2004年3月15日に広島で開催された衆議院憲法調査会の公聴会で平田さんが発言した内容を紹介します。 

岡山県平和委員会事務局員 平田香奈子さん(23歳)の意見陳述原稿 

 岡山で平和の運動をすすめていく団体の事務局員をしています、平田と申します。今日はよろしくお願いします。

 私は高校生のころ、海外の自然や文化にとても興味があって、英語も好きでしたし、国際とかインターナショナルとつくものが大好きでした。ですから、色々な環境問題・国際問題をそれなりに知るようになり、自分がそういう問題にたいして、何かできないかと思うようになりました。NGOのボランティアに参加して、マレーシアで植林の手伝いをしたり、地雷撤去の団体にも関わった経験があります。

 そして、そういった国際的な問題を知った時に、自分の国は何をしているんだろう、どういう立場をとっているんだろうと気になりました。難民問題への態度や、環境と原発問題、核兵器のことなどを知るにつれ、どうも納得できないことが多いと感じました。

 核兵器の問題でいうと、サミット参加国の多くが核兵器を保有していて、何万発もの核兵器が実際にいまも存在しています。核兵器がいらないことは私たちの感覚からすれば、とてもはっきりしているし、唯一の被爆国である日本が、核兵器をなくしていこうと言っていくべきではないのか、というふうに思います。

 それからよく私が思ってきたことは、戦争責任についてです。なぜちゃんと謝っていないのだろうと思います。日本がアジア諸国を侵略したことは明らかなのにです。それが、いまだにアジアの人々を苦しめています。日本では、学校教育で本当の歴史がちゃんと教えられていないと思います。

 私はアジアの国々が特に好きだったのですが、本当の歴史を知っておかないと、もし自分がアジアに行ったら恥ずかしい思いをする、旅行にも行けないと思ってきました。これからの日本をになっていく私たちの世代が、こうした歴史を知ることは友好関係や平和な世界をつくるために、絶対に必要なことだと思います。なぜしっかり教えてくれないのでしょうか。過ちから目をそらすことより、過ちから学び、同じ過ちを繰り返さないことのほうが、よっぽど誇れる態度ではないでしょうか。

また私は、小中高と学校で憲法を学んだ記憶がほとんどありません。それでも日本の憲法が平和憲法であること、戦争は2度としないとうたっていることは知っていました。平和憲法をもって、経済的にも先進国だと言われている日本がなぜ世界の平和を先導していかないのか、苦しんでいる人々にたいして、本当に必要な、喜ばれる支援をしていないのか、疑問に思ってきました。

 こういったことを漠然と感じていたわけですが、2002年に有事法制が国会で議論されるようになったとき、これはなんとなくやばいと感じました。どういうことだと思って本を買って勉強しました。私が政治の問題に関心を持つようになったのはこの時からです。そして昨年秋の総選挙で「改憲」が公約にはっきりかかげられました。正直とても驚きました。憲法が変わることはないだろうと思ってきたからです。とんでもないと思いました。私が憲法を本格的に勉強するようになったのは、こうした動きがでてきてからです。

 憲法を学びはじめて、一番強く感じたのは、やっぱり憲法は変える必要がないということです。憲法に書かれていることを、今の政府や、国の政治を担っている人たちが、ぜんぜん守っていない、実行していないということのほうに問題があると思いました。
 だから、「現実と憲法とにギャップがある」なんていうのは、ギャップをつくってきた人たちが言うべき言葉ではないと思います。

 国の安全保障について言えば、戦争を前提にしてはいけないと思います。有事法制は、戦争を前提に持ってきているところが全然だめだと思っています。非常事態といわれるものを起こさないようにするのが本来の外交です。

 日本は半世紀以上前、アジア諸国を侵略し、大きな戦争を引き起こしました。その戦争で、たくさんの人々の命、生活を奪いました。その反省と、もう戦争は二度としないという誓いのもとに日本国憲法は生まれたのだと思います。そして、実際に日本はそれから一度も戦争をしていないし、武力をもって他国の人を殺すこともありませんでした。
 ところが、今の政府のやっていることは、そうした約束をないがしろにして、自衛隊のイラク派兵や有事法制の整備など、戦争への道をどんどんつきすすんできています。それが、アジアの人々にたいして、どれだけ脅威となり、怒りを生んでいるでしょうか。小泉首相が靖国神社を参拝するたびに、よくできるな、なにをやってるんだと思います。あの行為が、どれだけアジアの人々を傷つけているかと思います。やめてほしいです。

