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 「旭」と言う名の自治体は、全国各地に多く存在していた。 あえて過去形で書かせてもらう。

 2003年9月で検索すると、旭川市、尾張旭市などのように、「旭」を含むのではなく、旭(市町村)というそのものの名前だけでも、

・茨城県鹿島郡 旭村
・千葉県 旭市
・愛知県東加茂郡 旭町
・島根県那賀郡 旭町
・岡山県久米郡 旭町
・山口県阿武郡 旭村

と、6つあった。ところが、2007年1月1日で検索すると、千葉県旭市を除いて、全部消滅している。しかも、滋賀県高島郡新旭町、熊本県菊池郡旭志村 といった、旭を含む町村までもが全て消滅している。つまり、「旭」を含む町村が全滅しているのだ。残ったのは、「旭川市」と「尾張旭市」と「旭市」のみ。
 ちなみに、別の漢字の「朝日」だと、2003年で9つだったのが、2007年で5つ。やはり消滅しているが、まだ何とか残っている。

 さて、何でこんなことを調べたかと言うと、愛知県尾張旭市の調べ物をしていたのだった。尾張旭市は、勘の鋭い人ならばお気付のとおり、旭町が市制施行したものである。千葉県に旭市があったため、同名回避のために、一旦、尾張旭町に町名変更して、即日市制施行している。1970年12月1日のことである。
 その日付を調べるための資料をふと見ると、その3年前、1967年4月1日に、旭村が旭町に町政施行している。

 そ、そんな馬鹿な。わずか3年で、村から町へ町から市へ。

 尾張旭市のサイトを調べてみると、旭町の前身は、旭村に間違いないのだが、昭和23年8月5日に町政施行とある。昭和23年と言えば1948年。22年ほどかかって市に昇格している。まあ早いと言えるが、都市周辺部ならば無難な線であろう。
 それでは、1967年の町政施行とは何かの間違いか?

 落ち着いて見直すと、尾張旭市の旭町は、東春日井郡、1967年町政施行の旭町は、東加茂郡。同じ愛知県内とは言え、尾張と三河。片方は市に昇格し、もう一方は豊田市に吸収されて消滅。

 町村では、県内に同一名称というのも、さほど珍しい話ではないのだが、さらに調べてみると、同じ愛知県内に、知多郡にも旭村(町)が、丹羽郡郡にも旭村(町)が、碧海郡にも旭村(町)が存在していた。愛知県の1904年12月から2007年1月までに存在した「旭」をすべて挙げると、

知多郡旭村 1906/4/10誕生→1952/4/1町政施行→1955/4/1消滅
丹羽郡旭村 誕生不明→1906/5/1消滅
碧海郡旭村 1906/5/1誕生→1948/4/5消滅
東春日井郡旭村 1906/7/16誕生→1948/8/5町政施行→1970/12/1市制施行(尾張旭市)
東加茂郡旭村 1906/5/1誕生→1967/4/1町政施行→2005/4/1消滅

文字では判り難いので、図示してみると、以下のようになる。

 青線が「村」の時代、赤線が「町」の時代、緑線が「市」の時代である。微妙に5つ同時に存在したことは無いが、同一県内に4つが存在していた時期があるようだ。また、町1つに村2つ、町2つに村1つの時代を経て、町は消滅。唯一残った市も、実は「尾張旭」と、厳密な「旭」ではなくなっている。 

