| 元禄16年(1703) | 「曽根崎心中」(そねざきしんじゅう) |
近松が初めて庶民の世界を取り上げて筆を下ろした心中物で、「世話浄瑠璃」というジャンルを切り開いた傑作。堂島新地・天満屋の遊女お初と醤油屋平野屋の手代徳兵衛の純粋でひたむきな愛と、抜き差しならぬ葛藤が評判を呼んだ。「この世の名残、夜も名残〜」の名道行文は古今の名文として有名。大当たりして、竹本座の経営を立て直す。(詳しくは「曽根崎心中大当たり」の項、または「作品解説」を) |
| 宝永元年(1704) | 「薩摩歌」(さつまうた) |
当時の流行歌「お万・源五兵衛」をもとに、もう一組「小万・三五兵衛」と2組のカップルを登場させた仮構物。お万の欲深い継母への刃傷沙汰や三五兵衛の敵討ちをからめ、歌舞伎的趣向が強い作品だが、筋書きは複雑。評判のいい作品とはいえない。 |
| 宝永3年(1706) | 「心中二枚絵草紙」(しんじゅうにまいえぞうし) |
実際の心中を題材に。市郎右衛門と遊女お島はなじみの仲だが、市郎右衛門の義弟が父の預かり金を盗んで、その罪を市郎右衛門にかぶせ、勘当の身となって2人は心中を決意。申し合わせた同時刻にお島は廓の部屋で、市郎右衛門は長柄の堤で別々に死ぬ。 |
| 同 | 「卯月紅葉」(うづきのもみじ) |
古道具屋の娘おかめの婿養子与兵衛が、家督相続をめぐっておかめの父の妾と弟に家を追い出され、おかめも後を追って脱出。梅田堤で夫婦心中するが、与兵衛だけ生き残るという入婿夫婦の悲劇。 |
| 宝永4年(1707) | 「堀川波鼓」(ほりかわ なみのつづみ) |
近松3大姦通物の一つ。武士の妻お種が、酒の酔いで心ならずも鼓(つづみ)師と密通。お種は自殺して、夫が女敵討(めがたきうち)を果たす。下級武士の悲哀がにじんだ作品だが、近松はお種の姦通を人間的であるがゆえの過ちとして描いている。 |
| 同 | 「五十年忌歌念仏」(ごじゅうねんき うたねんぶつ) |
処罰物。奉公先の但馬屋の娘お夏と密通関係にあった手代清十郎は、同僚が企んだ悪だくみを知って殺害しようとするが、誤って他の同僚を刺殺して逃亡。お夏は狂乱して後を追うが、清十郎は捕えられ処刑場に連行される途中、お夏が差し出した煙管(きせる)で自害、お夏は尼になる。お夏清十郎物の実説は明らかでないが、非常に広く流布した。題名はその五十年忌をうたったもの。 |
| 同 | 「卯月潤色」(うづきのいろあげ) |
「卯月紅葉」の後編になる後追い心中。おかめと心中を図り、1人だけ助かった与兵衛は、出家しておかめの供養をしていたが、1周忌が近づいてきたある日、尋ねてきたおかめの亡霊と話し合ったあと、書置きを残して剃刀で後追い死する。 |
| 同 | 「心中重井筒」(しんじゅうかさねいづつ) |
実説は不明。妻子のある紺屋の入り婿・徳兵衛が、なじみの遊女おふさのため金を借りるが、貞節な妻たつと遊女の板挟みになって、死を決意。おふさと心中する。妻子ある男の初めての心中で、敵役は登場しない。 |
| 同 | 「丹波与作待夜の小室節」(たんばよさく まつよのこむろぶし) |
語り草として伝わる俗説や歌謡を題材にした仮構物。武士の与作は、放蕩の末に主家を追われて落ちぶれ、妻の滋野井は姫の乳母に。馬子(まご)になった実子三吉との出会いをめぐる親子の情愛と別れ、不運な男女の愛情を描く。後世の改作「恋女房染分手綱」の「重の井子別れの段」の原作。 |
| 宝永6年(1709) | 「淀鯉出世瀧徳」(よどごい しゅっせのたきのぼり) |
