<続アメリカ放浪記>

どうもみなさん、かなりご沙汰しています。
今から8年前にニューヨークに来た時に「アメリカ放浪記」としてこのHPにアップしてもらっていましたが、
縁あって、この4月から再び仕事でニューヨークに来ることになりました。
というわけで「続アメリカ放浪記」ということで、再び書かせていただこうと思っています。
たわいのない読み物として楽しんでいただければ幸いです。
更新は不定期となりますが、よろしくお願いします。

第1回 ニューヨーク上陸再び
8年前と雰囲気はあまり変わってないというのが第一印象ですね。
どちらかというと以前より治安は良くなったような気がします。
ただ、テロの標的という意味では、こちらに来てからも5月にタイムズスクエアーでテロ未遂事件が発生するなど,
街全体がかなり神経質になっています。
(ちなみにタイムズスクエアーでのテロ未遂事件の翌日にタイムズスクエアーにミュージカルを見に行きましたが、
いつもと変わらず人でごった返していました。
変わっていたのはテレビ局のバンがたくさん出ていたことぐらいでしょうか)。

今、ニューヨーク市はたいへんな財政難のようです。
先のリーマンショックで、税金のドル箱だった金融機関からの税金が激減してしまったのが原因といわれています。
市の職員や先生の数を減らしたり、地下鉄の路線がいくつか廃止になったり、
電車の数や車両の編成数を減らしたり、ということを矢継ぎ早にやってます。
このへんの対応は日本より数段早いですね。

前回NYに来た時は独身だったということもあり、
ピアノバー(日本でいうところのクラブでいやらしさは全くありません。
女の子とカラオケして話すだけ)にたまに(!?)
行っていましたが、このピアノバーがリーマンショックのあおりをかなり受けたようで、
昨年あたりにかなりつぶれたようです。私が行ったことのあるピアノバーもことご
とく撃沈したようです。
こちらに来て会社の歓迎会をミッドタウン(マンハッタンの中心部)の日本食居酒屋でやったのですが、
その時に会った店員の顔を見てビックリ!前回NYに来たときに、
たまに(!?)通っていたピアノバーの店長(おそらく雇われ)だったのです!

相手は私の顔を覚えていなかったですが、私は当時黒服を着て店長をやっていた姿
(我々は早めに行くこともあったので、この店長が学校のように女の子の点呼をとっていた
姿が印象的でした)が思い浮かびました。
話を聞くと、やはり昨年に店をたたみ「どうしようか」と思っていたところ、
この店に声をかけてもらったみたいで、昼も夜もフルで働いているみたいです。

駐在員とは違い、こちらで生きていくのはたいへんなようです。
こちらに来て一番助かったのが、前に1年住んでいたということで、土地勘があったということ。
お店とかは変わっても街の作りは変わってないですからね。

ちなみに昨年の夏、香港、深浅に旅行にいったのですが、
深浅は約10年前の面影は全くないほど変わっちゃってました。
もはや別の都市。
やはり新興国の発展は目覚ましいですね。

今回の赴任ではマンハッタンではなく、ウエストチェスターというマンハッタンにある
グランドセントラル駅からMetro Northという通勤電車にのって
35分程の郊外に住むことになったので、また新たな発見があると思います。
今後いろいろレポートしていきますね。

それでは、また。
2010年7月記載。

第2回 ニューヨークでの生活

日本はまだまだ暑いようですが、こちらニューヨークは
少しずつ暑さが収まり、秋の足音が聞こえるようになって
きて、朝夕はひんやりしてきました。
ニューヨークの秋は短く、10月に入るとだいぶ寒くなって
くるようです。

私はウエストチェスターというマンハッタンから通勤電車で40分ほど
いったところに住んでいます。
一番栄えているマンハッタンはニューヨーク市(NYC)の一部で、NYCはマンハッタン、
ブルックリン、クイーンズ、ブロンクス、スタッテン島という5つの
地域から成り立っており、このNYCが日本人がイメージするニューヨーク
ということになるでしょう。
実は、NYCはニューヨーク州の端っこで、州都でもありません(州都はオルバニー
というマンハッタンから北に車で3時間ほどいった町)。

