〜作 品 解 説〜
「用明天王職人鑑」
(ようめいてんのう しょくにんかがみ)
★作品の成立事情
◆上 演=宝永2年(1705)顔見世。大阪竹本座初演。時代物5段。座本・竹田出雲。大夫竹本筑後掾(義太夫)。作者近松門左衛門・53歳。
竹本座は、元禄16年(1703)「曽根崎心中」で大当たりをとり、長年の借財を一挙に返すほどの大儲けをしたが、座本の竹本筑後掾が「引退する」と言い出し、これを興行界の実力者・竹田出雲が押し止めて、自らが宝永2年に新しい座本を引き受ける。
これまで竹本筑後掾を中心に結ばれていた雇用関係が出雲との契約に変わり、初めて座付き作者となった近松が、その新体制の門出を祝って書いた円熟期の代表作である。
新座本の竹田出雲は、からくり芝居を始めた竹田近江の一統で、人形の操作やからくりに長じ、興行的才能にも優れていた。この作品は、そうした出雲の意向や興行方針を大胆に取り入れて、人形や舞台装置にからくりをふんだんに使い、スペクタルな要素を十分に盛り込んだものである。
★作品の見どころ
まず、興行の顔ぶれがすごい。大夫の竹本筑後掾をはじめ三味線は竹沢権右衛門、女形人形は辰松八郎兵衛という一流中の一流の布陣である。
左の図は、「用明天王職人鑑」の台本の表紙見返しに載った舞台図で、中央手前に辰松、右側に竹沢と筑後掾がおり、左側に近松と座本出雲が描かれている。
中央に立つ人形は、この作中で演じられるからくりで「さくら花さきみだるるからくり」「くもの中より雨ふらするからくり」などと書かれているが、こうした図にも関係者の意気込みがよく出ている。この作品は豪華メンバーとからくりで、またもや大当たりをとる。
話の本筋は、仏法を擁護する花人親王と、外道(仏教以外の教え)を奉じる異母兄・山彦王子との対立を中心に展開し、最後は花人親王派が勝利するが、その中に妖術使いの登場と親王の仏力の見せどころ、3段目に「鐘供養の場」の趣向、5段目に外道退治など、技巧の限りを尽くしたからくりを盛り沢山に仕掛けており、大いに楽しめたことは確かだ。
中でも2段目は、母が自ら実の娘に刺され、息子の身代わりになるとともに、娘の恋も遂げさせて死んでいくという切々たる母の愛情が横溢する場面で、浄瑠璃の独壇場。近松は、ここに歌舞伎の経験や作劇技巧を全面的に生かしている。
また3段目の「鐘供養の場」は、「今昔操年代記」が「3段目かね入りの出がたり〜辰松八郎兵衛出づかい、身振りよく、見物の気をとってのかね入り、蔵入り」と書いているように、辰松八郎兵衛が出語りして非常に評判がよかった。
★主な登場人物
◆花人親王(はなひとしんのう)=のちの用明天王。山彦王子派の迫害に「草刈の山路」(くさかりのさんろ)という童に身をやつして、災難を切り抜ける。
◆山彦王子(やまびこのおうじ)=妖術者を使って花人親王派を撹乱し、あらゆる手段で追い出しをはかる敵役。
◆検非違使勝舟(けびいし かつふね)=花人親王派の家老職で、懸命に親王を守る。
◆五位の介諸岩(ごいのすけ もろいわ)=勝舟の弟。色恋沙汰で天皇の怒りを買って佐渡が島に流人の身。佐用姫に慕われる。
◆松浦の兵藤太(まつらのひょうとうだ)=佐用姫の兄。山彦王子派につこうとするが、母の身代わり死で改心して僧になる。
◆佐用姫(さようひめ)=兵藤太の妹。五位の介諸岩を愛し、兄の身代わりになった母を刺す。
◆松浦の尼公(まつらのにこう)=兵藤太の母。兄妹の仲違いを防ごうとその犠牲になって、身代わり死する。
