| 上演年 | 題 名 | メ モ |
|---|---|---|
| 元禄6年(1693) | 仏母摩耶山開帳 (ぶつもまやさんかいちょう) |
京都の都万太夫座で上演。現時点で確実な近松最初の歌舞伎作品。上中下三番続き。摂津麻耶山の十一面観音の開帳を当て込んだ作で、大名・六田家のお家騒動物。藤十郎が扮する若殿の掃部(かもん)の放蕩につけ込み、継母とその弟が家の乗っ取りをねらう筋書きで、藤十郎得意の廓場を中心に展開する。傾城買い狂言の早い例。 |
| 元禄8年(1695) | 今源氏六十帖 |
京都の早雲長太夫座で上演。住の江家の後室が、世継ぎが勘当中なのを幸いにお家乗っ取りを企む三番続きのお家騒動物。大和屋甚兵衛が継子の総領「住の江なるおの介」、藤十郎が「相生いくよの介」に扮し、光源氏に匹敵する美しい風流姿を競い合うのが見どころ。 |
| 同 | けいせい阿波のなると |
早雲長太夫座で上演。三番続きのお家騒動物。年若い武家の後妻が、先妻の子に邪恋して、兄と手を組んでお家の横領を企むという珍しい趣向で、好評を博す。上の巻をお家騒動、中の巻を廓場などの世話場と対照的な舞台にし、藤十郎ら役者の得意芸をよく生かした作品。 |
| 同 | 水木辰之助餞振舞(みずきたつのすけ たちふるまい) |
早雲長太夫座で上演。三番続きのお家騒動物で、絶大な人気を誇った若女形・水木辰之助が江戸に下がるに際してのお名残狂言。辰之助が扮した有馬の湯女お藤が事件に巻き込まれて殺され、死霊となって活躍する話。辰之助は工夫した紫縮緬の野郎帽子が「水木帽子」として大流行するほどの人気者であった。 |
| 同 | 姫蔵大黒柱(ひめくらだいこくばしら) |
都万太夫座で上演。三番続きお家騒動物。姫蔵家では、外腹の姉娘九重を家に入れて養子を迎え、正腹の妹娘なにわの前を浜松力之介に嫁がせようとするが、なにわの前の母であある御台が承知せず妨害。力之介の活躍でなんとか無事に2組の夫婦が誕生するという筋書き。 |
| 元禄10年(1697) | 卯月九日・其暁明星が茶屋 |
都万太夫座で上演。実際に起こった4人殺しを劇化した世話狂言。手代九右衛門と茶屋のおよしは恋仲だが、およしに横恋慕する相手代の十左衛門が主人の預かり金を盗み、その罪を九右衛門になすりつけたため、主人から勘当。九右衛門は恋人まで横取りされそうになって、4月9日夜、伊勢の明星が茶屋で、十左衛門ら4人を殺して復讐する。 |
| 同 | 大名なぐさみ曽我 |
都万太夫座で上演。上下二番続き狂言。ある大名が伊勢神宮からの帰り、迎えに出た家臣たちが吉例の曽我狂言として人形浄瑠璃「世継曽我」のパロディを演じるという趣向。曽我の仇討ち後に縁故があった人物が多く登場し、初期の元禄歌舞伎が持つおおらかな世界が展開する。 |
| 同 | 百夜(ももよ)小町 |
都万太夫座で上演。上下二番続き狂言。小野小町のもとに通い続ける深草少将をはじめ、在原業平や喜撰法師ら六歌仙が登場。小町に横恋慕する大伴黒主ら悪者を滅ぼす。この「百夜小町」の絵入り狂言本の最後に「夕霧七年忌」がついており、このことから「夕霧七年忌」が近松作といわれる根拠になっている。 |
| 同 | けいせい七堂伽藍(しちどうがらん) |
| 都万太夫座で春二の替りに上演。流浪中の和泉国の若殿・花司大十郎を探す家老・朝日山妻右衛門を中心とした三番続きのお家騒動物。悲劇、やつし、傾城買い、踊りのほか、泣かせる場面として珍しい心中狂言の要素を取り入れた世話場もある。この作品は題名のみ知られ、作者・内容とも不明だったが、平成13年に絵入り狂言本が発見され、内題下に近松の署名があることから、近松作と分かった。 元禄11年(1698) | 一心二河白道(いっしんにかびゃくどう) |
| 都万太夫座で上演。三番続き狂言。佐伯郡司家のお家騒動に、清水寺の僧清玄が桜姫に恋をするが叶わず、住持から破門となり、生霊となって姫を苦しめるという清水寺を背景とした怪談物がからむ。火の川と水の川が現われ、閻魔大王の裁きも描かれる。 同 | けいせい江戸桜 |