 一斉に多くの旭が誕生した1906年とは一体何だったのだろう。元号で言えば明治39年。第一次大戦前の、まだまだ平穏な時代か。しかし、平穏であるが故に怖いもの知らず、「旭日昇天の勢い」 国威高揚で名付けたのか。と言うのも、いずれの旭村も、元来の地名ではない。
 知多郡の旭村が、日長村 と 金沢村 の合併によるもの。丹羽郡の旭村は、歴史が他より古いが、前野村,山尻村,江森村,宮後村の合併によるもの。碧海郡の旭村が、志貴崎村 と 伏見屋村 と 鷲塚村 の合併によるもの。東加茂郡の旭村が、野見村 と 生駒村 と 介木村 と 築羽村 の合併によるもの。最後の東春日井郡の旭村が、印場村 と 新居村 と 八白村 の合併によるもの。
 いずれも、旭の文字は何処にも出てこない。縁起の良い名前として適当に決められた名前か。そのためか、後の合併によって消滅しても、さほど問題が無かったのかもしれない。

 この手の名称には、他に「大和」などがある。

1908/4/30 中島郡苅安賀村 が、改称し、大和村。
1920/8/1 八名郡豊津村と橋尾村が合併して、大和村。

 ◇  ◇  ◇

 ところで、昨年初頭でほぼ一段落した合併であるが、ピーク時には、その新名称で話題になる事件が多々あった。「歴史的地名をないがしろにする」とか、訳知り顔のにわか評論家が登場して、笑わせてもらったものだ。
 何をもって「歴史的」と言うかが問題であり、昨年、問題にされた地名など、ほとんどが歴史的価値の無い名前ばかりであった。それが無くなることに何の意味があるのか。単に40年ほどの「歴史」が消滅するだけだったりする。その、たった40年が、当事者の「歴史」かもしれないが、40年前に泣く泣く地名を失った人のことなど考えてもいない。改めて正しい地名に置き換えようとする方が正しいと思うのだが、それよりも近年の40年の歴史の方を大切にしたがる。

 まあ、愚痴はこれぐらいにして、歴史的価値のあまり無い地名を並べてみる。

 上に挙げた、旭、大和、などと言う地名も、それなりに富国強兵の歴史と見るならば重要な歴史であろうが、明治以前に遡れる歴史は無い。それと同様に、明治〜昭和の混乱が生んだ地名を並べてみよう。

 「三和」 この地名を見たら、まず間違いなく、合併で揉めた結果の地名である。どれを選択することもできず、3つの自治体の合併の結果生まれた名前。

1906/5/1 知多郡 矢田村、久米村、金山村 の三村合併により三和村の誕生。
1906/5/1 幡豆郡 御鍬村、川崎村、吹羽良村 の三村合併により三和村の誕生。

この1906年5月1日という日が特殊な日である。愛知県だけで143町村が消滅した日で、大量合併があった日である。ついでに9日後の5月10日というのも大量合併の日で、この10日間で211町村が消滅している。
 きっと大混乱のため、名称など考えている余裕が無かったのだろう。かなりいい加減な名称が誕生している。

■ 国威高揚・精神系の言葉(旭、大和 以外)

日進村:香久山村+白山村+岩崎村(1906/5/10)
平和村:六輪村+左右川村+三宅村(一部)(1906/5/2)
明治村:米津村+西端村+東端村+根崎村+城ヶ入村+和泉村+榎前村(1906/5/1)
明治村:国分村+片原一色村+光郷村+西島村+井長谷村(1906/5/10)
朝日村:大徳村+祐賀村+上祖父江村+明地村+玉野村(1906/5/10)

■三和系

六ツ美村:占部村+槽海村+中井村+中島村+合歓木村+上青野村(六つの美しい村?)(1906/5/1)

■ 合体地名

猪高村:子石村+代村(1906/5/10)
幡山村:野村+口村(1906/5/10)
豊坂村:国村+松村(1906/5/1)
豊富村:岡村+高村(1906/5/1)
千郷村:秋村+西村(1906/5/1)

 このような地名に、歴史的価値を感じるだろうか。
 100年前にも同様に「こんな地名、受け入れられないよ」と言っていた人もいたことだろう。しかし、民間人の意見なんかが通る時代でもなく、そのまま受け入れてしまったもの、それを歴史として守ろうとする。おかしな話である。



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2007.1.7