目次の概要


ご 案 内




近松関係の情報やご意見・ご感想があればお寄せ下さい。



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 人  物  編

*生い立ちとその謎

 近松自身、経歴についての資料をほとんど残していませんので、生い立ちは長らく謎に包まれていました。出生地でさえ江戸時代は諸説ふんぷんで、ようやく確定したのがなんと昭和30年代。その謎を追います。

*武士を捨て浄瑠璃に

 浪人となった父とともに京都に住んで、公家奉公。次第に浄瑠璃に興味を深め、ついに武士を捨て芸能の世界に飛び込みます。思い切った変身です。どのような経緯があったのでしょうか。

*「近松門左衛門」名乗り

 「世継曽我」と「出世景清」を書いて世間に認められ、ようやく一人立ち。竹本座を旗揚げした竹本義太夫と出会い、禁を破って「作者近松門左衛門」を名乗ります。このペンネームの由来は。

*歌舞伎で藤十郎と組む

 浄瑠璃作者の近松は、上方歌舞伎の名優・坂田藤十郎に才能を買われ、約10年間、歌舞伎を中心に創作活動を続けます。ほとんどが藤十郎主演ですが、どんな作品が舞台に上がったのでしょう。

*「曽根崎心中」大当たり

 歌舞伎に足を踏み入れていた近松は、突然、浄瑠璃に復帰します。そして〜
   「この世のなごり、夜もなごり。死にに行く身をたとふればー」
   この道行の名文句でおなじみの有名な「曽根崎心中」を書き、お初・徳兵衛のひたむきな恋が大評判。大当たりをとるのです。世話浄瑠璃の誕生です。この作品の新趣向なども。

*華麗な「世話物」の世界

 「曽根崎心中」のあと、近松は竹本座の座付き(専属)作者になり、住まいを京都から大阪に移します。そして、世話浄瑠璃の傑作を次々と書くのです。世話浄瑠璃とは、どのような作品だったのでしょう。

*趣向を競う「時代物」

 浄瑠璃の作品のうち、お家騒動など武士を主題にしたものが「時代物」です。「時代物」は、趣向が決め手といいますが、どんな作品だったのでしょうか。その特色や内容、構成などをみます。

*人物像と家庭生活

 近松の肖像画といわれるものが、数点残っていますが、どれも大変違った感じです。近松は、どんな人物だったのでしょう。資料が少なく、よく分かりませんが、推測してみます。また家庭生活は。奥さんや子どもはいたのでしょうか。

*辞世文の意図と心情

 死ぬ直前に、自分の肖像画を描かせて「辞世文」というものを書き残しています。どんなねらいがあったのでしょうか。この「辞世文」も大きな謎ですが、それを書いた近松の心情は。

*臨終の地と2つの墓

 臨終の地は大阪と推定されますが、具体的な場所は確定されていません。それに、お墓が尼崎市内と大阪市内の2ヶ所にあります。どちらが本当のお墓なのでしょうか。

 作品一覧と論考編

*近松の主な歌舞伎狂言

 藤十郎と組んだ作品を中心に、約40編あるといわれます。しかし、現在では傑作といわれている作品さえ、ほとんど馴染みがありませんので、比較的知られた16編を選んで紹介します。

*「世話物」24編一覧

 近松が書いた人形浄瑠璃の本領は、「世話物」にあります。その数は24編。3大傑作の「曽根崎心中」「冥途の飛脚」「心中天の網島」をはじめ、すべての作品にメモをつけて列挙しました。

*「時代物」作品一覧T・U・V

 近松は、劇作家としてスタートして以来、生涯にわたり「時代物」を90編書いたようです。世話物に比べますと、約4倍。そのうち、近松作品として確かな74編と参考編13編の題名を、3ページに分けて挙げました。

*浄瑠璃作りの秘訣

 近松の浄瑠璃作りの秘訣を、江戸時代の儒者・穂積以貫が聞き書きして「難波土産」という本に載せ、後世に伝えています。近松の考えを知る唯一の資料です。有名な「虚実皮膜論」をはじめ、いろいろの芸論を紹介します。

*「心中物」執筆の背景

 近松にとって初めての世話物「曽根崎心中」の執筆は、新しい挑戦でしたが、新しづくめかといいますと、そうではありません。世話物には、一つのパターンがあったのです。それに近松は工夫を凝らしました。その作劇法の新機軸などを考えます。

