43 パリのドミトリー


 今回のパリは通過点なのでインターネットでいろいろ調べてみたがどうしてもホテルは高過ぎるので、最初の日だけ日本からインターネットでユースホステルを予約していた。そしてそこを出る時に、また最終日だけ予約しておいたが、一日早くパリに着くことになったから、どこか探さなければならなくなった。ユースホステルが一杯になる、というのはよくサイトで聞いていたから、ドミトリーの宿の電話番号を書き、インターネットから地図も印刷して貼っておいていた。
 ところが三軒調べておいたのだが、地図を貼っていたのは二軒で、そのうちの二軒の電話番号と一つの地図を勘違いしていたのである。具体的に書くと、二軒というのは「白い門」と「woorizip」で、ノートに貼っていた地図は「白い門」だとてっきり思っていた、というより、なぜか、「白い門」はポンピドーセンターの近くにあると思い込んでいて、地図にある宿はポンピードーセンターの近くだった、というわけである。そしてどちらも韓国人が経営している宿であり、地図の中の宿の名前もハングルで書かれていたから読めなかった。
 「白い門」というのは、インターネットで見ているといろいろな所で書かれていて面白そうだったので、興味もあってリヨンから電話してみると、あっさり「空いてます。来てください。」と名前も訊かれずに終わった。一方の「woorizip」というのは、一つのバックパッカーサイトのホテルの紹介ページにしか書かれていなかった。
 リヨンのユースホステルで同室の同じようにパリに行くはずだったオマーンの男性(第42章「パリへ」参照)にも紹介すると言ったのだが、「ただし清潔かどうかは保証しないよ」と付け加えたために避けられてしまった。ドミトリーの宿でダニやノミに食われたとか、風通しが悪いために空気がよどんでいる、というのはサイトではよく聞く話であるから、リヨンのユースホステルがきれいだっただけに、いちおう忠告だけはしておいたのだ。
 彼はけっこう育ちが良いようである。 

ポンビドーセンター横(横というところがミソ)
 「woorizip」のある場所へは迷わず行けたが、当の建物は看板も何もないから、人に訊くしかない。その地区はアジア人ばかりいて、そういう顔をしている人に訊くとみんな知っているのではないか。
 入ると真っ暗な廊下で、照明の付け方は後で知ったがすぐ消えるようになっているから、はじめての私はその暗い廊下を進み、奥には受付らしきものがなく階段を上がって行くが、それらしきものは二階、三階に行ってもなく、最上階に上がるとようやくパソコンをいじっている男性ー二十代前半くらいーがいた。ただ受付らしきものはなく、パソコンとラジカセから音楽が流れているだけである。
 招き寄せるでもなく男性は怪訝な顔になったので、ここも違うのかな、と私は戸惑っていると、
 「Japann?」
 と男性が言い、ようやく手招きした。
 「Waitt.」
 と男性は言って椅子を勧めると、またパソコンをいじりはじめた。
 それから、かなりと私が思えるくらいの時間が過ぎた。こんなに待たせる男性に、私は苛立ってきていた。

ポンピドーセンター周辺(周辺というところがミソ)
 後からわかることだが、彼はパソコンでチェックインの手続きをしているわけではなく、サイトを見ているだけだったのである。男性は宿の従業員ではなく彼も客で、韓国人で私同様英語も苦手らしく、日本語もできるわけでもないから説明できなかったのだ。
 あまりにも待たせたのが彼も気になったのか、たどだとしい英語でここのオーナーが不在ということを告げた。
 リヨンから「白い門」に電話をかけた時、男が出てきて「マダムは今いません。」と日本語で返ってきたのだが、話している途中でそのマダムが帰ってきて話すことができた。とすると、あの電話に出た日本人も客だったのだ。
 「woorizip」もマダムとその旦那だけでやっていて、どちらも不在の時は客が電話を取っている。それだけでなく食材が来ると、キッチンのある一番上の階までその荷物を上げる作業も、その時宿にいる男の客がさせられる。それがぜんぜんいやではなく、アット ホームな雰囲気のなかでの作業なのである。
 宿代の破格の安さも、こういう人件費の節約からできることなのだろう。前には書いたがマダムの手作りの韓国料理が食い放題で、朝晩付きで、20ユーロである。 