NYC、特にマンハッタンは地下鉄、バス、タクシーなど公共交通機関が網の目の
ようにあり、生活の拠点がマンハッタンであれば車(自家用車)は必要ありません。
ただNYCからちょっと離れると車は生活必需品となります。(そういう意味では峰の原

同じかもしれませんね。)

ウエストチェスターにはいくつか日本食スーパーがありますが、一番メジャー
なのが、ホワイト・プレーンズという地域にある「DAIDO」というスーパーで
この地域に住んでいる日本人はみんな利用しています。うちも週1回は行って
食材を買い込んでいます。もちろん日本よりは高いですが、大体のものはここで
揃います。なので、現地スーパーで買えるものは買い、日本的で手に入りにくいもの
をここで買うといった感じでしょうか。
家族でDAIDOに行くと、娘は普段近所の日本人のお友達と遊んでいることもあって、
私よりもななみの方が顔が広く、(私が)知らない人から「あれ、ななみちゃんだよね
〜」
と声をかけられることしばしばです。

ウエストチェスターは比較的裕福な人たちが住んでいる地域ということもあり、
治安もいいし、緑も多いし、住みやすいですね。ただ、週末にマンハッタンに
電車で出かけようとすると1時間に1本しかないので、かなり不便です。まあ、
平日に会社に行っているので、あえて行く用事もありませんが。

もうすぐ9月。こちらは長い夏休みが終わりBack to schoolといって新学期が
始まる時期です(日本の4月ですね)。
うちのななみも9月から日系の幼稚園に通います。

今回はこれにて。
2010年8月記載


第3回 夏休みin カンクン(メキシコ)

第2回を書いたばかりですが、夏休みのこと、忘れないうちに書きます。
8月の上旬にメキシコのカンクンというリゾート地に行ってきました。
カンクンはユカタン半島にありカリブ海に面しています。NYからは飛行機で4〜5時間
程度です。1週間同じホテルに滞在しました。
まず驚いたのが、暑さ、そして湿気です。それから何と言っても海の青さ!ほんとに真
っ青
できれいです。どうやらユカタン半島は石灰岩の地質らしく、その影響もあって余計青

見えるみたいです。ホテルはAll inclusiveというプラン、つまり食べ放題、飲み放題
です。
こちらはこういうプランが多く、チェックインのときにつけてもらう腕輪で、すべてOK
という感じです。
メキシコの通貨はペソですが、アメリカドルも使えます。言葉はスペイン語ですが、
ホテル、観光地では英語でOKです。

まずはビーチに行きましたが、実際にビーチにいくと遠くから見るのと違い、もぐって
海中を見ても
白く濁っていて何も見えません。また、海草が波打ち際に打ち上げられていて、あまり
きれいで
はないですね。その日は波も高いせいもあって、ななみは海を怖がって入りませんでし
た。
ただ、数日経って、ビーチで貝殻拾い(きれいな貝殻がたくさん落ちてます)をしてい
ると
だんたん波の音にも慣れてきて、最終的には海が好きになったみたいです。
それでも基本的に泳ぐのはホテルのプールで、泳いではビーチサイドでビール、カクテ
ルを飲み、
暑くなるとまたプールに浸かるという、なんとも贅沢な日々を送りました。

オプショナルツアーの時に日本人に会いましたが、すべてハネムーナーでしたね。日本
からカンクン
までは遠いのでやはり家族連れには厳しいですね。日本人の家族連れがいるとしたら、
それは私の
ようにアメリカやカナダ本土から来ているか、もしくはメキシコに住んでいる方がほと
んどのようです。
それから、中国人、韓国人にはほとんど会いませんでした。最近、東京の銀座でも
たくさん見かける中国人観光客ですが、さすがに地球の裏側のリゾートまでは“まだ”
来ていないようです。

いくつか参加したオプショナルツアーの中でもハイライトすべきものは、やはり「イル
カツアー」でしょう。
カンクンから小型船にのって50分くらいのところにあるイスラ・ムヘーレス島に行っ
て、「Dolphin Discovery Tour」という
のに参加してきました。当日、ななみも「いるかちゃん、と遊ぶ!」と張り切って出か
けました。このツアーには2つのオプション
があり、一つは「Royal Swim」と言って、文字通りイルカと一緒に泳ぐツアー(こちら
には妻が参加。イルカと泳ぐのは積年の願いだった
ようです)。もう一つは「Encounter」という、イルカとキスしたり、握手するツアー
で、私とななみはこちらに参加しました。周りには
イルカを見るだけで怖がって泣き叫んでいる子もいましたが、ななみは大丈夫でした。
目の前で両手で水をすくうように手を合わせるのが「キス」のサイン、両手を水面と水
平にまっすぐ伸ばすのが「握手」のサインで、
ななみはこれをちゃんと覚えて、うまくイルカとキス&握手ができました(ちなみに今
でもこのサインを覚えています!)。ただ、最後の方は、
海水が目に入って滲みたせいか大泣きしてしまいましたが。。。