処罰物。大坂の豪商・淀屋辰五郎の闕所(けっしょ=家財など没収)追放事件を題材に。豪商江戸屋勝二郎が遊里狂いしている間に、取り巻き連中が悪だくみ。勝二郎は闕所・追放となって太夫吾妻とともに奈良に落ちるが、吾妻が身請け話を勘違いして、人を殺す破目に。 |
| 同 | 「心中刃は氷の朔日」(しんじゅう やいばはこおりのついたち) |
鍛冶屋の弟子平兵衛は、愛する遊女小かんを国許に帰して嫁入りさせたくないばかりに、身請け金を作るため、主人に無断で内職。これが露見して勘当され、2人は心中を覚悟し、剃刀で死ぬ。遊女小かんが播磨の大名の鷹匠の娘として描かれているのが異色。 |
| 宝永7年(1710) | 「心中万年草」(しんじゅうまんねんそう) |
実際の心中を脚色。町家の娘お梅と恋仲になった高野山の寺小姓久米之介が、女色をとがめられて山を追放される。一方、お梅には親が決めた相手との祝言が迫り、2人は高野山の女人堂で心中する。若者の純粋な恋。 |
| 正徳元年(1711) | 「冥途の飛脚」(めいどのひきゃく)」 |
処罰物。飛脚屋の養子・忠兵衛が、事の成り行きから「町人の一分」を立てるため、預かった公金300両の封印を切り、なじみの遊女梅川を身請けする。封印切りは死刑の大罪。2人は覚悟を決めて忠兵衛の故郷の新口(にのくち)村に逃げるが、捕らえられる。確かに「短気は損気の忠兵衛」だが、近松は忠兵衛を純情一途な男性、梅川を利発な心の優しい女性として描いている。後世、「けいせい恋飛脚」や歌舞伎の「恋飛脚大和往来」に書き替えられるが、上演回数の多い作品である。(詳しくは「作品解説」を) |
| 同 | 「今宮の心中」(いまみやのしんじゅう) |
針子のおきさと相愛の手代二郎兵衛は、恋敵の元手代・由兵衛が勝手に書いたおきさの結婚証文を主家の戸棚から盗み、破り捨てるが、これがとんだ思い違いで大事な商売の証文と分かり、主家への申し訳けに2人は首をくくって死ぬ。 |
| 正徳2年(1712) | 「夕霧阿波鳴渡」(ゆうぎり あわのなると) |
若くして死んだ大坂・新町の有名な夕霧太夫の35回忌に当たっての劇化。零落した伊左衛門となじみの夕霧との深い交情に、夫と夕霧の子と信じて育てた子が、伊左衛門の子と知る平岡左近の妻・雪の苦衷がからんで話は展開。最後は病床の夕霧に身請け金が届いてハッピーエンドとなる年忌物らしい結末。後世に残る夕霧狂言の基盤を定めた作品で、この上の巻がのちに「廓文章」に改作される。 |
| 同 | 「長町女腹切」(ながまち おんなはらきり) |
仮構物。大坂・長町で実際にあった女の腹切りと、京都の遊女お花と刀屋職人半七との心中事件を取りまぜて劇化。半七は、お花が欲張りの継父から20両のため勤めを延ばされそうになったのを救うため、叔母から預かった刀を安物とすり替えて売り払い、金を工面する。これを知った叔母は、預けた刀に祟りがついていたことからすべての責任を負って、腹を切って死ぬ。珍しい女性の切腹。 |
| 正徳5年(1715) | 「大経師昔暦」(だいきょうじむかしごよみ)」 |
実際にあった大経師家の密通事件をもとに脚色した近松3大姦通物の一つ。暦を販売する大経師の妻おさんが、夫の好色をこらしめるため女中と床変わりしたのが、間違いのもとになって手代茂兵衛と姦通。やむなく駆け落ちするが捕らえられ、洛中引き回しのうえ処刑となるところを、和尚の尽力で助かるという話。 |
| 同 | 「生玉心中」(いくたましんじゅう) |
茶碗屋の嘉平次は、養子の話を断り、父の店の品物で茶屋遊びの借金を払おうとするが、頼んだ長作に騙し取られる。このため養子話を断り切れず、最後の孝行と承諾するが、なじみの遊女おさがと別れられず心中する。 |
