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名古屋の路面電車11

 まだまだ続く。(1へ戻る2へ戻る3へ戻る4へ戻る5へ戻る6へ戻る7へ戻る8へ戻る9へ戻る10へ戻る

■1949年7月15日開業 「清水口延長線」 清水口〜黒川
 第二次大戦も終わり一段落。いよいよ復興ということで、新たな路線延長が始まる。
  清水口〜深田町〜西杉町〜黒川

 交差点は清水○○になっているが、バス停に「深田町」の名が残る。次の西杉町も同様。
 
開業当時名 廃止直前電停名 交差点名 バス停名 その他 備考
深田町 深田町 - 深田町 - -
西杉町 西杉町 - 西杉町 - -
黒川 黒川 黒川 黒川 - -

■1950年8月10日延伸 「中村線」 中村公園前〜鳥居西通
 戦前に中村公園前まで伸びていた中村線が1区間だけ延伸する。
  中村公園前〜鳥居西通
 
開業当時名 廃止直前電停名 交差点名 バス停名 その他 備考
鳥居西通 鳥居西通 鳥居西通 鳥居西通 - -

■1950年10月14日延伸 「循環東線」 大久手〜恵方町
 新規開業は以下のとおり。
  大久手〜阿由知通二丁目〜曙通〜御器所通〜恵方町〜桜山町
 交差点、バス停からは、「曙」が発見できない。(少し離れた場所にはあるのだが)
 曙町という細長い地名から想像すると、阿由知通2の交差点付近が、曙通ではないかと思われる。確かに、大久手から阿由知通2までの距離が長すぎる。
 
廃止直前電停名 交差点名 バス停名 その他 備考
阿由知通二丁目 阿由知通2 阿由知通2 - -
曙通 - - 曙町? -
御器所通 御器所通 御器所通 - -
恵方町 恵方町 恵方町 - -

■1953年8月14日延伸 「循環東線」 矢田四丁目〜今池 開業(トロリーバスを軌条化)
 循環東線が北方向に伸びる。新規開業は、今池〜都通二丁目〜都通一丁目〜古出来町〜矢田町十五丁目〜矢田町十丁目〜矢田町四丁目

 矢田町だけは、何も発見できなかった。今回の調査最大の難所。4丁目のみ、地名が残っているため、およその場所はわかるが、他の十五丁目、十丁目は、全く不明。
 
開業当時電停名 廃止直前電停名 交差点名 バス停名 その他 備考
都通二丁目 都通二丁目 都通2 都通2 - -
都通一丁目 都通一丁目 都通1 都通1 - -
古出来町 古出来町 古出来町 古出来町 - -
矢田町十五丁目 矢田町十五丁目 - - - -
矢田町十丁目 矢田町十丁目 - - - -
矢田町四丁目 矢田町四丁目 - - 矢田4丁目 -

■1955年10月1日開業 「浄心延長線」 浄心町〜秩父通
 新たに開業するのは、1つ。
  浄心町〜秩父通
 
開通当時名 廃止直前名 交差点名 バス停名 その他 備考
秩父通 秩父通 秩父通 秩父通 - -

■1956年7月15日延伸 「中村線」 鳥居西通〜稲葉地町
 中村線が最後の延伸。
  新規路線は、鳥居西通〜稲葉地町
 
開通当時名 廃止直前名 交差点名 バス停名 その他 備考
稲葉地町 稲葉地町 稲葉地本通3 稲葉地町 - -

■1957年8月1日延伸 「大江線」 大江町〜開橋
 一区間のみ延伸。新規は、開橋のみ。
 大江線は、まだ最後の延伸を残している。ちなみに、名古屋路面電車最後の延伸は、この大江線。
 
開通当時名 廃止直前名 交差点名 バス停名 その他 備考
開橋 開橋 - 開橋 - -

■1958年4月10日延伸 「清水口延長線」 黒川〜黒川本通四丁目
 新規は黒川本通四丁目のみ。
 
開通当時名 廃止直前名 交差点名 バス停名 その他 備考
黒川本通四丁目 黒川本通四丁目 - 黒川本通4 - -

■1959年3月25日延伸 「東山公園線」 東山公園〜星ヶ丘
 東山公園線が最後の延伸をするが、実は、ほんの2年で休止となる。1961年5月15日には、地下鉄工事のため全線休止となりバス代行運転となってしまう。
 新規開業は、東山公園〜東山工業高校〜星ヶ丘
 
開通当時名 廃止直前名 交差点名 バス停名 その他 備考
東山工業高校 東山工業高校 - 東山工高 - -
星ヶ丘 星ヶ丘 星ヶ丘 - - -

■1960年2月1日延伸 「清水口延長線」 黒川本通四丁目〜城北学校前
 清水口延長線の最後の延伸。新たに開業する停車場は、
  黒川本通四丁目〜志賀住宅前〜城北学校前
  志賀住宅前というのが不明。城北学校とは小学校のことだろうか。
 
開通当時名 廃止直前名 交差点名 バス停名 その他 備考
志賀住宅前 志賀住宅前 - - - -
城北学校前 城北学校前 - 城北小学校前 - -

■1961年12月1日延伸 「大江線」 開橋〜昭和町
 名古屋最後の開業となる。開橋〜昭和町
 
開通当時名 廃止直前名 交差点名 バス停名 その他 備考
昭和町 昭和町 昭和町 昭和町 - -

◇  ◇  ◇

 以上で、終了。

 軽い気持ちで始めたが、毎度のことながら大変な作業となった。とりあえず、路面電車廃止直前の電停名を元にすると、216箇所あったわけだが、うち、交差点名に残っているものが154箇所、バス停名に残っているものが172箇所であった。但し、これは、例えば、「都通二丁目」という電停名が、「都通2」という名前の交差点として残っている場合なども含んでいる。完全に一致した名前で残っている場合を調べると、交差点で101箇所、バス停で123箇所となった。
 率で言うと、ほぼ一致で、交差点71.3%、バス停79.6%、完全一致で、交差点46.8%、バス停56.9%となった。
 もう、40年以上も経っているのに、交差点、バス停に70〜80%もが残されているというのは、ちょっとした発見であった。

 今回で終了するつもりだったのだが、部屋を片付けていたら、一点、面白い資料が見付かったので、もう一回だけしつこく「まとめ」をする予定。乞うご期待。

(地図の緑範囲は、旧市内領域)



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2007.3.11