まあ、そんなこんなでリゾート地でいい夏休みを過ごすことができました。
でも、ななみはまだ2歳だし、たぶん大きくなっても覚えてないんだろうなあ。。。

2010年8月記載

第4回 もうすっかり冬です。

どうもです。8月から毎月出張があったりしてバタバタしているうちにすっかり寒くな
ってしまいました。
家の周りの木々の葉っぱはみごとに全部落ちてしまって、夏とは景色がまったく違っています。
木々に遮られて見えなかった線路の向こう側の家々もはっきり見えます。
最近ぐっと寒くなり、マイナス10度は普通です。手袋、マフラー、耳あて、すべて必須アイテムです(買わなきゃ)。
ほんと寒いです、痛いです。その意味では峰の原と同じかも、ですね。
NYの冬はやることがないんですよ。
こっちの人に聞いても、「冬は夏のレジャーのためにおとなしくしているよ」とのこと。
行くとしたらインドアの博物館、水族館、ミュージカル(これは幼児が一緒だと無理ですが)ぐらいでしょうか。
アウトドア系はスキーとスケートがありますが、そこまで行くのがおっくうで、やはり家に引きこもってしまいます。
11月25日のサンクスギビングの日には恒例となっているバールンパレードを見に家
族でマンハッタンまで行ってきました。朝9時すぎにセントラルパークのウエストサイ
ドから出発し、Macy’sのデパートまでパレードが行われます。パレードが通過するこ
とになっている道沿いはすごい人垣になっていました。人によっては朝早くから場所取
りをしたり、脚立をもってきている人もいました。
我々も遅まきながらその人垣に参加し、鼓笛隊など地面から低いものは見えませんでし
たが、バールーンは空中に浮いているためはっきり見えました。かなり大きいし迫力が
ありました。日本では路上に電線が多いのでたぶん無理でしょうね。いろんなキャラク
ターのバールーンがあり、スヌーピー、ハローキティー、ピカチュウ、スパイダーマン
などなど。1時間半近くパレードは続きました。娘も喜んでいましたね。ただ、私と妻
で交互に肩車をしていたため、二人とも肩こりになってしまいましたが。妻は来年も来
たい!ようなことを言っていましたが、個人的には1回見れればいいかなと思ったりし
てます。

このサンクスギビングが終わると、街は一気にクリスマスモードに入ります。サンクス
ギビングの翌日の金曜日は一斉にセールが行われる日で「Black Friday」といわれてい
ます。これはどこのお店も「黒字」になることからのネーミングだそうです。11月3
0日には恒例のロックフェラーのクリスマスツリーの点灯式が行われたようです。冬の
マンハッタンの観光スポットの定番なので、毎日観光客でごったがえしています。これ
からクリスマスまでは街はネオンで賑やかだし、お店はプレゼントを買う人で賑わって
います。この時期はこっちの人は仕事にはあまり身が入らず、仕事の進みも遅くなるよ
うです。ただ、クリスマスが終わると大きなイベントはなくなり、年始も休みは1日だ
け。2日から通常モードに戻ります。
とみおか家はこの時期特段の予定もなく、誰かの家でおこなわれるクリスマスパーティ
ーにお呼ばれされるか、年始は周りの人で集まって新年会でもやろうかと思ってます。
まあ、つまり日本にいるときとあまり変わらないということですね。そういえば、当地
ではJAPAN TVというケーブルテレビがあってNHKの番組をメインとした放送をしていま
す。たしか年末のNHK紅白歌合戦も予定されていたはず。こりゃ日本にいるときと変わ
らないなあ〜。あっ、時差があるので、紅白どちらが勝ったかは先に言わないでくださ
いね。

