2011年12月 子育ての風潮 私の気になっている、いまの子育ての風潮についてまとめておくことにしましょう。 (1)育児不安を抱えながらの子育て 子育てが個々の家庭の、とりわけ母親の孤独な責務となり、子育ての不安や緊張が増しています。みんなで手をつなぎ支え合って、子育ての共同性を取り戻していきましょう。 (2)泣かせない子育て 泣き声を聞くとつらくなって、ほとんど無意識のうちに子どもを泣きやませてしまい、その結果、子どもが訴え下手(甘え下手)になるだけでなく、不快が解消されないまま感情ストレスを溜めこむようになります。泣きたいときは泣いていいのだと伝え、泣いたらヨシヨシとなだめて、心の治癒力を発揮させてあげましょう。 (3)寛容に過ぎる子育て 子育てを楽しみ、子どもを大事にすることが行き過ぎて、子どもの要求を過度に受け入れがちです。また、甘やかしてはいけないとは思いながらも、子どもの泣き騒ぐ拒否に出会うとひるんでしまって、大切なノーが伝えられない、ということもあります。必要なときには子どもに手を添えて導いてあげて、アクセル(自己主張)とブレーキ(自己抑制)を踏み分けて、上手に心の運転ができるように導いてあげましょう。 (4)安心感・充足感が満たされにくい子育て 生活の不安や困難が増し、子育てに振り向ける精神的・時間的なゆとりが少なくなっているため、ゆったり触れ合うことによる一体感・安心感や、一緒に遊んでもらったり話を聴いてもらったりすることによる充足感が満たされにくくなっています。日々ほんのひとときでいいですから、気持ちのすべてを振り向けて、子どもにほほえみかけたり、楽しく触れ合ったりするように心がけましょう。 (5)その場しのぎで済ませがちな子育て こうしてねという親の気持ちと、こうしたいという子の気持ちの葛藤を乗り越えるという面倒を避けて、子どもの言いなりになるか親の言うままに押し切るかの一方通行でその場をしのぎがちです。十年、二十年先の子どもの姿を思い描きながら、親が主導しつつも互いに対等な立場で、働きかけ受けとめ合う気持ちのやりとりを重ねて、お互いの納得にいたるプロセスを大切にしましょう。 (6)思い残しを抱えながらの子育て 子育てが難しくなった時代に生まれ育った親が抱えてきた思い残しが、子育てに好ましくない影響を及ぼしがちです。思い残しと向き合って、しあわせな自分自身を、そして、しあわせな親子関係を取り戻すチャンスにしていきましょう。 2011年12月 泣かせない子育て しつけをめぐるいまの子育てで、気になっている風潮がいくつかあります。 @子どもが「こうしたい」「これがほしい」と言うことを過度に受け入れがち。子どもの「いや」にひるむ。結果として、子どもの言いなりになってしまう。 A手を貸さずに、声かけだけで子どもを動かそうとする。結果として、子どもが言うことを聞いてくれないのでいらいらする。 B子どもに泣かれると、たまらなくなってしまう。あの手この手で子どもが泣くのをまぎらす。結果として、子どもは泣いて発散したい感情ストレスを溜めこんでしまう。 @の過度の許容性は、一つには戦後の価値観の混乱から来ています。戦争に負けてからというもの、私たち日本人は、生き方や育て方において何が大切かが分からなくなってしまいました。その答えがまだ見えないうちに、個人主義・物質主義の世の中になってきたので、ますます価値観が混乱してきたのです。 子どもに対して、どうふるまうことが正しいのか、自信をもって伝えることができなくなり、子どもがどうしたいのかを尊重することが子どもを大切にすることだ、と考えるような錯覚が広まってきました。 でも、それでは子どもは、人としてこう生きていくことが大切なのよ、ということを教えてもらえなくなってしまいます。 価値観の混乱と並ぶもう一つの問題は、おとなたちが昭和十年代、戦時色が強まって戦争に勝つか負けるかに必死になった頃から、泣いてなどいられない暮らしをするようになると同時に、子どもに対して「泣くのは弱虫」「泣いたら負け」というしつけをするようになったことと関連しています。戦後になってからも、今度は会社と会社、個人と個人の競争が激しくなったので、気持ちにふたをする生き方・育て方がそのまま引き継がれてきました。 ほんとうなら、泣きごとを言い、グチをこぼすのを、身近な人や親に聴いてもらうことで、心の傷が癒され、さわやかな気分を取り戻してがんばれるのに、気持ちをしまいこんでしまったら苦しくなってしまいます。我が子の泣き声を聞くと、親自身の古傷がうずくので、聞いていられなくなってしまうのです。 子どもが欲望のままにふるまうわけにはいかないとき、親子の間で、また、子ども自身の心のなかで、「こうしたい」「でも、そうしてはいけない」という葛藤が生じます。その葛藤を親子で乗り越えて、納得へと導くことで、自制心も育ち、しつけも可能になるのですが、その過程で子どもが、「泣いて、ヨシヨシしてもらって、未練を断ち切って納得する」という場面が必要になることもあります。 でも、親が泣き声にひるんでいたのでは、この場面を親子で乗り越えることができません。@の親が子どもの「いや」にひるむのも、Aの声かけだけで子どもを動かそうとするのも、要するに子どもが泣きだす葛藤場面を避けているためで、結局のところ、Bの泣かせない子育てに帰着するのかな、と考えるようになりました。 2011年12月 体ぐるみのお母さんがヤダヤダしてみたら 学童保育に行っている小学低学年の男の子が、公園で友だちに砂をかけ、部屋に戻ってきてもなお駆け回って暴れているので、ベテランの指導員の野中賢治さんがつかまえて、がっしりと抱きしめました。蹴られても、殴られても、唾を吐きかけられても、子どもが落ち着くまで抱き続けました。十分ほど抱いているうちに、やがて突っ張っていた体が柔らかくなったので、腕をほどくと、男の子は落ち着きを取り戻して本を読み始めたそうです。―いつか新聞で読んだエピソードです。野中さんは、「暴れる子どもにも、それなりの理由はあります。それを理解してあげなくてはいけない」と語っていました。 医師の赤沼侃史さんはかつて、中学生のお子さんの家庭内暴力に苦しみました。赤沼さんは、暴力をふるうお子さんと取っ組み合いをする中で、お子さんの暴力に「不自然さ」を感じたというのです。どういう不自然さかというと、 「いくら中学生とはいっても、素手で喧嘩(けんか)をすれば、まだまだ父親には勝てません。本当に親を痛めつけたいのなら、家の中にはいくらでも凶器になるものはあるのです。それなのに、ただがむしゃらに父親に向かってくる」 というのです。そのとき赤沼さんは、「親に向かって手をあげなければどうにもならない子供の苦しみ」を感じたとのことです。お子さんはやがて立ち直って、中学校を卒業していきました。―これまた新聞の投稿欄で読んだ話です。 こんなふうに、幼児期の心の宿題を済ませないまま大きくなった子どもでも、年齢にふさわしいやりとりを工夫すれば、これまでお伝えしてきた「体ぐるみの心のやりとり」がりっぱに通用します。 私の相談室ではよく、相談スタッフとお母さんとで、互いに親役・子役になって、カンシャクやダダこねとその受け止めを体験してみます。 すると、「なあんだ、ヤダヤダを体で表現するってこんなにも気持ちがよく、楽しいことなんだ!」と実感できるので、それからというものは、子どものヤダヤダをおおらかに、「いやだね、ヤダヤダ」 と、子どもに調子を合わせて受け止めることができ、 「でも、それはやめようね、こうしようね」 などと手を添えて導くこともできるようになります。 幼い頃からカンシャクやダダこねの快感を味わったことのない、「いい子」の親があまりにも多いのを感じます。 2011年11月 体ぐるみの心のやりとり 子どもに「こうしてほしい」と親の思いを伝えるとき、ことばによる交渉だけではらちがあかなかったら、子どもの体にちょっと手を添えて、「こうしようね」「それはやめようね」と誘うと、声かけだけでは知らんぷりだった子どもが、すんなり応じてくれることがよくあります、と前号でお伝えしました。。 でも、いつもそうなるとはかぎりません。添えた親の手を振り払おうとするかのようにして、「いやだ」という表現を親にぶつけてくることもあります。ことばで文句を返してくることもあるでしょう。それは、ほんとうにいやだというよりは、おとなにとってのグチのようなものだと考えたらいいことが多いのです。 たとえば、幼い子どもと車の往来の激しい道路を歩くとき、つないだ手を振り切ろうとしたら、振り切られてしまわないで、「よしよし、ひとりで歩きたいね」と共感しながらも、しっかり握り続けてやったらいいのです。すると、ことば以上に、体と体で会話をすることができます。 「ひとりで自由に歩きたいよう」「そうか、そうか。ひとりで歩きたいねえ」 「だから、放してよ」「放してほしいねえ。でも、危ないからしっかり握っているよ」 「いやだよ、いやだよ」「そうか、そうか」 こんな感じで親が、「いやだ、いやだ」を言い張りたい子どもの気持ちを体で受け止めてやりながら、「でも、こうしようね」という親の気持ちを受け止めてもらおうと体で働きかけ続けていきます。 すると子どもは、気持ちを受け止めてもらった満足感を味わうことで満足するので、そのうちに、親の言うことを聞こうかという気持ちになるのです。 これは、一種の公平な取り引き(ギブ・アンド・テイク)ですね。「いやだ、いやだ」を言い張りたい気持ちを受け取ってもらえることが甘えであり、うれしいのですから、それをあまりにまともに受け取って、「なんというわからずやなの」と怒ったり、「こんなにもいやがることをさせてしまって」とかわいそうになったり、理詰めで説得に掛かったりすることはないのです。 もっと大きくなった子どもでも、年齢にふさわしいやりとりを工夫すれば、この「体ぐるみの心のやりとり」がりっぱに通用するはずです。 