アラヤシキ TOP
NEW * 超短編
特集 * 超短編
日記アメンチア
掲示板

 

タカスギシンタロの日記アメンチア
Sintaro's nikki amentia

 

2001年6月の日記

2001年 - - - - 5月 6月
  7月 8月 9月 10月 11月 12月
2002年 1月 2月 3月 4月 5月 6月
  7月 8月 9月 10月 11月 12月
2003年 1月 2月 3月 4月 5月 6月
  7月 8月 9月 10月 11月 12月
2004年 1月 2月 3月 4月 5月 6月
  7月 8月 9月 10月 11月 12月
2005年 1月 2月 3月 4月 5月 6月
  7月 8月 9月 10月 11月 12月
2006年 1月 2月 3月 4月 5月 6月
  7月 8月 最新の日記はこちら

 

 
2001年06月30日 (土)
頭痛からのメッセージ

 

  朝から頭痛。人体の機能として、頭痛はどういう役割を果たしているのか。きっと「何もせずにじっとしていろ」という体のメッセージなのだとは思うが、そうもしてられないので、薬を飲む。きょうはお花のお稽古なのだ。
  徳さんのライブや朗読を撮った写真の同時プリントが上がっていたので受け取り、予約しておいたring linksの小笠原古謡を受け取り、ちょっと遅いブランチに亀屋水産でマグロずけ丼を食べる。家に帰るまでバスで十分もかからないはずの道のりが、混雑のため1時間。頭痛のせいで、なんだかおぼろな1日。

 

2001年06月29日 (金)
木本君、好きなだけパンをお食べ

 

  木本君が本日をもって退社。朝来ると、必ず旧ギアの床に転がっていた木本君を思い出します。幸せそうな寝顔の彼を、何度も踏んづけそうになったものです。青葉台の事務所からの引っ越しが、彼に会った最初。プロのキャンパーらしく、ブルーシートの畳み方を細かく指示していたのが印象的だった。余ったカツ丼を2人前食べていたっけ。そういえば“諏訪の腰痛王子”数納くんも引っ越しを手伝っていたけれど、彼はカツ丼が大嫌いだから、弁当がカツ丼だを知ってがっかりしていました。それはともかく、木本君には超短編朗読のビデオを編集してもらうことにしよう。焼き肉でも食わせとけばOKさ。
  悪ガキがいなくなると、ちょっとさびしい。

 

2001年06月28日 (木)
ここで得た情報は証拠として採用されません

 

  この日記は1日に十数アクセスくらいだから、かなり親しい人も読んではいないだろうと安心していたら、けっこう読まれているらしい。たとえば先日、森川美鈴さん(愛称もり皮)に「日記見たわよ」と大人びた声でいわれて、何だか恐縮してしまった。ぼくがはじめて編工研で森川さんに会ったのはずいぶん前のことだけど、「この人はモデルさんに違いない」と思い込み、どうしてモデルさんが食器を洗ったり部屋を掃除したり、電話の応対をしたりするんだろうと、不思議に思っていた。ところで、本当はどうしてなんだろう。
  古賀さんもたまにこの日記を見ているらしい。古賀さんはヴェルヴェット・アンダーグラウンドのバナナジャケのシールを破ることで、自らの男性機能を呪的に回復させる、編集シャーマン。メンクイの美柑君や、笑い病の岩澤さんも、たまに自分のことが載るので日記をチェックしているらしいし…ようするに、読んでいるのは知り合いばかりか。ならば、私信。人の日記を勝手に見るなー。それから木本と滝澤はぼくのパンを勝手に食うなー。

 

2001年06月27日 (水)
ドトールの謎

 

  赤坂のボナ・ペティートで市田編集長とランチ。小さな貝柱のパスタはソースが濃密で、貝柱は甘くて新鮮。デザートのパンナコッタは、ねっちりとしてほのかな苦味が後をひくおいしさ。キンキンに冷えた白ワインを飲みつつ、込み入った話はできないのでドトールへ。
  ドトールでロイヤルミルクティーを注文した市田さんは、取り出したティーバッグをおく紙製の敷物に疑問を提示。ティーバッグからしたたる水分を吸収するでなし、流れないように保持するでなし、じつに謎に満ちた付属品である。けっきょくは受け皿がべちょべちょになって、ナプキンを敷くことになってしまう。ついでに甘味料の「ハニーシュガー」にもドトール独特のこだわりを感じる。こういったところを強調していけば、ドトールもスターバックスには負けないような気がしてきた。こんな楽しいところで込み入った話はできないのでまた今度。
  大ニュース。鬼塚夫妻がキルギスタンから帰ってきた!

