作 品 編



「時代物」作品一覧・2




上演年題 名メ モ
宝永3年(1706)「本領曽我」(ほんりょう そが)

曽我物。幼い曽我兄弟の父・河津三郎祐重が、工藤祐経に殺害されるまでの兄弟の幼年時代を描く。雛祭、闘鶏、花争いなど大小さまざまな節事があり、初演当時、人形遣いの名手・辰松八郎兵衛がからくりの妙技を披露したという。

 同 「加増曽我」(かぞう そが)

「本領曽我」の後日談。元服して成人した兄弟が、富士の裾野で仮屋の酒宴で酔って寝た工藤祐経を討ち果たすまでを描く。歌舞伎的な要素に富み「陽気な曽我物」とも評される。

宝永4年(1707)「松風村雨束帯鑑」(まつかぜむらさめ そくたいかがみ)

謡曲「松風」などに拠った在原行平と松風・村雨姉妹の恋争い物語に、行平の女房をからめ、これに浦島伝説などいろいろの趣向を取り入れた作品。男女の愛に加え、子を思う竜女の愛、子孫への浦島の愛などを描く。

宝永5年(1708)「雪女五枚羽子板」(ゆきおんな ごまいはごいた)

赤松満祐が将軍足利義教を自宅に招いて暗殺した事件をもとに、お家騒動風に脚色した作品。将軍家の家臣で、笛・小鼓・太鼓などの名手が揃った藤内太郎ら5人兄弟がそれぞれに活躍して、敵の赤沼入道一派を討ち取るという構成。また当時の歌舞伎役者の得意芸を人形の舞台に移した、歌舞伎的な作品。評判記には「国性爺合戦」らとともに3大傑作に一つに数えられたが、その実績はない。変則の上中下3巻物。

  「傾城反魂香」(けいせい はんごんこう)

室町時代の画家・狩野元信の150回忌を当て込んだ作。元信と遊女遠山を主人公に、近江六角家の家老と執権との対立をめぐるお家騒動風な構成がからむ。絵師・土佐将監の弟子又平が苗字を許されず、死を覚悟して手水鉢に描いた絵が石の裏側まで貫通する奇跡で有名な「吃又(どもまた)」の場は、上の巻にある。全般に歌舞伎的色彩の濃い作品。変則の上中下3巻物。(詳しくは「作品解説」を)

宝永7年(1710)=正徳2年(1712)説も「傾城吉岡染」(けいせい よしおかぞめ)

剣の達人で吉岡染を考案したという吉岡憲法に、石川五右衛門の俗説をからめた作品。禁中で人を傷つけた憲法は、弟子の五右衛門と姿をくらます。憲法の妻子はその行方を尋ね歩いた末、大坂で再会するが、夫を遠国に逃がすため妻は身売り。この親子を五右衛門が助け出すが、五右衛門は追っ手に捕まり、釜煎りの刑にというお話。筋が不自然で無理が多い3段物。

 同 「酒呑童子枕言葉」(しゅてんどうじ まくらのことのは)

花山天皇に入内が決まった女性・三の宮が酒呑童子にさらわれたことから、頼光四天王が大江山の鬼ー酒呑童子を退治する話に、将軍職をねらう平安盛の陰謀などがからむ。酒呑童子は飲酒しない限り、可憐な一面も持つ人間的な存在として描いたところに特徴がある。

 同 「孕常磐」(はらみ ときわ)

平清盛の子を宿した常磐御前は自害するため屋敷を脱出し、怒った清盛は捕えて磔の刑に。その途中、常磐は産気づいて赤子を産むが、赤子は殺される。これを近くで見た義経と弁慶は気負い立つが、金売り吉次になだめられ、その勧めで奥羽へ下向。義経は矢作の宿で浄瑠璃御前と結ばれる判官物。

 同 (推定)「源氏冷泉節」(げんじ れいぜいぶし)

「孕常磐」の後編。上下2巻の変則物。伊豆の伊東祐親に預けられた源頼朝は、祐親の娘・藤の前と結ばれ、子を孕ます。怒った祐親は医師に命じて子を水底に沈め、藤の前を平家の侍に嫁がせようとするが、結局は藤の前は毒殺される。逃れた頼朝は挙兵、この知らせに義経は奥州勢を率いて上京し、その途中、浄瑠璃御前の死を聞いて供養すると、墓塔が砕けて浄瑠璃御前は成仏する。

 同 (推定)「兼好法師物見車」(けんこうほうし ものみぐるま)

赤穂浪士事件を下敷きに太平記物に脚色した作。足利家の執権・高師直が皇女に結婚を迫るのをそらすため、吉田兼好が塩冶判官の妻の美貌を吹き込んだのがきっかけで、師直が判官の妻に横恋慕。手痛く拒絶されたのに遺恨を持って、判官に詰め腹を切らせお家は断絶。判官の妻も追われるが、八幡六郎や吉田兼好が追手に立ち向かって守るという筋書き。上下2巻の変則物。宝永3年初演説もある。

