その30.                      掲載日2007.1.11

 山形の合唱団じゃがいもが、はじめて東京公演を打つことになった。
 1981年秋、鈴木義孝という青年が、山形県文化課という肩書の名刺をたずさえて林を訪れた。来年の、斉藤茂吉生誕百年を記念して、茂吉の作品をテキストにしたオーケストラつき合唱曲を作曲してほしいという依頼だった。
 これがはじまりで、翌82年5月、リハーサルに山形市へ乗り込んだら、「山響」の伴奏でうたっている、市内アマチュア合唱団の指揮者が、鈴木義孝という人物だった。
 その鈴木が中心になってやがて創立されたのが「じゃがいも」で、はじめはルネサンスやバロックで合唱コンクールなんかに出たりしていたのだが、まもなく方向転換、「宇宙について」など柴田南雄シアターピース、やがて「原爆小景」で林とめぐりあい・・・。
 履歴書よりもっと吹聴したいのは、その練習風景。
 若い男女が集まる共同体だから、やがてカップルが誕生し、子が生まれる。団内カップルならずとも、子連れで集まるメンバーがふえる。おおむね市のいくつもの公民館を渡りあるく練習場の片隅に、ゴザだのマットだのが敷いてあって、親たちが練習しているあいだ子供たちは、そこでごろごろと、寝っころがったり、とっくみあいをしたり、絵本を読んだりしている。ときどき脱走を計るチビがいると、合唱団の列から母親が飛び出してきて、もとどおりマットの上に置いて、また練習にもどって行く。
 退屈が伝染して、マットの上がやかましくなると、いちばん年上のがき大将がサッと全員を外へ連れ出し、鬼ごっこだか駆けっくらだかひとしきり時間をつぶして、またもどってくる。
 こんな落ちつかない練習なんてやってられないという指揮者もいるだろう。いや、おおかたの「合唱指揮者」がそうではないのか。「集中できない!」とオカンムリになるか、即刻辞任するであろうね。
 ところが、じゃがいもの指揮者はそうではない。団員たちもへいき。だいいち、自作を練習してもらっている作曲家も、平気どころか楽しくてしかたがないのだ。(作曲家にもいろいろあるって?そりゃそうだ。)
 敏感な読者は、もうお察しであろう。この練習所で、新曲をまっさきに覚えて歌えるようになるのは、団員でも指揮者でも当の作曲家でもなくて、マットの上でごろごろしている子供たちなのである。
 子供たちを出そうよと、林が演出の加藤直に言ったのは当然だし、加藤もまた待っていたように賛成した。
 ギリシア喜劇「女の平和」を加藤脚本で合唱劇にした「おまけの平和とさいごのなるほど」の稽古中のことだ。
 男たちに戦争をやめさせるためのセックス・ストライキ闘争の束の間の休戦期間に、子供たちが歌う「お日さんの歌」で、それは実現した。
 いらい、みんなが「子じゃが」と呼ぶ子供たちのシーンは、「じゃがいも」のコンサートには欠かせない。
 合唱団はSATBのいずれかに所属すべきだというヒェラルキーは、ここにおいて崩れ去る。といって、混声合唱団+児童合唱団という構造でもないのだ。まあ、この目で見て聴いてもらわなければ、説明のしようもないね。
 宮澤賢治「コミックオペレッタ<飢餓陣営>」をメインにすえた今回の東京公演だが、前座の「宮澤賢治詩華集」のなかの「祈り」にご注目あれ。
 「烏の北斗七星」の「ああ マヂェルさま・・・」をテキストにした、歌いようによってはかなり気恥ずかしくもなる歌を、いまやそこはかとなくオトナの香りさえ身につけてきた「子じゃが」どもが、この歌を曲にしてよかったと林が思うように歌っている。
 なお、この東京公演には、史上はじめて「孫じゃが」がステージに乗る。
 「じゃがいも」東京公演は、1月21日(日)14時30分、かめありリリオホール(JR常磐線亀有下車)で催される。