2011年10月 背中を押すとき 子どもに「こうしてほしい」と親の思いを伝えるとき、「いやだ」と言い張りたい気持ちに共感することの大切さを前にお伝えしました。 その共感をもとに、まずは、理由を言って聞かせたり、譲れるところは譲ったり、代案を示したりして、子どもと交渉します。もちろん、最終的には親の意向で押し切らなくてはならないこともあります。それにしても、こうして一個の人格として認められ、対等な相手として尊重されることは、子どもの自尊心を満足させることでしょう。また、こうした親子のやりとりでつちかわれる交渉力は、将来子ども社会に出たとき役に立つことでしょう。 こうしたことばによる交渉だけではらちがあかないとき、声をかけるだけではちっとも動こうとしない子どもの体にちょっと手を添えて、「こうしようね」「それはやめようね」と誘うと、すんなり応じてくれることがよくあります。 おとなだって、どうしようかなと踏ん切りがつかないとき、誰かが「背中を押してくれる」ことで前に進めることってあるじゃないですか。それなのに、子どもに声をかけるだけで動かそうとして、言うことを聞いてくれないと声を荒げて怒ってしまう、という光景をよく見かけます。 そこで、「さあ、帰ろうか」と文字どおり背中に手を当てたり、「ここは危ない道路だから、手をつないで歩こう」と手をつないだり、「おもちゃをここに片付けようね」と子どもの手に手を添えたり、「妹を叩くのはやめようね」と後ろから抱きかかえて手を握って止めたり、その場に合ったしかたで手を添えます。 赤ちゃんだったら、おむつ替えのときあおむけから起き上がろうとしたとき、「もうちょっとで済むから寝ていてね」と言って体を押さえます。親が使っていたボールペンを手にして、目をつつきそうで危ないと思ったら、「危ないから返してね」と言いながら、ボールペンに手を掛けて、赤ちゃんの力をわずかに上回る力で引っ張っていると、そのうち、納得したかのようにパッと放してくれます。 つまり、「こうしなきゃ」と思う向上心がある一方で、「でも、いやだと言いたいなあ」という未練があって葛藤しているとき、手を添えて誘うことでその分、向上心に上乗せされるので、「うん、わかった」という行動になりやすいのです。 2011年9月 共同精神は意識の底へ 共同精神が現れる アメリカのレベッカ・ソルニットという作家が書いた『災害ユートピア』(亜紀書房)を読むと、世界貿易センターが崩落した9.11事件など過去に起きたさまざまな災害を検証して、「痛ましい災害が起きると、互いに支え合う共同体が自発的にあらわれる、それは、人というものがふつう考えられているような利己的なものではなく、心の底では、利他的で、人間的に意味のある生き方を求めているからだ」と、鈴木秀子著『こころの贈り物』と同じことを書いているのでびっくりしました。通常の秩序が回復するとともに、この共同意識はふたたび意識の底に沈んでいってしまうのですが。 人と人がばらばらになる 福島県で原発事故が起きた直近の地域で、危険が歴然としているため否応なくそれまでの暮らしを捨てて避難を余儀なくされた人々は、さぞかし途方に暮れていることでしょう。 他方、福島市や郡山市といった周辺の地域、つまり、国で定められてきた「放射線管理区域」の基準を超えるにもかかわらず、これといった対策が打ち出されるわけでもなく、いわば宙ぶらりんの状態に置かれた地域、さらには、これまで国で定められてきた年間1ミリシーベルトの安全基準を超える、福島県外の広範囲にわたる地域では、親たちは迷いに迷い、それこそ心のケアを必要とするような状況に置かれてきたようです。 家族で避難するか、せめて子どもを疎開させたいという人。そうしたくてもいろんな事情からそうはできないと決めた人。放射能を測定して、なるべく除染しようと思う人。放射能には目をつぶって、おおらかな気持ちで生きていこうと思う人。国や電力会社に働きかけて、個人の努力ではどうにもならない、根本的な対策を求めようとする人。 そのどれもが大切な思いであり、互いに共有できたらいいはずなのに、現実には、避難する人が「逃げるのか!」と言われたり、とどまる人が「子どもにしてやるべきことをしてやれていない」と自分を責めたり、被曝の危険を訴える人が「事を荒立てるな」と止められたりします。個人を支えるはずの共同体が、個人に同調圧力を加える“共同体”としての姿をむきだしにすることもあります。住民同士の仲が悪くなったり、夫婦や親子でいさかいが始まったり、ということもあるようです。 人と人とがバラバラになる。自分たちがしでかしたことではないのに、思いも寄らないとばっちりを受けて人と人とがバラバラになる。なんとむごいことだろうと思いました。 ある仲間からのメール(抜粋) 「東電や原発の世界はもう真っ暗で、底なし沼のようですよね。なんだか、どす黒い、近づきたくないオーラが漂っていますよね。エンデの『モモ』の世界に出てくる灰色の男たちとも似ていると感じます」 ここまでは私も感じていたところで、異議なく同感。しかし、そこから先は、私には思いも寄らなかった展開で、彼女の感性に脱帽しました。 「ということは、モモの中に、脱原発へのヒントが隠されているのかも? また読んでみたいと思いました」 「モモ読み終わりましたよ。生きるうえで大切なことは、スピードや速さや便利さを求めることではなくて、ゆっくりとした時間の中で、誰かの話をじっくりと聞くこと、心の耳を澄ませて聞くことが大切だということを再確認しました」 「それができなくなっている今の日本はまだ、灰色の男たちの住みかになっていて、本当のしあわせが見えない状況なので、どんなふうにゆっくりとした時間を取り戻すのか、そのために、儲けと効率を追求する原子力をどうどうしたら手放せるのか、と思いながら読みました」 「みんなが子どものことを考えているはずなのに、どうして人と人の心が離れちゃうんだろう」 「嫌いにフォーカスしちゃうと大事なことは見えにくいような気もします。みんなの心がひとつになるために、対立する考えの人を丸ごとその人と思うではなくて、その人の本来の人間性に目を向けて、そこに向かって話しかけていってもいいのかなって思いました。誰かの大好きなところを探していく、見つけられなかったら、そこにいるんだねって、そういう気持ちになっちゃうんだねっていう感じに微笑みながら、そばにいる」 「汚染されてしまったこの国で、これからも一緒に生きていくんですものね。少しでもこれからを生きやすくするために、あるいは、起こってしまった恐ろしい現実を受容するためにも、苦しい気持ちを分け合い、慰め合い、癒し合う、人と人との関係作りは、積極的にしていけたらいいですね」 2011年9月 共感という魔法 もうすぐ3歳になる、落ち着かない男の子がいました。トイレに誘ってもいやがって、保育士さんに積み木をぶつけたり、つばを吐いたりします。家庭にちょっと事情がある子どもだったので、保育士さんとしては、そんなふうにふるまうしかない気持ちに共感もしていました。 子どもに共感することは、時として魔法のような効果をもたらします。おとなだって、人から気持ちに共感してもらったらうれしいですからね。でも、いまはもう一つの共感、つまり、自分自身の気持ちへの共感についてお伝えしましょう。 男の子は実は、逆らいながらも保育士さんになついていたのですが、保育士さんは男の子に嫌われているとばかり思っていました。そして、男の子の乱暴が重なるとさすがに腹も立ってきて、ある日、男の子に腹立ちのことばをぶつけてしまったのです。男の子はぷいと横を向いて、園庭に飛び出して行ってしまいました。残された保育士さんは、感情を抑えられなかった自分にしばし嫌気がさしていましたが、気を取り直して男の子の後を追いました。 園庭に出ると、男の子は大型遊具のかげで、ひとりぽつねんとたたずんでいました。保育士さんは男の子の手を取って、 「さっきは怒ってごめんね。でも、先生は、きみに積み木をぶつけられたり、つばを吐かれたりすると、どうしようもなく腹が立ってしまうんだよ。どうして腹が立つのか、さっき考えてみたの。そうしたらね、きみと心がつながっていないような気がして、さびしいからだって分かったんだ」 と語りかけました。すると男の子は、 「先生、トイレにいこ」 と言うなり、保育室に走っていきました。保育士さんは胸が熱くなったそうです。 保育士さんは怒ってしまったあとで、自分自身の気持ちに共感してみたのです。そうしたら、怒りの底に、男の子とつながることができないさびしさがあることに気づいたのですが、さらにそのさびしさは、生い立ちのなかでずっと抱えてきた、親に甘えられなかったさびしさともつながっていました。 保育士さんは自分の気持ちに共感しながら、保育士としてというよりはひとりの人間として、ありのままの気持ちを伝えました。その結果、男の子と心がつながったのでした。 2011年8月 自己主張と向上心のバランス しあわせに育っている子どもは、おのずから向上心・自尊心に従って、りっぱなおにいさん・おねえさんらしくふるまおうとします。また、大好きなお父さん・お母さんに喜んでもらえるようにふるまおうとします。ほめられるからというよりは、親の喜ぶ顔を見るのがうれしいようです。 幼い子どもが、おしっこをしたくなってもその場でしてしまわないで、わざわざトイレに行くまで我慢できたり、おいしいおっぱいにさよならをしたあとで、誇りに満ちた顔つきになるのもそのためです。 でも、一方では、自分の思い通りにふるまいたい、そうしてこそ自分らしく満ち足りることができる、という気持ちもありますから、自己主張やダダこねをします。 また、本心では、親の期待に応えて「自分の思い通りにふるまいたい気持ちを抑えなくては」と思いながらも、すぐにはそうできない未練のような気持ちがあって、「この気持ちを何とかして」とばかりに親にぶつけてくることもあります。 