつぶり、目が少しはれていて病気のようだと言う。かめの飼育図鑑によれば、ビタミンA不足から来る
「ハーダー氏腺炎」という病気らしい。
 さあ、末っ子は大騒ぎ。ビタミンAは何に含まれているか・・・を調べ、「にんじんかブロッコリーちょうだい、レバーはないの?」などなどと言ってきてうるさいこと・・・。
 「そんなもの食べるの?」と言いつつ、薄く小さくスライスした人参を与えてみたが、やはりかめは食べてくれない。「摩り下ろしたら?」というと、水に散らばってしまい、水が腐るからだめだと言う。
 そこでペットショップへ聞きに行った彼は、日頃やっている「自然のエビ」というえさだけでは栄養に偏りがあるので、栄養補助食品のビタミン剤を与えればよいと教えられ、小遣いでそれらを買ってきた。
 スポイトでビタミン液をカメの口に垂らすと、部屋にはビタミン剤のにおいが充満して、兄から「うわっ!くさい!!外でやれっ」と散々に文句を言われるも、末っ子はそれを無視して、毎日毎日ビタミン剤を与え続けた。
 勉強の方も、これくらい熱心に根気よくやったら、成績も上がるだろうね〜と思うが、そちらの方の集中力とは別物のようだ。
 彼が「少し良くなったみたい」と言う頃にはもう夏休みもあとわずか、「宿題はいいんかいな」と思っていると・・・。
 やり残していた自由研究のテーマは、
「かめの病気と栄養」となっていて「愛かめ」のために費やした労力は、しっかりと宿題を片付ける手段へと利用されていた。

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桜咲く、・・・そして旅立ち
 3/31 (日)

 
長男の大学入試の発表の日、朝からドキドキしていた。午後3時過ぎ電話のベル・・・受話器を取った夫のガッツポーズを見て、思わず目頭が熱くなる。
 1月のセンター試験から始まって1次試験とその発表、2日間の2次試験とその発表、とここにたどり着くまでの約2ヶ月は、思いのほか長かった。
 「受けるのは本人」と私自身はさほど受験モードではなかったつもりだったが、2次試験の前日から急にドキドキし始めてしまった。画材をぎっしり詰め込んだ大きな荷物をもって当地に向かう息子を見て、親は「今までのがんばりが報われますように」と祈ることしかできないのだと、急に受験生の母であることを実感した。
 そんなこんなの2ヶ月を経て、無事桜の咲いた彼の下宿探しで、今度は親は「歩く財布」であることの実感・・・。
 料理作り大好き人間の長男は、台所用品を揃えるのに、妥協を許さない。安物の包丁はだめだとか、魚焼き用のグリルがついたコンロが必要だとか・・・・「嫁入りか!」と思いたくなるような引越し準備だった。
 引越しを終え、玄関を出ていく時、彼が「今までありがとう」と言った。
 「ああ、旅立つのだなあ」と心から思い、息子の成長を強く感じた瞬間だった。

               
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おおぼけの母、大チョンボ!  3/2 (土)

3月1日、暖かい日で気分も軽く、夜、機嫌よくあちらこちらのサイトをネットサーフィンして楽しんでいた。同系のサイトなので、何人かの方とのニアミスの行ったり来たりがあり、(これを、大阪では「てれこ」と言うらしい)こんなにみんなが遊んでいる(?)夜は明日が学校も休みの花金だからだ!と勝手に納得して、思いっきり夜更しをしたのだった。(実は、学校休みは第2,4土曜日)
翌朝、つまり3月2日の土曜日、7時ちょっと前に目がさめて、「あ、今日は学校も休みだし、もうちょっと寝ちゃお・・・」と、休日と信じ込んで眠ってしまった私〜〜〜。
「かあさん、たいへんだよ!!8時だよ〜!!」と3男の叫び声。
息子達もそろって大寝坊だった。
「あんた、何寝ぼけてるの、今日は休みでしょうに」とまだなおトロトロしている私。
「え、休み?ほんと?・・・なんで?ちがうだろ!今日は第1土曜だよ!!!」とさらに叫ぶ息子。