それでは、また。
2010年12月 記載

第5回 東日本大震災

どうもご無沙汰しています。今回は3月に起こったこの東北・関東の大地震について触
れたいと思います。私がこの地震を知ったのはニューヨーク時間の11日未明、たまた
ま起きてインターネットを見たのが最初でした。地震直後から当地の日本語放送を通し
てリアルタイムでずっとNHKを見ていましたし、アメリカのメディアでも大きく取り上
げられていました。津波が海岸から侵入し、街を次々と飲み込む生々しい映像は、まる
で映画のシーンのようで、これが現実とは到底思えないほど強い印象として脳裏に焼き
付いています。
ここニューヨークでもDonation(寄付)がいろいろなところで募集されており、私もい
くつかの団体に少額ですが寄付をしました。アメリカのメディアで一番関心が高かった
のは、やはり原発の放射能漏れ問題。震災後から連日報道されていました。私の知り合
いの中には、幼児が東京での放射能が心配とのことで、ニューヨークにいる兄弟のとこ
ろへ子供と一緒に避難してきている人もいました。正直、放射能がどの程度体に影響が
あるのかよく分からないし、微量なら自覚症状もないとのことなので、さらに不安感が
増すのだと思います。またこの原発の問題はいまだ継続して対応中である福島原発およ
びそのダメージへの対応のほか、日本のエネルギー政策自体の問題も絡み、非常にやっ
かいな問題だと思います。日本は政府、民間が一体になって原子力の活用を推進してき
たので、原子力推進に不利と思われるデータや議論は公にされてこなかった、もしくは
積極的に周知してこなかったと思います。原発がなくても電力需要を満たせるのか、本
当のところが誰にもわからない。一方、現在の我々の生活が電力に頼りすぎていたとい
う面ももちろんあると思います。ある雑誌には日本の地下鉄の駅は明るすぎるとの記事
がありましたが、これは確かに事実で、ニューヨークの地下鉄の駅、ロンドンの地下鉄
の駅、香港の地下鉄の駅、どれも日本の地下鉄の駅より暗いです。ひとつひとつの事象
を見ていけばキリがないですが、少なくとも今回の地震により、いままで電気は空気の
ような存在であったのが、“意識して使用する限りある資源”という意識変革をもたら
したのは事実です。ただ、資源のない国にとってこれは当たり前のことで、いままで意
識しなさすぎたのかもしれません。私も含めて反省しなければならない点です。
この国のリーダーシップの問題など悪いところをあげればキリがないですが、それでも
この国で生きてゆかなければならないのも事実です。私は日本の底力をもってすれば、
必ずこの国は復活できると固く信じています。
一日も早く日本が復活することを心から祈っています。。。

2011年4月 記載


第6回 アイスランド旅行

今年のNYの冬はとても寒かったです。顔を刺すような寒さの日が何日もありました。そ
んな中、2月の中旬に休暇をとってアイスランドへ行ってきました。アイスランドは大
西洋の北に浮かぶ島国で、イギリスの北西に位置します。ニューヨークからは5時間半
くらいでいくことができます。緯度はニューヨークより高いのですが、海流と火山活動
のおかげで気候はニューヨークより温暖です。人口はたったの32万人で、うちおよそ
20万人が首都のレイキャビック圏に住んでいます。歴史的にはイギリスよりノルウェ
ーなど北欧の影響を強く受けています。アイスランドというと国全体が氷で覆われてい
るようなイメージを持ちますが、そんなことはありません。ちょっと郊外に出るとバス
から見える景色はだだっ広い原野(植物は低層のものしかない)が広がっているだけで
何にもありません(夏はどうなのか分かりませんが)。自然がそのまま残っているとい
う感じで、いかにも“地の果て”という感じです。
今回のアイスランド旅行の第一のお目当てはオーロラ(当地ではオーロラのことをThe
Northern Lightsとかaurora borealisとか言ったりします)観光。日本からだとオーロ
ラと言えばアラスカやイエローナイフが有名ですが、こちらではアイスランドも有名で
す。アイスランドは東京からだとロンドン乗換が一番ポピュラーな行き方だと思います
が、15時間ぐらいかかってしまうこともあり、日本での知名度は低いと思います。
オーロラ観光は夜8〜9時頃からスタートし、夜中12時頃まで、第一の条件としては
雲がないクリアな空であることが必須なので、バス会社が逐次本部から情報を得て、そ
れを元にクリアな空を追いかけて、バスであちこち走り回ります。ポイントに着くとエ
ンジンを切って電気を消してオーロラが出るのを待ちます。これを夜中12時まで繰り
返すわけです。
さて、結論から言うと3回チャンスがあったものの天候が悪く、結局見ることができま
せんでした。妻は相当がっかりしていましたが、こればっかりは運なのでどうしようも
ありませんね。
オーロラツアー以外にはGolden Circleツアーというのにも参加しました。これは黄金
の滝と呼ばれるグトルフォス(Gullfoss)、間欠泉ゲイシール(Geyser)、世界遺産に登
録されているシンクヴェトリル(Thingvellir)国立公園を半日かけて回るツアーです。
シンクヴェトリル付近は、大西洋中央海嶺の地上露出部分であって、ユーラシアプレー
トと北米プレートの裂け目、いわゆる“地球の割れ目”を見ることができ、独特な岩肌
を眺めながら歩くことができます。このツアーは通年催行されているアイスランドの定
番ツアーで、非常に充実していたので満足できました。またブルー・ラグーンという温
泉にもいきました。設備もきちんと整っており日本でいうところのクアハウスですかね
。温泉の中で、ビール、カクテル、アイスも楽しめます。こちらもアイスランド観光で
は外せない観光地になっています。混浴なので水着着用で入るのですが、美容効果もあ
りお肌ツルツルになります。

