
北斎派

北斎門人の作品

ととや ほっけい
魚屋北渓 諸国名所「武蔵野」

作画時期がはっきりしません。享和、嘉永期がこの人の作画期と言われています。 昭和7年発行の浮世絵
大家集成第十五巻より。
魚屋北渓 諸国名所「隅田川」

visipix.comより

しょうてい ほくじゅ
昇亭北寿 東海道川崎宿「六郷川渡の
図」

文化、文政期頃の作品です。 昭和7年発行の浮世絵
大家集成第十五巻より。
この方は、風景画を得意とした人のようです。山や崖などを単純化した
多角形として描いた、独特の描き方をしていますね。ピカソやブラックの
キュビスムを彷彿とさせる絵ですが、ヨーロッパのキュビスムは、1907年
以降から始まりますので、単純に西洋画の影響とは考えにくいようです。
また、メインページに掲載した鳥居清長の絵と同じ場所のようです。
昇亭北寿 東都「御茶ノ水風景」

文化、文政期頃の作品です。 昭和7年発
行の浮世絵大家集成第十五巻より。
ここに「風景」と言う言葉か使われていますが、江戸時代・文政期頃まで
この言葉が使われているのを見かけません。景色を主題とした絵と
平行して使われ始めているように思われます。

かつしか ほくすう
1809年
葛飾北崇(かつしかほくすう) 「金花夕映:きんかせきえい」挿絵

文化6年刊行。 同刊行本を使用。
ほとんど知られていない方です。姓は島、名は重宣。神田明神下伊勢屋佐兵衛方に住んでい
たようです。
作画時期は、文化・文政期頃で、読本の挿絵をある程度残しているようです。
途中から、浮世絵を止め、漢画をもっぱら描いたと言われています。
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かつしか ほくたい
1809
年 葛飾北岱(かつしかほくたい) 「とかえりはな」挿絵

文化6年刊行。 同刊行本を使用。

1810年頃 牧墨僊(まき ぼくせん) 牧墨僊著・画「一宵話」挿絵

文化10年頃刊行。 (吉川弘文館昭和3年発行「日本随筆大成」を使用)
山水画的作品です。この方についての短い解説は、下の別項をご覧下さい。

やながわ しげのぶ
1816年 柳川重信 滝沢馬琴作「南総里見八犬伝」第二輯巻の三挿絵

文化16年刊行。 (昭和2年発行の日本名著全集刊行会本を使用)

かつしか ほくいつ
1820年以前 葛飾北一(かつしか ほくいつ) 「武蔵名勝図会」草稿挿絵「大鳥
逸平次取り押えの図」

御協力:日野市郷土資料館
この方は、北斎の門人であったこと、工形斎とも呼したこと、作画時期が文化・文政期頃と
されていること、および、肉筆美人画が1枚程度残っているぐらいで、ほかの事がまったく
分からない人です。「武蔵名勝図会」のページに掲載している絵と同じものです。
1820年以前 葛飾北一 「武蔵名勝図会」草稿挿絵「八王子城へ軍勢迫るの図」
御協力:日野市郷土資料館

かりょうさいほくが
1837年 花菱斎北雅 「日光山志」挿絵

天保8年(1837年)刊行。 (日本随筆大成刊行会、昭和4年本を使用)
ほとんど経歴の分からない方です。当初、富川吟雪(房信)に師事し
二世吟雪を名のったようですが、後に北斎の門に入り
花菱斎北雅と名のったようです。作画時期は
文政・天保頃のことのようです。
1833年 二世柳川重信 滝沢馬琴作「開巻驚奇侠客伝」第四集挿絵

天保4年(1833年)刊行。 江戸時代の刊行本を使用。
1837年 二世柳川重信 「日光山志」挿絵

天保8年(1837年)刊行。 (日本随筆大成刊行会、昭和4年本を使用)

かつしかいさい
1852年 葛飾為斎 「量地図説」挿絵

嘉永5年(1852年)刊行。 江戸時代の刊行本を使用。
本名は、清水宗次といい、1880年(明治13年)に亡くなっています。亡くなった時の
歳を
60歳とすものや58歳とするものなどがあります。葛飾北斎の絵に大変良く似た描き方を
受け継いでいます。横浜開港のころより輸出用浮世絵を多く描いたと言われています。
これより下の絵は、遠近法を感じさせる作品ばかりではありませんが
歴史的価値は高いものの、あまりご覧になる機会が
ないと思われるものです。

かつしか おえい
お栄(葛飾應爲:かつしか
おうい) 「吉原の図」、別名「廓中格子先図」

作画時期が分からない作品です。 昭和7
年発行の浮世絵大家集成第十五巻より。
北斎の三女、お栄の作品です。この光の扱い方は、西洋画そのものですね。
明治初め(1870年)に西洋人が描いた吉原の銅板画絵で、フランスにて
出版されたものがありますが、光の扱いは大変よく似ています。
フランスで出版された銅板画を下へ掲載いたします。
1870年 LE JAPON
ILLUSTRE 「絵で見る日本」 吉原図

