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前回の話(228)が広がりすぎたため、分割。
つくばみらい市が、合成地名であることを紹介したが、このような変てこりんな地名を回避した住民運動も各地であった。有名なのが「ひらなみ市」で、現在は「海津市」という名前に落ち着いている。平田町の「ひら」と、南濃町の「な」、海津町の海から「み」(「み」は苦しい。読みは「かいづちょう」だったのだから、どう考えてもそこから「み」にはならない) から、「ひらなみ」となりそうだったのを、住民の反対運動によって回避したのである。
それはそれで良いのだが、それでは「海津」の由来が何なのかを知って活動していたのかが疑問。
海津市の元となったのは、3町が所属していた海津郡。これは、明治29年(1896年)に、海西郡と下石津郡が合併してできた合成名。
元々が合成地名であって、まだまだ110年程度の歴史しか無い地名。てことは、「ひらなみ市」だって100年も経てば歴史的な名前になったかもよ、と当時、ニュースを見ながら思ったものだ。
地名なんて、歴史がありそうで、実は明治以降の100年程度の物がゴロゴロしている。それに気付かずに生活しているだけである。合成地名を収集しているサイトがあるので、見てみれば判るが、ざっと調べただけで数千件の事例が見付かる。
ちょっとした作業上の点から岐阜県を中心に見ていたのだが、例えば、「岩野田村」という村がかつて存在したのだが、これは、岩崎村、粟野村、三田洞村の合成地名である。
こんな具合に、2つ〜4つの地名の一部分を組み合わせて新たな地名が誕生しているのだが、中でも非常に複雑な歴史を持ったものが長野県にある。
佐久穂町 という町なのだが、佐久と八千穂の合成であることはすぐに判る。しかし八千穂とは、畑八、千曲川、穂積の合併による合成地名である。さらに遡ると、畑八も、畑と八郡の合成地名。
同じく長野県で、長和町というのが誕生した。中山道マニアからすると、和田峠を有する和田村が消滅してできた合成地名で、何とも不快なのだが、和田と長門の合成地名。しかし、長門は、長久保と大門の合成地名。つまり、下に示すような関係にある。
・佐久穂=佐久+八千穂
=佐久+(畑八+千曲川+穂積)
=佐久+((畑+八郡)+千曲川+穂積)
・長和=長門+和田
=(長久保+大門)+和田
畑と八郡と千曲川および大門は、何処へ消えたんだっ。
三重県だとこんな例もある。
大紀=(大宮+大内山)/2+紀勢
=((大内山川+宮川)+大内山)/2+(紀伊+伊勢)
なんとまあ、ややこしいこと。合成名どうしの合成。
笑っちゃったのは、野畠村。この地名の由来が判らなくて苦労していたのだが、実は合成地名だったのである。それも、元になるのが、野田新田と野白新田。 ・・・え?どこから「畠」が? そう、パズルだったのである。「白」+「田」=「畠」
岐阜県には、もう一つある。嵩田村。これは山田村と高砂村と上田村の合併による。 もう判るよね。「山」+「高」=「嵩」
岐阜県を離れて静岡県に移ろう。笠梅村。何となく由緒ありそうだが、向笠村、樋口村、大海村の合併による。梅は何処から? 答えは、「木」+「毎」=「梅」
ここまで来ると、もうふざけているとしか思えない。ここまで変形合体するなら、竹梅村にすれば良いのに、と思うのは私だけだろうか。
愛知県にもあったぞと。鍛埜村。鍛冶屋村、大林村、土村の合併。「林」+「土」=「埜」
岡山県にもあったぞと。岩田村。山上村、石妻村、上高田村の合併。「山」+「石」=「岩」
広島県にも。岩谷村。上山村、父石村、荒谷村の合併。「山」+「石」=「岩」
もう止めておこうか。明治時代、全国にこんな地名が誕生し、それが由緒ありそうな地名として、あるものは残り、あるものは昭和の合併、平成の合併により消えて行った。
こんな地名が各地にあったのだから、平成大合併の地名騒動なんて可愛いものかもしれない、と思う今日この頃。
しかし、考えようによっては昔の人の方がセンスがあったのかもしれない。