「ン、ん、?!?!」
その後は嵐だった。
「ごめんね〜、でも急いで急いで!」とパジャマのまま走り回りながら、とにかく5分でハムとチーズときゅうりをはさんだトーストを作り、牛乳を温め、テーブルに並べる。
だれも「食べずに行く」とは言わない。
「早く、早く」とせかして息子達を8時20分に送り出した後はグッタリだった。
遅刻させたかなぁ。
あ〜ぁなんて、情けない母親、とグサグサ気分。
確実に休日の夫は、我、関せずと、まだ気持ちよさそうに朝寝を楽しんでいた。

今日は第1土曜日だよ」って教えてよねぇ
                  
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バレンタインデー  2/14 (木)

2月14日の午後、3男が小学校から帰るなり「Sのヤツ、今日休んだんやで!!」と言う。S君と息子はクラスは違うが、朝いつも待ち合わせをして一緒に学校へ行ったり、サッカーをして遊ぶ仲だ。そのS君が熱を出して休んだらしい。
「今日に限って休むなんて、あいつ、あかんわ〜」と息子はしきりにぼやいている。
「あいつ、1番か2番くらいにもてるから、今日はいっぱいもらえたはずやったのに・・・」
そうか、バレンタインデーのことを言っているんだとやっとわかった。チョコレートを学校で渡すのは禁止されているから、この日ばかりは、帰り道が特別な場となるのに、今日はここに、花形S君がいなかったことが、息子にはとても残念だったらしい。
「でも、何人かは家に届けるって言ってたけど、あいつちゃんと出るかなあ」とおやつを食べながらもまだ言っている。
「S君には、ちゃんと届くよ。ところで、あんたはどうなのよ」と聞くと、「あるわけないやん」と、あっさりひとこと。でも、少ししてから「Mが義理でクッキーくれた」とかわいい小袋に入った手作りクッキーを見せにきた。「義理でもよかったね」と言うと、「べ〜つ〜にぃ〜、他のヤツとか女子にもあげてたし」(でも、ちょっとうれしそうだよ)
最近は女の子同士でお菓子の交換をして楽しむようにもなっているらしい。
ま、お遊びのイベントとなって、カラッとしている方が、男の子達にも楽だろうな・・・とは思う。
さて、私からは息子達に、豪華にも1箱づつ「コアラのマーチ」を。長男は「オレ、ゴディバのチョコよりこっちの方が好き」とポイポイ口に放り込んでいる。(質より量の長男・・)
そうでしょうとも、スーパーの安売りだって、心はこもっている(??)んだよ。

