私のぜんそく物語 |
1.現在、医師によるぜんそく治療では、治療のガイドラインができていて、私がぜんそくになったときのように「発作が起きたら治療」というよりは、「発作を予防して、(薬を使っている以外は)健康な人と変わらない日常生活が送れること」を目標にしているそうです。
2.私が処方していただいたり、広告などを見て薬局で購入した薬は、薬名でみる限りでは、現在は使われていないようです。一番変わったのは、副腎皮質ホルモン剤(ステロイドホルモン剤)の使い方で、現在、吸入ステロイドが、予防薬の主役になっているようです。 以上をご理解のうえ、私のぜんそく物語をお読みいただければ幸いです。 |
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| 1.中学時代 |
私は中学1年のときから、ぜんそくの発作を起こすようになりました。 遠方の中学へ通っていたのですが、通学は無理と判断されて、1年の夏休み中に地元の中学校へ転校の手続きをしました 転校したくらいですから、よほどひどい状態だったのでしょうが、最初の発作について全く覚えていないのです。 医師の治療も受けたはずですが、それも覚えていません。 中学時代は発作の起きやすい季節が、割とはっきりしていました。季節の変わり目に発作が起きることが多く、真夏と真冬は調子がよかったです。 欠席日数は多かったですが、発作がないときは普通に生活できました。むしろ私の人生で、一番体力があった時期でした。 全員参加の年1回のマラソン大会では、後ろの方でゴールインしました。体育の時間に整列して校庭を回るときは、途中から遅れ始めて、私だけ列を離れて後方を走るのは本当に恥ずかしかった。 中学3年生のとき、体重が37.5kgになって「これで10貫目になった」と一人で喜んでいました。やせている割には相撲が強く、クラス対抗の勝ち抜き戦でただ一人5人抜きをしたことがありました。鉄棒が好きで、10分間の休み時間も校庭へ行って鉄棒をしました。「大車輪」をできる生徒もいました。私は大車輪はできませんでしたが、その次に難しいとされていた「蹴上がり」はできました。 ぜんそくがあることを知られるのが恥ずかしくて、ひたすら隠していました。それでもわかってしまって、「うちのおばあさんが、ぜんそくにはお線香の煙がいけないって言っていたよ」と教えてくれた生徒もいました。 学校の帰り道で、息が苦しくて前こごみで歩いていたら、風邪と勘違いして「田崎、風邪は引いちゃだめだ、押すんだ!」と妙な励まし方をしてくれたクラスメートもいました。 中学時代は、治療を受けたり、薬を飲んだりした記憶がほとんどありません。 2.高校休学 治療についてよく覚えているのは、高校生になってからです。それだけ症状も強くなり、ひんぱんに発作を起こすようになっていました。季節に関係なく発作が起きるようになりました。 高校1年のとき、修学旅行は新潟県の佐渡島でした。佐渡島に着いた日の夜、旅館で発作が起きてしまいました。その様子を見た先生やクラスメートは、後で「あの時は死ぬのかと思った」と言いました。発作のときは、それほど苦しみます。学校からの連絡で、父が旅館まで来てくれました。私はそこで旅行を中断して、父と2人で家へ帰りました。 高校3年になると、ますますひどくなり、入院することになりました。退院したらすぐ復学するつもりでしたが、結局3年間も休学してしまいました。 |
| 3.私が受けた治療と薬 |
対症療法と根治療法: 私がぜんそくになった当時は、ぜんそくの治療法は、発作に対処するための対症療法と、発作が起きない体質にするための根治療法とがありました。 T 対症療法 ネオフィリン: 対症療法として即効があったのは、「ネオフィリン」の静脈注射でした。注射中に、胸がムカムカと気持ち悪くなります。そのためゆっくりゆっくり注入していくのですが、注射をしている間に呼吸困難は見事に解消されていきます。 この薬はお小水の出をよくする薬でもあるらしく、注射後尿がよく出ました。 漢方の一説では、「喘息は、水毒によって起きる。体内の水はけが悪くて、余分な水分が呼吸器に滞留したときに、発作が起きる。胸の中が、ゴロゴロした感じになるのは、そのためである」とあります。 