とりわけ理解していただきたいのが、この未練の気持ちです。たとえば、おっぱいにさよならをすることを納得はしていても、それでもいざ別れを告げるとなるとさびしいですから、 「おっぱい、バイバイいや」 と泣き叫びます。それを聞いた親が、 「ああ、そんなにもいやなんだね」 と真に受けてしまうと、子どもとしては、ただグチをこぼしたいだけのことですから、困ってしまうことがあるのです。親もどうしていいか困ってしまうでしょう。でも、 「『バイバイいやだ』と言って泣きたいんだね、甘えたいんだね」 と聞くことができれば、 「いいよ、いくらでも聞いてあげるよ、ヨシヨシしてあげるよ」 という気持ちになるでしょう。まず大切なのは、子どもの気持ちに共感してあげることです。 人に気持ちを合わせたい・聞き分けたいという気持ちと、自分の思い通りにしたい・未練をすっきり断ち切りたいという気持ちと、そのどちらも大切な気持ちですから、そのどちらもがバランスよく育ように導いてあげたいですね。 2011年7月 子どもには向上心がある 子どものしたがることになるべく応えてやることが大切、と思っている人はいませんか? 先日もあるお母さんから、「子どもがスーパーなどで商品をいじくるのですが、たとえ店に弁償をしてでも、子どものやりたいことは自由にさせてやりたいと思います」 とおっしゃるのを聞きました。子どもを思うお母さんの気持ちはよく分かりましたし、子どもが好きなことに熱中することで成長することも確かなのですが、自由にふるまうだけでは子どもは育ちません。 自分の心を自由に運転できる子どもに育てることが大切です。車の運転で考えると分かりやすいのですが、自由に運転するためには、交通ルールに従って、アクセルとブレーキをバランスよく踏み分けることが必要ですよね。もしも交通ルールを知らず、ブレーキの踏み方を身に付けないまま、好きなように運転したらどうなるでしょうか。約束事を知り、必要なふるまい方を身に付けてこそ、自由な運転を楽しむことができるのです。 子どもが心の運転を自由に楽しむにも、ルール(家庭や社会の決まりや習慣)に従って、アクセル(自己主張)とブレーキ(自己抑制)を上手に踏み分けられるようになることが必要です。でも、子どもはアクセルの踏み方は自然に身に付いていますから、むしろブレーキの踏み方を徐々に身に付けていくように導いてやったらいいのです。 欧米では伝統的に、「子どもは堕落への傾向を持って生まれてくるので、神様に愛されるような人間になるように教え導いてやらなければならない」という子ども観が強かったようです。日本ではそれとは逆で、天から生まれて来て間もない子どものうちに神性を見ていたような気がします。だからといって、子どもを自由にふるまわせれば子どもの神性が自然に発揮される、ということではありません。 実際、育児相談を通じてたくさんの子どもたちと出会うなかで、子どもがいかに、親にも喜んでもらえ自分でも誇りの持てるりっぱなおにいさん・おねえさんになりたいと願っているかを知りました。ただ、自分ひとりの力では、つまり、親に手伝って もらわないことには無理なのです。ですから、「ボクがスーパーで商品をいじくろうとするけど、しっかり止めてね」というのが子どもの本心だということだってあるのです。 ミヒャエル・エンデが書いた『はてしない物語』には、笑いと楽しみしか知らず、働くこともなく、ひたすら自分の好きなように過ごしているシュラムッフェンという虫たちが登場します。それでしあわせかといえば逆で、「ふらふらととびまわっているだけで、たしかなものはなんにもない。決まりってものがないから、遊び一つできやしない」というのが彼らの嘆きです。 「おれたちゃ命令がほしいのさ。指図してもらいたいのさ。強制してもらいたいのさ。禁止してもらいたいのさ。おれたちゃ、なんか意味のある生き方をしたいのさ」 という虫たちの悲痛な叫びはまさに、今日の子どもたちの叫びと重なります。 子どもはこの世に、人間の社会の一員として生まれてくるのですから、親としては、「人はこう生きていくことが大切ですよ」ということを、教え導く必要がありますね。 2010.12 すねる体験 甘え上手は訴え上手、泣き上手。甘え上手な子どもに育てていると、親と子の気持ちが通いやすくなって、子育てが楽になりますから、子育てでまず心がけたいことは甘え上手、ということになりますね。 甘え下手の状態が長く続くと、甘えてもいい場面でも甘えられなくなってしまいます。おとなになっても、気持ちを伝えるのが苦手になったりします。伝えたい気持ちがあるのに伝えられない状態を、「すねている」と呼ぶことにしています。 そこで、すてきな自分自身を取り戻すために、そして、すてきな親子の関係を取り戻すために、すねる=甘え下手、の克服に役立つ体験を研修会でやったのをご紹介しますね。 2人一組になって、すねるのを体験する子役とすねないように誘う親役とに分かれます。体験する人は、ひたすらすねたい気持ちにひたります。こうした引き合いの実技をするとつい、力の勝負やふざけっこになりがちなので、体験する人も誘う人も、自分の内面に、そして互いの引き合いの微妙な感覚に気持ちを向けます。 誘う人は、体験する人の手を握って、力をほとんど入れることなく、でも、片手と片手のあいだにたるみを作らないようなつもりで、やさしく引っ張ります。たるみなしの状態のまま、気持ちだけで引っ張って誘う感じです。そして、何かが起きるのをじっと待っています。 待つほどに、体験する人がおのずと湧き起こる気持ちを体で表現してくるのが伝わってきます。それは、「ほっといてよ」という動きかもしれないし、「誘うならもっとしっかり誘ってよ、逆らいようがないから張り合いがないじゃないの」という動きかもしれません。そうしたら、それに合わせて誘い方を加減します。 また、体験する人は、気持ちよくすねられるような誘い方を、遠慮なく相手におねだりします。すねてそっぽを向く人の頬や肩に手を当てて引き寄せる、という誘いでやってもいいのですけどね。いまは、手と手の引き合いでやってみましょう。参考までに、3人の感想を紹介しますのでお読みください。 〈感想1〉初めは弱い力で味わってみようと思いましたが、物足りなくて少しずつ手に力が入っていきました。それに応じて援助者も張り合ってくれて、すねる感じが少しずつぴったりしてきたかなと思いかけた頃に、援助者が私の手を両手で包み込むようにしてくれました。 とたんに、私の中に「そんな事されたらすねられないじゃない!」という腹立たしさがわいてきて、手を振り払いました。そして、それではずみがついたかのように、援助者に背を向けるような感じで、どんどん手が内捻していきました。 そして、とことんねじれた感じを味わったところで、心地よくなり楽しさがこみ上げてきてげらげらと笑ってしまい、終わりになりました。笑ってスッキリ、とても気分が晴れた感じがしました。 すねているわけですから、本当は「まあ、そんなこと言わずに…」と止めてもらってもいい感じがするのではと思うのですが、すねるだけすねさせてもらって、それを止めるでもなく放っておかれるのでもなく、ただつきあってくれるのが何とも気持ちよかったのです。 小さいときから、思っていることが口に出せなくて、口ごもっているといつも母から、「あんたはすぐにそうやってすねるんだから…、やりにくい、お姉ちゃんはあっさりしているのに」と嫌な顔をされてきました。思っていることがわかってもらえなえない上にそのことが言えなくて、困っているだけなのに、さらに私のことを否定された感じがして、二倍の悲しみをよく感じていたように思います。「すねちゃいけないんだ」という思いがいつも私の中にあった感じがします。 それで、今日のワークですねることを思う存分気兼ねすることなく、しかも否定されないで見守ってもらって味わい尽くすと、ほんとに爽快でした。ただ「そのままでいいよ、そんな私もOK」といってもらえているような感じがして、すねる気持ちを理解されて慰められることよりも、もっと気持ちが良かったのかも知れません。いつも引用するビデオの中のかんしゃくをおこしている女の子が、お母さんに安心して見守られている気持ちがまさに体験できたような気がしました。 〈感想2〉握手をしてゆっくりと引いてもらうと、かすかにすねる気持ちにスイッチが入る所がありました。しばらくそこを味わっていると、悲しくなりました。悲しい気持ちを味わっていると、ずっとそこにいてくれることの感謝が湧いてきました。 ゆっくりやることで、かすかな感覚につながれてそっと悲しみを味わえたのも良かったのですが、その後にきた感謝の涙がとても有難かったです。 〈感想3〉一言でいうと、「すねる」という気持ちの身体表現のイメージとぴったりな感じがあり、非常にスムーズに入っていけた感じでした。現在の生活での、「母親とのつながりを取り戻し、30年間というブランクをすこしずつ埋めてゆく作業」と重なります。そういえば、小さい頃母親にすねたり、ダダをこねたりといった感情表現をほとんどしたことがなかったなあということがすぐに浮かんできて涙となりました。チカラとしてはそれほど入っていなかったかと思います。ある一定の引くチカラのところでじーんと味わっていた感じでした。 2011年6月 子どもは優しく親思い ママのイライラが爆発寸前の朝、リビングのテーブルに使いっぱなしの辞書が目にとまりました。「これ、誰の使いっぱなし?」と問い詰めると、 次女「おねえだよね」 長女「わたしはあなたの分からない言葉を調べてあげていたのに」 から始まって、「どっちが最後に触った」レベルの話になったので、ママはついにプツンと切れて爆発しました。 イライラを子どもにぶつけては後悔、というのはよくあるパターンですが、 「これだから、私たち母親というのはわがままで、自分かってで、イヤになっちゃう」 などと卑下することもありませんからね。母親だって人間。