アイスランド、日本での知名度はあまり高くないですが、観光地としてはお勧めです。
今回は冬でしたが、夏はトレッキングとか楽しめるそうですよ。

4月も下旬になってようやく暖かくなってきました。昨年は赴任したばかりでバタバタ
しているうちにNYの短い夏が終わってしまった感じですが、今年はもう少し楽しめるか
な。昨年は赴任早々にギックリ腰をやってしまい、できなかったゴルフも今年は挑戦し
たいと思っています。日本に帰ったときにせめて卓ちゃんと一緒にコースを回れるくら
いにはなっていたいものです。

それでは、また。
2011年4月 記載

第7回 スイス旅行 in 2011 Summer(前編)

 

今年の夏休みは7月頭にスイス旅行に行ってきました。スイス旅行

は妻のたっての希望で、しかもこの初夏の時期にいきたいとのこと
でした。スイスの初夏は新緑の季節であり、高山植物が花咲く
とてもいい季節で、一番の人気の時期です。

ハイシーズンなので、フライトチケットも含めすべてが高い

ので、パッケージツアーは使用せず、行き帰りのフライトだけ私がおさえ

あとは妻が鉄道、ホテル、ハイキング等、自分が行きたいところを

ピックアップして妻自身がアレンジしました。

まさに「妻の、妻による、妻のための旅行」ですわ!
スイスは鉄道が非常に発達しており、ほとんどどこへでも鉄道で
行くことができ、しかも時間も正確です。
 
旅はニューヨークからまずチューリッヒに入り、その後鉄道で移動
しながら最後はジュネーブからニューヨークに戻りました。今回はまず
この旅の「前編」につき書きたいと思います。

 

ニューヨークから夜行便にのり、約8時間かけてチューリッヒに

朝、到着しました。チューリッヒの街はリマト川が街の中心に
通っていて東京、NYに比べれば小さな街で、旧市街は道の小さな道が
交錯するとても興味深い街でした。私はせっせと市内を散歩してましたが、
その間、娘は夜行便と時差のため、妻ともども途中でスターバックス
のソファーで眠ってました。

 

2つ目の目的地はマインフェルト。マインフェルトは「アルプス

の少女ハイジ」で有名なところですが。駅は非常に小さく、「えっ、

ここなの?」という感じの田舎の駅です。駅からハイキングのコースが

出ており、美しい緑の景色の中を散策することができます。
駅から娘を連れて1時間半くらい(だったかな?)、タラタラ歩いていくと、
ホテル「ハイジホフ」に着きます。峰の原の「ハイジホフ」とスイスのハイジホフどちらが
本場か分かりませんが(笑)。。そのハイジホフから5分ほど歩くと、ハイジハウスという
小さい博物館、ハイジショップ(みやげ物屋)に着きます。
ここからさらに登山道を通って、上の方(ハイジヒュッテなど)に行くこともできますが、
我々はここで引き返しました。
ハイジショップはほんとに小さなみやげ物屋ですが、中国人、日本人の観光ツアー客
がわんさと訪れていました。
 