 同 (推定)「碁盤太平記」(ごばん たいへいき)

「兼好法師物見車」の後を受けた1巻物。塩冶判官の家老・八幡六郎が大星由良之介と名を変えて住む屋敷に、吉良方のスパイとして入り込んだ下男を見つけて斬ったところ、この下男ー実は判官の元足軽・寺岡平右衛門で、吉良方に油断させて様子を調べていたことが分かり、平右衛門は碁盤に碁石を並べて師直邸の間取り図を教えて死ぬ。このあと47人の義士は師直邸に討ち入り、師直を見事に討って本懐を遂げるおなじみの話。

 同 (推定)「吉野都女楠」(よしのみやこ おんなくすのき)

「太平記」に拠った作。新田義貞から情けを受けた敵方の小山田高家は、義貞の身代わりになって死ぬが、その首をめぐって義貞の妻と高家の妻が争い、高家の妻の献身がかえって義父の死を招いてしまう皮肉な成り行きを描く。第4段に楠木正成の子・正行が大力の母とともに後醍醐天皇を迎えて追っ手と戦い、吉野に案内するくだりがあることから、この題名がある。

正徳元年(1711)「鎌田兵衛名所盃」(かまだひょうえ めいしょさかづき)

「保元物語」に拠った軍記仕立て。清盛に敗れた源義朝と鎌田兵衛正清らは、正清の妻の実家で尾張の豪族・長田の庄司忠宗方に身を寄せるが、義朝を殺して恩賞に預からんとする忠宗・景宗親子に、鎌田兵衛は酒席でだまし討ちに遭う。また義朝も薬湯に誘われ殺されそうになるが、折りよく薬湯に来合わせた鎮西八郎為朝に救われ、忠宗親子を殺す。変則の上下2巻で、下巻の悲劇的局面に特色。

 同 「源義経将棊経」(みなもとのよしつね しょうぎきょう)

判官物。兄頼朝と不和となり奥州に下った義経は、鎌倉の命を受けた秀衡の長男・国衡らに高館を襲われ、奮戦して血路を開いて蝦夷に落ち延びる。そして鞍馬山の大天狗・鞍馬大僧正に会って助力をえ、義経は弁慶とともに国衡らを破り、仙人となって死んだ浄瑠璃姫のいる浄瑠璃世界に入る。高館城中で女中を将棋の駒に見たてて動かし、合戦計画を練る趣向は面白い。

 同 「曽我扇八景」(そが おうぎはっけい)

曽我物。五郎の愛人・少将は仇の工藤祐経が大磯遊廓で宴会を開くことを兄弟に知らせ、五郎は仇をねらうが、朝比奈三郎に遮られる。一方、大磯の虎は曽我の老母を訪ねるが、母は貧しさから十郎の乳母と偽る。疑う虎の前で十郎はわざと母を扇で叩くと、床下にいた五郎がこれをいさめ、虎が母に五郎の勘当を許されるよう哀訴して、兄弟は母より小袖を貰う。仇討を側面から描いた作品で、全体に華やいだ雰囲気のある変則の上中下3巻。

 同 「曽我虎が磨」(そが とらがいしうす)

上中下3巻。内容的には「曽我扇八景」と共通する場面が多く、遊里情緒を面白くおかしく描写。とくに下巻の兄弟敵討の有様は、使者の注進で間接的に語る趣向になっている。

 同 「百合若大臣野守鏡」(ゆりわかだいじん のもりのかがみ)

蒙古征討の帰途、大将の百合若が眠っているうちに家来の兄弟の謀計で孤島に置き去りにされ、鷹の羽の魔力を借りた妻立花の働きで生き長らえて復讐する話。幸若舞曲などの百合若物を基に、駕籠かきのやつし、有馬の湯女との情話という歌舞伎的な趣向を取り入れて、当世風に脚色。

 同 「大職冠」(だいしょくかん)

中世以来の宝珠をめぐる「大職冠」伝説をもとに脚色。宝珠の存在に疑惑が出てきたため、藤原鎌足が疑惑を払おうと、零落した旧臣とちぎった海女に玉取りを演じさせ、その犠牲で疑惑を晴らして、逆賊の蘇我入鹿を退治する。これまでの「大職冠」物の集大成ともいうべきスケールの大きい作品。

正徳2年(1712)「傾城懸物揃」(けいせい かけものそろえ)

同じ姿の7人に化ける魔法を使って横暴を極める平将門の討伐に、俵藤太秀郷が選ばれ、魔法の秘密を探って、遊女の掛け物の絵解きに事寄せて将門を討伐する。掛け物の絵解きに面白さがある。

 同 「嫗山姥」(こもち やまんば)

謡曲「山姥」に想をえたもので、源頼光が四天王と共に鬼神を退治する話に、坂田金時が山姥に育てられたという出生話も配す。当時の歌舞伎名優・萩野八重桐を当て込んだ山姥が、長いセリフをいう「しゃべり芸」も取り入れ、当世風な趣向を巧みに盛り込む。

