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大垣のルーツを探る(その1)
 
・これから先に連載する内容は、お金を掛ければ一発で解決してしまう内容です。大手書店や古本屋にでも行って郷土市史でも購入すれば良い話です。

・それをあえて、根気と時間を掛ければ、誰にでも、ネット上だけから入手可能な情報で推察できる、ということを証明し、ネットサーフィンの楽しみ方の一つの例として提示するものです。

・あくまで筆者の推察による内容であり、間違いもあることを承知の上で御覧ください。また、正しい情報をお持ちの方は、ぜひ御連絡ください。また、いずれ図書館なりに行く機会があれば、正しい情報も並行して提示する予定です。

・すべての情報は、調査時点にてネットで読めるものばかりです。そのため、極力リンクを貼りましたが、時の流れにより、すぐに削除されているものもあるかもしれません。

・いくつも企画を建てては中断しているのは重々承知しています。この企画もいつ突然終わるか判りません。

 昨今の市町村合併により、いくつもの地名が消えて行き、また新たな名前が誕生し、変化している。しかし、じっくりと地図を眺めていると、意外なほどに各所に旧地名が残っていることに驚かされる。最も顕著なのは、交差点名だったりする。字(あざ)名が消えて町名の再編が行われていても、何故か交差点名だけは残っていたりする。また、古くからあるバス路線ならば停留所名などにも残っている場合が多い。
 外出できない暇な時など、地図を眺めているだけでも充分に楽しむことができる。もちろん人によるが、少なくとも私は1日中地図を“読んで”いても飽きることは無い。

 さて、昨今の市町村合併などの詳細を常々まとめていると、やはり消えて行く地名というのに、非常に興味を持ってしまう。基本的に、日本全国の地名は、○○[都道府県]○○[郡市区]○○[町区][大字]○○[字]○○の形になっている。例外もあるが、ほぼ、この形でまとめられている。

 都道府県という単位は、旧国の再編によるものであり、ほぼ明治時代に原型ができあがっているが、郡とは何かと言うと、これが意外なほど古くから存在している。
 例えば「岐阜県揖斐郡池田町」の公式サイトの説明によると、「池田」の地名は、「続日本後紀」という書物の西暦849年の記述中に「美濃国池田郡養基神・・・」という記述が、最も古い記録であるらしい。さらに遡ると、平安時代の「和名類聚抄」という書物に、837年に安八郡から分離してできたことが記されているらしい。つまり郡という単位は、かなり古くからある地域の単位であるようだ。この当時の地名というのは、「国(くに・こく)」「郡(ぐん・こおり)」「郷(ごう・さと)」という分類がされていたそうで、今と変らないような分類体系ができあがっていたことになる。この「郷」は、村の集まりで形成されており、現在の「町」が完成する直前の行政区域としての「村」の単位に等しい。例えば、例に挙げた「現在の池田町」の地域は、6つの郷から形成されており、例えばその一つ「池田郷」は、7つの村から成っている。

 なるほど、と感心して読み進むと、これが7〜8世紀にかけて行われた「律令制度にもとづいた国造り」ということらしく、基本的な日本の形は、もうすでにこの頃にできていたらしい。
 しかし、その後、地方豪族などが開墾を行い、広い土地を持つようになると、荘園と呼ばれる私有地の増加に伴い律令体制が崩れていくことになると言う。しかし崩れたと言っても、これが結構、21世紀にも生き伸びているのである。

 今回は、それをネット上の情報だけで追跡してみようと言う話である。

 さて、例に挙げた「岐阜県揖斐郡池田町」のあたりから、勘の鋭い方ならばお気づきかと思うが、今回の調査対象は「岐阜県大垣市」を中心とした地域の変遷である。何故かと言うと、いろいろ理由がある。まず、
・細かい地域についての土地勘があるほうが、大きな間違いを起しにくいであろうこと。
・将来的に現地取材が実現可能なこと。
・中山道の経路であり、とりあえず、街道歩きの方々にも興味を持ち易いであろうこと。
・輪中地域、三大河川地域であり、河の流れにより、大きく土地の領域・形が変化しており、それぞれの時代の変化が激しく面白いこと。(他の地域でも確認したが、変化の無い土地は、平安から現代まで変化が無く、つまらない場合もある)
などである。
 また、時代は「大垣」。何かと世間をお騒がせしている人材の宝庫。仮面ライダーの主役を張ったり(現在放映中の仮面ライダーの主役は大垣市の出身)、狂言の世界からいきなりプロレスの世界に首を突っ込んでみたり(当人の母親が大垣市の出身)、放火事件の被害にあったり六本木のビルの上に絶叫マシンを造ったり(あの会社社長は大垣市の出身)、海外投資に失敗し、巨額損失を招いた携帯電話会社の社長をしてみたり(2004年6月に止めてしまったが大垣市出身)、何かとお騒がせ人物が多いのよね。

 ま、要するに、自分にとって最も興味ある地域だから、というのが正直な話で、御覧の方々で、興味を持ったら各自の知る地域で同じようなことをやってみると面白いんじゃない? というだけの話である。