*「死の道行」名文考

 まず道行の意味を考えたうえ、近松の「曽根崎心中」をはじめ、「冥途の飛脚」の梅川・忠兵衛「相合駕籠」、「心中天の網島」の「名残の橋尽し」などの名道行文をじっくり鑑賞します。

 作品解説編

*時代浄瑠璃「出世景清」

 近松が竹本義太夫のために初めて書いた提携第1作で、古浄瑠璃と区別して「新(当流)浄瑠璃の始まり」といわれる作品です。悪七兵衛景清と妻・小野姫にからむ遊女・阿古屋の愛憎の葛藤の筋道を辿ります。

*時代浄瑠璃「用明天王職人鑑」

 近松が竹田出雲を座本とする新体制の門出を祝って書いた円熟期の代表作。仏法と外道との対立を中心に話は展開しますが、出雲の意向や興行方針を大胆に取り入れ、からくりをふんだんに使ったスペクタルな作品です。

*時代浄瑠璃「けいせい反魂香」

 近松、56歳の円熟期の作。室町時代の画家・狩野元信の150年忌を当て込み、元信を主人公にした時代浄瑠璃で、遊女のひたむきな愛情が中心ですが、特に上之巻「土佐将監閑居の場」は「吃又」として有名です。

*時代浄瑠璃「国性爺合戦」

 竹本義太夫亡き後、竹本座の命運をかけて近松が書いた晩年の作品。中国を舞台にした雄大な物語と異国情緒が評判になり、3年越し17ヶ月の上演記録を打ち立てた時代物の大傑作です

*時代浄瑠璃「平家女護島」

 「平家物語」や謡曲「俊寛」をもとに、虚実を取り混ぜ、趣向を凝らした作品。とくに2段目切の「鬼界が島」は、ただひとり島に残る流人俊寛の悲壮な人間味を横溢させた愁嘆場で、浄瑠璃はもとより歌舞伎でも後世に残る名作として伝わっています。

*世話浄瑠璃「曽根崎心中」

 近松が初めて心中事件を取り上げた浄瑠璃作品。お初・徳兵衛の純粋な愛と抜き差しならぬ葛藤が評判を呼んで大当たり。これ以後、庶民を主人公にした心中物や不義物などを「世話浄瑠璃」と呼ぶようになります。

*世話浄瑠璃「冥途の飛脚」

 近松中期の代表作。飛脚屋の養子・忠兵衛が遊女梅川の身請けにからんで、男の一分を立てるため、大罪となる公金の封印を切り、駆け落ちするというお話で、「封印切り」「新口村」とも呼ばれる傑作です。

*世話浄瑠璃「心中天の網島」

 近松が死去する4年前の作品で、世話浄瑠璃の最高傑作に挙げられています。妻子ある治兵衛をはさんで、心中を食い止めたい妻おさんと遊女小春の「女同士の義理」が見事に描かれています。

 資  料  編

1・出生地の諸説一覧

 近松の出生地に触れている江戸時代の主だった諸本の記述をまとめてみました。「越前説」「長州説」「京都説」など、いろいろあります。

*2・ペンネーム由来諸説

 江戸時代から、近松が若いころに「近松寺」で修行したからという説が有力です。滋賀と佐賀にある「近松寺」修行説を中心に、最近の説も紹介してあります。

3・近松をめぐる人たち

 近松と関係の深かった「竹田出雲」「辰松八郎兵衛」ら人形浄瑠璃の人、また近松の資料を残した「穂積以貫」らの横顔を、簡単にまとめました。

4・浄瑠璃の興行形態

 元禄当時の興行形態を知る資料は少ないのですが、芝居小屋のこと、観客・入場料のこと、1日の興行形式などを考えます。

5・浄瑠璃のキーワード

 「浄瑠璃」の語源、「三味線と人形操り」、「五段物と一段物」「なぜ文楽と呼ぶか」など、浄瑠璃を理解するのに必要な言葉を解説しました。

6・参考文献一覧

 近松関係の全集や人物論、研究書のうち、比較的新しいものを挙げました。

●近松の略年譜

 近松の誕生から死去までの歩みを年代順に辿っていきます。同時に歌舞伎と浄瑠璃作品の上演年を見ていきます。

●近松関連リンク集

2お墓を縁に「近松のまち」を名乗っています兵庫県尼崎市のホームページをはじめ、資料がしっかりしていて、調べるのに便利なページを挙げてみました。



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