◆玉世姫(たまよひめ)=真野の長者の娘。花人親王の愛人で、外道が乗り移った継母に堕胎を強制される。
★作品のあらまし
[1段目](内裏の場・山彦王子屋形の場・玉世姫屋形の場)
敏達天皇の同腹の弟・山彦王子が外道を奉じ、仏法を擁護する異母弟の花人親王と対立。法門争いをした結果、花人親王の仏法が認められ、これを祝って天皇は花人親王に対し職人に官位を与えるように命じる。
美人の噂が高い真野の長者の娘・玉世姫は、花人親王を招いて職人受領の宴席を開き、その席で2人は結ばれる。そして職人受領を祝う「職人尽し」が行われる。
一方、花人親王に敗れた山彦王子は、家来の妖術使い・伊賀留田益良(いがるだのますら)を使って妨害を企てる。この宴席の席上、花人親王の守り役・勝舟と姫の守り役・百島太夫が争うように益良が邪法をかけ、それに乗じて山彦王子が押しかけて大暴れする。しかし、花人親王らは力持ちの家来・桶結いの久馬平(おけゆいのくまへい)の活躍で都を逃れる。
[2段目](佐渡が島海辺の場・松浦庄司屋敷の場)
佐渡が島に流れ着いた花人親王らは、流人の身の五位の介諸岩に助けられ、都の騒乱を諸岩に知らす。諸岩はこの騒乱で妻が敵方の娘になったことを知り、飛ぶ雁に託して離縁状を送る。
旅から帰ってきた松浦の兵藤太は、山彦王子方に味方して出世を企むが、召使である諸岩が同意しないので、屋敷を追う。諸岩は兵藤太の妹・佐用姫とひそかに契っていたので、姫に「夫婦になりたければ、敵の兄の首をとれ」と要求する。
これを聞いた母尼公が「月の出を待ち、合図をするから兄を刺せ」というので、姫が言われた通りに刺すと、なんと母尼公。母は兵藤太の身代わりになり、娘の恋も遂げさせて死んでいく。母の死を知り、兵藤太は出家する。
[3段目](播州尾上の浜辺・鐘供養の場)
播州尾上の浜辺で、僧になった兵藤太が海に漂う釣鐘を引き揚げようとしていると、来合わせた花人親王が鐘の銘を見て、先帝の時に異朝から渡ってきた鐘と教え、真野の長者も手助けして鐘を引き揚げる。
その鐘供養の場に、諸岩に離別されて遊女になった妻が参詣に来る。諸岩を見つけて恨みを述べ、佐用姫への嫉妬から狂乱したあげく、鐘の中に入ってしまう。
国師が秘法を使って鐘を持ち上げると、中から諸岩の妻が蛇体になって現われ、節事の「鐘入りの段」になる。これは謡曲「道成寺」の翻案で、角を振り立てて猛火の息を吹きかけるなど、女形人形の振りとからくりの見せ場。国師の祈りで妻は虚空に消える。
[4段目](真野長者屋形の場・同屋形内の場・内山月見堂の場)
壮大な真野長者の邸宅に、山彦王子の家来・伊駒の宿弥が花人親王の使者だと偽って、玉世姫を奪いにやって来る。折りよく親王を探しに訪れた勝舟がが見つけ、伊駒の宿弥の正体をばらす。
一方、玉世姫の継母は外道の妖術にかかって山彦王子方になり、姫が懐妊したことを知ると、きつく責める。これには長者も驚いて、すぐに堕胎させようと下僕の「草刈の山路」ー実は花人親王にその薬の調合を命じる。
ここで山路は薬草取りに、玉世姫は堕胎薬を飲むために赴く道行となり、その薬草を継母が煎じて姫に飲ます。すると仏法の力で毒が薬に変じて、不思議にも姫は玉のような男児を出産する。継母は、生まれた若宮を奪い、殺そうとするが、逆に諸岩の妻の魂が乗り移った牛に突き殺されてしまう。
[5段目](播磨国明石の浜の場・大江山山麓土城の場)
若宮を伴って花人親王らが都に上る途中、諸岩や兵藤太がやって来て、山彦王子らが大江山に籠っていることを知らせる。