 

2001年06月26日 (火)
“雑草”なんて名前の草はない

 

  草抜きとジャガイモほり。毎週この作業のくり返しだが、雑草を抜くのもけっこうたのしい。春にはハコベやホトケノザが多かった畑も、アカザやオヒシバ、エノコログサが幅を利かせてきた。最近は減ってきたが、いちばん凶悪なのがハリビユ。この草はもはや畑の凶器。うかつに触ると1cmくらいのトゲが刺さって、強烈に痛い。しかもトゲの先端が体内に残って、いつまでも苦しむことになる。
  きょうは本当に蒸し暑くて、農薬噴霧器を中村君と圃場に押し上げるだけで汗だく。もう何もする気が起きなくなる。4年生のたくみ君が、なぜか朝日新聞社の受験雑誌の取材を受けていて、運搬車の荷台でポーズをとっていた。取材班の人も脱水症状になり、圃場のビワとヤマモモの木を教えてあげたら、むさぼり食っていた。木で熟れたびわの味は濃厚な甘さで酸味が強く、うまいのです。話を聞いたら、カメラマンはフリーだし、インタビューの女の子は派遣だった。雑誌って、そうやってできるのね。きょうのジャガイモは男爵とメイクイーンとキタアカリがまぜこぜ。

 

2001年06月25日 (月)
ヒマラヤのミッドナイト・クワイア

 

  昨日の朗読のあとちょっと考えて、自分には一刻の猶予もないような気がしてきた。ようするに、無駄なことをしている時間はないということ。声を出して作品を読むということで、ぼくの積み木の脳みそがカタカタ揺れて、思考がすき間を流れるようになったのかも知れません。朗読、いいですよ!
  仕事のあと、峯岸とヒマラヤンな店で1杯。キノコ、オリーブ、トマトスープ、ヒマラヤン餃子など。シシカバブは、けっきょく最後まで出てこなかった。ギムレットとジントニックで、けっこう酔ったので、「電線の鳥」を歌いながら帰る。あすは畑なので早く寝る。とはいっても午前2時だが。

電線の鳥のように
酔っぱらった
真夜中の聖歌隊のように
ぼくは
ぼくのやりかたで
自由になろうとした

(レナード・コーエン)

 

2001年06月24日 (日)
朗読・合唱・三線フルーツバスケット!

 

  東京文化会館の4階録音室で「超短編朗読・フルーツバスケット・ヴァージョン」が開催された。参加者は超短編がひまわり、伏見こゆき、みねぎし、高杉。合唱が高宮広道、田中理栄、徳田研一、徳田真理。三線が徳永和幸、パフォーマンスは坂部明宏。カメラは山中しほ。司会進行は上野らしくパンダのぬいぐるみ。
  うれしいことに宮田真司もきてくれて、デジカメ撮影を担当。さらに、関西から電話で参加していた「すぎもと」が、まどろっこしくなって東京に瞬間移動。いや、本当にびっくりしました。
  詳しいことはモンテローソに載せるけど、はじめてとしては上出来だったと思う。「電話伝言朗読」「手話朗読」「全員朗読」など、大胆な試みもありました。課題としては「全体を貫く主題」「朗読後の評価」が今後、必要になってくると感じます。
  もう寝る。

 

2001年06月23日 (土)
西暦2525年の散髪

 

