資 料 編・1



出生地の諸説一覧




 江戸時代に出版された本で、近松門左衛門の出生地に触れている主なものを挙げますと、下記のようになります。  

[越前(福井)説]

「絵本西川東童」(えほん にしかわとうどう)西川祐信画
 1746(延享3)年刊。近松の出生地を「越前」としている最も古い資料。
「平安 近松門左衛門と号す。本国越前、中ごろ京家につかへ、浄るり作者ト成」
「羇旅漫録」(きりょまんろく)滝沢馬琴著
 1802(享和2)年刊。随筆。36歳の馬琴が京阪を旅して見聞した奇談、異事を記す。
 「越前の産とも又三州の産ともいへり。(略)近松門左衛門ハ、元肥前唐津近松禅寺の小僧なり」
「曲亭漫筆」(きょくていまんぴつ)滝沢馬琴著
 1803(享和3)年刊。諸国を遍歴して見聞した古今の伝記、墓誌、奇説などを記す。
 「姓ハ杉森、名ハ信盛、平安堂巣林子と号す。越前の人(一説三州の人)〜」
「卯花園漫録」(ぼうかえん まんろく)石上宣統著
 1809(文化6)年刊。随筆。学問芸術から風俗習慣まで目に触れた事柄を考証する。
「姓は杉森、名は信盛、平安堂巣林子と号す。越前の人。一説三州の人。少して肥前唐津近松寺に遊学し、後還俗〜」
「南水漫遊」(なんすい まんゆう)浜松歌国著
 1817(文化末)頃刊。歌舞伎や浄瑠璃関係の記事を集めた演劇書。
「越前の人、一説に三州の人ともいふ」
「嬉遊笑覧」(きゆうしょうらん)喜多村信節著  1830(天保1)年刊。江戸期の庶民生活について諸書から集めて考証した一種の辞典形式の随筆。
「姓は杉森、名信盛、平安堂巣林子と号す。越前人。」

[越後(新潟)説]

「橘庵漫筆」(きつあん まんぴつ)田宮仲宣著
 1801(享和1)年刊。和漢古今の雑説を集めて考証した随筆。田宮は大阪の人。
「本北越の産にして、官家に仕へ、浪人して劇場の文を作り、名人の名を得たり」
「伝奇作書」(でんきさくしょ)西沢一鳳著
 1830〜50(天保〜嘉永)年刊。演劇書。大阪劇壇の作者、俳優の伝記逸事などを収録する。
「姓は杉森名は信盛、平安堂巣林子。越後の人」

[京 都 説]

「竹豊故事」(ちくほうこじ)浪速散人一楽著
 1756(宝暦6)年刊。演劇書。浄瑠璃の発生・展開から竹本座、豊竹座の発達に至るまでの歴史を述べる。
「元来は京都の産にて、去る堂上の御家に仕へ、本姓は杉森氏にして由緒正敷 人成しが〜」
「音曲道智編」(おんぎょくみちしるべ)著者不明
 1764〜71(明和頃)刊。三弦の由来から芝居の始まり、浄瑠璃の発達を記した音曲書。
「天和の頃、近松門左衛門といいし人出て新作書けり。元来京都の産にて、姓は杉本氏なり。始めは堂上方に仕官して、其後近江のちか松寺に遊ぶゆへ、此苗字を呼けり」

[近 江 説]

「浄瑠璃譜」(じょうるりふ)著者不明
 1789〜1800年(寛政頃)刊。竹本座、豊竹座の盛衰を記した浄瑠璃年代記。
「出生は近江国。高観音近松寺御坊の尊にて出家をきらひ〜」

[長州(山口)・萩説]

「攝津名所図会」(せっつめいしょずえ)秋里籬島著
 1798(寛政10)年刊。攝津国(大阪)の名所旧跡を図示して解説。
「此狂言作者近松門左衛門といふ者、本姓は杉森氏にして長門国萩の産也」
「仮名世説」(かな せせつ)太田南畝著
 1825(文政8)年刊。世の中の徳行など逸事を記す。
「杉森氏、長門萩の人なり」
「声曲類纂」(せいきょくるいさん)斎藤月岑著
 1847(弘化4)年刊。音曲書。浄瑠璃を中心に江戸時代の三味線音楽全般を解説。
「長州萩の産にして、同藩士杉森某の男なり」
「京攝戯作者考」(けいせつ げさくしゃこう)木村黙老著
 1849(嘉永2)年刊。西鶴、近松ら戯作者70人の評伝など載せる。
「長州萩の産にして、同藩の臣杉森某の男なり。名は信盛、俗称平馬といふ」

[三州(愛知県東部)説]

「羇旅漫録」「卯花園漫録」「南水漫遊」など。
 単独で記したものはなく、すべて「一説では」という形で併記している。

[出雲(島根)説]

「和漢書画一覧」(わかんしょがいちらん)石文山人著
 1839(天保10)年刊。和漢の書画家の伝記を簡単に記す。
「姓は杉森、氏は近松、雲州近松村の産」

(このページは松平進・園田学園女子大学近松研究所長が作成された資料を参考にして、まとめました)



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