〜作 品 解 説〜



「けいせい反魂香」


(けいせい はんごんこう)




作品の成立事情

 ◆上 演=宝永5年(1708)5月〜12月。大阪竹本座初演。時代物で変則の上中下3巻物。座本・竹田出雲。太夫竹本筑後掾(義太夫)・58歳。作者近松門左衛門・56歳。
 「曽根崎心中」が大当たりした「竹本座」の座本が宝永2年、竹本筑後掾から竹田出雲に変わり、近松は座付き作者になる。そして翌年、京都から大阪に転居して浄瑠璃作りに専念する体制をとった円熟期の作。
 主人公である室町時代の画家・狩野元信が、亡くなって150年になるのを当て込んで書いた。狩野元信(1476〜1558)は、狩野派の2代目で足利家の御用絵師を勤め、法眼に叙せられた実在の人物。土佐将監光信の娘を妻にして土佐の画法を学び、絵所預りとなったという伝承がある。
 また宝永5年2月に急死した江戸の歌舞伎役者・中村七三郎の追善と、同年5月の宝永通宝の大銭も当て込むという。中村七三郎が京都に来た時に大当たりをとった「けいせい浅間嶽」の構想を、近松がこの作品の参考にして歌舞伎的な色彩を強くしている点も指摘されている。
 この作品はその後、大幅に増補改訂されたが、上之巻の「土佐将監閑居の場」は原作とほぼ同じ内容で引き継がれている。この場は「吃又(どもまた)の場」(不適切な名称だが、そのまま使う)とも呼ばれ、寛政以後は本来の主人公不在でこの段のみ上演され、現在に至っている。

主な登場人物

 ●狩野四郎二郎元信=室町時代の画家。画才に長じ、気立ても男ぶりもいい主人公。
 ●遠山(後の「みや」)=絵師土佐将監の娘で、親のため傾城になって遠山と名乗る。狩野元信と夫婦約束をする。のち、遣手(やりて)になって「みや」。
 ●銀杏(いちょう)の前=大名・六角頼賢の娘。元信を慕うあまり、侍女「藤袴」と偽って元信との結婚を成立させる。
 ●土佐将監光信=絵師。天皇の勘気に触れて、山科に身を潜める。
 ●浮世又平=土佐将監の弟子。言葉がスムーズに出ない発音障害を持つ。大津絵で生計を立てる。
 ●不破入道道犬=六角家の執権。お家騒動を企む。息子が伴左衛門。

作品のポイント

 この作品は、近江六角家の家老と執権との対立をめぐるお家騒動風な構成に、狩野元信と遊女遠山、大名の姫・銀杏の前の三角関係がからむ筋書きだが、時代物はどうしても話の筋が複雑になり、すっきりとはいかない。しかしテーマを絞ると、遊女遠山の元信に対するひたむきな愛情と献身ということができる。
 上の巻の初め「越前気比の浦の場」は、狩野元信の伝承に基づいて書いているが、ここ一番のヤマ場はなんといっても「山科土佐将監閑居の場」。希望がかなえられず、死を覚悟した吃音(きつおん)画家・浮世又平が、必死の努力で絵の奇跡を起こすという設定は、非常に傑出している。話の本筋とは違うが、人間性がよく出ているので、人気のある場となっている。
 この又平は、「浮世又兵衛」と呼ばれた実在の江戸初期の画家・岩佐又兵衛とよく混同されるが、時代が違い、この作品の又平は歴史的事実と無関係な人物設定である。
 中之巻はお定まりの廓(くるわ)場で始まり、元信と亡霊となった遠山の道行「三熊野かげろう姿」が最大の見せ場となる。
 話の筋はこの中之巻で終わりで、下之巻はいわば、つけたり。大銭のからくりなどが見せ場であった。