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2001年
        

中学生も絵本が大好き  10/30

10月初旬まで、中学校で国語科の臨時講師を勤めていた。
怪我をされた先生の代替という形で、短期間だったが、体育大会などもあったせいかその学校の特色だったのか、生徒達との関わりは思った以上に濃く
、思い出もたくさん残った。
その中でも、2年生との最後の授業は特に印象深い。
2年生の最後の授業を前に、教材をどういう形で終えて引き継ごうか・・・とあれこれ考えつつも、一方で、最後の授業だし、生徒達が楽しめる何かをやって終わるのもいいなあ〜と思っていた。
それで、行ってからの様子で・・と授業準備とC.V.オールズバーグの絵本他を3冊抱えて教室に向かった。
教室に入ろうとすると、鍵がかかっている。中にはみんないる様子。
「えっ?!締め出し?うそ〜」とドキッとしたが、廊下側の窓から男子がぴょんと飛び出してきて「もうちょっと待ってや」と私を足止めする。
「なんかあるの?」と問うている間に「どうぞ〜!!」の生徒達の声と拍手で前の戸があけられた。
入ってみると黒板いっぱいに書かれた、大きな文字やかわいい絵やさまざまな書き込み・・・
お礼とお別れの言葉に、思わず胸がつまってしまった。
どう考えてもこれらの絵や文字を消して、授業を始めることができない。
「ええい、しかたない。今日は授業のかわりに、絵本をよんであげよう!!」というと「やったあ!!」の歓声。
「あ、もしかして、これがねらいだったな」と言いつつ絵本3冊の中から「どれを読もう」と迷っていると「ぜんぶ〜」と生徒達。
まずはオールズバーグの
『まさゆめいちぢく』から読むことにした。
一番後ろの席のFが
「よく見えへん、前に行っていい?」と言いながら最前列まで出てくる。
誰かが茶化したことを言うと、
「聞こえへんやろ、静かにしいや!!」と別の子が制す。
おいおい、授業中もこんな風にやってほしかったよ。と思いつつ、物語を読み始めた。
みんな、なんと集中して聞いていたことか。
途中、不思議なことが起きる場面で、誰かが
「あ、きっと○○○が起きるで」と思わず言うと「しぃー」と別の声。
読み終わった時には
「それって△△△ってこと?」と聞く子もいた。
この本は、小さい子対象のおはなし会では、ちょっと難しくて、なかなか読めない本なので、こうした反応が得られたのはとても新鮮だった。
「次は?次は?」の声に促されて読んだのは、これもオールズバーグの『なまえのないひと』
この本の持つミステリアスな雰囲気を感じ取ってか、これも、みなシーンとして聞いていた。
いつもお喋りばかりしている子も黙って聞いている。
絵本というのはやはりすごい。
もう少し長くいられたら、この子たちに、もっともっといろいろな絵本を読んであげられたのになあ・・
と残念だった。
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梅干し漬け 7/7
                

 
今年も梅干し用に、梅を4s漬けた。この季節、和歌山産の南高梅が出回ると、忙しい時でも買わずにいられなくなる。例年通り、減塩にして、カビ防止で焼酎を少し入れた。梅酢が上がった後、重しを少し軽くして、シソが出回るのを待つ。
 スーパーで、摘んだシソの葉だけを袋に詰めて売っていた。
 もう、塩漬けになったのもある。
 これらを使ったら楽かな・・という思いがよぎったが、やはり八百屋で根っこのついた枝ごとのシソを大束で買ってしまった。
 シソの葉をむしり取り、泥を洗い流してざるに盛る。この作業は面倒くさいのだが、なぜか毎年やめることができない。この作業をすると、必ず亡き祖母を思い出すからだろうか。
 子どもの頃、祖母がシソを揉んでいるのをいつも横から覗き込んでいた。アクを出した後の、鮮やかなピンク色は、まるで魔法がかかったようにきれいで感動的だった。
「雨が続いた後のシソは、色の出が悪くなるから、梅雨に入ったら早めに買わないとね」
とか
「大雨の後に出るシソは泥はねがあって洗うのが大変」
と言っていた祖母の言葉が、自分でシソの葉を揉むたびによみがえってくる。
 「おばあちゃん、今年も漬けてるよ」とちょっとセンチになりながら、シソ揉みするのは、私の年中行事になっている。
  
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石垣島へ行った(美しい湾 川平=カビラ 編)4月1日
 
あのカビラ湾の美しさはどうしても息子達に見せたいと思っていた。
湾におりていくと、グラスボートが5艘ほど並んで停泊していて、それが、次々に出ていく様は、19年前に比べると、ここは観光地化が進んだんだなあと思わずにはいられないものだったが、それでもやはり、陽光に輝く、青い透明な海は「どうしてこんなにきれいなんだろう」と思うほど美しかった。
 グラスボートのある辺りを避けて、湾の北側に向かって歩いていくと、だれもいなくてとても静か。
 例により下の2人の息子は今度はヤドカリ遊びに余念がない。ここは本当にヤドカリが多い。
 長男は「きれいやなあ」とぼーっとしていて、夫は海で水切りのようなことをして遊んでいる。なんか平和だなあ〜。
 少しすると、地元の人が大きな犬の散歩に来た。犬は海の中に入って行き、嬉しそうに泳いでいる。
 犬が海で泳ぐのって初めて見た。
 犬が泳いでいるのを見ていたらすごく元気が出てきた。なぜだろう。
           