イライラせずにはいられないことってありますよね。だからといって、 「これだから、子どもというのはわがままで、自分かってで、イヤになっちゃう」 などとも思わないでくださいね。もしかすると姉妹は、爆発寸前になっているママにイライラして、すなおになれなかったのかもしれません。 それよりも注目すべきは、そのとき颯爽と、と言いたいところですが実のところはおずおずと、「あのさ・・・ママさ・・・」と登場した、末っ子のチビ太君です。 ママ「(怒った勢いで)なによっ!」 チビ太「(おそるおそる)ママさ、みんなに怒ってるでしょ。かわいそうだよ」 ママ「そんなわけないでしょっ! みんながちゃんとやってくれないんジャン! かわいそうなのはママだよ!」 チビ太「でもね、ママは笑っているとカワイイのに・・・」 そう言われて、ハッと我に返った感じはしたものの、怒りを抑えきれなかったママは、頭を冷やすつもりでゴミ出しに行きました。戻ってきたら、チビ太君が寄ってきてくれたので、ギュッとハグしました。 ママ「怒りんぼ怪獣のママが怖かっただろうに、自分の気持ちを伝えられるなんて、チビ太君は強いね。ありがとう」 チビ太(ニコッとして)「じゃ、オレはスーパーマンじゃん」 そのあと、ママにとって予想外の展開だったことには、チビ太君が長女と次女に向かって、「ママのところへ行ってごらん。ギュウ(ハグ)してくれるから」と言ったのです。この言葉でたちまち一件落着。ママはスーパーマンに助けられました。 子どもはみな優しくて、親思い・きょうだい思いです。でも、親が不機嫌になるととたんに固まってしまって、何も言えなくなることが多いのに、チビ太君はえらいですね。こんなチビ太君を育てたママもステキ。 もっとも、親思いにもいろんな形があります。ママがイライラしたまま悶々としているとき、わざわざ叱られるようなことをしでかして、ママの爆発を誘ってすっきりさせてあげる、という自爆型の親孝行もあります。もちろん、ほとんど無意識のうちにすることなんですけどね。もしかすると、姉妹がやったこともそうだったのかも。 2011年5月 NGOグリーンピース・ジャパンなどの呼びかけに賛同の署名をしました 安全神話を無残に打ち砕かれて、日本中を不安に駆り立てている原子力発電所。何よりも大切なのは、子どもを被曝から守ることです。福島県では、学校や幼稚園・保育所の庭から、放射能に汚染された表土を取り去ろうという自発的な試みを始めましたが、文部科学省・厚生労働省の対応は、20ミリシーベルトでだいじょうぶなので、そんなことをする必要はない、とにべもない態度です。 小佐古敏荘教授は内閣官房参与の辞意表明にあたって、「今回、福島県の小学校等の校庭利用の線量基準が年間20ミリシーベルトの被曝を基礎として導出、誘導され、毎時3.8マイクロシーベルトと決定され、文部科学省から通達が出されている。これらの学校では、通常の授業を行おうとしているわけで、その状態は、通常の放射線防護基準に近いもの(年間1ミリシーベルト、特殊な例でも年間5ミリシーベルト)で運用すべきで、警戒期ではあるにしても、緊急時(2、3日あるいはせいぜい1、2週間くらい)に運用すべき数値をこの時期に使用するのは、全くの間違いであります」と抗議しました。 環境NGOグリーンピース・ジャパンなどが始めた、校庭の利用基準(年間被曝量20ミリシーベルト)の見直しを求める呼びかけに対して、癒しの子育てネットワークは団体として賛成の署名をしました。約5万3千人分の署名は5月2日、菅直人首相らに宛てて提出されました。 いま親にできることは? 地震で怖い思いをしたストレスを引きずっているお子さんはいませんか。癒しの子育てネットワークでは、『幼い子どもの心のケア−いま親にできること』の冊子を作成し、無料配布をしています。 この冊子の送付をご希望の方は、送り先と部数を明記のうえ、メールまたはFAXで下記にお申し込みいただければ、冊子代と送料とも無料でお送りいたします。 癒しの子育てネットワーク 冊子係 〒136−0072 江東区大島7−39−3−1109 FAX:03−5626−8669 メールl:oyako21c@gmail.com 神奈川県在住の5歳のお嬢ちゃんは、外にも出ず、ママのそばを離れず、食事も喉を通らないほどになりました。私たちの相談者仲間の前田美智子さんから助言を受けたママが、「地震こわかったね〜」と振ると、「ママ、言わないでよー。思い出したらこわくなってきたじゃないのよー!」。 なので「ママだってこわかったのよー」と言うと、「ママはこわいものあるの?」と尋ねてきました。 「うん。あとカミナリ。火事。オヤジ・・・?」 「なにそれ〜!!」と、お嬢ちゃんからママに体をスリスリしてきました。しばしスリスリゲームを楽しんだあと、赤ちゃんをおんぶで寝かせながら、手作り着せ替えで遊びました。その午後、お嬢ちゃんは自然と遊びに出ていきました。 その夜、9度近く熱を出しましたが、手当てしたら、朝になったらお嬢ちゃんが先に起きてきて、 「ママー! 熱さがったよ〜! あ〜すっきりした〜」 このエピソードも癒しの子育てネットワークのホームページに載りました。 今回のような大震災はさまざまな悲嘆や困難をもたらしますが、同時にまた、人と人との本来のつながりを私たちに思い出させてくれます。いま誰もが、自分なりにできる支援はなにか、と考えていらっしゃるのではないでしょうか。 福岡県在住の植木美紀さんは五児の母。布おむつ・布ナプキンの店Little Galaxyを開いていますが、いま、被災地で布おむつをもう一度始めようと思っている方やチャレンジしようかと思っている方に、使い方や洗い方の説明書を付けて布おむつを差し上げる活動を始めようとしています。使わなくなった布おむつ(新品でも中古でも)があったら送ってほしい、ということです。送り先など詳しくは、 http://littlegalaxymama.com/news/diary.cgi を見てください。 植木さんの店では、『いい子に育つ! 6000回のおむつがえ』(主婦の友社)の出版早々から、本を取り扱ってくださっています。このお便りでも、実践してとてもよかった、気が楽になった、といったお母さんたちの声を知らせていただきました。 2011年3月 いま子どもにしてやれることは? 3月11日、東京スカイツリーの真下を夫婦で歩いていたとき、いきなりそれはやってきました。「首都を襲う大地震がついにやってきたか」ととっさに思いました。たちまち携帯はつながらなくなり、電車は止まり、そのうち同じ道を歩いている人が、「東北のほうが大変らしいぞ」と話しているのが聞こえました。被災地の人たちに思いを馳せているうちに、やがて原発の事故が明るみに出たことで、いまや、程度の違いこそあれ日本全体が被災地になろうとしています。被災した人たちとの連帯の感情がこれほどまでに高まり広がっているのはそのためなのでしょう。 地震や津波をじかに体験し、あるいは、原発事故や放射能汚染のニュースを見聞きすることで、夜泣きがひどくなったり、おびえたり、聞き分けが悪くなったりして、落ち着かなくなっている子どももいるのではないでしょうか。もしかすると、いまは必死に日々を過ごしていても、やがてほっと一息ついたときに訴え始めるかもしれません。 相談室和く輪く舎にも、「子どもがこわがっているので」ということで急きょ来談した方が何人かいらっしゃいました。そんなとき、親としてはどんなことを心がけたらいいのでしょうか。 @自分の気持ちとつながる 子どもは親とつながり、親に包まれて安心を取り戻します。ですから、まず大切にもてなしたいのは親自身の気持ちです。それには、まず親が、悲しみや怒りや恐怖や不安といった自分の気持ちを認め、気持ちとつながり、気持ちをもてなしてやるといいですよ。 Aあるがままに呼吸する 気持ちとつながるためには、「自分がいまどんなふうに息をしたがっているかな」と感じてみます。そして、正しい呼吸や深呼吸をしなきゃなどと思わずに、吐きたかったら吐き、吸いたかったら吸い、止めたかったら止め、・・・というようにして、あるがままに呼吸を続けると、気持ちにつながりやすくなります。 B気持ちを認める 自分の気持ちとつながったら、「こわかったよね」「腹が立つね」などと優しく認めてやりましょう。誰が? いろんな気持ちをとりまとめて導いていく“あなた”が、です。心の運転手はあなた、気持ちは乗客。そう区別が付くと、心にちょっぴりゆとりができるでしょう? Cストレスは出してしまう ストレスに満ちた気持ちに表現を許してあげましょう。「ああ、こわかった!」と肩をすくめ、体をわなわなと震わせてこわがったり、足を踏み鳴らし手を振り回して怒ったりします。ストレスは溜めこまずに、泣いたり、叫んだり、話したり、歌ったり、動いて汗をかいたり、溜め息をついたり、笑ったり・・・とにかく出してしまうことです。すると、その分ゆとりがさらに広がります。 D子どもとつながる こうして親が自分の気持ちと仲良くなると、そんな親の姿を見ただけで子どもは安心します。頼りとする親の“あなた”が健在だと分かるからです。また親は、子どもに寄り添って、子どもが自分の気持ちと仲良くなるのを助けることができます。心にゆとりができた分だけゆったりした気持ちになって、いまどんなことが起きているか、そのことで親としてどんな気持ちになっているかを話してやりましょう。子どもの手を握ったり、抱きしめたり、遊んだり、本を読み聞かせたり、子どもの心をしっかり包みこんであげましょう。「こわくないよ」「へいき、へいき」「負けるな、かんばれ」などと子どもの気持ちを否定してしまわないで、「こわいね」「心配だね」と共感してやりましょう。泣いたらヨシヨシしてやりましょう。ひどく聞き分けなくなっているときは、手を添えてデタラメな行動を止めてしっかり導いてやると、それがきっかけで泣きだすかもしれません。