  明日の朗読に備え、まずは散髪に行く。理容“ほほえみ”のご主人は昔のポップスやR&Bが好きで、きょうもショッキング・ブルーの「ヴィーナス」やゼーガーとエヴァンスの「西暦2525年」が流れていた。こんなところでも、思わず朗読の宣伝。
  町田図書館は休み。がっかりして返却口に本を投入。落下のショックで八丈島史が壊れていなければいいけれど。その足で久しぶりにアナログの殿堂PAMへ行く。
  買ったレコードはロッキー・ホラー・ショーのサントラなど。くわしくはいずれアナログコーナーで。鈴木達也くんの「無限大」の取材の件を伝えると、よろこんでOKしてくれた。店長の末武さんは最近メディア露出が進んでいて、12chの町田紹介のテレビに出たり、「From A」にヴァニラ・ファッジの記事を載せたりしている。お店で聴かせてもらったヴァニラ・ファッジはまさにスーパーバンドだと納得。こんなところでも朗読の宣伝。
  ひまわりさんに送ってもらった朗読会のパンフレット原稿を印刷。両面コピーにしたので、会場でも邪魔にならないと思う。編工研でも朗読の宣伝。夜になって「すぎもと」から連続Pメール。作品を送るから誰か読めという。明日コピーしてプログラムにはさみこもう。

 

2001年6月22日 (金)
ガスエアコンはどうして冷えるのか

 

  あさって24日はいよいよ超短編朗読だが、なんの準備もしていない。いつからこんな緊張感のない大人になってしまったのかは憶えていないが、ひまわりさんに電話するときはちょっと緊張。-ひ-さんは超短編朗読のプログラムと、参加者の作品集を作ってくれた。それらの書類を添付してもらって、ぼくが印刷する手はずになっているが、一部の人のプルフィールがまだ書き込まれていないので、まだ印刷はおあずけ。
  ところで、仕事場ではクーラーの風が直接当たって寒いので、ぼくはモンベルのフリース毛布を羽織っているのだが、ふと、クーラーの原理について疑問が沸いた。「どうして、ガスエアコンで冷えるのか」という問題だ。当然、ガスを燃やせば熱が発生する。むしろ熱いはずじゃないかと、思ってしまう。もちろん、何らかの熱交換が行われているのだとは思うが、こういうことは諏訪のクシャクシャ・ポイ王子こと数納君に聞いてみよう。その名は何でもクシャクシャ・ポイしてしまうところから、つけられた称号。

 

2001年06月21日 (木)
3年後のミカン

 

  高熱を発して倒れていた市田さんも何とか復活。その市田さん、ずいぶん前にG4キューブを購入しているのだが、なんと、置く場所がなくてラフィーノ(キクヤヨシミ事務所)に置かせてもらっている。パソコンを手元に置いておかない人も珍しいが、この度、やっと自宅にキューブが帰って来ることになったという。どうするのかというと、2台あるうちの1台のピアノを川崎師匠へ預け、空いたスペースにテーブルを入れる計画なのだ。「早くプロバイダーと契約しなくっちゃ」と、市田炎子のページ立ち上げに向け、意気込みを見せる。
  夜は長谷川さんと広島風お好み焼き「さっちゃん」で、ぼくの好きなネギ焼(しょう油)とそばもち入りを注文。美柑君の情報をいくつか入手した。それによると美柑君は3年後には結婚していたいそうだ(相手がいるのかは不明)。ミカンにとっての結婚とは、接ぎ木のことだろうか、それとも受粉のことだろうか。いずれにせよ、子供ができたら「星人」という名前をつけてほしいものです。

 

2001年06月20日 (水)
顔漢字の後藤田さん登場

 

  イシスの“顔漢字”の作者である後藤田三朗さんが編工研にいらっしゃった。市田さんとお話をする予定だったが、市田さんは高熱のため出社できず。かわりにぼくがお話をうかがった。とはいっても、後藤田さんは聾者なので、坂部さんの手話を通じての会話となる。辞書を片手に新しい顔漢字をいくつか紹介してくれた。漢字の意味を取り払って、あくまで形として見る目は、やはり特殊な才能だと思う。
  後藤田さんは写真家なのだが、地元徳島でお茶畑もやっている、マルチな遊び人。現在は某社で写真の本の企画をすすめていて、某有名詩人に言葉をいれてもらうことを編集者に勧められたらしい(後藤田さんは「取り分が減る」ことを心配のご様子だが)。後藤田さんの写真がまた素晴らしい。大胆な「見立て」が画面のあちこちに隠されていて、ちょっと日本人離れしたユーモアが漂っているのです。

 

2001年06月19日 (火)
今年のアジサイはなぜ紫っぽいのか

 