                    
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石垣島へ行った(変わらぬ浜 底地(スクジ)ビーチ 編)4月1日

石垣島の2日めは底地(スクジ)ビーチ、川平(カビラ)湾へと行った。
このどちらも、やはり、19年前に訪れたところだったが、底地(スクジ)ビーチは近くにリゾートホテルが建ち、シャワー室やトイレがきれいに完備されたものの、ビーチの様子はあまり変わっていないような気がした。
 前に来たときも3月だったが、その時はここで泳ぎ、どこまで行っても水深が腰くらいの遠浅であることに驚いたものだ。今回は泳がず、下の二人の息子がひたすら穴掘りをしているのを眺めていた。
 よくも飽きずにあんなに穴掘りできるものだ。
 変わらない景色の中にいると、いつの間にか家族の増えている「時の流れ」がなんだか不思議なものに思えてきた。           

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 石垣島へ行った(星の砂 竹富島編) 3月31日
 
19年ぶりに石垣島へ行った。息子たちには3年前の沖縄本島への旅行以来、2度目の南の島への旅である。出かける直前まで夫婦ともに忙しく、むこうで何をするのか特に決めるでもなく、まあ、のんびりしに行こう・・という気持ちで出かけた。出発の日3月31日の朝、堺は6℃くらい。「寒いね〜」と言いながら家族はゾロゾロと駅に向かった。
 関西空港からの直行便で10時半頃、石垣島に到着。外の気温は23℃。堺での寒さがウソのようだ。
 ジャケットやトレーナーをカバンに押し込み、まずは腹ごしらえをする。息子たちの希望で最初の食事はソーキそば。これがおいしい。
 ボリューム満点のソーキそばを平らげ、さあこれからどうしよう・・・。
 夫の鶴の一声「竹富島へ渡ろう」で、一同は石垣港から15分、船に乗って竹富島へ渡った。珊瑚礁の海が美しい。
 レンタサイクルで島内をまわることにする。
 それほど乗り気でもなかった息子たちだが、ひとたび自転車にまたがるとまるで猿のよう。ウホウホキィキィ言いながら、前に後ろになってはピュ〜ンと行ってしまう。夫も涼しい顔でスイスイついて行くが、私はでこぼこ道を必死になって追いかけた。
「え〜っ。この道ちがうでしょう!!」
と叫ぶ私を無視して彼らはジャングルのような所に入って行く。だんだん道がなくなり、顔がむずむずしてくる。
 と、先頭の長男が「ここから先は無理」とUターンしてきて、さっさと戻っていってしまう。他の家族もそれに続いて、来た道を引き返していく。
 「なんなのよ〜」と私はまた追いかける。
 そんなこんなをしながら、星の砂のカイジ浜にでる。19年前はすくうと沢山手の中に星の砂を見ることができたが、今回はほとんど見つけることができなかった。星の砂だって湧いて出ているわけじゃない。限りがあるんだ・・。
でも、「星の砂ないねえ」とがっかりしているのは、私だけ。息子どもはヤドカリを見つけてきて、大きさを比べては遊んでいる。
 帰り道、島内観光の水牛車に出会う。サンシンの音色にあわせてゆっくりと歩を進める水牛をしばし眺めて、私達の島内巡りも終わり、また船で石垣島に戻った。