「お母さんもこわいよ」と言えば、こわいものどうしで仲良くなることができます。そのつながりが力になるのです。 E人とつながる テレビで、災害でめちゃめちゃになった福祉施設で働く若者が仲間に向かって、「おれたち、もう覚悟ができたよな」と明るくさわやかな声で呼びかけている姿を見ました。震災は悲惨ですが、同時に、私たちが日頃見失いがちだった、命の尊さ・ありがたさ、そして、人情のぬくもり・助け合うことの喜びといった、人間本来の姿を思い出させてくれるよすがともなります。自然の猛威にはなすすべもなく、素手では猛獣に立ち向かうことさえかなわない、無力で弱い人間が、互いに助け合うことで、弱さを強さに変えてきた、というのが人間の本質なのです。私たちにはある時点まで行くとおのずから肝が据わって、本来持っている力を発揮するようになります。そして、人とつながることで恐怖を乗り越えていきます。人を助けることは自分を助けることになりますから、何か人の役に立つことで自分たちでもできることを、親子で考えてみるのもいいですね。子どもはだいじょうぶ。回復力も強いですし、親の肝が据わればじきに落ち着きます。 F未来に希望を 原発事故のことにしても、いままで政府や学者や電力会社の言うことをそのまま信じて、おまかせしてきた結果がこうなったのです。これからは、私たちひとりひとりが世の中の行く末を真剣に考え、みんなで心を合わせて、明るい未来を切りひらいていくことになります。子どもにも、「しばらく心配なことが続くけど、おとなたちがみんなで力を合わせて乗り越えていくから安心。だいじょうぶよ」と伝えましょう。たわいもないことで笑ったり、嬉しいことをみつけたりして、“たとえどんな状況になっても、生きることは喜びなのだ”という実感を親子で分かち合いましょう。 2011年3月 体のいいなり 内澤旬子著『身体のいいなり』(朝日新聞出版)を、書名にひかれて読みました。内澤旬子さん、イラストつきのルポを書く人だそうですが、ご存じでしたか? 著者は生まれてからずっと、「じりつしんけい」やら「きょじゃくたいしつ」やら、アトピー性皮膚炎やら、腰痛やら、胃酸過多やらを患い、いつもどこかだるくつらい思いをしてきたそうなのですが(これは私も、幼い頃から病弱だったので共感できます)、2005年に38歳で乳ガンだったことが分かって手術をします。 心と体は連動しているのに、著者は生まれたときから、意志だけで生きていけるものだと思い込んで生きてきて(これも若い頃の私と同じ)、その結果、「癌を作るまで(?)身体を本気で怒らせることになった」、と言うわけです。著者は、癌を作るまで(?)と疑問符を付けていますが、ほんとうにそうだったのではないでしょうか。 手術は1回だけでは済まず、しかも、術後も続けていたホルモン療法の副作用(聴覚障害とのぼせ)がイヤになって、結局は全摘手術を、それに伴って乳房再建手術まですることになります。ところが、最初の術後、副作用ののぼせからくる不眠を克服しようとしてヨガを始めたところ、体が芯からくたくたになって眠れることが分かり、あちこちのヨガ・スタジオに週3日も4日も通うようになります。 そのうち、4回も手術をしたというのに、ヨガのおかげで体質が変化して、むしろ以前よりも元気になったというのですが、どうやらまず、著者の体との付き合い方が変わったのが先で、体質が変わったのはその結果だったようです。 ガンを通じて体が不如意になったところでようやく体にギブアップして、つまりは、ガンのおかげで体の言いなりになった(なるしかなかった)、というわけです。 時には、手放す(ギブアップする)ことも大事ですね。なぜなら私たちは、意志の働きだけでなく、「なんとしてでもこうしなきゃ」とか、「自分はダメだ」とか、「あいつがにくい」とか、いろんな思いに縛られて生きていますからね。そのため、手放すことは敗北というよりは、執着していたものを手放して、あらたな生き方を見つける第一歩になるからです。 *2011年1月 自分を見つけた青い鳥 アメリカのフォーカシングのHPで紹介されていた"The Little Bird Who Found Herself"という絵本がステキで、いろんな場で読み聞かせをしています。 生まれてさえずりを始めた青い鳥は、「そのさえずりではおかしいわ」と仲間の鳥たちからけなされます。悲しくなった青い鳥は、さえずるのをやめて閉じこもっていました。ところが、ふくろうのおじいさんのおかげで、自分の気持ちに寄り添って耳を傾けることができるようになり、自分らしくさえずる喜びを取り戻します。自分らしさを輝かせることができるようになったのです。 気持ちすなわち感情のことだ、と思われがちなので、「気持ちとは、欲求、感情、信念、決断などからなる複合体だ」ということを、事あるごとに強調してきました。でも、なかなか分かってもらえないようだ、と思っていましたが、この絵本では、青い鳥の気持ちのからくりがわかりやすく描かれています。 青い鳥は、自分らしくさえずりたい、という大切な欲求を持っていました。ところが、その欲求が仲間の鳥たちによって否定されたので、傷つき、悲しい、そして、怖い、という感情を味わいました。そして、「仲間にはどうせ分かってもらえないのだ」という信念が生まれました。そのため、巣から外に出ようともせずに、じっと閉じこもっている、という決断がなされたのです。 欲求とは、幸福への願いです。大切な欲求とはしばしば、親との関係で生じる欲求ですが、 「親にこうしてほしかった・ああはしてほしくなかった」か、 「親にこうしてあげたかった・ああはするんじゃなかった」か、 の2つに分けて考えてみると分かりやすいでしょう。 もちろん、2つの欲求が同時に現れることもしばしばです。たとえば、お母さんが何らかの事情からひたすら死ぬことをを願っているとしたら、子どもとしては、 「私のほうを見て」と願い、同時に、 「お母さんを死なせたくない、私が身代わりになってもいい」などと思うのではないでしょうか。もちろん、そのさらに奥にあるのは、「お母さん、大好き」の境地でしょうよね。 欲求とは、幸福への願い そして、こうした欲求が満たされないと、さびしさや無力感といった感情を味わうことになります。感情とは、大切な欲求が満たされていない状態にあることを教えてくれる警報装置のようなものですから、心のなかで激しく鳴り響いて、私たちに何とかしてよと強く呼びかけます。 時には、欲求が満たされようと満たされまいと、警報ストレスが溜まりに溜まって、それ自体が苦しくなることがあります。その感情ストレスをもてあましているうちに、おおもとの欲求が何だったかさえ分からなくなってしまうこともしばしばです。欲求を見失うと気持ちが迷子になってしまうのです。 共感的な誰かが寄り添ってもらって解き放つことができればいいのですが、泣いてなどいられない社会で人に甘えずに生きてきた私たちは、泣くに泣けない、感情解放の歯止めが掛かってしまっていることがしばしばです。甘え下手が高じると、自分の気持ちにもふたをしてしまうので、他人とのコミュニケーションはおろか、自分とのコミュニケーションも途絶してしまい、何が何だか分からなくなってしまいます。 感情とは、欲求を教えてくれる警報装置 青い鳥もまたその気持ちを、親鳥に訴えることなく、ひとりで耐えていました。そのため、親子で心を合わせて乗り越えることができなかったのです。親鳥もうすうす分かってはいたようです。それが証拠に、お母さん鳥は困っておろおろしていたようですし、お父さん鳥は何事もなかった振りをしてえさを探しに行っていたそうですから。だから、青い鳥は親に訴えず、親子3羽てんでばらばらに悩んでいたのでしょう。それだったらせめて、青い鳥は家族の外に向けて訴えればよかったのに。でも、それができるくらいだったら苦労はありませんよね。 青い鳥は、ふくろがうのおじいさんが来てくれたおかげで早々と助かったのですが、欲求が満たさず、感情が鬱積したまま経過すると、その苦しい事態を自分に納得させようとして、信念(思い込み・信じ込み)が生まれるのです。 その信念に基づいて、生き方への決断がなされるのですから、決断とは行動に移された信念と言ってもいいわけですね。もつとも、同じような信念を持っていたとしても、同じような決断をするとは限りません。「お母さんはボクよりあっち(妹)がかわいいんだ・ボクのことはかわいくないんだ」と思い込んだとしても、「よーし、それだったらボクは悪い子になってやる」と決断することもできれば、「一生懸命いい子になってかわいがってもらおう」と決断することもできるわけですね。 つまり、信念(決断)とは、 「お母さんは(あるいは、人生は、この世は・・・)、〜なのだ」 と割り切ったうえで、 「だから、ボクはこう生きるんだ」 どと自分に言い聞かせることで、苦しい事態にあって必死に自分を支えようとする、優しい自愛の営みなのです。ただ、しかるべき時期が来て、もうその信念を手放してもだいじょうぶになったら、それを手放すことでもっと自由な生き方ができるわけですね。 信念とは、自分へのいたわり 決断とは、生きようとする意志 だから、信念を悪者扱いすることはないのです。昔、坂本九が歌っていた、 「この世は悲しいことだらけ。君なしではとても生きて行けそうにない」 の“君”とは涙ではなく、信念だと考えたらいいのです。でも、私たちが再び自分の人生とすばらしい恋をするようになれば、感謝とともに手放すことができるようになります。 もっとも、温かく柔らかな涙を流すことで、信念までもが自然に流れていってしまうこともありますけどね。 かつて生い立ちのなかで生まれた気持ちが未解決なままおとなになると、いまの暮らしのなかでそれが再現されることになります。たとえば、「尊敬する先生に助けて欲しかった・暖かく受け止めて欲しかった」という気持ちを見つめているうちに、「先生に父親の代わりを求めていたんだ」と気づくわけですね。