 それでは前置きが長くなりすぎたので、早速始めてみよう。

 まず、時代に流されずしっかりと地域に根付いている「郡」の整理から始めよう。
 大垣市を中心とする地域は、「西濃」と呼ばれている。岐阜県の南半分の主に平野部である美濃の国は、東濃、中濃、(岐阜)、西濃、といった分類をされている。だいたい揖斐川流域と言ったところが西濃である。
 西濃地区を構成する郡は、揖斐郡、安八郡、不破郡、養老郡、(海津郡)である。海津郡は、先日、全域が「海津市」となってしまったために地図上から消滅してしまった。町から市に昇格するとき、「郡」の単位から独立するため、全域が市に昇格すると郡が消滅してしまう。(「郡」を名乗る地域が無くなる、だけで、郡の地域が無くなるわけではない、とも考えられる。そこで、括弧書きで書いた)
 この、つい最近の海津市誕生まで、不思議なことに西濃地域には、「市」は大垣市しか無かったが、大垣市はどこの出身かと言うと、大半は「安八郡」である。大垣市の誕生直前の大垣町は、「安八郡大垣町」であった。
 それでは、この5つの郡について変遷を調べてみよう。

 まずは郡の変遷から取り掛かることにするが、この情報に関しては、比較的簡単に入手可能であった。各市町村の公式サイトなどに、断片的に書かれた情報を元に比較調査していたのだが、それらの情報を比較的的確にまとめてあるサイトが各種ある。代表的なものには、wikipedia がある。ここで郡の名前で検索すると、例えば「安八郡」の場合、こういう詳細な沿革を非常に的確にまとめてある。フリーの百科事典であり、いろいろな人が参加して執筆した情報の集大成である。たまに間違いも発見されるが、多くの人が多くの情報から作成しており、間違いの指摘に対しては即座に対応していることから、比較的信頼性の高い情報源である。また、表示される情報から、さらに深くリンクされているので、一つのテーマを徹底的に調査するときには非常に便利である。

 まずはここから情報を集めてみよう。
 大雑把にまとめると、

 多芸郡+上石津郡→養老郡
 大野郡+池田郡→揖斐郡
 海西郡+下石津郡→海津郡
 安八郡
 不破郡

 といった歴史を持っているようだ。細かい話をすれば、それぞれの境界線付近の村は、合併により他の郡に移動していたりするため、完全に上記のような合体が行われているわけではない。
 ついでに美濃の国全部の郡を見てみると、以下のようになっている。
 
明治初期 郡区町村編制法
1878年(明治11)
途中経過 地方自治法施行
1947年
現在
2005年
恵那郡 恵那郡 恵那郡 (2005.2.13消滅)
土岐郡 土岐郡 土岐郡 土岐郡
可児郡 可児郡 可児郡 可児郡
加茂郡 加茂郡 加茂郡 加茂郡
郡上郡 郡上郡 郡上郡 (2004.3.1消滅)
武儀郡 武儀郡 武儀郡 (2005.2.7消滅)
山県郡 山県郡 山県郡 (2003.4.1消滅)
中島郡 中島郡 羽島郡 羽島郡 羽島郡
羽栗郡 羽栗郡
各務郡 各務郡 稲葉郡 稲葉郡 (1963.4.1消滅)
渥見郡 渥見郡
方県郡(かたがた) 方県郡
席田(むしろだ) 席田 本巣郡 本巣郡 本巣郡
本巣郡 本巣郡
大野郡 大野郡
揖斐郡 揖斐郡 揖斐郡
池田郡 池田郡
安八郡 安八郡 安八郡 安八郡
不破郡 不破郡 不破郡 不破郡
多芸郡 多芸郡 養老郡 養老郡 養老郡
石津郡 上石津郡
下石津郡 海津郡 海津郡 (2005.3.28消滅)
海西郡 海西郡
 
 このように、明治初期(江戸末期)に、美濃国の領域だけで、21個もの郡があった。この郡の多さは、土地の豊かさと歴史の深さの証拠である。全国調べたわけではないが、旧国の範囲内で20個を超える郡があるのは、ほとんど無い。
 同じ岐阜県でも飛騨国の場合、3つの郡(吉城郡、大野郡、益田郡)しか無かった。その、たった3つしか無かった郡も、今となっては平成大合併のせいで大野郡ひとつになってしまっている。(美濃の「大野郡」とは違う。美濃の「大野郡」が分割合併して、本巣郡と揖斐郡になったのは、同じ県内に二つの大野郡があっては混乱するかではないだろうか。あくまで推察)
 
背景色で、 東濃(茶) 中濃(水色) 岐阜(赤) 西濃(黄)
で分けてみた。分割の基準は、岐阜県のポータルサイトからリンクされた地図による。

 さて、郡の大雑把な変遷は頭に入った。それでは次にどう攻めるかであるが、とりあえず西濃の歴史は大垣の歴史である。大垣市の大半の地域を示す安八郡から詳細を眺めてみるとしよう。

 と言ったところで、今回は終了。次回に続く。



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2005.11.30

後日補足