私の経験では、水分だけでなく、食事でも、運動でも、睡眠でも、「過剰」はぜんそくによくありませんでした。 呼吸が苦しいとき、薬を使わないで自然におさまるまでひたすら待っていると、尿も便もよく出ました。余分なものを身体から出して、病気に対抗(適応)しているかのようでした。 副腎皮質ホルモン剤: これはネオフィリンの静脈注射ほどの即効性はありませんが、確実に効きました。これを服用している限り、ぜんそくは完治したと思うほど調子よくなりました。しかし長期間使えないので、他の薬に替えると、再び発作が起こって、ぜんそくは治っていなかったことを思い知らされました。 吸入薬: 軽い症状のときは、的確に効果がありました。寒いときに熱いなべ焼きうどんを食べようとしてふたを開け、湯気を吸い込んだとたんに呼吸が苦しくなることがありました。そんなときは、吸入薬が便利で効果もありますので大助かりでした。しかし容易に使えるだけに、吸入しすぎで死亡した事例が発生したため、買うのに医師の処方箋が必要になりました。 その他の薬: 効果の実感が少なかったです。初めて使ったときは効果があったけれど、その次からは効かなくなった薬もありました。 U 根治療法 減感作療法: アレルギー反応を起こす物質(アレルゲン)を特定します。反応を起こさない程度の微量のアレルゲンを注射します。それから徐々に量を増やしていって身体をアレルゲンに慣らしていく治療法。 長く続けなかったので、よい結果を得ることはできませんでした。 矢追抗原: ぜんそくもあるし、じんましんも出る患者が、「じんましんが出ている間は、ぜんそく発作が起きない(逆に、ぜんそくの発作が起きているときは、じんましんが出ない)傾向がある」点に着目して、皮膚に人工的に過敏点を作ることによって、気管支の過敏性が解消するのではないかという理論から考案された治療法。 これも効果が出る前にやめてしまいました。 漢方薬: 何箇所かの漢方専門の医院や漢方薬局で処方された漢方薬を、煎じて飲みました。いつも短期間で、飲むのをやめてしまいました。長期間続けたことがないため、漢方薬のよさを経験できませんでした。 モルヨドール気管内注入療法: 古本屋で2冊のぜんそくに関する本を見つけて買いました。その本にこの療法のことが出ていました。 喉仏の少し下を小さく切開して、太い注射針を使って、モルヨドールという物質を気管、気管支に入れて粘膜を保護する治療法。必要に応じた薬をモルヨドールに混ぜて注入することもありました。 著者である医師の個人医院でこの療法を受けました。何回も治療を受けに行きましたが、他のぜんそく患者に会ったことが一度もなかったので、ほとんど知られていない治療法だったようです。これはある期間よく効いて、「治る」という希望を与えてくれました。しかし何回も受けているうちに、段々効かなくなり、根治には至りませんでした。 |
| 4.私が経験した民間療法と健康法 |
断食療法: 〇食べ過ぎと発作 19歳のとき、11日間の断食をしました。その頃は、食べ過ぎが発作と関係あることに気づいていました。 中学生のときは、何とかして太りたいと思って、お年玉で毎日トンカツを買って食べたりしてました。休学してからは、小麦胚芽やビール酵母の粉末を味噌汁やヨーグルトに入れて取るなどして、栄養補給に気をつけていました。 ところが、「今日はバランスよく、十分に栄養を取った」と腹いっぱい食べたことに満足していると、かえって発作が起きることがよくありました。 まるで栄養が身体を太らせることに使われないで、発作を起こすことに使われるかのようでした。 また私はお酒は飲めないのですが、甘いものは大好きでした。おまんじゅうを一度に三つも食べてしまうことがありました。そういうときも後でよく発作が起こりました。 それなので、食べ過ぎをやめようとするのですが、至難のわざでした。 健康法の本を読んで、「白砂糖の取り過ぎは健康によくない」ことを知って、甘味品は取らないと決めました。するとかえって気になってしまい、「食べたい」、しかし「食べてはいけない。食べたら後でつらい思いをする」と葛藤が始まります。 ある期間自制力が働いて、食べ過ぎないでいられる。