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遊び心研究室・研究日誌 第2巻
(1999年1月〜2月版)
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1999年2月24日(水)
- 坂田公時(金時)・公平(金平)父子について調査をする。
- 何を調べようとしているかもうおわかりですね。そう「きんぴらゴボウ」の起源です。
- 坂田(酒田)公時(金時)は,モデルはいたかもしれないが・・・
- 公平(金平)はどうやら江戸時代に浄瑠璃中で創作された完璧に架空の人物か?
- 「きんぴらゴボウ」という名称は1780年前後に生まれたものと私は推定する。
1999年2月22日(月)
- エスカレータの右側追い抜き,左側追い抜きについてWebで既往の資料を調査。
1999年2月21日(日)
- セガの幼児用ゲーム機『ピコ』でウルトラマンの絵を描く。
- ウルトラマン・ダイナ(赤色タイプ)をモデルに描いてみた。
- 調子に乗って,目玉を入れ,口紅を付け,頬紅を付け,耳まで描いた。
- 娘は大喜びしていたが,息子は「これはウルトラマンじゃない!」と激怒しまくる。
- 息子が怒って消そうとするので,娘に捕まえさせておいて,写真を撮る。
- バイエル81番一応最後まで進む。
- 15日(月)から指関節痛のため練習を休止していたが,20日(土)に,恐る恐る再開。
- 21日(日)には81番,ゆっくりしたテンポながら,最後までやる。
1999年2月19日
- 18日19日と,1泊2日で秋田県へ。
- 秋田については,「納豆の起源」「秋田美人」「秋田の酒」について関心を持っている。
- 東京駅ホームへ着くと,いきなり小町さんと山彦さんが合体して私を待っていたので度肝を抜かれた。
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写真1
左:秋田新幹線こまち3号(小町さん)
右:東北新幹線やまびこ3号(山彦さん) |
写真2
小町さんと山彦さんの
合体部分のアップ! |
- 合体したまま仲良くみちのくの旅を続けたこまち3号とやまびこ3号だったが,
盛岡駅で,小町と山彦は合体を解除された。
- 山彦:小町クン,もう僕は君にはついていけないんだ・・・
- 小町:えっ?なぜ?なぜ一緒に秋田に行って頂けないの?
- 山彦:すまない,君には随分辛い思いをさせたと思っている。が仕方がない,これが定めと諦めてくれ・・・
- 小町:それが山彦さんの幸せなら,どうぞ私の事,忘れないでね。
- 山彦:分かったよ。また戻ってきてくれるね。
- 小町:ええ,きっと,小町16号になって戻ってくるわ。
- 山彦:じゃ,きっとだね,僕も山彦16号になって待っているよ。
上記のような会話が,小町と山彦で交わされた。
1999年2月17日
- 実はピアノの練習休止中
- 先週11日ぐらいから指の関節が痛くなってしまった。
- あの日は雪が積もって,雪の中車にチェーン付けたし・・・調子に乗って近所の奥さんがチェーン付けようとしていたのを手伝ったしなぁ・・・。で,冷え切ったところで,部屋に戻ってすぐにビシバシやってしまったしなぁ。
- 14日(日)の練習後「こりゃ暫く止めてた方がいいかなぁ?」と思うに至る。
- 15日(月)仕事でパソコンを使うのも結構苦痛となる。
- 15日(月)から練習を休止。
- まだ2日しか休んでいないのだが,なんかもう久しく練習をやっていないような気がする。
- 21日ぐらいには回復して欲しいなぁ。淋しくなっちゃうよぉ。
1999年2月16日
- 駅の通路での「左側通行」「右側通行」の表示の写真を撮る。
- 写真1の地下鉄飯田橋駅の場合は,切符売り場が改札に向かって左側にある。
「左側通行」を指示する表示板は,白地に黒文字のものが多いようだ。(まだ濃い地に,白文字を目撃したことはない)
- 写真2の木場駅の場合は,切符売り場が改札に向かって右側にあり,自然と右側通行となる。
「右側通行」を指示する表示板は紺地に白文字をよく目撃する。(白地に黒文字も見たことあるような気がするが・・・)
- 「エスカレータの上を歩かないこと」という表示を南北線飯田橋駅で発見
- 「エスカレータの上を歩かないこと」という表示を駅で見つけたのは初めて。
- 南北線飯田橋駅の利用者は,朝も夕方もエスカレータ上を歩かないのだろうか???