3つ目の目的地はサンモリッツです。この町から数時間南に電車で下ると、

イタリアです。この町の目印はサンモリッツ湖で、ヨーロッパの

有名な避暑地であると同時に温泉の町でもあります。山の斜面に街が形成されて

いて、街にはブランドショップが軒をつらねるハイクラスな避暑地です。もちろん

我々が泊まったのは駅近くのリーズナブルな値段の宿ですが。湖と山々の景色の

コラボレーションがとても美しく、いつまでもボーっと眺めたいような景色でした。

 

4つ目の目的地はツェルマットですが、サンモリッツからツェルマットまでは

Glacier Express(氷河特急)に約8時間、乗車しました。スイスには有名な観光用の特急が

4本ありますが、その中でも一番メジャーな列車です。全面ガラス張りになって

いて思う存分景色が満喫できます。座席予約時に予約すれば車内でコース料理も

楽しめます(我々は節約のため、お昼は乗車前にスーパーで購入)。

渓谷の中を走る外の景色はすばらしいです。これぞスイスという感じです。

ただ、時間があまりにも長いし、景色自体も途中からそんなに変化があるわけではないので

私は最初はせっせと写真を撮ったりビデオを回したりしていましたが、最後の方はやや飽き気味でした。

娘も電車の中で半分は寝ていたんじゃないでしょうか。

ただ終点のツェルマットに近づくにつれ、どんどん高度も上がっていき、18年前の大学卒業旅行で
友人とツェルマットを訪れた時の記憶がよみがえり、ワクワクした気持ちでツェルマットの

駅に到着しました。

 

次号に続く。。。
2011年8月 記載
 
第8回 スイス旅行 in 2011 Summer(後編)
 
前回に引き続き、夏のスイス旅行です。
ツェルマットは私は2回目。前回は大学の卒業旅行(18年前!)で友達と来ました。街並みは基本的に
変わってませんでした。マクドナルドも同じ場所にありました。
ツェルマットは日本で言うところの軽井沢?みたいな感じです。日本人観光客も
多かったです。泊まったホテルのベランダからきれいにマッタンホルンが見れました。
翌朝、登山列車に乗り、ゴルナーグラートという展望台を目指しました。天気がとてもよく、雲ひとつない
マッタンホルンをみることができました。ツェルマットには足掛け3日間いましたが、運良くずっと天気が
よかったです。その他の展望台に行きましたが、いずれもくっきりとマッタンホルンが見えました。
ラッキー!
 
5つ目の目的地はグリンデルワルド。ツェルマットから電車で4時間くらいかな。こちらは日本で言えば
上高地?かな。ここがある意味今回の旅行のメインで、ここを拠点にいろいろなところに行きました。
まず駅に降りて驚いたのが、日本人の多さ。50後半から60前半と思われる夫婦のカップルのツアー客の

多いこと。目的はもちろんハイキング。この世代には登山好きが多いですからね。夕方、スーパー(COOP

に行くと、登山帰りの日本人がわんさと居て、まるで日本のジャスコやダイエーの様相。

駅を降りて正面に「日本語観光所」と書かれた看板が大きく見え、いかに日本人観光客が多いかが伺えます。
ここでのメインはユングフラウヨッホ。これはグリンデルワルドからユングフラウ鉄道(登山電車)を乗り継いで、
クライネ・シャイデックを経由して標高3573Mの高さまで上がります。
この展望台は別名「Top of Europe」。固い岩盤をくり抜いて建設しており、よくこんなところに鉄道を引いたなあ
という感じです。
展望台のある場所は雪に覆われています。寒いです。フリースやジャンパーなどが必要です。
でも天気は悪くなかったので、山々がきれいに見えました。