あるいは、5歳の娘が泣きそうにしているのを受けとめられずにいるうちに、「私はそんなふうに受け止めてもらったことがないのよ!」という思い残しに気づいたりもします。 というわけで、満たされるべき欲求・解き放たれるべき感情・塗り替えられるべき信念の複合体である気持ちという実体と、その存在を許してきたコミュニケーションの途絶とは、表裏一体のものだ、と考えたらいいのです。 気持ちの解きほぐしが先でしょうか。それとも、他人や自分とのコミュニケーション(甘え上手)の回復が先? 甘え下手とは、ひとりでがんばろうとするけなげさ *2011年1月 しつけの王道 しつけの目的は、表と裏と二通りあります。言うまでもなく子どもが生活や社会のルールやマナーを身につけることが表の目的ですが、幼児のうちはむしろ、そのやりとりを通じて、しつけを受け入れる態度そのものを身につけることが大切です。 しつけを受け入れる態度といっても、納得できないことでも従順に言うことを聞くということではありません。みずから言いたいことは言うとともに、人の言うことにも耳を傾け、納得すればそれを受け入れるという、将来にわたって大切な社会性です。 親が何かを教えようとしても、子どもは最初からすなおに聞き入れるわけではありません。親が「こうしようね」と誘っても、「したくないなあ」という気持ちに出会うことがしばしばです。つまり、親の意志と子の意志とが葛藤するのです。 でも、子どもの内面にあるのは「したくないなあ」という気持ちばかりではありません。無理でないことは聞き分けて親にも喜んでほしいし、おにいさん・おねえさんとしての自尊心を満足させたいとも思っているのです。 心から納得して聞き分けるためには、「したくないなあ」という未練の気持ちを納得させなくてはなりません。でも、子どもが自力でそうするのは難しいので、親にそれを求めるのです。 親子が心を合わせて、葛藤を乗り越えて、葛藤を納得へと導くこと。それが、しつけの目的を達成するための王道です。 *2010年12月 叱らない子育て NHKが制作した『ペルー 叱(しか)らない森の子育て』というドキュメンタリー番組をたまたま観ました。アマゾンの森に暮らす先住民アシャニンカのある家族の子育てが紹介されていますが、そこに登場した父親は、「子どもはもともと純粋で無垢な生きものですから、叱る必要などないのです」と語っていました。 実際、親たちは声を荒げることなく、子どもたちを静かに見守っています。アマゾンの森で暮らしているとは言っても、この家族はもはや狩猟採集をしているわけではありません。すでに定住し、自営の畑作を始めており、大きい子どもは学校に通うようになっているのですが、その精神はまだまだ伝統的な子育てを受け継いでいるようです。 子どもが自律性を失って、わがままになったときにはどうするのでしょうか。そんなときは、悪い精霊が子どもの体の中に入ってきたためだ、と考えるのだそうです。番組ではたまたま、3歳の坊やが姉をいじめたり母の機織りの仕事をじゃまするようになったので、母方の祖母が「悪い精霊を追い出して子どもを正しく導く」という薬草を採ってきて、それを煮出したお湯を子どもに掛ける、ということをしていました。 坊やが「お風呂はいやだあ」と泣きながらも、自分から服を脱いではだかになり、「いじめてはだめですよ.仲良くするのですよ」と、お湯を掛けながら穏やかに言い聞かせる祖母に、素直に「はい」と答えているのがほほえましかったです。母親ではない人がお湯を掛け、終わってからは母親が優しく慰めるのだとか。 素直になれたのは、薬草の効果だったのでしょうか、それとも、感情ストレスを泣いて洗い流すことができたためだつたのでしょうか。 いくら子どもの自律性を尊重したくても、子どもが自律性を失っている状態のままで尊重したら、子どもはわがままになるだけですから、「自律性を尊重する」ことと「自律性を維持・回復する」ことは、車の両輪のように存在していなければなりません。原初の時代の子育てには、こうした自律性の維持・回復の手立てがさりげなく組み込まれていたのでしょうね。 *2010年11月 泣いてもすっきりしない? 癒しの抱っこを体験したお母さん、抱っこが終わった後の我が子が、ふんわりと柔らかい表情になり、しっくり抱かれると、一段とかわいくなってお母さんもゆるみます。落ち着いた様子で聞き分けもよくなって、見違えるようにおむつ替えをさせたりおもちゃを片づけたりすると、ホッと安心されます。それで、泣くってことはいいことなんだなって実感されます。それまでは泣かせないようにと気づかって育ててきたのですから、それは目からウロコのようなのですね。 それで家でも、お母さんは我が子のためにと、一生懸命癒しの抱っこに取り組んでくださいます。その一生懸命さには心を打たれるのですが、抱っこの時の様子や経過をお聞きすると、う〜んなんかちょっと違うなぁと感じることがけっこうあります。泣いていいんだ、泣けるといいんだとわかった余り、いっぱい泣けたらいいと、泣くことばかりに気持ちが行ってしまうのでしょうか。そんな時、お子さんの泣き声はちょっと苦しそうになっているのではないでしょうか。 苦しい泣きになるときには、「ぼくよりお母さんでしょ」という訴えがある時、「あのこと?このこと?」とわけ探しになってしまって、今ここのお子さんの気持ちに寄り添えていない時、お母さんがまだ泣かれるのにつらいのに、そのつらい気持ちをしまい込んで頑張ってしまっている時、などはよくあるのですね。でも、子どもの泣きたい気持ちに寄り添っているのに、なんだか後味がすっきりしないという時もあるようです。それはどうしてなんでしょう。 子どもが泣きたい気持ちがあるときに、でも泣くに泣けないでいる時、気持ちを感じ取って代弁し共感すると、子どもは泣き出します。その泣き出した時のおとな側の対応がとても大事なようなのです。微妙な対応の違いなので、上級編かもしれませんが、今すぐにできなくても、そういうことなんだと知っているだけで違ってくると思うので、お伝えしておきますね。 うまく訴えられずにいる子どもを慰めるときには、 「ああ、そのことが悲しかったんだね」 「それは悲しかっただろうね」 「泣かずにがんばってくれたんだね」 「もう泣いていいんだよ」 「ボクが泣くどころじゃなかったんだね」 「うん、うん、そうだったんだね」 などと共感しながら、泣きを誘い、励まします。上手に誘うことができれば、子どもは気分よく泣き始めます。泣きだした子どもに呼応して、こちらの語りかける声もおのずと勢いづき、声も高くなるでしょう。 でも、泣きを誘い励ますことは慰めそのものではありませんから、いったん泣きだしたら、泣いている気持ちを受けとめて、慰めるやりとりに切り替えます。そうしないで、このさいなるべくたくさん泣かせてあげようとして、泣きを誘い泣きを励ますことに終始してしまうと、苦しい泣きになることもあるのですね。 さて、慰めですが、昔から仏教には慈悲という言葉がありますね。「慈」とは楽を与えること、「悲」とは苦を取り去ることだ、と言われています。 でも、「悲」とは自分が悲しむことなのに、なぜ相手の苦(悲しみも含まれるでしょうが)を取り去ることになるのでしょうか。 そう疑問に思っていたとき、たまたま、、金子みすゞの「さびしいとき」という詩を読んだのです。 私がさびしいときに、 よその人は知らないの。 私がさびしいときに、 お友だちは笑うの。 私がさびしいときに、 お母さんはやさしいの。 私がさびしいときに、 仏さまはさびしいの。 そうだよね。相手がさびしいとき、仏さまのような心で一緒になってそのさびしいに寄り添っていたら、きつと相手のさみしさはやわらぐよ。だから、自分が悲しむことが相手の悲しみを取り去ることになるんだね。 さて、泣く子を慰めるとは、悲しみを取り去る「悲」の行為にはちがいないのですが、感情の鬱積が解放されていく一方で、 「いまにきっとうまくいくからね」 「お母さんのことはまかせてちょうだい」 「だいじょうぶ、応援するよ」 などと言ってあげることで、親子と気持ちが通い合ううれしさを感じたり、世の中についての新たな前向きの見方が持てるようになったりしますから、悲しみをぬぐい去ると同時に、楽を与える「慈」の行為にもなるわけですね。というより、「慈」の行為になるような慰め方を心がけたらいいわけで、子どもからすると、泣くという解放dischargeが、うれしい気持ちが満たされるchargeに導くのです。 慰め手が子どもの悲しみに共感しすぎて、「悲しいね、悲しかったね」の境地に入りすぎてしまうと、子どもは苦しくなってしまうかもしれません。私がさびしいときに仏さまが一緒にさびしいとき、仏さまはどんな気持ちでさびしくしているか、思いを馳せてみてね。 泣きを誘い励ますやりとりと、泣きを受けとめ慰めるやりとりを、行ったり来たりしてバランスを取り、悲しみを拭い去るやりとりと慈しみと喜びを与えるやりとりを、行ったり来たりしてバランスを取る、というのを考えてみてくださいね。 *2010年9月 今回はコマーシャル 最近、『0〜1歳半今日から赤ちゃんとお話ができるやさしいふれあい体話術』(カンゼン)という本を、子育てを一から見直すプロジェクトの仲間と一緒に書きました。例によって長たらしいタイトルですが、こればかりは出版社の強い意向なので逆らえません。自分が産んだ子どもの名前くらい自分で付けたい、という思いはあるのですが。 0〜1歳半とあるのは、赤ちゃんという時期は満1歳までというよりは1歳半くらいまでと考えたほうが実態に合っている、と考えているからです。この時期に、この本で紹介しているような、体ぐるみの心のやりとりが実践できていると、親子の愛着の絆が強くなるだけでなく、「原(げん)しつけ」とも言うべき、本格的なしつけの基礎ができあがるので、1歳半を過ぎてからのダダこねとの付きあいやしつけがスムーズにいきます。