- ところが,同じ飯田橋駅でも,南北線から東西線に乗り換える場合,東西線のエスカレータには,「歩かないこと」の表示は無い!同じ営団地下鉄なのに・・・?
- ふむふむ,新路線で,おしゃれな南北線には,新たなルールを適用するつもりなのだろうか?営団に取材する必要ありか??
- 「社団法人 日本エレベータ協会」とは????
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写真1:
飯田橋駅(南北線→東西線)通路
(切符売り場が改札に向かって左側) |
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写真2:
木場駅(東西線)出口1への通路
(切符売り場が改札に向かって右側) |
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写真3:
場所:地下鉄南北線飯田橋駅
<!> 危険
●エスカレーターの上を歩かないこと
転倒・転落し,けがをする恐れがあります。
社団法人 日本エレベータ協会
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1999年2月14日
- バイエル80・81番練習継続
- バイエル80番なかなか上手にならないがデータベースに収録
- 右手が8分音符の連発,左手が4分音符のレガート,というので,左右の手のシンクロが取れなくなって来た。
- さらに強弱を気にしながらやると,そのうち力が入りすぎて,指の関節がボーッとして来た。
- 一丁そこらでは解決デキンので,とりあえず現状をデータベースに入れることにした。
バイエル80番データベース版 (注:MIDIファイルです)
- バイエル81番,中盤まで進める
- 始まりがイ長調(#3つ),中盤がニ長調(#2つ)なのだが,中盤ニ長調に変調してからの「ララララ」の連発が結構難しい。
- 80番でシンクロが取れなくなった反省の元,スピードを落として練習している。
バイエル81番 中盤まで (注:MIDIファイルです)
1999年2月13日
- バイエル81番練習継続
- 2月7日の録音分から4小節分進む。 バイエル81番最初の12小節
(注:MIDI ファイルです)
- バイエル80番については,継続して練習中。近日中に録音の予定だが・・・
1999年2月11日
- 小学1年生に「スゲーうまい!」と褒められ,いい気になる。
- 娘のボーイフレンドDクン(7歳)とSちゃん(3歳)兄弟が遊びに来て,うちの電子ピアノであそんでいたので・・・。
- 「オジサンが弾いてあげよう・・・」と,バイエルの80番を弾いた。
- Dクン,ワシの指の動きを追いながら「すっすっすげー!スゲーうまい!」と目をパチクリ!
- ワシ,いい気になり,72番とか,練習中の81番も連発!DクンSちゃん感動のあまり声も出ず!
- ついでに,「ミドミドミソッソ〜,ファレレ〜,ミドド〜・・・・」と弾いてやったら,Dクン,「これ,学校で習った!」と言って,音階をピアノに合わせて歌ってくれた。(なんて人間の出来た青年!いやいや少年だ!)
- ワシ,娘に向かって,「おい,A子ぉ,Dクンとは今後とも懇意にして貰うようにな!」
1999年2月 7日
- バイエル81番練習開始
- 80番については細部の練習に入る。CDをかけながら,それに合わせて弾いてみたりした。
- 細部の練習は一丁そこらではいかないので,気合いが継続するように81番の練習も平行して行い始めることにした。
- 81番は,午後に2時間,夜中に1時間ぐらい練習。 バイエル81番最初の7小節 (注:MIDIファイルです)
1999年2月 6日
- 『化石発掘セット』でアンモナイトの化石の発掘作業を継続
- 3個のアンモナイトのうち,1つは,先週すぐに発掘できたのだが,2つ目は難航。1時間発掘作業をしたが,またまた継続作業になる。
- 付属の千枚通し(図2の黄色の小さいヤツ)では,到底無理なので,手持ちのドライバーセットの千枚通し(図2の右側)で作業する。
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| 図1 化石発掘セットの外見 |
図2 発掘中のアンモナイト |
1999年2月 5日
- ヨルダン国王が「死につつある」との発表に驚く
- 本日午前中よりヨルダンの国王の容体を伝えるニュースが入る
(以下,ニフティサーブ・共同通信フラッシュニュースより)
- 2/05 8:06 米国でがん治療中だったヨルダンのフセイン国王危篤状態に
- 2/05 20:06 ヨルダン当局はフセイン国王が死につつあり容体は絶望的と言明
- 2/05 20:09 ヨルダン王室筋フセイン国王の生命維持装置を外す可能性を語る
- 2/05 20:30 ヨルダン政府筋はフセイン・ヨルダン国王は臨床的には死亡した
- 20:06 「死につつあり」という表現にはびっくりした。
- 「死につつあり」という表現について友人に相談したところ,
- 友人:危篤状態ってことじゃないの?
