浪燕青。 彼が彼女の傍にこそをと心に決めた紅秀麗の中央帰還を追うようにして国試及第を果たし、その経歴と 能力を買われ、その間に力ある官位にまで登りついていた秀麗の補佐となり彼の望みが半ば叶ってから 約一年。 数いる恋敵とは互いの性からか時に共謀し時に出し抜き、それでも心から笑い合い闘っていた。 ただ一人、藍楸瑛を除いて。
それでも変わらず天は高く地は広い
            そろそろ、冬の足音が静かに近寄って来たか。 回廊の澄んだ空気に、覗く空を仰いだ楸瑛がそう思った時だった。 声。 彼女だ。 間違えない。絶対だ。 耳に僅かに届いたそれに年甲斐もなく沸き立つ心に苦笑するも、けれど悪くないと思いながらそちらに 足を早める。 彼女への恋慕が齎すものは、どれも新鮮だった。 何を見ても彼女はこれが好きだろうかだとか、今度贈ったら喜んでくれるだろうか、それとも恐縮させ てしまうだろうか、ああでもきっと最後には受け取って笑ってくれるんだろうとか。 ほんの些細な仕草に覚えた熱を、彼女を驚かせないように彼女から軽蔑されないように内心必死に冷め させようと努めたり。 笑えるくらいに拙いが、悪くなかった。 齎されたものは、暖かいものだけではないけれど。 回廊の角まで来ると声はより鮮明に耳に響き、彼女が此方に向かっているのが知れた。 一本道のこの回廊、相手が絳攸でないかぎりは待っていれば会えるのだが。 それではどうにも不自然と、僅かな期待も含めて足を踏み出した。 「きゃ・・・・っ」 とん、と胸の辺りに軽く何かがぶつかる感触。 秀麗に触れたいがために態とそうした事を心の中で詫びながら、楸瑛は反動で後ろに倒れそうな彼女を 引き寄せようと腕を伸ばした。 けれどその手は虚空を掻く。 「おっと。だいじょぶか、姫さん?」 腕の中に望んだ彼女は他の男の    ・・・秀麗に遅れて角から現れた燕青の腕の中に。 ヒクリと己のこめかみが引き攣ったのを、楸瑛は自認していた。 「あ、ありがとう、燕青。・・・・あら、藍将軍!こんにちは」 燕青の腕からそっと体勢を戻した秀麗は顔を上げたところで漸く楸瑛に気が付き、けれど背後の燕青が 常よりやや険を含んだ目で楸瑛を見ているのには気付かなかった。 対して楸瑛は、秀麗が顔を上げる直前まで大切そうに彼女を抱えていた男と目を細め睨み合っていたが、 秀麗が顔を上げたその瞬間に剣呑な雰囲気を霧散させて秀麗に向かって甘く微笑みあいさつを交わす。 「やあ、こんにちは秀麗殿、燕青殿。すまなかったね秀麗殿、私とした事が少し考え事に気をとられて しまっていたよ。怪我は無いかい?」 「いえ、私は大丈夫です。燕青に支えてもらいましたし・・・私こそごめんなさい、話に集中していて 注意力散漫でした。 私よりも藍将軍はお怪我はありませんか?」 「私の方も大丈夫だよ、これでも鍛えているからね」 謝りながらも慌てて怪我の有無を問う秀麗の本当に心配そうな表情に、不謹慎ながらも面に出さないよ うに努めて喜ぶ。 楸瑛は応えながら秀麗の前髪を指で流しほんの少し赤くなってしまっている額を撫でた。 ・・・・・鎧を身に付けていなくて良かった。本当に良かった。 「藍将軍?」 「少し赤くなってしまっているね」 その指を、頬に滑らそうとして。 「   姫さん、主上待たせてんじゃねえ?」 男の声に、それは遮られた。 「あ、そうだったわ・・・」 「・・・・何か進言する事があるんだったね。もしかしてその事を話していたのかい?」 行き場を無くした手をできるだけ不自然に見えないよう下ろし、言葉を紡ぐ。 此処を離れようとする燕青への、楸瑛のささやかな報復だった。 だから燕青の視線は知らないふり。 「はい、今年は何処も豊作だったようなので、蓄えや今後の活かし方など色々と。 朝議で発言する前に主上に申し上げておこうと思ったんです」 「ああ、今年の天候は稀なほどの安定を見せていたからね。 ・・・残念だな、これから左羽林軍に顔を出すのでなければ是非拝聴していたのに。 これでは主上付き武官である特典が無いよ」 「もう、なに言ってるんです藍将軍。お仕事でしょう? 私も頑張りますから、藍将軍も頑張ってください」 楸瑛にとっては今や半ば本気の科白であったが、しかし秀麗にはやはりというか冗談に聞こえたらしく 逆に母親のような深く優しい声で諭されてしまった。 それに擽ったそうに笑いながら、楸瑛はこれ以上彼女の仕事の邪魔をしてはいけないと引こうとする。 が、それは秀麗のやや後ろに立つ男の視線に思い止まった。 「    秀麗殿、少し燕青殿をお借りしてもいいかな?」 「え?・・・・燕青を、ですか?」 秀麗は態々楸瑛が燕青を指名する理由が判らず、戸惑い気味に首を捻り長身の青年を見上げた。 彼はそんな秀麗の視線に、その細い肩にそれとは対照的な自らの大きな手を乗せ柔らかに瞳を緩ませて 快闊に笑う。 「別に俺は居なくてもいいんだろ?