若宮を大将にして、山彦王子の城を攻め、妖術者の益良を倒すと王子は戦いもこれまでと頭を打ちつけて死ぬ。そこに勅使が来て、天皇は花人親王に王位を譲る。玉世姫は皇后に、若宮は皇太子になって、めでたしめでたしで幕となる。
★伝説をうまく活用
この作品の中で、近松は中世から伝わる伝説を借りて、筋書きをうまく構成している。それは「真野長者」伝説、「草刈笛」(くさかりぶえ)伝説といわれるものである。中世の舞の本「烏帽子折」(えぼしおり)に「草刈笛」伝説が載っているので、その概要を紹介しよう。
昔、用明天皇が16歳になっても后がいないので募集することになり、美しい女性の絵姿を書いた扇を66本作って「絵姿に似た女性は、急ぎ内裏に参らせよ」と全国に回した。
話変わって、九州・豊後に真野長者という大金持ちがいた。40歳になるのに子がなく、聖観音にお願いしたところ、奥方が懐妊して玉のような姫君を産んだ。
14歳に成長した玉世姫は、都から届いた后募集の絵姿と比べると、姫の方が一段と美しく、朝廷は「急ぎ内裏に参らせよ」と長者の許に勅使を立てた。
しかし、長者が参内を断ったので、朝廷は「一日のうちに芥子(けし)の種を1万石届けよ」とか「豪華な錦で曼荼羅を7流れ織って届けよ」とか難題を吹っかけ「できなかったら、姫を出せ」と迫った。
長者は聖観音のお力などをお借りして難問を解決したが、用明天皇は姫を恋するあまり、身分を隠して豊後の国に赴き、「山路」(さんろ)と名乗って長者の牛飼い舎の一人になる。山路は牛飼いよりも笛がすごく上手だったので、草を刈らず、笛を吹いて舎人たちを慰めた。
こののち、山路は3年奉公して都に帰り、宇佐八幡のお力添えで玉世姫と結ばれ、産まれた子が聖徳太子となった。「用明天皇恋ひゆへ遊ばす笛こそ、草刈笛と申すなれ」という話になっている。
近松のこの作品では、玉世姫と恋仲になった花人親王が追手から身を守るため「草刈の山路」という童に身をやつして、玉世姫と再会するように仕組んでいるが、当時、よく知られた伝説を上手に借用しており、観客の関心を舞台に引き込む技法はなかなかのものである。
★作品の参考メモ
●作者近松の地位上がる=「用明天王職人鑑」上演の際のことを「今昔操年代記」は「近松門左衛門をかかへ、大夫竹本筑後掾、座本竹田出雲と看板並べ」と書いており、近松は竹本筑後掾、竹田出雲と並んで名前を看板に掲げたことが分かる。
それまでは大夫に比べ、作者の地位はずっと低かったが、近松はやっとのことでと竹本筑後掾と並ぶ地位を獲得したのである。
●新しい門出祝う一文=1段目の文章の中に、近松が一座の人名を読み込んで、新スタートした「竹本座」の初興行を祝福しているくだりがある。
「今も国名を許されて、時にあふ江や世に出雲。其の万代も竹の名の、筑後の後の末長き御世に住む身ぞ豊かなる」
つまり「あふ江」とは竹田近江のこと、「竹の名」とは竹本座、「出雲」「筑後」はもちろん竹田出雲、竹本筑後掾のことである。
●5段構想の先駆け=時代浄瑠璃5段の基本的な構成は、初段=事件の発端、2段=事件の展開、3段=悲劇の頂点、4段=新たな展開、5段=事件の解決という形をとり、3段目が最大のヤマ場になっている。
この形の先駆けとなったのがこの「用明天王職人鑑」で、この作以後、身替わり、諫死、骨肉の争いなど悲劇的な局面が2、3段目に置かれるようになったという。
この作品の改作として後世に作られたものに、3段目までは原作そのままの「増補用明天王」がある。
[参考文献]
藤野義雄著「近松名作辞典」(桜楓社)
新編日本古典文学全集「近松門左衛門集B」(小学館)ほか。