- ワシ:でも危篤状態っていうなら,既に午前8時6分に危篤状態だよ?
- 友人:たぶん発表はアラビア語であったのだろうから,「完了状態に向かって進行中で,その完了状態は限りなく近い」っていう表現の文法があって,そのまま日本語に直訳したのではないかなぁ?
- ワシ:ふむぅ〜??
- もしかしたら,アラビア語には,『危篤状態』からさらに次の容体を表す単語なり表現があるのかもしれない。
1999年2月 3日 夕
- 1000番ゲットはワシ自身か?
- 結局1000番をゲットしたのは,自己アクセスかとも思っている。
- 999をゲットしたあと,またちょっと更新をかけたんじゃ。
- 更新結果をブラウザで確認することだけは止めたのですが,もしかしたら,この更新によってカウンターが1つ廻ってしまったかもしれません。
- カウンターの動きはまだよく理解していないのです。更新のFTP送信によってカウンターが廻るのなら,私,細かくちょくちょく更新していますからねぇ。
- 基本的には更新して確認して・・・ですから,おぉおぉ,凄い自己アクセスの数だ。
- B氏なんか,自己アクセスでのカウンター回転防止のため,自分では見ない事を原則としているようだ。
- ワシ自身は,それほどカウンタの事は気にしていないつもりだけど,やっぱり気になってしまうんだよなぁ。
- で,久々にIEでも見てみると・・・・あっ,なんか違う。あ,そうかIEの方では自己アクセス防止策立ててたんだ。そうじゃそうじゃ,ネスケでこれやるの忘れてた・・・。ふむふむ,これで自己アクセスはかなり減らすことができるワイ。(やっぱり気にしている)
1999年2月 3日 朝
- バイエル80番,深夜のセツナイ特訓
- セツナサにめげず,ちょっと録音してみることにした。しかしいざ録音となると途中失敗を繰り返し,結構大変だった。
- バイエル80番2月3日午前1時版 (注
: MIDI ファイル)
- カウンタが1000を超える。
- 昨日自己アクセスすると,「999」だったので,1000番を自分でゲットするのも辛いので,暫くカウンターの確認を控えていた。
- 本日カウンターを確認すると「1003」。
- うぅ〜ん。半分以上は自己アクセスだけど,皆様方に実験にお付き合いいただいているおかげでございます。
- 「1000」を記念して,これまでの実験の中間報告をまとめるつもりである。
1999年2月 2日
- バイエル80番,深夜のセツナイ特訓
- おいおい,この調子だと今週末には録音できるんちゃうか?
- 喜んでいいのか,悲しんで良いのか?
- 実は,うちでは,ハムスターのハムちゃんを飼っているのだが,夜中にくるくるからから回っているんだよねぇ。ハムちゃんもああやってストレス解消しているんだろうなぁ。なにがハムちゃんをそうさせるのかなぁ。ワシもハムちゃんみたいだなぁ・・・・と,ちょっとセツナイ気持ちにさせられた。
1999年2月 1日
- アンモナイトの化石の発掘を行う
- 1月31日,娘(6歳)が化石が欲しいというので,府中郷土の森博物館までチャリンコで行き,『化石発掘セット』を購入。家に帰ってから発掘を行う。
- 以前から,郷土の森博物館で売っている化石が欲しいといっていたのだが,「化石は買うものではなく,自分で見つけるものだ」と逃げていたのだが,娘も化石がそこらあたりで簡単に見つかるものではないことがわかって来たみたいで・・・
- 『化石発掘セット』っていうのは,なんかドラえもんのポケットから大山のぶ代の声で「かせき,はっくつセット!」と出てきそうな名前であるが,実態は10cm*10cm*1cm
弱のセメントのプレートにアンモナイトの化石が3個埋め込んであり,これを付属している小型千枚通しで,発掘するものである。価格は税込みで1000円。
- 子供には発掘は危険(千枚通し)なので,ワシがせっせと発掘するハメになる。
- 1個目は簡単に発掘出来たのだが,2個目の発掘は難航,継続作業となる。
- 「化石の発掘って結構大変だ」ということが,父,娘ともよく理解できた。
1999年1月29日
- バイエル80番,深夜の特訓中
- 遊び心を持ちながら仕事をするというのが,ワシのコンセプトじゃが・・・。
- となると,いくら疲れていても,気持ちを落ち着けるために,夜中に電子ピアノの前に座ってやることになる。