ちょっと将軍さんと逢い引きして行くわ。 つーか多分そんなに長くはならねーと思うから、すぐ追い付く」 「別に追い掛けて来なくてもいいんだけど・・・。じゃあ私は行くけど、燕青、藍将軍にご迷惑おかけ しないのよ? ・・・それでは藍将軍、失礼致します」 「ああ、またね」 そうして歩き出した秀麗の背が回廊を曲がって見えなくなり、更に数十秒が経つまで双方の間に沈黙が 降り注ぐ。 その静けさを払ったのは楸瑛だった。 「逢い引きなんて上等なものではないと思うけどねえ・・・」 「いいじゃないですか、和やかな感じがして。ホントに逢い引きしたいのは姫さんですけどね」 それは将軍さんも一緒でしょうけど、と冗談混じりに言う燕青には普段の底抜けな明るさが欠けて見え、 まあね、と相対する楸瑛にはいつも身に纏っている飄々とした余裕は感じられなくなっていた。 いつからか。 互いに静かな熱い敵愾心を抱くようになったのは。 他の恋敵に向けるのとは違う種の、感情。 初めて抱えたもの。 少し濁った色の、少しねばついた、少し醜い、それ。 「で、話があるんだろう。何だい?」 会話を楽しむ気が無いのを露にしながら尋ねる楸瑛に、彼より幾らか大柄な男はその左目下の傷を指先 で掻きながら笑った。 ただ、その笑みは秀麗に見せたような優しさを含んではいなくて。 「うーん、あんまり姫さんに近付かないでほしいなあって思いまして」 「そう思うのは私に対してだけじゃないだろう?」 「まあそうなんですけどね。   けど、アンタは場合によっちゃ姫さんを【其処】まで堕とすだろ?」 ピタリと、楸瑛の動きが止まる。 「別に姫さんが堕ちたりするとは思ってませんけどね。ま、念のため。保険ってやつ」      随分と、この男は自分を解っているものだと楸瑛は場違いにも感心していた。 燕青の言っている事は、自分でも自覚している。 今は、いいのだ。 彼女の心は誰にも傾けられ、注がれているが誰にも傾けられていない。 本当に極一部を抜かせば、ある意味で皆が同一線上に在る。 あの静蘭さえ『家族』という枠から脱け出せないでいるのだ。 だから少年のような優しい恋をしていられる。 けれど、その均衡が崩れたら。 自分はあらゆる手を駆使するかもしれない。 他の彼等が彼女のためを思って戸惑う手法さえも、彼女を獲るために。 絡めとって抱き締めて、その小さな頭をこの昏い胸に押し付けて何も見えないように。 自分以外が目に入らなくなるように。 この身無しでは、生きては行けないように。         【此処】まで、堕とすかもしれない。 「    言って聞くとは思っていないだろう?」 「まあそりゃあ、そのくらいなら最初から此処まで姫さんに惚れ込んでないでしょうし判ってますけど。 ・・・・でも牽制程度にはなると思ったんですけどね」 「それこそ無駄だよ」 軽く笑いながら言う楸瑛に、けれど憤った様子もなく笑い返した燕青はそのまま背を向け歩き出した。 そして楸瑛も同様に本来の目的地へ歩みを再開する。 そこには秋の終りで冬の始まりの、冷えて澄んだ空気だけが残った。                    齎されたものは、暖かいものだけではないけれど。
笑い出したいくらい二人とも偽者でごめんなさい。(土下座) おおおお待たせした挙句がこんなので本当に申し訳無いです・・・・! 燕青こんな人じゃないよね!というかもうちょい明るい話な予定だった、んですけど。ね。 い、いざとなったら切腹しますから! 取り敢えず、楸瑛は他の人達とはこういう処が違いそうだなーって。・・・だなーーってー・・・・・・・・・。 ・・・・・・・・・・数珠丸様のみお持ち帰り可でー!
管理人:
キリ番を踏んだ時に楸瑛vs燕青という、接点のせの字も無いようなリクエストをしてしまいました。
片桐様、その節は大変お世話になりました。ばっちりお持ち帰りをさせて頂きました。
すみません、本当にありがとうございました。(土下座)

無理にお願いしたというのに、素敵なお話で、拝見し終わった瞬間鼻血が出たのはいうまでもありません。
余裕のない楸瑛や、遠慮のない燕青はこんなにも魅力的なのですね。
火花がビシバシと散っている対決模様は目眩がする程素晴らしいです。

そして、秀麗。

二 人 の 想 い に 気 付 い て ー ー ー ! ! !

それでもって、

二 人 の 思 惑 に も 気 付 い て ー ー ー ! ! !

悶えるあまりに感化され、拙作『捩子の檻』が出来上がりました。
影響された作品のすばらしさに比べて、管理人作はとても見窄らしいというのは見ない振りの方向で。
レイアウトを崩したくなくてソース丸々強奪をば。
や、いや、片桐様にちゃんと許可は頂いておりますよ?
背景画像のみを変更しました。
画像を指定する時に何故に白バラにしたかというと、花言葉の一つに「私はあなたに相応しい」というのがあったので迷わず決行。

背景写真素材:空色地図