帰りは途中まで登山電車で降りて、そこからハイキング。高山植物が咲き乱れていてとてもきれいです。

それから登山家の間では有名なアイガー北壁(ほぼ直角に立つ岩壁)も見れました。途中、カウベルをつけた
牛の集団に遭遇し、牛の行列が過ぎるまで道を渡れない、なんてこともありました。
別の日にはフィルストという場所にも行き、そこから近くの湖(バッハアルプゼー)まで
ハイキングもしました。こちらも高山植物がいっぱい咲いていました。
その他、ミューレン、アルメントフーベル、ヴェンゲンなどにも行きました。
どこでも手軽にハイキングを楽しめ、またそのレベルは初級者用から上級者用の道までいろいろ種類が
あるので、自分たちの体力や日程に合わせた楽しみ方ができます。我々は娘連れだったので初級者用
の道でしたが、これでも十分楽しめます。
グリンデルワルドには4日ほどいて、大所を中心にかなり見て回りましたが、まだまだたくさん見どころは
あるようです。

最後の目的地はジュネーブです。最初のチューリッヒはドイツ語圏ですが、ここジュネーブは

フランス語圏になります。レマン湖、大噴水、花時計などの見所のほか、やはり旧市街があり、
細い小道が絡み合う、昔ながらの街並みを散策しました。私たちが泊まったホテルはジュネーブ
駅の近くでしたが、夜中12時過ぎまで目の前の通りでパブが開いており、かなりうるさかったです。
 
またジュネーブから日帰りバスツアーでシャモニ・モンブランにも行きました。途中国境を越え(パスポート
チェックはなかった)フランス領に入ります。そこでのお目当ては標高3842M(富士山より高い!)
にあるエギーユ・デュ・ミディという展望台です。ロープウエイを乗り継いで一気に上るので高山病が気になりましたが、
私、妻、娘ともども大丈夫でした。ちなみに3歳未満の子は健康上の影響との理由から不可、それを超える場合は
親の判断とのことで、(妻の英断により)娘を連れて行くことにしました。頂上の周りは、やはり一面雪で、雲の上に
いるような感じでした。ここからさらにロープーウェイを使えばイタリア領側にもいけるようでした。とにかくスケールが
でかかったです。
でも頂上でちょっと早足で歩いたり、階段上ったりすると心臓がバクバクして、ちょっと頭もクラクラしたりしたので、
頂上での滞在は早めに切り上げました。いったん山を下りてから、別の登山電車に乗り、モンタンヴェールというところ
にも行きました。そこにはメール・ドゥ・グラス氷河というのがあり、これまた登山家の間では有名で、
アルプス三大北壁の一つ「グランド・ジョラス」を見ることもできました。ここでは階段を下って(500段?くらいは
あったかな)氷河まで下りることができ、「氷の海」という氷河をくり抜いて作った洞窟(トンネル)にもいくこと
ができました。
 
計10日間、長旅だったのでここに書けなかった細かいところにもいくつも行きました。今回の旅の
テーマは「自然&ハイキング」でした。ただ同じような景色がたくさんあったので
私の記憶の中では各所の景色がごちゃまぜになっています。
 
スイス旅行中、震災なんてなんのその、日本人観光客の多さにびっくりしました。もうひとつびっくりしたのは物価の
高さ。マックのビックマックセット12フラン(約1150円)、スタバのカフェラテ(トール)6フラン(約570円)でした。
なので、旅行中、どの宿でも簡単な朝食はついていたものの、昼は朝の残りのパン、夜は地元スーパー
COOPMIGROS)で酒(ビールorワイン)とつまみ(サラミ、生ハム、いずれも十分うまい!)等を買い、

NYからもって行った「チン」のご飯とインスタント味噌汁で過ごしました。レストランに行ったのは1回

のみ、妻のたっての願いでチーズフォンデュを食べただけです(味はまあ、こんなもんか、という程度でした)。
とにかく移動手段等の必要経費以外は極力節約しましたね。
 
どうです?これでみなさんもスイスに行きたくなったでしょ?ちなみに公用語は主にドイツ語、
フランス語、イタリア語、(他にもロマンシュ語というのもあります)ですが、英語もほぼ問題なく通じます。
私自身も一つの国をこれだけじっくり回ったのは初めてで、とても印象に残る旅になりました。
妻は今回の旅行、ひじょーに満足した様子でした。ある意味、これが私にとって一番の収穫でしょう。
 
「Happy wife, Happy life」(妻がハッピーなら、人生もハッピー)
 