- この1週間は午前1時とか2時ぐらいから,1〜2時間やっている。
(いやぁ,やっているうちに,気持ちがほぐれて来るんですねぇ。)
- ということで,今年度末までにマスターを目標としているバイエル80番であったが,2週間で詰まり詰まりならが,一応最後まで。
- この調子でストレスが溜まると,2月中旬にはマスターできてしまうのでは?と心配している。
バイエル80番(1月29日午前2時バージョン) (注:MIDI
ファイルです)
- 友人K氏のホームページ立ち上げを手伝う
- 昨晩,友人K氏が,「URLを取得した」と連絡してきた。
- 「すぐ見るから!」というと,「頁は1枚作ったけど,アップ(FTP)の仕方がまだわからない」というので,「じゃ,今すぐやろう」と強引に指導し,その場で友人K氏のホームページの立ち上げに成功。他人のホームページとはいえ,感動してしまった。
- 「ついでに,アクセスカウンタつけよう」と提案し,カウンタもつけ,記念すべき「00001」の表示に成功。感激で涙がでそうになる。
- カウンタに関する質問に対して,実験で答える。
- 友人:「ねぇ,さっきから何度もアクセスしてるんだけど,カウンタ『2』になってから,そのままなんですけど?」
- ワシ:「じゃ,カウンタまわす実験しよう」
- 友人:「どうやって?」
- ワシ:「今見るから,えっと・・・やった,「3」をゲット,そっちリロードしてみて!」
- 友人:「あ!4になった,ホントだ・・・・」
- ワシ:「こっち5ゲットしたよ。」
- 友人:「じゃ,こっち,6になった。」
- ワシ:「じゃ,えぃ!7ゲットじゃ!」
- 友人:「ホントだホントだ,今度は8。」
- ワシ:「すげーなぁ,見る見るカウンターまわるよ。大ヒット!」
- 友人:「でも,私なぜか偶数ばかりなんですけど・・・」
- ワシ:「ワシは1以外奇数完全制覇!!」
- 友人:「なんか楽しいけど・・・」
- ワシ:「ちょっと飽きてきたね。」
ということで,カウンタ11までまわしたら,流石の我々も実験を終了。
- 本日は,掲示板の設定を提案したのだが,昨日の馬鹿馬鹿しさのショックから立ち直っていないのか・・・・
1999年1月27日昼
- 営団地下鉄霞ヶ関駅,なんと,「左側通行」と「右側通行」が両方ある!
- 場所によって,「ここは右側通行」という表示と「ここは左側通行」という表示があった。
- 昨晩は,新宿線曙町駅でも,「ここは右側通行」という表示を1カ所で確認。
- なんだ畜生!新宿線の駅員さんが言った「普通の駅」=「左側通行」ということは,間違いじゃないの?
1999年1月26日夕方
- 営団地下鉄丸の内線四ッ谷駅も左側通行であることを確認する。
- JR四ッ谷駅,都営新宿線市ヶ谷駅,営団丸の内線四ッ谷駅と3カ所で左側通行を確認。
- JR市ヶ谷駅は,覗いてみたところ,外側から向かって左側の自動改札が入り口になっているため,これも左側か?
- ということは,京王線調布駅はやっぱり普通じゃないのか?
- 「おい,京王線,『お前の所は普通じゃねぇ!』と,新宿線が言ってるぞ!!!
1999年1月26日朝
- 「東京の普通の駅(?)」では,歩行者は左側通行ということらしい。
- エスカレータで,東京地区(右が追い抜きレーン)と大阪地区(左が追い抜きレーン)と地域差があることが判った(1月14日参照)のだが,考えていたら,まず,基本的に左側通行であれば右から追い抜く,右側通行であれば,左から追い抜くのが世の常ではないかと思い当たり,とりあえず,自分の近くから,基本的にどちら側通行であるか調査を開始してみた。
- JR四ッ谷駅では,左側通行するように,標示が出ていたのを23日に確認。
- 京王線調布駅では,右側通行するように,表示が出ていたのを23日に確認。
- 26日朝,都営の市ヶ谷駅の表示を確認しようと思ったら,表示がない。仕方ないので改札の駅員さんに聞いたところ
- 駅員:「表示はないのですが,普通の駅と一緒です。」
- 林 :「普通の駅といっても,JRの四ッ谷駅は左側通行ですし,京王線の調布駅は右側通行になっているんですが・・・」
- 駅員:「左側通行でお願いします。」
・・・・との事だった。
- ということは,調布駅は,「普通の駅」ではないのだろうか?