 私は、アジアの人々と対等な関係になりたいと思っています。今は対等でいることができません。日本があの戦争で与えた加害の事実を、政府が認めず、反省もせず、十分な補償も行なっていないからです。これらの問題にたいしては、日本人の関心の低さもありますが、きちんと学校で教えられないからです。中国における毒ガス兵器の遺棄、在日コリアンへの差別、従軍慰安婦問題など、たくさんあります。それらが解決されるまでは対等な関係はつくれないと思っています。

 日本人が思っているより世界の人々は日本のことを見ています。アメリカのイラク攻撃に日本がいち早く支持を表明したことで、中東では反日感情が生まれてしまいました。反日デモまで起こりました。とても悲しいです。
 そして今、自衛隊はイラクへ"人道"復興支援をかかげて出て行きました。しかし、その法的な地位は占領軍の一員であり、連合国暫定当局の指揮下におかれています。戦時と同じように"人道"ということばが使われていることに注視しなければなりません。

 つい2日前も、戦争体験者のお話を聞く機会がありました。日の丸の旗を振って自衛隊を見送る家族の姿があの時代のようで本当におそろしいとおっしゃっていました。

 わたしたちは戦後生まれで、戦争を知らない世代ですが、戦争を起こさないようにする責任はあります。
 私は平和な世界をつくっていきたいと思います。それは憲法のかかげる理念と同じで、戦争がいやだからです。戦争で死ぬなんてばからしいです。そんなもったいない死に方をするために生まれてきたわけではありません。だれでもしあわせを追求する権利があるのです。国のために死ぬのが名誉だなんて、絶対おかしいです。そう思う政治家が、まっさきにいけばいいのです。

 正義の戦争というものもありません。自衛や安全保障をかかげて武力を持つことも時代遅れです。暴力に対して暴力では何も解決できません。今度のイラク戦争や、中東問題の歴史をみればそれがわかるはずです。
テロは貧困から起こります。世界は僕らを見てくれていないという絶望から起こります。貧困や、差別を世界からなくす努力をしよう、そして平和の中で生存する権利がどんな人々にもあるのだ、ということを、世界に向けてとなえているのが憲法です。ぜんぜん理想主義ではありません。

 憲法は武力をもつことも放棄しています。弱そうにみえて、実は一番勇気のいる態度です。こちらが武器を持ちながら、相手に戦争をするなといっても、半分説得力がないのです。
 日本は、どこかで紛争が起こったら、まっさきに丸腰で飛んでいって、「戦争はダメだ、それは私たちもいやというほど体験した。対話で解決しようじゃないか」と言うべきなのです。これはなかなか説得力があると思います。唯一の被爆国であり、憲法9条をもつ日本だけができる外交です。それでこそ、国際社会において、名誉ある地位を得られるのだと思います。

 また、21世紀に平和な世界をつくろうという流れは、ますます強まっています。イラク戦争では、米英の戦争を支持する国の数より、戦争を支持しない国の数のほうが圧倒的に多かったのです。
 世界各地では、数千万の人々がデモや集会に参加しました。これまでデモや集会が原則禁止だったエジプトでは、イラク戦争に反対する集会が何度もひらかれ、時には百万人をこえた集会も開かれたということを報道で知りました。アメリカと長年の同盟国であるトルコでも、イラク戦争の時は、アメリカの地上軍にトルコの領土を使わせませんでした。
 戦争はやめよう、平和な世界をつくろうという世界の人々の思いは、どんどん広がり、力強くなってきていると思います。

 私の住む岡山でも、3月20日のイラク戦争一周年の日、1000人が集まって、人文字やピースウォークなどの、平和の取り組みを予定しています。若者が中心となって実行委員会をつくってやっています。スローガンは「戦争でなく平和を」です。それが普通の人々の、あたりまえの思いなのだと思います。こういう時代だからこそ、憲法の平和主義を世界にひろげることができるし、またそれが必要なのだと思います。

 私は、この憲法は世界に誇れるものだと思います。ぜんぜん変える必要なんてないと思います。
 憲法を調査する前に、日本の政府や国会は、憲法を守ってください。憲法に書いてあることを真剣に実行してみて、その結果を調査してください。 

 憲法は日本の最高のルールです。それは誰かが勝手に頭で考えたものではなく、あの悲惨な戦争の体験、人類の自由を求めるたたかいの到達が、条文に書きこまれているのです。

 私は、憲法を変えることに、反対します。

 

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