しかし油断してほんのちょっとでも甘いものを食べてしまうと、それをきっかけにして身体の調子が悪くなるまで食べ過ぎを続けてしまう。するとまたイヤでも節制せざるを得なくなる。この繰り返しを何回したことでしょう! 思いきって断食をすることで、この葛藤を一掃したい。そんな期待を込めて、断食する決心をしました。 〇「断食療法が一番効くのはぜんそく」 断食を指導していただく道場へ、父と2人で行きました。断食療法は(1)食事を減らしていく準備期間、(2)食べないでいる断食期間、そして(3)断食終了から通常の食事に戻るまでの復食期間の3期間から構成されています。 「ぜんそくの場合、発作中であっても、準備期間を終えて断食期間に入る頃には、発作はおさまっている。そして断食期間中に発作が起きたことは今までに一度もない」とのことでした。 私の場合は、断食期間とその前後を合わせて、約1か月間の入寮と決まりました。 〇断食3日目に倒れました 4日間の準備期間を経て、断食に入りました。断食3日目にトイレへ行く途中で、倒れてしまいました。怖くなって断食終了を申し出ました。 「体重が40kg以上あれば、2週間ぐらいの断食は誰でも耐えられる。断食中に水を十分に飲むことと、復食期間中に食べ過ぎないことを守れば、危険はない」と説明を受けました。それを納得して、続けることにしました。 私がお世話になった道場の代表は、ご自分の病気を断食療法などで治した方で、断食指導の経験も豊富でした。道場での断食最長期間は、30日間とのことでした。年齢は、4歳から75歳までの人を指導されたそうです。 断食の日数については、断食指導者によって違いがあります。私のように極端にやせていると、長期の断食は無理であるとして、指導を断る指導者もおられるかもしれません。長期の断食はやらないで、2日間から4日間ぐらいの短期断食を1年に数回やる方法もあります。 〇断食期間はこんなでした 断食中は、食べ物のことを思うことが一番多かったです。いつのまにか無意識に、好きな物を食べている姿を思い描いていました。 道場から逃げ出すこともよく考えていました。道場は入寮者が、自分の布団を持ち込むことになっていました。その布団をどのようにして家まで持ち帰るか、をテーマにしてよく考えました。本当に逃げ出す気なら、布団は置いていけばいいわけですから、何かの不満をまぎらしていたのか、退屈しのぎだったのか、理由はよくわかりません。 本を読むことは、断食中は禁止されていました。毎朝、健康講話があり、その後部屋にいると、道場主が来て指圧して下さいました。道場主手作りの健康器具も備えてありました。「それらを一生懸命やっていれば、退屈するヒマはないはずだ」と道場主はおっしゃいました。 断食した方の体験記にも、「逃げ出そうと考えていた」と書いてあるのは読んだことがありません。実際に逃げ出してしまった人はいたそうです。断食中に姿が見えないので、あわてて探したら、ミルクの缶をかかえて駅へ向かって歩いていたそうです。早く見つかってよかった。もし断食中にいきなり固形物を食べたら、大変なことになっていました。 断食中は家族のありがたさを強く感じて、感謝の気持ちが湧いてきました。「断食すると、親孝行になる」と聞いていましたが、本当でした。 断食1週間を過ぎると、身体は軽くなり頭は冴えて羽化登仙したような心境になる人もいるとのことでしたが、私はそういう状態にはなりませんでした。しかし青息吐息、虫の息でぐったりする程でもありませんでした。 しゃっくりが止まらなくなって、そのたびに道場主に止めてもらっている人もいました。道場に来る前に、「断食するのだから、たくさん食べて栄養をつけておいた」人は、得てして断食中に強い反応が出たりするそうです。私は、そういう反応もありませんでした。 〇復食期間、そして退寮 11日間の断食期間が終了して、待望の復食期間へ。最初の日は、薄い重湯のみ。ありがたくて、何回も何回も噛んでゆっくり味わってから飲み込みました。あまりのおいしさに感激しました。そしてみるみる体力、気力が充実してきました。食べ物というのは、すごいエネルギーを持っているのだということが実感できました。断食する前は食べ過ぎていて、食べ物のエネルギーに鈍感になっていたことがわかりました。 