1999年1月24日
- ピアノの発表会
- 娘は独奏で,途中でどこを弾いているか分からなくなるというヘマをし,見ていて顔が青ざめているのが見て取れた。
(本番の前に,入念なリハーサルがあったのだが,娘はリハーサルを本番と勘違いしていたようで,緊張感の配分を間違えたようだ。(6歳だから,緊張感は長く続かない))
- 私と娘の連弾は・・・半分来たところで,私が娘の演奏に合わせられなくなり,私が演奏を中断し,「もう1回最初から・・・」ということで・・・(「娘さんよりお父さんの方が緊張されたみたいですね」とアナウンスされ,会場の笑いを誘ってしまった(緊張感のある発表会を和らげてしまった))。
- 練習の過程として,「徐々に上達の時期」→「スランプの時期」→「さらに上達の時期」という繰り返しだと思うが,ちょうどスランプの時期に当たってしまったようだ。中断というより,ノリが悪い(華麗さが足りんなぁ)というのが,まぁ不満の残るところではあるが,連弾というのは2人だから,そのあたりがまあ難しいなぁ。
- 「円舞曲」か「大円舞曲」かの件については,「ここで,プログラムの訂正をお知らせします。曲名が『華麗なる円舞曲』になっていますが,肝心の『大』が抜けていました。『華麗なる大円舞曲』です,ショパンは全部で○○曲のワルツを作曲しましたが,この曲は・・・・・」という曲紹介と訂正であった。
- 「家での出陣前の最終練習」,「会場での直前のリハーサル」,「本番」と,全てビデオに撮っているので,結構面白い。
- 気合いを入れていたことが終了し,ちょっと放心状態。
1999年1月20日
- バナナ前大統領,異常性行為で禁固10年の実刑判決
- 読売朝刊(20日)によると,異常性行為などの罪で起訴されていた,ジンバブエ前大統領,カナーン・バナナ被告が禁固10年の実刑判決が言い渡されたらしい。
- バナナ被告は80〜87年,初代大統領を務めたが,その間,警護の警官らをレイプしたなどとして11の罪に問われていたらしい(ジンバブエでは,同性間の性交渉は違法とされているとの事)。
- 読売の見出しは「異常性行為」とあるが,これは「違法性行為」と見出しする方が正しいのではなかろうか?
- バナナ被告・・・これ以上は書けない!・・・バナナ・・・失礼。
- 向井千秋さんの句(「宙返り 何度もできる 無重力」)の,下の句の入賞決まる(読売朝刊20日)
- 大人の部:「湯舟でくるり わが子の宇宙」(坂本さん)
- 子供の部:「水のまりつき できたらいいな」(丹野さん)
- 残念ながら,私の「上になったり 下になったり」は落選。
- 私自身では,入賞の中では,子供の部の「重さはないけど 重い体験」というのが気に入っている。
1999年1月19日
- 作曲家サティについて,調査する。
- 24日の発表会では,娘は私と「大円舞曲」を連弾するほか,「輪まわしあそび」(サティ)を独奏することになっている。
- 当然,子供向けのアレンジだろうが・・・朝,練習させると,酷い出来で私はぶっ倒れてしまった。
- しかし,サティって名前聞いたことなかったのだけど,ちょっと調べてみると,かなりの「変人」らしかったらしい(自宅に数百本も傘をもっていたとか,変な本を出版したとか・・・)。それに,「サティが好きか嫌いかで,音楽に対するその人の感覚が分かる・・・・」とかもあって,まるでリトマス試験紙のような作曲家か?
