
曼珠沙華(マンジュシャゲ)
彼岸花 の群落を観に
埼玉県日高市の高麗の里へ
2002年9月25日

西武線 飯能 で乗り換えた電車は超満員 通勤時のラッシュのよう。
高麗(こま)と言う地名は、奈良時代 朝鮮半島の戦乱から日本に逃れてきた
高句麗の王とその一族が、時の天皇の保護を受けて、この地に住み着いたのが由来。
日高市のホームページでは、巾着田の曼珠沙華開花状況を乗せていました。

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人の流れに従ってすすむと、高麗川に 出ます。鹿台堰を渡って川べりを歩くと、 曼珠沙華(彼岸花)が見えてきました。 しばらく行くと、まさに息をのむばかり、 “100万本の曼珠沙華”が満開でした。 鹿台橋のうえからみた高麗川 |
![]() 花を眺めながら お弁当をひろげる人も |
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![]() 田圃だったころの名残の 水車小屋 |
お天気にも恵まれ、絶好のハイキング日和。元気一杯のおばさん軍団に負けじと、
秋の空気を胸一杯に 一人気侭に 歩き廻ってきました。