液体だけの重湯から、徐々にご飯粒が混じったおかゆをいただけるようになり、普通に炊いたご飯が食べられるようになるまでが復食期間です。おかずも梅干だけだったのが、少しずつ増えていきます。 断食が終了して食べ始めると、猛烈な食欲がおそってきます。それをコントロールする必要があります。固形物を早く取りすぎたり、食べ過ぎは死亡する危険もあるので、絶対禁物です。長期の断食療法が家庭療法になり得ないのは、この猛烈な食欲を管理してくれる指導者が必要だからです。 普通食(この道場では、1日2食。主食は玄米、おかずは野菜、海草、豆類、小魚などでした)になっても、しばらく滞在します。この期間が長ければ、それだけ安全ですが、いつまでもというわけにはいきません。数日か十数日滞在して、退寮することになります。それからは、自力で食欲管理していくことになります。 断食療法をして、食べなければ発作は起こらないことを体験しました。食べ物にはすごいエネルギーがあるので、少しの量で十分なことを体験しました。たくさん食べないと活力が出ないのは、食べ過ぎによって、効率の悪い身体になっているからだということがわかりました。 退寮後に、少食で活力が出る効率のいい身体を維持していければ、断食療法は成功したと言えるし、再び食べ過ぎの習慣に戻ってしまえば、断食療法をした甲斐がなかったことになります。 退寮するときに、道場主が、「家に帰ってから、太らないように」と忠告してくださいました。太ることは私の夢だったので、太れたら嬉しいのですが、「食べ過ぎないように」と注意されたのだと思います。 |
| 〇帰宅後の大失敗 |
帰宅して、少食を守っていました。しかししばらくして、ようかんを一口食べてしまったのです。砂糖断ちしているところに、禁断の砂糖を取ったのですから、そのおいしいこと!「もう少し食べたらやめる、もう少し食べたらやめる」と思いながら、ようかん1本を全部食べてしまいました。 お腹がパンパンに張って、膨れてしまいました。甘いものは、胃の蠕動運動を止める作用があります。お腹が膨れて苦しいのはそのためなので、水を飲んで歩いて腸を動かせば、胃にたまった内容物が腸に下りて楽になるのではないかと考えました。 それで水を飲んでは歩き、水を飲んでは歩きをしました。しかしお腹は、ますます張ってきました。そのうち痛みが出てきました。だんだん強くなってきました。そして激痛! 近くの医院に往診を頼みました。来てくださった医師はお腹の張りと私の痛がりようを見て、「虫垂炎かもしれない。病院を紹介するから、そこに連絡してください」とおっしゃいました。「痛みだけでも、何とかしてください」とお願いしました。「痛みを止めてしまうと、症状がわからなくなってしまう」とのことで、処置は何もしないで帰られました。 紹介された病院から、医師が来てくださいました。私の話を聞いて、お腹を診た医師は、「これは虫垂炎ではありませんね。すぐ入院して処置しましょう」とのことで、即刻入院しました。口から管を入れて、管の末端に付けた注射器の中に、胃の中の液体を吸い上げる作業を何回もしました。あっけないほど簡単に、お腹はへこんでいきました。痛みもなくなりました。 〇復学 このような失敗もしましたが、断食したおかげで万年床を片づけることができました。英語学校へ入って、新しい世界を知ることができました。 その英語学校は、初級T、U、中級T、U、高等科の5クラスに分かれていました。連続して3期成績優秀だと、特待生として卒業まで何年いても学費免除になる制度がありました。私は初級T、Uと連続して、いい成績を取りました。中級Tで成績優秀ならば、特待生になれます。 式場隆三郎博士の本に、脳力開発法として、アメリカで提案されていた利き手の反対側の手を使う体操が紹介されていました。これを読んで私はなるべく利き手の反対側の左手を使うことにして、お箸や歯ブラシなども左手で使うようにしました。そして左手で字を書く練習を始めました。その頃に、中級Tの修了試験がありました。左手を使って答えを書きました。書くのが遅くて、答えを全部書くことができませんでした。 後になって、もったいないことをした、もっと臨機応変にやっていればよかったと思いました。