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名古屋の路面電車8

 まだまだ続く。(1へ戻る2へ戻る3へ戻る4へ戻る5へ戻る6へ戻る7へ戻る

 今回は、路線探索を一時お休みして、下之一色線について述べる。調査を開始してから(そもそも、市電を調査するのが本来の目的ではなく、地図を見ながら遊ぶのが本来の目的だった)、どうしても推測できない点の確認のためにとある本を購入した。Amazonにて注文すると翌日には配達された。便利な世の中になったものだ。

 この本の入手によって、現代地図を基にして市電の時代を推測する、という遊びから、本格的な調査になってしまったが、最初に答えがわかってしまうと面白くないので、あくまであとからの答え合わせという形で使うことにした。そこで、とりあえず整理が終わった下之一色線について、推理と正しかったかの答え合わせをしようという話である。

◇  ◇  ◇

 以下、青字の部分は、CanBooks「名古屋市電が走った街 今昔」からの引用である。

 まず、新尾頭からスタートするのだが、この本を読むまで忘れていた事実があった。この最初の部分、長良本町までの区間は、「佐屋街道」である。これは恥ずかしながら気付かなかった。
 起点となる「新尾頭」停車場は、現在のバス停のすぐ前、安全地帯はなく道路上に停留所を示す白線が引かれていた」とある。推定と間違いはなさそうだ。停車場前の丸武呉服店が今も残るそうだ。
 次の停車場「八幡西通」も、「バス停の前」で合っているらしい。
 続く、五女子、二女子、長良橋も現バス停前。「バス停前の道路が少し広いので、往時を彷彿とさせる」とのこと。
 長良本町は、「バス停西の食品スーパー、サンプラザ・ナガラの前あたりだった」と言う。若干、推測とずれていたようだ。続く松葉は、現バス停、小本は、「小本本町北行きバス停の南方」とのこと。
 荒子は、詳細の場所が書かれていないが、民家裏の細い路地らしいので、この辺りか。「駅前のパン屋も、昔の姿で営業を続けている」らしいので、行ってみれば判るのだろう。
 次が最も謎だった中郷。「一柳中学校の東側」とのことで、想像どおりだったが、怪しい道が平行して二本あり、どちらが正しいか不明のまま。p.139の地図から判断すると、西側の広い通りのようにみえる。
 次の法華は、県道107号の交差付近を示したが、横断した先、「法華西町108」だそうだ。
 やがて松陰公園(車庫跡)で左に折れると下之一色到着。

 「東起街五丁目を過ぎると港区に入る。道幅は狭くなり民家の裏道となるが、道幅が突如広くなったところが行き違いができた明徳橋電停跡」 (この辺りか?)
 
 惟信高校前(西川町二丁目)は、「惟信高校正門前の南行きバス停のところ」。弁天裏は、現在の弁天浦バス停ではなく、「惟信高校バス停の南方」この辺り?)だとか。
 多賀良浦は、多賀良浦市バス駐車場の手前付近。西ノ割電停跡は、「善南公園の南側」ここ) 最後の謎だった大宮司電停は、「港西小学校の西側」(ここ)で、以上終了。

 ほとんどは、単なる推測にも関わらず、正確に場所を示していた。

まだまだ続くが、今回はここまで。(その9へ進む

(いかがでしょうか? 面白ければ続けます)



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2007.3.05