  曇りだが湿度が高くて流れる汗が乾かない。きょうの畑仕事は草集め。レーキ(猪八戒が持ってるような農具)やフォークで運搬車に刈った草やジャガイモの茎、くず大根などを積んで、穴ぼこに投げ捨てる。もうへとへと。
  今年のアジサイは紫がきれいだと思っていたら、「三宅島の噴煙があるだろ、あれで土が酸性になって、アジサイがみんなムラサキになりよんだ。ひぃっひっひ」とは、山下義幸明治大学農学部教授のことば。
  研究室に戻ると、留守電が。「おまおまおままままま松井でおま」。壊れた松井りえだった。
  男爵イモ6kgと大根5本を背負って帰る。重い。

 

2001年06月18日 (月)
10割でも2割でもそばならOK

 

  巨大がま口型スカートをはいた、眼鏡で坊主頭の男がやってきた。デザイナーのキクヤヨシミだ。牛模様の靴を履いたでっかい男がやってきた。だめ人間鈴木達也だ。彼は「無限大」の色見本を持っていた。チェコスロバキアの帽子をかぶったヒゲの男が写っている。ぼくだ。
  岩澤千晶さんは友人の宇田川新聞さんの個展に行ってきたという。曰く「高尾山パノラマ絵図って作品にタコ杉があったよ」。ぼくはタカ杉だ!
  ひまわりさんからの情報で、赤坂見附の「鳥元」という焼鳥屋で、なぜかおいしい蕎麦を食べさせてくれるという。みねぎしが電話で誘導を受けながら、田町通りのウッディーなお店を発見。混んでいるのでカウンター席に座る。ねぎま、フォアグラ(レバーのこと)、椎茸の肉詰め、山形豆腐、おでんなどを食べながらせいろ蕎麦の登場を待つ。さらに待つ。もっと待つ。ずっと待つ。30分待ってやっと出てきたせいろ蕎麦。豊かに香る蕎麦の風味は、さすが十割。
  仕事場へ戻る。坂部さんが本のコピーをしている。いけね、仕事の途中だったっけ。忘れてた。それじゃあそういうことで、さようなら。

 

2001年06月17日 (日)
立候補者と朗読者のプロフィール

 

  選挙前になると、急にむかしの友人から電話があったりする。何となく腑に落ちないのは、選挙直前にしかお願いに来ないことだ。本当にその候補者を応援しているなら、もっと前から友人に意思表示をするべきではないのか? 親に頼まれて仕方なくやっているだけじゃないのか? 本気じゃないお願いなら失礼なことだと思う。
  超短編朗読のプロフィール、朗読作品のデータをひまわりさんに送る。お忙しい光合成の時間をさいて、パンフレットを作ってくれるのだ。ほんと、キク科の一年草とは思えない働きぶりに、感謝しています。ちなみに貝原益軒の『花譜』(1694)には、ひふがあふひ(日向葵)とある。ちょっと歯がなくてふがふがした感じ。

 

2001年06月16日 (土)
仁科さん、小舟に乗ったつもりでまかせて!

 

  6月9日の“キジムナー”ライブにゲスト出演した宮武希(のぞみ)さんの“リング・リンクス”のCD、〈kobune〉を入手。細部まで気持ちの行き届いたすばらしいアルバムで、自然を愛するような気持ちで楽しめます。小笠原古謡は入手可能だということは分かったが、まだ未入荷。
  買い物のついでに編工研によってみるが、みねぎしも大高君もそそぎさんも、坂部さんも仁科哲さんの元で働いていて、遊んでくれない。しかたなくひとりで遊ぶ。それにしても坂部さんって○○○の○○○になるなんて、すごい。というより、信じられない。どんなに偉くなってもぼくに1万円借りてることは忘れないでね。

 

2001年06月15日 (金)
心臓のあやまちと朗読宣伝

 

  みねぎしから電話で、500文字の心臓で、せっかく、かるがーもさんが提示し、正選王が選んだお題を、間違えてメルマガに流してしまったという。「もらいもの」ではなく「もらったもの」が正解。
  でも、転んでもただで起きないのがみねぎし。車が横転したときもフロントガラスを手で破ろうとして出血してしまうほど、ただでは起きないタチだった。500文字の心臓でも、お題の訂正メルマガを出すついでに超短編へのいざないを忘れない。
  たとえば6月24日(日)の朗読の宣伝。500文字の人達とも会ってみたいですものね。内容は超短編の朗読のほかに、ピアノや口琴の演奏、合唱、そして徳さんの三味線ソロ。場所は上野の東京文化会館の録音室。時間は午後3時から5時までの2時間です。聴きに来たい人は、高杉までご連絡ください。→メール