作品の梗概

 [上之巻](越前気比の浦の場・江州高嶋屋形の場・山科土佐将監閑居の場)
 近江国の大名・六角頼賢が名松の絵本を集めているのを聞いた狩野元信は、有名な武隈の松を描くため、越前気比の浦に行く。そこで父土佐将監のために身を沈めた傾城・遠山に出会い、お互いの素性を語る。遠山は、笠を枝葉に見立てて家の秘伝の松の筆法を教え、将来の契りを約束する。
 六角家の家老・名古屋山三に推挙された元信は、心を寄せる銀杏の前の計略に乗せられて、祝言の盃を交わし結婚が成立する。これを知った執権の不破道犬、伴左衛門父子は、元信に無実の罪をかぶせて捕え、柱に縛り付けるが、元信が自分の血で襖戸に描いた虎に魂が入って動き出し、元信を背に乗せて敵を追い散らす。
 そうして有名な山科土佐将監閑居の場。元信が描いた虎が近郷を荒らし、土佐将監の庵に現われる。絵と見破った将監の弟子・修理之介が「土佐」の苗字を許され、見事に虎を筆で消し去ってしまう。
吃又  そこに、兄弟子の又平夫婦が師匠の見舞いに訪れる。又平は言葉が不自由なハンディを持ち、大津絵を描きながら生計を立てているが、師匠にいくら「土佐」の苗字を望んでも許されない。
 折から雅楽之介が元信の災難を知らせに来て、捕えられた銀杏の前の救出を頼む。又平はその救出の役を申し出るが、これも断られ、もうこれまでと自害を覚悟して自分の姿を手水鉢に描くと、念力が通って絵が石の裏まで通り抜ける。=左の絵はその場面を描いたもの(小学館刊「新編日本古典文学全集・近松門左衛門集」から引用)。
 その筆勢に驚いた師匠から又平は苗字を許され、銀杏の前の救出に出かける。
 その又平が銀杏の前を家にかくまうと、敵の追手がかかるが、又平の描いた大津絵の精が飛び出して追っ払う。

 [中之巻](六条三筋町大門口の場・同舞鶴屋の場・北野右近の馬場の場・北野社人の宅の場・三熊野かげろう姿・北野社人の宅の場)
 京の島原で、不破伴左衛門の死体が見つかり、遣手(やりて)のみやが巧みな弁舌を振るって詮議の役人を追い返す。このみやこそ、落ちぶれた傾城遠山であった。
 そこに、元信が門付け芸人に身をやつして訪れ、4年ぶりにみやと対面。元信が銀杏の前と夫婦になると知って、悲嘆にくれる
 みやは、白無垢姿で銀杏の前の花嫁駕籠を襲い、みやの心情を汲んだ銀杏の前は49日間だけ身代わりとなって元信に添うことを許す。
三熊野かげろう姿  その婚礼5日目に、元信の家を訪れた名古屋山三は、廓の者からみやが7日前に死んだと知らされる。さてはみやは亡霊かと驚いて様子を見ると、元信はみやの願いで熊野三山の絵を寝室の襖(ふすま)に描き、これを背に熊野詣での道行。しかし、みやが逆立ちで歩む姿に気づき、元信はみやがこの世の者でないことを知る。=逆立ちのみやに驚く元信の絵(「新編日本古典文学全集・近松門左衛門集」から引用)。
 一方、不破道犬らは自分らの悪だくみが露見して捕えられ、役人に引き立てられる。

 [下之巻](山科土佐将監山庄の場)
 高い官位を得た元信が、将監を訪れて勅勘お許しを伝える。そして名古屋山三の発案で、亡き遠山の代わりに銀杏の前を娘分として、傾城の道中姿で来させ、元信と祝言を挙げさせる。

作品の参考メモ

 ●題名の「反魂香」=漢の武帝が愛妃・李夫人に先立たれ、香をたくとその面影が現われたという故事にちなみ、死者の姿を煙の中に現わす香をいう。
 ●大津絵の祖=この作品の浮世又平は、大津絵を描いて生計を立てていることになっているが、大津絵の祖について「本朝文鑑」や「東海道名所図会」など江戸時代の文献は、浮世又平(又兵衛)とか、岩佐又平と書いている。
 いずれも、この作品の後なので、影響を受けたと考えられ、こうした説が流布していたようだ。



         [参考文献]
          藤野義雄著「近松名作辞典」(桜楓社)
          新編日本古典文学全集「近松門左衛門集B」(小学館)
          鑑賞日本古典文学・大久保忠国編「近松」(角川書店)
                                ほか。



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