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ゲームボーイアドバンス(その2)
(3/25)
 息子が夢中になっているゲーム、スーパーマリオ・アドバンスをのぞいていると、「母さんもやってみる?」と渡された。「そんなにやりたくないけど」と言いつつ、手ほどきを受けながらチコチコやっていると、お、おもしろい!
画面がとてもきれいだし、音楽やキャラクターの声(言葉)もバラエティーにとんでいて楽しい。慣れてくると、だんだん夢中になって、クリアできないと意地になって「もう一回ね」とボタンを押してしまう。「母さん飛び越えるとき、自分の体も揺れてるよ」と言われても、つい左から右へと体を動かしてしまう。15分くらいで終わるつもりが、はっと気付けばもう1時間もやっている。
 確かにゲームはおもしろい。一昔前のに比べたら、格段に進化(!!)している。子ども達が夢中になるのは無理のないことかもしれないと思いつつ、一方で、やった後「あ〜時間を無駄に使ってしまったなあ」と虚しい気分も残る。「こんな刹那的な楽しさだけに浸っていてはいけない」と理屈っぽく考えるのはもう古いのだろうか?
「な、おもしろいやろ」息子に聞かれた。「う、う〜。ヤツのねらいはこれか・・」でも否定できずに「また、貸してね」などと言ってしまった、おろかな私がいた。

                           
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ゲームボーイアドバンス(その1) (3/25)
 
3月21日にゲームボーイアドバンスなるものが発売された。その数日前、小遣いを使わずに貯めていた息子(小5)が、どうしてもゲームボーイアドバンスが欲しいから予約したいと言う。反対しつつも、私はおもちゃ屋へ渋々ついて行った。すると、まず予約の権利を得るための抽選があるという。息子は名前を書いて抽選の番号をもらい、抽選日にかかってくる電話をひたすら待っていた。私は〈抽選に落ちますように〉と密かに願っていた。・・・が、不幸にも(息子にとっては幸運なことに)予約権は手に入り、同時発売のゲームソフトも確実に入りますから、との連絡がきた。(それにしても、使うのを我慢して貯金していた息子の金持ちな事!!)
 さて21日、新製品を手にしてルンルンの息子を前に、私はここぞとばかり、いっぱい約束事をさせた。宿題は午前中に、手伝いは言われたらすぐにやる、ゲームはテレビとあわせて2時間まで、etc.etc.
 息子は今のところ、ゲームやりたさに、宿題もピアノのレッスンも午前中にさっさと片付けてしまい、手伝いもするし、テレビを見る時間さえ減らしていて、文句のつけようがない。母の小言より、ゲームの威光の方がよほど彼を動かしているが、それほどゲームがいいんだろうか??
                        
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 ポストカプセルが来た(3/8)   
 
21世紀となった今年の正月の2日、実家から電話がかかってきた。「ポストカプセルって覚えてる?」と母の声。「あんたからのポストカプセルが今日届いたのよ。」「なに、それ?」なんのことだかわからない。母の説明を聞いているうちに、おぼろげながら記憶がよみがえってきた。
 この「科学万博ポストカプセル2001 〜21世紀のあなたに届ける夢の郵便〜」は、昭和60年(今から16年前)に開催された国際科学技術博覧会を記念したもので、当時書いた郵便が、21世紀を迎えた年にその宛先に届くという企画だった。
 珍しがり屋の私は、きっと16年前「どんなふうにして届くんだろう?」と好奇心いっぱいで郵便局にこれを持っていったに違いないし、実家が引っ越すことは多分ないだろうと、宛先を実家にしておいたのだと思うが、すっかり忘れてしまっていた。
 さて、実家から転送されてきた16年前に書いた私の手紙は・・・。
 実家の両親にあてた封書には60円切手が貼られ、《60.9.16(昭和60年9月16日・科学万博》の消印が押されていた。
 中には実家の元(?)家族と、夫&赤ちゃんだった長男に宛てた2通の手紙が入っていた。便箋は、当時私が好きだった、葉 祥明の浜辺の絵のもので、青い空と白い雲を背景に、釣り竿を背負って歩く少年の絵がなつかしい。
 16年のうちには、「まだ元気でいてくれるでしょうか?」と書いた祖母は他界していて、長男の下には2人の弟が増え、我が家は5人家族になり、当時住んでいた所とは別の所に居を構えるようになっていた。
 息子達の成長に比べたら、私自身が考えていることはさほど変わっておらず、気持ちは若いつもりだが、それは単に進歩の跡がないだけなのかも・・・と思わないでもない。
 当時は当たり前と思っていたが、16年前の宛先に、そのまま今も実家があり、それを受け取って笑って読んでくれる両親がいることは、実はありがたいことだったのだと、ポストカプセルは感謝の思いも運んでくれた。