 

2001年06月14日 (木)
おごりの食物連鎖

 

  きょうの本棚チームは福山と長谷川さん。福山はモンテローソのオープニングでおなじみのアニメーター。ぼくの高校の同級生だから、もう20年来の友人ということになる。
  一方、20年前にはまだションベンくさい小娘だったはずの長谷川さんは、今ではミス五百羅漢の名をほしいままにする、キュートな川越娘に変身をとげた。
  夜は、お美柑、長谷川さんとタイ料理屋のホットスパイスへ。長谷川さんは美柑におごってもらう約束をしているという。一方、ぼくはアラヤシキのバナーのお礼として、お食事を美柑にご馳走しなければならない。と、いうわけで、食べたのは生春巻き、空芯菜の炒め物、春雨スープ、カレー(ご飯1杯はサービス)、シンハビール、そしてデザートのタピオカである。
  で、ぼくが美柑におごり、美柑が長谷川さんにおごり、長谷川さんは新宿のO2に来ればサービスするという。O2は、半ズボンをはいているだけで常連客にからまれた人もいる、スリリングな店だ。

 

2001年06月13日 (水)
500文字の心臓・3mmの虫・5目そば

 

  昨日のことだけど、峯岸主宰の500文字の心臓「未来のある日」篇で、みごとぼくの作品が正選に! あまりぼくらしくない作風だけど、たまにはいいでしょう。→[500文字の心臓
  机の上にものすごく小さな尺取り虫を発見。全長3mm、ほとんど糸くずなみの、か細い胴体で、それでもきゅっきゅと尺取り運動をするさまは感動的。1度頭を高く上げて方向を見定めてから、また歩き出すしぐさも、愛らしい。みんなに見せて回るが、市田さんは「わたしには見せないでー」と尺取り嫌いを露呈。
  またしても吉葉で市田さんに人生相談。哲さんお勧めの五目そばは蕎麦としては邪道の極みだが椎茸はうまい。うどんでごまだれの組み合わせが正解だろう。幻の市田ホームページとはどんなものなのか。

 

2001年06月12日 (火)
びわとやまもも

 

  圃場の奥に農道があって、道の両わきにびわの木が植わっている。実習が終わったあと、こっそり収穫に行くと、一足先に来ていた鳥が飛び立った。小さいけど甘そうに熟れたびわの実をひとつ、ふたつ。

♪びわは やさしい 木の実だから
だっこしあって うれている

  道を下ると、ヤマモモの木もある。ヤマモモの実はまだ緑色。去年はきれいな色のヤマモモ酒を漬けました。
  きょうの収穫物は男爵いも。そして穴だらけのキャベツ。犯人はヨトウガの幼虫。

 

2001年06月11日(月)
雨のコロンビア通り

 

  きょうは出勤前のホストみねぎしと、お食事姫岩澤さんを引き連れて、吉葉へ。座敷のテーブル(囲炉裏)がやけに低い位置にあるので、蕎麦を食べるときに前かがみになって、なんだか囲碁名人戦の風情がある。さて、ちょっと一杯引っかけて店を出ると雨。傘は折畳みが一本だけなので、3人はムカデ競走の足並みで帰り道を急ぐ。だが時すでに遅し。雨音のボリュームが上がりはじめたかと思うと、大粒の雨が落ちてきた。風も強い。あわてて農文協近くの軒先に退避する。
  アスファルトに激突する無数の雨の弾丸は、ミルククラウンをいちいち形成しながら破裂する。雨のアミューズメントに異常興奮した岩澤さんは、我慢できずに雨に飛び出す。ぼくが傘をもって追いかけるとみねぎしは「雨に歌えば」を歌いながら優雅にびしょぬれ。岩澤は全力疾走で水たまりをジャンプ。ぼくはハイドロプレーニング現象で青山一丁目まで滑っていった。
  町田に帰ると地面は濡れてもいない。東京って広い。

 

2001年06月10日 (日)
八丈島と縞々学

 