当時の私は、特待生になることよりも、「脳力開発」にあこがれていたのでしょう。 そんな生活をしているとき、父が、「高校は出ておいたほうがいいのではないか」と言いました。高校のことは、すっかり忘れていました。早速手続きして、高校3年に復学させていただきました。そして通常より3年遅れて高校を卒業しました。 朝食廃止2食健康法: 高校生のとき、西式健康法の本を読みました。その中に朝食をやめて、昼食と夕食の1日2食にすると、70以上の効果があると書かれていました。 何度も実行しようとするのですが、朝になると、のりやみそ汁の匂いがしてくるのです。その匂いをかぐと、「今日は食べて、明日からやめよう」と思って食べてしまうのです。 たまに1日または数日間、朝食を食べないでいられるときがありました。 学校の帰り道、呼吸が苦しくなって、途中何度か立ち止まって、呼吸が少し楽になると、また歩き出すことがありました。ところが朝食を抜いた日は、立ち止まらないで家まで帰れるのです。 また私は胃が弱くて、「胃下垂、胃拡張」と診断されていました。診察のとき、医師が指先で腹部を軽く叩くと、「ポッチャン、ポッチャン」と水がたまったような音がするのです。朝食を食べないことを数日続けてから診察を受けると、その音がしないのです。 このように、朝食を抜くことは、私の健康にいい効果があることは、高校時代から経験していました。しかし廃止しようとして、何度も挫折しました。それがいつの間にか朝食を食べないことが習慣になっていました。 健康体操や運動法: 体操や運動など体を動かす健康法がたくさんあります。健康によい理由としては、「骨格を整える」、「血液循環がよくなる」、「過剰なエネルギーを発散する」、「気分が晴れる」などいろいろです。 私はいろいろな健康体操や運動法を試しました。この方法でぜんそくが治るなら、私にとって最も望ましいことでした。中学時代は、鉄棒が大好きでした。鉄棒は背骨が引き伸ばされますし、筋肉は左右均等に使います。「ぶらさがり健康法」があるくらいですから、とてもいい運動です。しかし私のぜんそくが、年々悪化していくのを止めることはできませんでした。 ぜんそくが一番悪化した高校生のときは、健康体操でも運動法でも発作を誘発するので、できませんでした。例えばヨガの本を読んで、「ぜんそくにいい」と書かれていた「魚のポーズ」をやってみました。発作が誘発されるので、続けられませんでした。 1日2食が習慣化してからは、ヨガなど体を動かす健康法もできるようになりました。しかしやり過ぎると、必ず体調悪化しました。体操系の健康法をやればやるほど健康になれるのだったら、私は一生懸命やって、そういう系統の健康法の指導者になりたかったです。 私の場合は、食事を節制してはじめて、ある程度の運動ができる状態でした。これは人それぞれで、運動によってぜんそくが治っただけでなく、トップアスリートになられた方々もいます。これは最近知ったのですが、プロ・ゴルファーの丸山茂樹氏、オリンピックで大活躍した水泳のイアン・ソープ選手、アイススケートの清水宏保選手はいずれもぜんそくだそうです。 呼吸法: 「雨戸を開けるときに、肩幅より少し広く開けて、そこに手をかけます。息を吸いながら、体を前傾させていって、胸部を雨戸の外側へ突き出すようにします。息を吐きながら、体を真直ぐに戻します。これを毎朝数回繰り返していたら、胸囲が増えました」 これは高校時代に読んだ、ボディービルディングの雑誌に出ていた体験記です。早速、実行してみました。見事に発作が誘発されました。深呼吸する呼吸法は、当時の私には無理でした。 腹式呼吸は、息を吐くとき下腹部を意識しながら軽く力を入れてへこませ、息を吸うときにフッと下腹部をゆるめます。長時間はできませんでしたが、少しの時間でもやると気持ちが落ち着きました。 半年位前のことですが、家の階段を上がるだけでも、「ハーッ、ハーッ」と息切れし、心臓が「ドキドキ」する症状が出ました。ちょうどその頃、COPD(慢性閉塞性肺疾患)という病気が、新聞やテレビで取り上げられました。 この病気の人にいいとしてすすめられた呼吸法が、「口すぼめ呼吸法」でした。息を吐くときに、口をすぼめて「フー」と口からゆっくり吐き出します。