それでは、また。
2011年8月 記載

 第9回 初雪、そして冬時間へ

今(10月29日昼)、NYで今年の初雪が降っています。気温は3℃。
まだ10月というのにかなりの勢いで降っています。10月31日はハロウィーンですが、それより前に初雪とはたぶん珍しいと思います。
最近、仕事が忙しかったので今日はゴルフの「打ちっぱなし」でも行こうかと思っていたのに、これでは外に出られません。
この様子だとかなり(10CM以上は)積もりそう。長〜い、長〜い冬のシーズンの始まりです。
昨年のNYは雪のかなり多い年でしたが、今年も多いのかな〜。ちなみにこちらでは冬の雪の季節でも通常スタッドレス・タイヤははきません。みんなノーマルタイヤです。雪が
降るとすぐに除雪車が入るので、普通の道であればだいたい除雪されます。除雪の際、
除雪専門の車の他、ごみ収集車が車の前部に雪かき用のショベルみたいなものを取り付
けて除雪をおこなえるようになっており、除雪はかなりタイムリーに行われます。
来週でDST(Daylight Saving Time)、つまり夏時間(アメリカ)も終わりです。今年
は11月6日の午前2時に1時間時計の針を戻すわけです。日本との時差は13時間か
ら14時間になります(計算合ってるよな?)。ヨーロッパにも夏時間がありますが、
変わるタイミングが違うのをご存知ですか?ヨーロッパは10月30日の午前たしか1
時(?)にDSTが終了します。つまり、アメリカとヨーロッパで1週間違うわけで、こ
の期間は両地域の時差が微妙に変化するわけです。これは時差のない日本人にとっては
かなり混乱します。この時期に欧米に海外旅行に行く方はご注意くださいね。まあ夏時
間→冬時間の場合は1時間戻すので、時間に遅れるということはないと思いますが。ち
なみに冬時間→夏時間は3月ですが、やはり変わるタイミングが異なります。時差はア
メリカ国内(たとえばNYとロスで3時間)でもあり、「時は不変なもの」という日本人
にとっては当たり前の常識も、こちらでは「時は場所と季節で変わるもの」という感覚
で、特段のアナウンスもなく、みな生活の一部として普通に受け入れています。日本で
もDSTの導入が検討されているようですが、間違いなく混乱(遅刻、乗り遅れ等)が発
生しますね。
それはそうと明日、ゴルフに行く約束をしてましたが、こりゃ無理だな。悲しい。。。

それでは、また。
2011年10月記載

10回 日本一時帰国、そしてハイジホフへ

ニューヨークへの赴任から2年が経過し、今日本へ一時帰国しています。
友人と会ったり、墓参りをしたりして過ごしていますが、今回2泊3日でハイジホフにやってきました。
2年以上ぶりですね。行く途中で湯楽里館にも寄って、温泉につかることができたのでよかったです。
ハイジホフでは暖くんもすでに大学へ進学し、たくちゃん、さとちゃんの二人となっていました。
私が最初にハイジホフに来たのは19歳なので、当時からすでに20年以上が経過しており、
お子様たちも巣立つのは当たり前ですがね。

日本に帰ってきて思ったことは、やっぱ日本の飯はうまい!!ということ。
特にハイジホフでの食事は絶品ですね。
アメリカでのレストランの食事もおいしいにはおいしいのですが、基本的に大味で、食べていると飽きてしまいます。
アメリカで日本食というと寿司がメインで日本の家庭料理的なものに出会うことはほとんどないです。
「だし」「風味」「香り」を含めた微妙な味加減をリーズナブルな価格でとなると、
やはり日本でしか味わえないものとつくづく感じました。最近、体重が減ってきたのについつい食べ過ぎてしまいました。

滞在中は娘を連れて近所の峰の原高原スキー場にソリをしに行った以外は、宿内でゴロゴロとリラックスすることができました。娘はまだ2歳にならないころにハイジホフに連れてきてそのときたくちゃんになついていましたが、そのことは忘れちゃってたみたいです。ただ、今回改めて、たくちゃんと仲良しになっていました。もう4歳だし今回のことはさすがに覚えてるかな〜。

次回、いつ日本に帰ってこれるか分からないですが、また必ずハイジホフに行きますよ!!このブログをご覧になっているみなさんも是非、ゴロゴロリラックス&

「おいしいご飯」を食べにハイジホフに行きましょう!

2012年3月記載