| 都万太夫座で上演。三番続き狂言。競争相手の早雲座で上演された江戸の名優・中村七三郎の「けいせい浅間嶽」が大当たりしたのに対抗して、近松が作った作品。前年に江戸から帰った人気役者・水木辰之助を奴高尾に振り当てて江戸言葉を使わせるなど、珍しく江戸情緒たっぷりに描いたが、「けいせい浅間嶽」の人気に勝てず、興行的には失敗であったという。 元禄12年(1699) | けいせい仏の原 |
| 京で加賀国月窓寺の「沓(くつ)はき弥陀如来」が開帳したのを当て込み、都万太夫座で上演。三番続きのお家騒動物。藤十郎扮する若殿・梅永文蔵は、もと奥州と今川という遊女となじんで放蕩を重ねた身だが、お家の乗っ取りを企む弟・帯刀の悪計に陥れられて追放される。落ちぶれた文蔵は、昔なじみの奥州と偶然出会ってわが身を歎いたり、子まで作った今川の父乾介太夫が帯刀派の敵であることを知るが、娘と文蔵の関係を知った介太夫が翻意して帯刀を討ち、見事にお家を再興する。文蔵のやつし事や、恋のいきさつを語る廓の長話が話題になった。評判記で賞賛され、興行的にも大成功であった。 元禄14年(1701) | 御曹司初寅詣(おんぞうし はつうまもうで) |
| 都万太夫座で上演。「義経記」に基づいて作った三番続き狂言。源義経が奥州に下がる時、兵法家・鬼一法眼秘蔵の虎の巻を手に入れる苦心と、鬼一法眼の娘・桂との恋を中心に描く。 同 | 新小町栄花車(いまこまち えいがのくるま) |
| 都万太夫座で上演。お家騒動に恋をからませた三番続き狂言。春永若菜の介の許嫁・住の江姫に、継母の子・和合の介が横恋慕し、継母がお家乗っ取りを企む。この陰謀を若菜の介らが阻む筋書きで、男女の深い契りを現わす比翼の鴛鴦(えんおう)の精が活躍する。 元禄15年(1702) | けいせい壬生大念仏(みぶだいねんぶつ) |
| 都万太夫座で上演。三番続き狂言。近松狂言の集大成ともいうべき大傑作。京の壬生地蔵開帳を当て込んだお家騒動物。藤十郎扮する高遠家の若殿・民弥がなじみの島原の傾城・道芝に溺れて姿をくらまし、継母とその弟がお家乗っ取りを図るが、忠臣らの活躍で悪人側を滅ぼす。民弥の酒粕買いのやつし事、酒に酔っての独り狂言(廓咄)など見どころ・聴きどころが多い。平成10年に近松座が、初演以来296年振りに復活上演。 同 | 女郎来迎柱 | (じょろう らいごうばしら)
| 都万太夫座で上演。三番続き狂言。大好評であった「けいせい壬生大念仏」の後日狂言で、配役もほとんど同じ。 同 | 壬生秋の念仏 |
| 都万太夫座で上演。三番続き狂言。「けいせい壬生大念仏」の後日の後日狂言、つまり3部作目に当たる。作者名が記されていないが、近松作と推定。 元禄16年(1703) | からさき八景屏風 |
| 早雲長太夫座で上演。三番続き狂言。その年4月に唐崎であった駕籠かきの娘おつたと屏風屋の手代小兵衛の心中を劇化。主人公をおあさ・清兵衛と変え、この2人が心中前に京の芝居小屋で心中劇を見たうえ死んだとのウワサから、中の巻に「心中半七三勝七年忌」を劇中劇に仕組んだ。立役は坂田藤十郎でなく、大和屋甚兵衛。 宝永元年(1704) | 吉祥天女安産玉(きちじょうてんにょ こやすのたま) |
| 都万太夫座で上演。大黒長者家の三番続きお家騒動。欺瞞と誤解の連続で話の筋が展開し、滑稽味も横溢している。また吉田・吉松・吉昌の3姫に当時売り出し中の役者を割り当て、濡れ事を演じさせたという観客本位の作品。 宝永2年(1705) | 傾城金龍橋 | (けいせい きんりょうのはし)
| 都万太夫座で上演。近松、最後の歌舞伎作品で三番続き狂言。舟遊びや水からくりなど、夏の風物を場面に取り込む。立役は坂田藤十郎でなく、山下京右衛門。 |
◆参考作
| 上演年 | 題 名 | メ モ |
|---|---|---|
| 貞享元年(1684) | 夕霧七年忌 (ゆうぎりしちねんき) |
京都の都万太夫座で上演。藤屋伊左衛門は、夕霧にそっくりの島原の太夫・難波に通い詰め、揚げ代の残金15両を支払うため、夕霧との間にできた娘おせきを大坂・新町の廓に身売りさせる。そのおせきを新町に尋ねた伊左衛門は偶然、太夫・難波に出会う。難波は伊左衛門の揚げ代の残金を済ますため、新町に住み替えたことが分かり、最後は親方の計らいで親子と難波3人そろって廓を出るという話。藤屋伊左衛門は、坂田藤十郎の当たり役。 |
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