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2000年
                    
 
ハローウィン(10/31)
 
今、勤務している小学校の図書室では、いつもエプロンをして仕事をしている。10月31日はハローウィンなので、その一週間くらい前から、黒地にオレンジ色の大きなかぼちゃのアップリケがポケットになっているエプロンを着けていた。いちいち取るのが面倒なので、そのまま図書室を出たら、子ども達の反応が思った以上に大きくて驚いた。廊下で会う子たちが口々に「あ、ハローウィン」とか「かぼちゃや!」と指さしていく。「先生、なんでお化けのエプロンに替えたん?」と聞きに来る一年生がいたり、「先生の顔か?」とにやにやして通り過ぎる6年生坊主がいたり、「めっちゃかわいい!!」と黄色い声を上げてくれる女の子グループがいたり・・・。
 そして、ハローウィンの日、31日は3年生の図書の授業が多かったので、読み語りに各クラスに『魔女たちのハロウィーン』(エイドリアン・アダムズ作)や『魔女のスーパーマーケット』(スーザン・メドー作)、『魔女のウィーニー』(コーキー・ポール&ウ゛ァレリー・トーマス作)など魔女ものを選んで読んだ。ギャングエイジと呼ばれる彼ら、魔女とか、くものスープとなると、俄然、目が輝き、じーっと絵本に見入っている。最後にアメリカの「Trick or Treat」(おかし くれなきゃ いたずらするぞ)の話しをしたら、「日本にもハローウィンがあったらいいのに」の声・声だった。
さて、次の日、普通のエプロンに戻ったら、今度は「なんで、かぼちゃのエプロンやめたん?」・・・だった。
        
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 読書感想文・・・(8/24)
 去年の夏休みの中頃、あるお母さんから電話をいただいた。息子さんK君の夏休みの宿題の読書感想文に関してだった。
 私は去年、U小学校の各クラスの授業で読み語りやブックトークをしていて、K君はそのU小学校の5年生だった。
 K君のお母さんによると、彼は私が読み語りをした中の一冊で読書感想文を書きたいのだが、書名を覚えていない、もう一度読みたいが、直接聞くのは恥ずかしいのでかわりに聞いてほしいと頼んだのだそうだ。
 「遅刻ばかりしている男の子のお話だったそうです。とても長い名前で覚えていないそうなんですよ」
との問いだったので、それは『いつもちこくのおとこのこ ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー』(ジョン・バーニンガム 作)だとお答えした。そのお母さんは
 「どうしても、また読みたいと言うんです。なんでも先生が最後にゴリラにつかまるのがおもしろかったそうで・・・・。5年生の子が絵本で読書感想文なんて書いていいんでしょうかねえ?」
と少しとまどっておられた。K君は読書はする方で、絵本以外にもいろいろ読んでいるという。お母さんにしたら、もう少し長くて字の多い本で感想文を書いてほしかったのだろう。
 でも、私はとても嬉しかった。『いつもちこくのおとこのこ ジョン・パトリック・ノーマン・マクヘネシー』は、低学年の子たちでも喜んで聞いてくれるが、この本は高学年になってからの方が、もっといろいろなことを感じられるだろう、と思っていた。大人のことが少し見えるようになってくるくらいの時期に読むのがタイムリーだと考えて、5年生の教室に行った機会にこの本を選書したのだ。それをK君がちゃんと受けとめてくれたような気がして・・・。
 
高学年だからこそ、より深く理解できる絵本が沢山ある。けれど、〈絵本は小さい子だけが楽しむものだ〉と思われがちなので、こういう絵本に出会う機会を高学年以上の子、そして大人はずいぶん逃してしまっている。
 かねてから、それを残念なことと思っていた私だったが、K君が 『いつもちこくのおとこのこ』を気に入ってくれた事は、私に、絵本と子ども達との出会いの機会を作る‘仕掛け人’をもっともっと続けていこうと、勇気を与えてくれるものだった。