吸うときは、鼻から自然に入ってくるのにまかせます。COPDは、ぜんそくとは違う病気ですが、この呼吸法は私でも無理なくできました。今では思い出すたびにやっています。 作家の五木寛之氏が、ご自分の養生法のひとつとして、「ため息を何回もつく」と書いておられますが、これも無理なくできました。 現在は、腹式呼吸、口すぼめ呼吸、「ハァーとため息」が、私の呼吸法3点セットです。 食事療法: 「食養」(食物による修養法)の本を読んで、白米をやめて玄米にしたことがありました。「ぜんそくには、ふきや蓮根がよい」とありましたので、なるべく食べるようにしました。自分で「蓮根ボール」をつくったりしました。しかしどんなに身体によいと言われるものを取っても、食べ過ぎ、特に白砂糖を取り過ぎていては、ぜんそく発作を防ぐことはできませんでした。 逆に言えば、甘いものさえ食べすぎないで、1日2食を守っていれば、何を食べるかはあまり気になりませんでした。 5.健康法には、必ず反対の説がありました たくさんの健康法の本を読んで、気づいたことがあります。それは必ず反対の説がある、ということです。 例えば、朝食廃止1日2食が健康にいいという説があります。 一方、現在は「朝食はしっかり取りましょう」という説が多数派です。1日5回ぐらいに分けて食べるほうが、胃腸の負担が少ないという説があります。 玄米は、食養では最高の食品とされています。あるNPO法人が、ガン患者1100人集会を開いたとき、ガンが治ったという121人のうち、80%以上の人が玄米菜食をしていました。 漢方の一説では、玄米は体の弱い人には合わないとしています。 白砂糖について、「もし白砂糖を全廃したら、病人が大幅に減るだろう」という説があります。 一方で、「砂糖は脳のエネルギー源として重要」、「疲労回復の効果がある」とも主張されています。 水はできるだけたくさん飲むほうがよい、という説があります。西式健康法では、ちびちびと何回も飲み、お酒や砂糖を取ったときは、さらに水を飲むことをすすめています。 一方で、水はできるだけ少なく取るほうがよい、という説があります。日本は湿気が強いので、アメリカにおけるように水分補給を強調しなくてもよいともいいます。 かってあるアメリカの大富豪が、病の器のようになってしまいました。彼は自分の病気を治してくれた人に、財産を贈呈すると公表しました。誰も彼を健康にすることに、成功しませんでした。その彼が自力で健康を回復した方法があります。それは、食べ物を徹底的に噛んで食べることでした。 一方で、よく噛んで柔らかくしたものばかり食べていると、腸管が麻痺して便秘になりやすいと注意する人もいます。 私が若い頃は、「結核」という病気がとても恐れられていました。日本が今ほど豊かではない時代でした。この病気には、「良質の蛋白質」を多く含む肉類、乳製品、玉子などをとるのがよいとされていました。現在は結核のことはほとんど話題にならなくなりましたが、「良質の蛋白質が大切」という説は広く普及しています。 アメリカに宗教上の理由から、玉子と乳製品以外の動物性食品を取らない人たちがいます。この人たちの生活習慣病にかかる割合は、全米平均より低いそうです。 精進料理は、動物性食品は一切使われていませんが、お坊さんは、過酷な修行や厳しい環境の中でも、大変元気そうです。 「どんな人にとっても、またどんな状態のときでも、これのみがよい、というものはない」ようです。「ある人にとっては、またある状態のときには、これがよい」ということのようです。自分で試してみて、自分の現状に合っているものを取り入れていくのがよいと思っています。 「知識の与えるものは多く悲観的であり、経験のみが希望の糸口を開いてくれる」 (アルベルト・シュバイツェル博士) 「知は力なり」 6.感謝 私は、現代医学にも、民間療法や各種健康法にも、助けていただきました。それらを創始された方々、運用されている方々に深く感謝いたします。 これで「私のぜんそく物語」は、ひとまず終了となります。読んでいただきまして、ありがとうございました。 |
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