- 確かに,娘に指導する立場上,これも練習したのだが,スゲー変則というかストレンジな感じというかなんですよ。「センセー何で,こんなんを課題に出すかなぁ?」とか最初思ったものです。
- 娘の出来が酷いので,「おめぇ,ここはこうやるんだろう!見とれ!」とか言ってワシが見本を見せようとしたら・・・・ゲゲッ,弾けなかった・・・・。
1999年1月17日
- バイエル80番 前半1/3を練習中 (注)MIDI
データ
- まだ,うまく右手と左手がシンクロナイズしていないし,CDでは,もっと凄いスピードで軽快な曲だ。
- 目標は3月末だったが,もしかしたら,結構早くいけるかも?(3日間でこれだから)
- でも,80番の中心の前打音とか手の交差は,中盤の1/3部分だからなぁ。
- 発表会(1月24日)のプログラムで曲目が「華麗なる円舞曲」となっているのに女房がイチャモンをつける。
- 本当は「華麗なる大円舞曲」(Op.18)なんだけど,ワシなんかそんなんどうでもええと思うけど・・・
- 女房は,「あんたが,『華麗なる大円舞曲』って言うもんだから,私,友達に『大円舞曲』『大円舞曲』と言いふらしてしまったじゃないの!どうしてくれるの!?」とか凄い剣幕。
- 確かに,「華麗なる円舞曲」と「華麗なる大円舞曲」では,同じ「華麗なる」であっても,華麗さが大きく違うような気がするが・・・
- 女房にとっては,「華麗なる円舞曲」と言いふらすのと「華麗なる大円舞曲」と言いふらすのとでは,けっこう言いふらすプレッシャーもかなり違ったものになったであろう・・・
- ま,曲目なんか,元々外国語を翻訳したものだから,大が付こうが付くまいが大した事ではなかろう・・・
- それに,原曲をそのままではなくて,さわり部分だけで,さらに子供の連弾向けに平易にアレンジしたものだし・・・と思っていたが・・・・
- 本日,人様のホームページをちろちろ見ていたら,なんと「華麗なる円舞曲」(Op.34-1)という曲も実際にショパンにあるではないか!
- 「華麗なる大円舞曲」がワルツの1番で,「華麗なる円舞曲」がワルツの2番ということらしい。
- で,さらに検索エンジンで調べると,ワルツの2番だけじゃなく,3番(Op.34-2)も4番(Op.34-3)も「華麗なる円舞曲」になっている???
- おいおい,センセー!これ,どーなっちゅーが?(突然土佐弁:どうなっているんでしょうか?)
(勿論,女房は,こんな事情は知る訳もないのだが・・・)
- 発表会で「次は林Aちゃんとお父さんの連弾です。なお,プログラムでは『華麗なる円舞曲』となっていますが,曲は『華麗なる大円舞曲』です。」とか・・・・になっちゃうと,こりゃ余計に華麗なる大プレッシャーがかかるぜよ!
1999年1月15日
- バイエル79番を録音する。
- 1月5日に練習を開始したので,10日間で録音にこぎ着けた(想像よりは早かった)
- #の3つ付いたイ長調だが,やってみると指使い自体はそれほどでもなかった。
- 間違って気が付いたら二長調で練習したりもした。(だって指使いはほとんど一緒だもん)
- バイエル80番の練習を開始する
- いやぁ,これっていよいよ本格的でっせ。前打音とか,右手と左手の交差とか盛りだくさんだし。
- これがちゃんとしたスピードで弾けると,結構インプレッション与えるのではないだろうか?
- 目標としては,今年度中(3月末まで)に一応録音することだが・・・
- とりあえず,最初の2小節を練習。(これだって結構大変)
1999年1月14日
- エスカレータの乗り方が,東京(右側追い抜き)と,大阪方面(左側追い抜き)と違うことを確信。
- 12日から2泊3日で神戸に出張し,東西のエスカレータのマナーの違いを確信した。
- 12日,新大阪駅で乗り換えの為,エスカレータに乗ったら,みんな右側で止まっているんだよなぁ。それで,左側から追い抜くしかなかった。凄い違和感だったんだけど・・・新神戸で降りるときも,その夜,元町から三の宮方面に行ったときも・・・。
- 関西圏ではエレベータに乗るとき,右側が立ち止まる人用レーンで,追い抜きは左というルールと確信した!