 
宿の部屋の窓から
 はじめはそれを知らなくて、キッチンでマダムが夕食の支度をしていてもいくらなんでも20ユーロで夕食付きはないだろうと思って、きっとこれは学生の賄いも一緒にやっていて、彼らのためのものだろうと勝手に推測して、私はスーパーマーケットに行ってパンと桃とワインとハムを買って、自分の部屋で夕食をはじめていたら、前に何度も書いたロータリーの奨学生である日本の女子大生(第1章「働くのがきらい」第37章「物乞いよりヒッチハイクかな」参照)に教えてもらったのである
 お腹がある程度膨れてから聞いたが、韓国の家庭料理というものが珍しくて席に付かせてもらい少しだけいただいた。
 夕食の例をあげるのなら、次の日の夕食に出たものだが、鶏肉を煮込んだ韓国風の、地獄の血の沼というのはこういうふうだろう、という真っ赤なシチューのようなもので、見た目はすごく辛そうなのだが、辛いものの色の割りにはそうではない。それからキムチが何種類か、もやしの辛子あえ、なによりおいしく感じたのはお米で、一度にたくさん炊くし、ヨーロッパの米だからなのか、少しベちゃっとしているのだが、やはり久しぶりだからか、日本では食べないくらい食べた。
 朝食は味噌汁に似た、ただやはりとうがらしが少し入っているものが出てきて、後はキムチなど何種類かー忘れたが佃煮みたいなものもあったようなーをつまんでお米を食べる。
 次の夕食のことを書いたが、次の日はユースホステルを予約していて前金まで払っていたが、気に入って連泊したのである。ただ予約書を持ってユースホステルまで金を返してもらいに行ったが、「ゼロ」だった。インターネットで予約すると、キャンセル料みたいなものを取られるもののけっこう返ってくるから行ってみたのだが、受付の口から出た言葉は「ゼロ」だった。
 これはこの旅最高額ののボッたくりである。(この意味がわからない人は、第40章「ボラれることについて」参照。)
 だから金額でいえば高くついたのだが、それでも居心地はいいし、荷物を持って朝チエックアウトして、ユースホステルに行っても午後の三時まで部屋には入れずまたコインロッカーに預けて外に出なければならないから、めんどうなこともあって連泊したのだ。いくらなんでも一日しか泊まらないで午後の三時頃まで居させてほしい、とマダムに頼むことはできそうもない。
 おかげてこれまでの旅の疲れか、次の日は一日中眠っていた。
 ところで、なんで「白い門」と思って行ったところが、「woorizip」だとわかったかというと、ドミトリーの名前が韓国語で書かれていて、韓国語でどう読むのかと、男性に代わってパソコンに座った女性に訊いたところ、「woorizip」という文字を書いてわかったのである。ぜんぜんかみ合ってない会話になっていたが。
 それで私はびっくりして、いちおう電話して予約していたから、間違って来てしまったことをその女性に告げると、私の英語が通じなかったのか、突然奥に引っ込んで、そこで、ノータリンの、じゃなかったロータリーの日本の女子大生が出てきたのである。
 その時の会話はこのようなものだった。
 「どうかしたんですか。」
 はじめ私は、彼女が日本語のうまい韓国人だと思った。
 「間違ってきみたい。白い門だと思って来たんだけど・・・・・・どうしようか。別に名前を訊かれたわけではないから正式に予約したわけではないと思うんだけど。」
 「白い門もここもあまり変わらんとちゃう。」
 「日本の方ですか。」
 「何ゆってんのん。こてこての関西弁やん。」
 そういう会話が続き、彼女の勧めもあって、ここに宿泊することに決めた。白い門には断りの電話をせず、そのままにしておいた。
 白い門のマダムさん、マナーの悪い日本人がいる、と思われたのなら、それは私です。ごめんなさい。