山田博良
氏所蔵
広義の北斎作品と言える、北斎が中心となった北斎を含む北斎門の方の作品であることは
確実な、西洋画風肉筆画の作品を8枚ご覧下さい。
(西洋画風=遠近法+陰影法)
広義の北斎作品(北斎との推定あり)「驟雨(しゅうう:夕立)」

visipix.comより
紙は、J.C.Honing社製、オランダ紙。オランダ国立民族学博物館所蔵(シーボルト・コレクション)。
広義の北斎作品(北斎との推定あり) 「武家」

wikimedia commonsより
紙は和紙。フランス国立図書館の所蔵。
広義の北斎作品(北斎との推定あり)「町屋の娘」

wikimedia
commonsより
紙は和紙。フランス国立図書館の所蔵。
広義の北斎作品(北斎または二代戴斗の推定あり)「花魁と禿」

visipix.comより
紙は、J.C.Honing社製、オランダ紙。オランダ国立民族学博物館所蔵(シーボルト・コレクション)。
広義の北斎作品(北斎または二代戴斗の推定あり)「神楽巫女」

visipix.comより
紙は和紙。フランス国立図書館の所蔵。
広義の北斎作品(北斎との推定あり)「早駆け」

visipix.comより
紙は、J.C.Honing社製、オランダ紙。オランダ国立民族学博物館所蔵(シーボルト・コレクション)。
広義の北斎作品(北斎とお栄との推定あり)「端午の節句」

visipix.comより
紙は、J.C.Honing社製、オランダ紙。オランダ国立民族学博物館所蔵(シーボルト・コレクション)。
この絵ですが、視点が大変に低い絵です。少し検討してみましたので
最下段に検討内容を、別途掲載いたします。
広義の北斎作品(北斎とお栄の推定あり)「節季の商家」

wikimedia commonsより
紙は、J.C.Honing社製、オランダ紙。オランダ国立民族学博物館所蔵(シーボルト・コレクション)。
手前のそろばんをはじいている人物の手前にある当座と書かれた帳面には、「文政七(1824年)・・」と書かれています。
私の素人推定:すぐ上の2枚、特に下の絵は、手の指の描き方が、應爲(お栄)の落款がある
ボストン美術館所蔵の「三曲合奏図」の指の描き方に大変に似ています。
お栄が関係していた可能性は、大変に高いと思います。
(この特徴があったために、数枚のみ見た私も、当初
北斎の作品とは考えにくいと判断して、そのように
記述いたしましたが、素性、同質の作品の多さ、
質の高さを知り、訂正いたします)
上の絵ですが、私にとって、色々と気になる所があります。
この場では、ひとつだけあげてみます。左側にある、急須
を載せている茶盆(?)です。下の画像のように上下の面
が90度ねじれています。変っています。それだけではなし
に、写実的に描いたとしたら、上の絵のようにはならない
ように思われます。何んだか、だまし絵みたいです。

3DグラフィックソフトtrueSpace7.6で制作。
これらの絵の特徴は
制作時期が文政7年から9年頃(1824−1826年)と推定されていること
オランダ商館長たちが北斎に依頼し、描かれ、持ち帰ったものであること
ベロ藍(ベルリン青、人工色素)が使用されている作品があること
洋紙(オランダ製)が使用されている作品が多数あること
遠近法のみならず陰影法が使用されている作品が
ほとんどであること、さらに光源まで意識
した作品が複数あること
視点の低い作品が
かなり多いこと
などです。
(陰影法の小解説を、このページ最下段近くに掲載いたしました)
特徴についての追加:
西洋画であれば当然のことですが、確認できる作品すべてにおいて
「雲・霞」といった、東洋画独特の「略画・ぼかし」を使用した作品がありません。
「大山詣」という絵に、一見略画法の雲かと思われるものがありますが
実際の雲を描いたものと考えられます。また、オランダの依頼主から
季節・風俗・習慣などの画題が与えられた上で、描かれたと推定
される描写です。さらに、現在まで、これ程の鮮明な色彩を
保っているのは、当時としては相当に高価な顔料
(絵具)が使われているのではないでしょうか。
「広義の北斎作品」とは
今までのイメージでは、北斎の作品と言うと、北斎が一人でコツコツと作り上げた物といったイメージが強いのですが
下の絵の作業ように、共同で一つの作品を仕上げたとしても、北斎の意匠で、北斎が中心になって
作成された作品は、北斎の作と言ってよいものです。多くの巨匠の作品は
東洋・西洋を問わずこのようにして作られています。
版画なども、同じことが言えるように思います。
この意味で「広義」と言う言葉を使いました。
北斎。「東都地名の内 茅場町」 北斎最晩年の未刊行下絵。

昭和30年の刊行本より
この絵とほぼ同じ情景のものが、色彩完成品のかたで
上記作品群の中と文化8年頃の錦絵にも有ります。

牧墨僊(まき
ぼくせん) 「写真学筆墨僊叢画」より

1815年(文化12年)刊行。 江戸時代の刊行
本を使用。
この方は、葛飾北斎の「北斎漫画」の成立に深くかかわった人です。
名古屋に住む(一時、江戸にも住んでいました)、尾張藩士でした。
「北斎漫画初編」(1814年)は、名古屋のこの人の家で描かれた
と言われています。「北斎漫画」では、1815年には2編と3編が
刊行されています。
牧墨僊(まき
ぼくせん) 「写真学筆墨僊叢画」より

1815年(文化12年)刊行。 江戸時代の刊行
本を使用。
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魚屋北溪、葛飾應爲の経歴を「本朝
浮世絵名家詳伝」 |
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魚屋北溪 |
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葛飾應爲 |
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これから下は、少し異質な感じをお持ちになるかと思います。 3Dグラフィック・ソフト(3DCG)を利用した分析が入ります。 |
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陰影法について。 陰=shade(シェイド)、影=shadow(シャドウ) |
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3DグラフィックソフトtrueSpace7.6で制作してみた「光と陰影」T、3灯ライティング。 |
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| 3DグラフィックソフトtrueSpace7.6で制作してみた「光と陰影」U、2灯ライティング。 |
![]() |
| 3DグラフィックソフトtrueSpace7.6で制作してみた「光と陰影」V、1灯ライティング。 |
| 影(シャドウ)の有無による立体感、奥行感の違い。 |
影なし。![]() |
影あり。![]() 使用3DCG:trueSpace 7.6、民家のobject:3dchaya.comさんより。 |
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