- 東京は右側が追い抜きレーンだよ。
- よく関東と関西の文化の違いを論じる人はいるが,こういう話は聞いていなかった。
- では,右側追い抜き(東京スタイル)と左側追い抜き(大阪スタイル)の境はどこだろうか?名古屋はどっちだ?(くだらない好奇心は膨らむ)
- 自由研究に「夫婦円満を考える」を工事中ながら掲載
- いやいや深刻な問題ですよ,これって・・・
- 昨年の春ぐらいに,後輩から「なにかの雑誌に『最近結婚したカップルの3組に1組が離婚している』と掲載されていた」と言われ,「まさか!おまえの読み違いじゃないか?」と言ったのだが,恩師の奥さん(高知県)にも,その話を言われ,読み間違いではないらしい。
- それにしても,と思ったのだが,よく考えると,ワシのまわりでも,それに近い勢い(まわりどころか,ワシ自身も結構洒落にならないかもなぁ)ではあるしなぁ・・・。
- とか,思って昨年の初夏に,友人K氏(徳島県)が結婚するというので,その為に,一旦書き出して,実は以前掲載していたものを,再度まとめていこうという訳じゃ。
- しかし,なかなか難しい。
- だってこれ,書き始めて既に,半年以上で,全然進まんもんね。
1999年1月11日
- 職場の新年会でダンスの発表。
- 当日を含めると12時間以上の練習で,完璧であったはずが・・・・本来の力を100とすると70程度の出来か?
- メンバーも,「こんなもんじゃない,畜生!」と悔しがる。
- それでも評価は絶大なものがあったようだ。(なんてったって,某スポーツクラブのインストラクターに振りをつけて貰って,毎夜毎夜涙の特訓だったもんなぁ。ハッキリ言って,職場の新年会でここまでやるとは,バカだよなぁ)
- その後,はじけてしまった私は,久々の御乱行モードに突入し,人格を疑われる(人格がばれる)結果になったかもしれない。
- 予期しなかったが、「『川の流れのように(美空ひばり)』をヒップホップで踊りながら歌うという芸」もついでに身についた(あの曲って完璧にヒップホップのリズムなんだよなぁ)。これは結構応用がきくと思う。思わぬ収穫だった。
1999年1月7日
- 職場の新年会ダンシングチームに選ばれており,昨日から練習を始める。
- ヒップホップ系で,ブラック・ソウルが少し混じった音楽だそうだ。
- 張り切りすぎて,筋肉痛と関節痛になる。
- 1分半のダンスの為に,既に2日間で6時間練習している。
- 家に帰っても,ピアノの練習の後に,鏡の前で30分練習(午前1時ゴロ)
- 午後2時間途中年休をとり,ピアノの発表会のリハーサルに参加。
- 昨年の発表会以来のグランドピアノだったが,やっぱり鍵盤が重いわぁ。でも感激する。
- 鍵盤もなんか凄い古臭くって,木目みたいなのがザラザラで輝きが全然ないやつだけど,あれって,象牙なんでしょ?
- ワシの練習はわずか5分だったが,本当はもっとやりたかった。
- バイエルの79番,16小節まで特訓(1時間)。
- 昨日(6日)の夕方,掲示板を設定した。
1999年1月6日
- 昨晩,イ長調の音階の練習(1時間),今朝,バイエルの79番の最初の8小節を練習(30分)する。
- イ長調って#が3つも付いているぞ。
- 79番の練習の途中で昨年に購入したバイエルのCDを聴いた。いままでは,ずっと独力で楽譜を解読していたのだが,やはりCDで聴くと練習は簡単だ。「何事も先達はあらま欲しきものなり」である。
- 娘の特訓,昨晩30分,今朝20分。
- 暮れ正月中さぼっていたから心配していたが,それほど忘れていないようで,ひとまず安心。泣かせることなくに済んだ。
- 明日7日は,発表会(24日)のリハーサル(実際に発表会を行うホールで行うとの事)である。
1999年1月5日
- ピアノ関係で訪問者の感想メールを頂いていた。
- 有り難いことです。
- ワシの頁にも,訪問者用の掲示板を作ろうかなぁとか思いました。
- やる気がむくむと沸いた。
- 12月27日は,K氏兄弟(徳島市)の家を訪問し,ピアノの練習をさせて貰う。
- K氏の弟が,リチャード・クレーダーマンの「なんとかのトッカータ」とか,リストの「なんとか」というのを弾いてくれた。
- 学生時代に1発技として習得したということらしい。
- やる気がむくむくと沸いた。
Mail : harry_hayashi@nifty.ne.jp
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