| 享保2年(1717) | 「鑓の権三重帷子」(やりのごんざ かさねかたびら) |
3大姦通物の一つ。出雲松江藩の茶道師匠・浅香市之進の妻おさいと弟子の小姓・笹野権三は、おさいが解いた帯から権三の同僚・川端伴之丞の落とし穴にはまって、不義密通の濡れ衣を着せられ、やむなく不義者となって駆け落ち。おさいの弟があらぬウワサを広げた伴之丞を討ち取ったあと、市之進とともに女敵討ち出て、伏見・京橋の上でおさい・権三を討ち取るという筋書き。変則の1段2巻物。 |
| 享保3年(1718) | 「山崎与次兵衛寿門松」(やまさきよじべえ ねびきのかどまつ) |
仮構物。大坂・新町の太夫吾妻は、与次兵衛という想い人がある身だが、みすぼらしい難与平とも盃を交わし、与平は吾妻に横恋慕の煙草屋彦介の乱暴を懲らしめる。与次兵衛は与平の侠気に感じ入り義兄弟の約束をするが、与平がまた彦介と喧嘩して怪我をさせ、この罪を与次兵衛がかぶって座敷牢に。与次兵衛の父浄閑や妻きくとの身内間でいざこざが起こるが、最後はめでたく吾妻が与次兵衛に身請けされるまでを描く。 |
| 同 | 「博多小女郎波枕」(はかたこじょろう なみまくら) |
処罰物。長崎の抜け荷買い(密貿易)を題材に。京の商人・小町屋惣七は、博多に商用で出向く途中、毛剃九右衛門の抜け荷を目撃して、仲間に引き入れられる。しかし父の諫言で改心して、なじみの博多の遊女小女郎と逃亡するが、惣七だけ捕まって駕籠の中で自害。抜け荷仲間は軽い罰で釈放されて、小女郎は惣七の死を歎き悲しむ。 |
| 享保5年(1720) | 「心中天の網島」(しんじゅうてんのあみしま) |
近松の最高傑作。紙屋治兵衛となじみの遊女小春は心中まで約束する仲だが、小春に届いた治兵衛の妻おさんの頼みの手紙で小春が心にもない愛想つかしをし、治兵衛は本心から怒る。そこに商売仲間の太兵衛から小春の身請け話が持ち上がり、小春が承諾したという噂から、おさんは小春が死ぬ覚悟と知って、女同士の義理立てから身請けの金を工面して救おうとするが実らず、治兵衛・小春は網島の大長寺近くの堤で心中するまでを感動的に描く。道行の「名残の橋づくし」が有名。(詳しくは「作品解説」を) |
| 享保6年(1721) | 「女殺油地獄」 (おんなごろし あぶらのじごく) |
処罰物。河内屋与兵衛は手のつけられない不良青年。店の売上金も遊里遊びに注ぎ込むうえ、「家を相続させよ」と義父に迫るが、拒否されて実母にまで乱暴、勘当となる。近所の油屋の女房お吉は、この与兵衛をなにくれと面倒をみてきたが、遊びほうけて金に困った与兵衛から借金を申し込まれ、この借金を断ったばかりに、罪もないのに惨殺される過程を描く。初演当時は「残虐すぎる」と不評で再演されなかったが、明治になって復活、人気作品となった。 |
| 享保7年(1722) | 「心中宵庚申」(しんじゅうよいこうしん) |
八百屋の養子半兵衛は、もと武士の子。姑と折り合い悪い女房おちよが夫の留守中、勝手に離婚されたことを知り、連れ帰るが、姑の手前、家に入れられず。板挟みになって夫婦で心中する。武士のモラルを引きずりながら商人世界に生きる男の苦悩が、よく描かれた近松世話物最後の作。 |
[参考資料]
「日本古典文学全集・近松門左衛門集1・2」(小学館刊)
「講座元禄の文学・近松と元禄の演劇」(勉誠社刊)など。
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