1歳半を過ぎてはいるけれどもしつけに手こずっているという方に読んでもらってもいいかもしれません。 これを読んだ方からお便りをいただきました。 8か月のお嬢さんに、本のとおりにおむつ替えを実行したら、笑顔で応じてくれただけでなく、お尻を持ち上げる協力までしてくれたそうです。また、お母さんが働いているため保育所に通わせているので、「こんな小さいときから保育園、つらかったね。頑張ったね」と語りかけたら、「そうだよ、そうだよ」とばかりにのけぞってギャンギャン泣き。その夜は1週間ぶりに夜泣きはなかったそうですが、何よりも、「赤ちゃんは話が分かる!」という実感がうれしかったそうです。 お友だちの出産祝いにこの本を贈ることに決めた、とまで書いて下さってあるので飛び上がって喜びました。 *2010年8月 ついに発見! 赤ちゃんが泣くのは運動だ、と最初に言いだしたのは誰かを追求して、19世紀の文献にまでさかのぼって行き詰まったのを、熱心な読者は覚えているでしょうか? ところが、ひょんなことから、あっさりその答えが分かってしまいました。それは、なんと、西暦1世紀の末、古代都市エペソに生まれたギリシャ人の医師ソラヌスだったのです。いまでは英語に翻訳されている彼の著書『婦人科学』に、こう書かれています。 「とりわけ、赤ん坊が泣くからと言って、そのつど乳を飲ませてはいけない。なぜなら、第1に、泣くことは時には赤ちゃんに益をもたらすからだ。というのも、泣くことは息を強くし、呼吸器官を強める自然な運動であり、拡張した管が緊張することで摂取した乳の流通が促されるからだ。そうは言っても、目を損ない、陰嚢ヘルニアを起こすおそれがあるから、あまりに長く泣かせてもいけない。 「第2に、新生児が泣くのは空腹からとはかぎらないからだ。きつく締めつけられたか圧されたかして姿勢が苦しくなったのかもしれないし、虫か何かに噛まれていらだっているのかもしれないし、あるいはトゲが刺さっているかもしれない。乳を飲み過ぎて体が苦しいのかもしれないし、暑いとか寒いとかのせいかもしれない。便の塊が腸に滞留して動かないためかもしれない。あるいは他の不快か病気のせいかもしれない。そのどれなのかを突き止めようともせずに、やみくもに泣けば授乳ということをしてはならないのである。 それではソラヌスは、「泣くのは運動だからかってに泣かせておきなさい」と言っているのでしょうか、そうではなさそうです。それというのも、次のように書かれているからです。 「授乳しても泣き続けるときには、腕に抱いて、トントンと叩いたり、優しく語りかけたり声を出したりしてなだめてやらなくてはいけない。くれぐれも、泣きやませようと大きな声を出したり脅したりして、びっくりさせ、不快にしてはならない。こうしたことで赤ちゃんをびっくりさせると、時には体の、時には魂の病気の原因になるからだ」 ソラヌス先生、なかなかいいことを言っていますね。 *2010年7月 親子のやりとりの3条件(1) 親と子のやりとりの大切さについてあらためて思うようになったのは、北海道教育大学の伊藤進教授の著書『ほめるな』(講談社現代新書)を読んでのことでした。『ほめるな』というタイトルに首をかしげる人もいるかもしれません。 でも、教授に言わせれば、ほめるというのは、上の立場の人が自分の思うように下の人を動かそうとするときに使われがちで、ほめられるために何かをするということになりやすい、というのです。 そこで、本人の内側から溢れでるようなやる気を育てるためには、「インタラクティヴ型支援」がよいと推奨しています。ちょっと難しそうな名称ですが、インタラクティヴとは「お互いに働きかけ合う」という意味の英語ですから、まさにやりとりです。 伊藤先生は、インタラクティヴ型支援となるためにそなえるべき条件を三つあげてます。 (1)ひとりの人間として尊重する (2)コミュニケーションが双方向的 (3)コミュニケーションが創造的 相手が自分と同じように、意志や感情を持った、話のわかる相手として尊重して付き合うと、お互いに満足のいく関係を楽しむことができます。 相手を人間として尊重すれば、おのずからコミュニケーションは一方的におこなわれることなく、双方向的に、つまり、互いに働きかけ合い互いに受けとめ合う形でおこなわれることになります。 すると、そのプロセスはあらかじめ決められたとおりに進むことなくも、そのつど新たな、創造的な経過をたどることになります。 こうした支援は上司と部下のようなおとなの関係だけでなく、赤ちゃんとの関係でも有効だとして、ご自身のお子さんが生まれたときに体験した例を紹介しています。 それは、新米パパの著者が、本や妻から得た「正しい入浴法」の知識で入浴させようとすると泣き叫ぶのに、実家の祖母が入れると泣かないどころか、気持ちよさそうな笑顔を見せていた、というのです。 祖母の入れ方を見て分かったことは、赤ちゃんの扱い方がアバウト、つまり、まさしくインタラクティヴ型支援の入れ方で、赤ちゃんが体の動きで発信してくるものを感じとり、それに合わせて扱い方を調整していた、それを見習って自分でもやってみたら今度はうまくいったそうです。 こんな入浴をさせてもらって、赤ちゃんが気持ちよさそうな笑顔を見せるほどの体験をするということは、入浴のようなふつうは単純に生理的・身体的な世話と思われがちなものが、世話の仕方によっては、同時に愛着をはぐくむのに役立つやりとりにもなる、という可能性を示してはいないでしょうか。 親子のやりとりの3条件(2) 今月の末に、出版社カンゼンから、赤ちゃん期の親子のやりとりについての本が出版されることになりました。おむつ替えを例に親子のやりとりのしかたを紹介した、『6000回のおむつがえ』(主婦の友社)の内容をさらに詳しく書いた本です。 本の最後の章で、親子のやりとりの3条件について書いています。伊藤進教授の著書『ほめるな』(講談社現代新書)であげられたインタラクティヴ型支援となるためにそなえるべき3条件、 @ひとりの人間として尊重する Aコミュニケーションが双方向的 Bコミュニケーションが創造的 をあげたうえで、私たちとしては、赤ちゃんや幼い子どもとのやりとりには、 @赤ちゃんを尊重しながらも、親が主導する A赤ちゃんのようすを観察し気持ちに共感する B手を添えて導き泣いたらヨシヨシする という3条件を付け加えたいですね、と書きました。 @については、「本格的なしつけは、赤ちゃんの時期を過ぎて、自己主張が強くなると同時に自分を抑える力も育つようになってから少しずつ始まるのですが、赤ちゃんのうちから、赤ちゃんにとって無理のない仕方で、しつけとまではいかないしつけもどきのやりとりを重ねていると、親も子もそれなりの準備が整うので、本格的なしつけに無理なく軟着陸できます」、と書きました。 Aについては、「観察するにせよ、共感するにせよ、応答を返すにせよ、難しく考えることはありません。何となくこうかなという気がする、という第六感を働かせたらいいのです。子育てにはすべからくこの第六感の働きがまず大切であって、それゆえ第六感ではなくむしろ第一感と呼ぶべきだ、と主張する人さえいるほどです」、と書きました。 Bについては、「 赤ちゃんの体に触れることの大切さは誰もが知っていて、スキンシップという和製英語ができているほどですが、大好きや楽しさを抱きしめて味わうだけがスキンシップではありません。必要なときには手を添えたり抱きとめたりしながら聞き分けを誘うスキンシップ、泣きだしたときに抱きあげて慰めるのもスキンシップ、共同でやりとげた喜びを抱きあって感じるのもスキンシップです。もう少し大きくなった子どもが、声を掛けても言うことを聞いてくれないと腹を立てるものの、手を添えて誘うことをしないお母さんが目立つので、お母さんたちの一番不得手なのは聞き分けを誘うスキンシップのようにも思えます」、と書きました。 *2010年5月 『大きなかぶ』 ある人からのメールに、ロシア民話の『おおきなかぶ』が分からなくて、ずっと気になっていた、と書かれていました。 おじいさんが、「甘い甘いかぶになれ。大きな大きなかぶになれ」と言って植えたかぶが育って、「甘く大きなかぶができました」と言うのですが、まだ抜いて食べてないのに、おじいさんはどうして、甘いかぶになったと分かったのだろう。また、お父さんとお母さんが登場しないのはなぜだろう。 その疑問に対する彼女の答えはこうです。 最初にかぶを植えたのは、ほんとは、お父さんとお母さんだったのだ。色々期待を込めて育てて、大きなかぶができたものの、甘くはなくて、そのカブは苦しさの根っこだったのだ。「まだまだかぶは抜けません」って、私の中の苦しさの根っこが言っているようだ・・・。 その疑問に対する私の答えはこうです。 おじいさん・おばあさんが出てきて、孫が出てきているのに、親が出てこないというのは、親はかぶだということ。つまり、自分の両親と自分の子どもが力を合わせて、若い親である自分を癒やそうとしてくれている、という話。イヌやネコののお手伝いは、癒しの仲間や、自分のなかのインナーチャイルドなのかもね。 かぶは力づくで引き抜こうとしてもなかなか抜け出てこない。ほんとは、土の中に入っていって、土の中で優しく寄り添ってあげていると、自分から抜け出てくるんだけどね。 最後に、かぶがその気になって、すぽんと抜け出てくるときには、それまで苦かった(=苦しかった)かぶは、すっかり甘くなっているのがふしぎ。甘くなったから抜け出たのか、抜け出たから甘くなったのか、どっちとも分からないほど。 以上は、私の思いつきの冗談。もっとも、『「大きなかぶ」はなぜ抜けた?』(講談社現代新書)を読むと、ロシアには、かぶを引き抜くことが体内から病気を抜き取ることにつながるという民間信仰があるそうですから、かぶを心の苦しさに見立てる考え方も、まんざらこじつけではないかもしれない? もともとの民話にはいろんなバリエーションがあって、その一つに、おじいさん、おばあさんに、孫の男の子、女の子まで加わって、4人がかりで抜けないところに、ネズミがひょっこりやってきて、かぶを食べてしまって引き抜いた、という話もあるそうです。 