正徳3年(1713)〜正徳5年(1715)「弘徽殿鵜羽産家」(こうきでん うはのうぶや)

源氏物語に材をとり翻案脚色した「花山院后諍」の改作。花山帝の寵を受ける弘徽殿女御と藤壺が同時に懐妊。両者が争って藤壺が殺害され、怨霊に。弘徽殿女御も伯父の悪計を知って姿をくらまし、帝は歎いて出家を決意するが、最後は怨霊の藤壺が詫びて弘徽殿女御が無事出産する筋書き。鬼神怨霊の出没に頼光四天王の活躍がからむ。

正徳3年(1713)「ふたり静胎内さぐり」(ふたりしづか たいないさぐり)

判官もの。義経の子を宿した静御前が大津の宿屋で産気づき、宿の亭主・大津二郎は盗賊だった親の業の因果がめぐり、鎌倉方の目を欺くため妊婦の女房の腹を裂いて赤子を取り出し、静御前の子の身代わりにする場面が題名の由来。また最後はおなじみの安宅の関の勧進帳になるが、勧進帳を偽物と見破った富樫左衛門が弁慶の義経を愛する心情にほだされ、関所を通すという設定になっている。

正徳4年(1714)「天神記」(てんじんき)

菅原道真の天神伝説を脚色した作品。史実と伝説を調和させ、異国情緒を盛り込んで構築している傑作の一つ。大宰府に流された道真が、亡き妻の父らの協力で雷神となって敵の藤原時平を討つ。この近松の作に着想をえて、技巧を凝らして作られたのが、のちの竹田出雲ら作「菅原伝授手習鑑」(すがわらでんじゅ てならいかがみ)。

 同 (3年説も) 「持統天皇歌軍法」(じとうてんのう うたぐんぽう)

出奔し行方不明の皇太子に、持統天皇が妃を決める奇策に出て、選ばれた娘長歌が身を隠す皇太子を探し当てて結婚。継子の皇子が女帝を幽閉して皇位につこうとする陰謀に立ち向かって、立願成就の願いを「春過て夏来にけらし白妙の〜」の歌に託して、敵を討つ。

 同 「相模入道千疋犬」(さがみにゅうどう せんびきいぬ)

太平記物。闘犬を好み、犬を溺愛する相模入道北条高時の暴政に、新田義貞と弟の脇屋次郎義助が立ち向かい、2人の働きで北条氏を滅ぼすまでを描く。猛犬白石が義助を助けたり、敵を噛み殺したりの大活躍や義助の愛人・絵合姫の父親が武士の意地を通して自害する悲痛な場面も。当時は廃止されていた生類憐れみの令への政道批判がありあり出た作品。

 同 「釈迦如来誕生会」(しゃかにょらい たんじょうえ)

釈迦牟尼如来(しゃかむににょらい)の一生を描いた仏教的な色彩の強い作品。インドの悉達(しった)太子は、若くして諸芸に習熟し、習わずして諸論に通じていたが、19歳の時、深く人生の無常を感じて、檀特山(だんとくせん)に入る。阿羅々仙人について難行苦行を重ね、ついに悟りを開いて仏法の奇瑞を見せる。その奇瑞にからくり演出か。

 同 「嵯峨天皇甘露雨」(さがてんのう かんろのあめ)

嵯峨天皇の皇位を奪おうとする従兄弟・大海原の皇子の謀叛に、弘法大師空海や皇子の家臣の先祖の亡霊がからみ、天皇の忠臣らが皇子を討ち取る話。大詰で空海が皇子側の妨害を破って雨乞いし、慈雨を降らすところから題名の「甘露雨」がある

 同 「賀古教信七墓廻」(かこのきょうしん ななはかめぐり)

頼光の土蜘蛛伝説などを取り入れて脚色。思いがけない敵討ちに出た賀古教信が、兄の妻の惨殺、赤子誕生の奇跡などを見て、無常を感じ出家。堅い信仰心の功徳で、兄の子の命を救う宗教説話的な異色作。「七墓廻」とは盆に7つの墓所を廻る大坂の民俗行事で、道行がこの形をとる。

 同 「娥歌かるた」(かおよ うたかるた)

竹本義太夫最後の語り物。美青年の斉藤滝口と宮中女中の横笛、左京之進と苅藻(かるも)の2組の男女の行き違いと清らかな恋にからめて、御所を管理する師高の横暴を描く。題名の「娥」(かおよ)とは「見目がよい」意味で、美少女のかるた遊びをいう。奥女中の芝居見物が問題になった「絵島生島事件」を当て込んだ際物だが、事件そのものはさほど表面に出ていない。

 同 「音曲百枚笹」(おんぎょく ひゃくまいざさ)

義太夫追善の浄瑠璃としてまとめたもの。義太夫の芸風を賛美し、生前に語った80余曲の外題を織り込む。


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