 
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私は、こばちゃん?(6/25)
息子がまだ小さい時、私がお出かけ用に着替えをすると、「かあさん、かわいい!!」と言って私を喜ばせてくれた。ところが近頃では、たまにおしゃれをしても、見向きもしないか、「おばさんにはハデ」と憎らしいことを言うかになってしまった。その長男が最近、私を「こばちゃん」と呼ぶ。
「なんじゃ、それ」と問えば、「おばちゃん」と呼ぶにはまだ修行が足りていないから、「こばちゃん」なんだそうだ。
ある日、彼はコンビニで品物を値切っているご婦人を見かけた。店員に「ちょっと無理ですねえ」と言われ「ええやん、ケチやなあ」と返すその姿は感動ものだったという。
電車の中で、携帯電話の相手に、大声で晩のおかずの相談ができれば、これは余裕で「おばちゃん」に合格!!
「かあさんにはまだできんやろ」・・・・別にできたくないんですけど・・・・。
それより、私の行動を「こばってる」とチェックするの、やめてくれないかなあ。なんだか「おばちゃんライセンスはすぐそこ」と言われているような気がするから。

                      
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エリック・カールは仕事人(6/11)

5月のことになってしまうが、神戸の元町に、エリック・カールの原画展を見に出かけた。18年ぶりくらいの元町は、5年前の阪神大震災の跡を見つけるなんて無理なくらいきれいになっていた。
エリック・カールの原画は、期待以上に美しかった。絵本で見るよりずっと、コラージュ(貼り絵)の効果が鮮やかで、どの絵も色ばかりでなく、内容がどれも明るいことにあらためて感動した。
コラージュのための素材作りの過程が写真で示されていたが、楽しそうで自分でもやってみたくなった。
その素材の使い方の巧さといったら・・・・。紙(平面)の貼り合わせなのに、そこに出来上がる絵の立体的な存在感は、原画で見るといっそうよくわかる。素材の効果を知り尽くした上での、たしかなデッサン力。それは絵本で見ていたときはそれほど意識しなかったのだが、原画を前にした私に、「エリック・カールはすごい仕事人なのだ!!」と言わせずにはおかないものだった。
                       
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ラベンダーは虚無にやられた?!(6/11)        

小さな3号ポットで買ったラベンダーを、抱えるほどの大株に育て、30・スクエアのテラコッタに植えていたのが、私のお気に入りだった。例年なら、今頃は次々に花を付け、良い香りで心をホッとさせてくれるのに、今年はそれがない。
去年は残暑が厳しかった。強い秋の日差しの中で、ラベンダーのひと茎が黒ずんでいるのを見つけた。日に日にそれは枯れながら、黒ずんだ部分をとなりへ、となりへと移していく。
どうしてなんだろう。水をしっかりやり、風通しの良いところに場所を変え、虫は付いていないかとくまなく探し、祈る思いでラベンダーを見守った。けれど、黒ずんだ部分は枯れ、さらに黒ずみは広がる。
私はぼーっとしながら、『はてしない物語』(エンデ)の「虚無」を思っていた。「虚無」はこんな風に広がっていったんだろうか?
ひと月もたたないうちに、大きな株は枯れ尽くした。鉢から株を引き抜こうと腰をかがめた。もしかしたら根詰まりだったのかもしれないと気付いたから。・・・・が、力を入れるまでもなく、握った株はあっさりと抜けた。その株には・・・・根、根が無い!!
私はやっと知った。大急ぎで、大きなシートの上に鉢を逆さまにひっくり返す。スコップで土を崩していくと・・・・あ〜やっぱり。根切り虫(コガネムシの幼虫)が出てくる出てくる。
その数30匹近く。光に照らされ、あわてて土に潜り込もうとうごめく白い幼虫たち。虚無の正体はこいつらだった。
私の驚きは嫌悪に、そして憎しみにかわり、やがて虚しさが残った。虚無は様々な形でこの世に存在する。

        今年はラベンダーがない。               
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