かぶを引き抜くのに、そんな奇手があったとは。苦しさの癒し方にもいろいろあるということですね。 *2010年4月 ダガラ族の子育て(1) 人々の暮らしはここ百年ほどの間にすっかり様変わりして、子育てがひどく難しい営みになってしまいました。人々が素朴な暮らしをしていた時代、どのように子どもを育てていたのでしょうか。 西アフリカにブルキナファソ(誇り高き祖先たちの地という意味)という国があります。その南の国境近くに住むダガラ族に生まれたソボンフ・ソメ(祭儀と知恵の守り手という意味)という女性が欧米を中心に、アフリカの精神性を伝える講演や執筆の活動をおこなっています。 ブルキナファソでも都会に行けば、近代的なビルが建ち並び、自動車も走っているのですが、地方に行くとまだまだ伝統的な子育てが面影をのこしているようなのです。彼女の著書からダガラ族の子育てについて紹介します。 誕生のときの産声の話から始めましょう。 「生まれてくるとき何を体験するかが、その子どもの生涯を決める、もしも産声に何も応答が返ってこないと、赤ちゃんの魂は、自分のために誰もそこにいてくれないのだと解釈してしまい、後々まで見捨てられたという傷を残すことになる、だから、生まれてくる赤ちゃんは、喜びをもって迎えられなければならない」 とダガラ族は信じています。 それというのも、生まれてきた赤ちゃんが最初に上げる産声はたんなる泣き声ではなく、この世に到着したときに赤ちゃんが発するメッセージだと考えられているのです。 そこで、赤ちゃんが生まれてくるときには、となりの部屋には5歳くらいまでの子どもたちが待機しています。子どもたちは赤ちゃんと年齢が近いので、霊的な世界との結びつきをよく覚えているのです。 赤ちゃんが産声を上げると、子どもたちはそれに応えて「よく生まれてきたね」というあいさつを返すべく、赤ちゃんと同じようなしかたで泣き返します。同時に赤ちゃんは産声によって、無事に着きましたということを先祖の霊に知らせます。 このやりとりが終わってから、おとなたちも歓迎の言葉を赤ちゃんに伝えます。 赤ちゃんはしばらくお母さんと一緒にいたあとで、子どもたちに紹介されます。ひとりの子どもが赤ちゃんを抱き、他の子どもたちは口々に赤ちゃんをほめそやします。 共同体あげての、なんともほほえましい歓迎ぶりではありませんか。生まれたときだけでなく、私たち一人ひとりがこんなふうに人々から祝福されて生きていくことができたとしたら、どれほどか心安らかになって、自分を肯定することができることでしょうね。 ダガラ族の子育て(2) ところで、赤ちゃんの名前はいつ付けられるのかというと、生まれる前におこなわれる名づけの儀式があるのです。家の中にしつらえた神殿風の部屋のベッドに妊婦が寝かされます。夫や親族が寄り添い、歌声が高まるほどに、妊婦は一種の恍惚(トランス)状態になって、おなかの赤ちゃんに成り代わり、赤ちゃんの気持ちを語りだします。長老たちが膝まづいて、赤ちゃんに向かって、何を目的として生まれてきたのか、なぜ他ならぬこの時期に、この場所に生まれてきたのかなどを尋ねていくうちに、赤ちゃんの名前が決まります。 著者の「祭儀と知恵の守り手」という名前もそのようにして決められたのです。だから、ダガラ族にとって名前というのはとても神聖です。ある人の名前を知ることは、その人の存在、その人の世界、その人が持っている英知に入り込むことだ、と考えられています。 赤ちゃんは生まれて数週間は、祭殿で、昼も夜も母親と肌を触れ合って抱かれています。母親がやむをえず外出するときも誰かが世話をしています。そのあと、名前のおひろめの儀式がおこなわれます。 村人たちが見守るなか、祭殿の中央には、祖父母や長老たちがいます。神酒がそそがれ、祖先や精霊が招き入れられます。そこへ、赤ちゃんを抱いた両親が入ってきます。 一礼したのち、男の子であれば父親から祖父へ、女の子であれば母親から祖母へと赤ちゃんが手渡されます。祖父は四方八方に向かって、また大地や森や山や川などの自然の諸力に向かって、赤ちゃんを守ってくれるように、そして、清らかさと、力強さと、慈しみをもたらしてくれるように乞い求めます。また精霊に向かって、赤ちゃんが無事に育ち、自分の使命を果たすことができるようにと祈ります。 この儀式においても、赤ちゃんは共同体のなかに、そして、祖先や精霊とのつながりのなかに迎え入れられます。 赤ちゃんの子育てがややもすれば母親の孤独な責務となりがちな現代とは、なんと大きな違いでしょう。 *2010年3月 共同精神はどこへ イギリスで非行少年の教育にたずさわっていたホーマー・レインという人が、いまから80年以上も前の1928年(私が生まれる9年前!)に出版した、『親と教師に語る』(小此木真三郎訳、文化書房博文社)という本を40年以上前に読んで、いまでも覚えている、というより、最近の世相に照らしてますます思いだしている内容を紹介しましょう。 それは、児童期(ほぼ小学生の時期)と思春期(ほぼ中学生の時期)との違いについてなのです。言ってみれば児童期とは、幼児期にはぐくんだ空想の世界を実行に移す時期、自分の力を発揮して挑戦する時期、徒党を組んで危険に立ち向かう悪ガキの時期、愛他心とは無縁な個人主義・自己主張の時期です。 それに対して思春期は、共同精神と自己犠牲が現れる時期だ、とレインは言います。 たとえば、児童期の子どもが野球で守備につくのは、そうしないと自分の打つ番が回って来ないから、つまり、自己主張の機会が来ないからであって、チーム全体の利益という観念は持っていない。 ところが思春期になると、仲間と協力したいという欲望が現れる。チームの勝利に役立つなら、喜んでベンチに座り、スコア・ブックを付けているようになる。この共同精神はスポーツにかぎったことではなく、生活のあらゆる場面に行き渡る。 共同精神とは、「ひとりがみんなのために、みんながひとりのために」と言い換えてもいいのですが、いま格差社会と呼ばれる社会になって、世の中全体を支配する価値観が、愛他心とは無縁な個人主義・自己主張になっていますね。 これでは、子どもたちは思春期を迎えても、共同精神を発揮しようがないではありませんか。 はたして、『世界』という雑誌の3月号に掲載された対談で、ベルナール・スティグレールというフランスの哲学者が、今日の市場経済によっておとなが「子ども化」していると語っています。私たちは市場経済のために、共同精神を育ちあぐねているというわけですね。 *2010年2月 理想、夢、そして大きな気がかり 昨年、評論家の加藤典洋さんが新聞に書いていた文章(『朝日新聞』2009年11月5日付け)を読んで、心から共感するところがありました。ベルリンの壁が崩壊して20年を考える、という文章でしたが・・・。 その文章のなかに、「現実の反対の言葉は?」という話が出てきます。 私なら即座に「理想」と答えるところですが、社会学者の見田宗介さんによれば、それは戦後1960年までの話なのだそうです。 それから73年前後までが「夢」の時代、それ以降は「虚構」の時代というように変わってきたそうなのです。 そして、やはり社会学者の大澤真幸さんによれば、地下鉄サリン事件の起きた95年以降は、「不可能性」の時代になったのだとか。 1960年までが理想の時代だったと言われて、我が身を振り返って「なるほど」と思いました。大学を卒業したのがちょうど60年でしたから、私は、現実の向こう側に理想を描いていた時代に生きる最後の世代だったのか、と合点がいきました。 その理想というのが、鉄のカーテンの向こう側に現実となつて存在していたソ連や中国だ、という人たちもいました。その理想は、61年にベルリンの壁が建設されたことであえなく消えました。東ベルリンから西側へと、市民が大量に逃げだすのを防ぐために壁が建設されたわけですから、ソ連や中国が理想の社会というのは幻想だったということが明らかになったのです。 私は、共産主義を信奉するわけでもなく、といって、いまの世の中が人間らしい暮らしを保障するものとはとうてい思えなかったので、何が「理想」の社会なのか、それを実現するために自分に何ができるのか、という問いかけにずうーっととらわれていて、でもその間に、世の中は移り変わって、現実の向こう側にあるものは、夢となり、虚構となり、そのあげくに不可能性にまでなってきたらしいのです。 夢や虚構までは何となく分かるような気もしますが、いまは不可能性の時代なんだとまで言われてしまうと、まるで浦島太郎にでもなったような心境です。 そんな私に救いの手を差し伸べてくれるかのように、加藤典洋さんは、こう言います。 ベルリンの壁が壊されて、東側の人たちが夢見ていた自由とは、新自由主義の野放図な弱肉強食の「自由」に取って代わられた。さらに、2001年のアメリカ同時多発テロ事件以後は、地球規模、世界規模の本当の矛盾が露呈してきた。 その結果として、「大きな夢」に代わって、−それというのも、加藤典洋さんは1948年生まれだそうですから私よりちょっと後の世代、つまり夢の時代に青春を送った方ですから−「大きな気がかり」が生まれている、というのです。 大きな気がかりとは、この有限な地球の将来をきっと自分と同じようにこの世界の誰もが気にかけているはずだという、宗教的とさえいえる確信、心情、のことだと加藤さんは言います。 この「大きな気がかり」をはぐくみ、「小さな手がかり」からはじめ、現状変革を模索すること。これが、壁と夢のない世界に希望を育てるカギだろうと考えている。 ―加藤さんの文章は、こう結ばれています。私はこれを読んでいたく共感するとともに、大いに勇気づけられました。 |
| 次へ |