  昨日の小笠原古謡にいたく感激し、CDを買いに行く。でもRing Linksの『小笠原古謡集』も『KOBUNE』も在庫がなくて、注文して帰る。小笠原はインディーズなので、入手できるかは不明。なかったら、徳さん、聴かしてね。[Ring Links Web
  ついでにの小笠原の勉強をすべく図書館へ。でもあまり見つからずに『幕末の小笠原』を借りる。さらに、ちゃんと読んでなかった『縞々学』、なじみの八丈島関連で『八丈島史』を同時に借りる。久しぶりに八丈島へ行って、服部屋敷でパッションフルーツジュースを飲みたくなった。

 

2001年06月09日 (土)
沖縄と小笠原の島島学

 

  明け方、数年ぶりに足が攣ってしまう。しかも史上最大のツリになりそうな予感。つりそうな筋肉をまだ大丈夫な筋肉で必死に支えているうちに、つってない筋肉までもが勝手に収縮し始める。ゆっくりと足を伸ばし、筋肉の収縮を強引に押しとどめようとするも、足の全筋肉が痙攣し始め、破裂寸前のグルグル巻きのゴムの玉に、カミソリの一筋。
  きょうはお花のお稽古。金露梅というオトギリソウ科の枝を使う。先生の庭の花材なのでお花代はただ。いつもすみません。受上がりの枝どりが難しかった。
  夕方は市田、坂部、峯岸、たむらを引き連れて、赤坂の沖縄料理屋「紅い花」でキジムナーのライブ。手話ダンスつきライブという試みは斬新だが、徳さんのパートはもう少しフルートを減らして三線を増やしたほうが良いと思う。それにしても小笠原古謡は衝撃的。何語か分からない島の歌と空手の型のような南方系の踊り。日本とは何なんだ! 

 

2001年06月08日 (金)
人生のような煙

 

  放送作家、川崎隆章氏から、昨日のモンテローソに掲載された『煙のような人生』を、いたく気に入ったとのメールを頂戴する。大切なのは「了見」とのこと。ぼくはホメゴロシが怖いので、褒め言葉はあまり気にしないことにしているが、川崎さんにほめられると、やはりうれしい。お笑いのプロフェッショナル、川崎さんの「今」は[暴談直記]で確認できる。
  ところでタイトルの『煙のような人生』とは、ぼくにもっとも影響を与えたミュージシャン、レナード・コーエンの「the Smoky Life」からとったもの。それはだいたいこんな歌詞だった。

憶えているかい
風景が消えはじめたときのことを
ぼくは抱きしめた
君が空を歩けるようになるまで
下は見るな
地面は消えた
もう誰も待ってなんかいないんだ
煙のような人生はあちこちで
実践中

 

2001年06月07日 (木)
運び屋坂部さんと用心棒高橋君

 

  みねぎしが現れ、サングラスを取り返されてしまった。でも哲さんにつかまって、彼は月曜日バイトするハメに。きょうの本の照合はソソギさんと坂部さん。
  天の尺の主犯格である坂部さんは、ものすごい行動力と人間編集力の持ち主で、坂部さんのプランに相手が巻き込まれていくさまは、まるでハチミツの渦に落ちたハエを見てるよう。この人は理論武装がちゃんとできているから、誰とでも戦えるマルチな福祉プランナーなのです。朗読にも来てくれそうなので、お楽しみに。
  そんな坂部さんを運び屋に使う高橋君は、ぼくのパソコンに2000リーダーを埋め込んで、しゃべるようにした張本人。きょうのブツもたしかに受け取った。ありがとう。

 

2001年06月06日 (水)
忘れ物には福がある

 

  仕事場の机の上にサングラスを発見。峯岸君の忘れ物だ。こんなガラの悪いサングラスでも、諏訪の王子様ことスノウ君がかけると、けっこう知的。いろいろためして、一番似合う人にプレゼントしようと思っている。
  とれたて新ジャガをもってきた。きょうは「ここの」&「ぬくい」の主婦'Sがいないので、誰の手に渡ったのか判然としない。羽生さんはさっそく料理して食べたらしい。
  昨日かぶれた腕が熱っぽくて、何だかからだ全体がだるくなってきた。頭も痛いし。早く寝る。

 

2001年06月05日 (火)
ゆらゆら帝国に5600円でふらふら

 

  きょうは畑で草刈り中に腕が腫れ上がってしまった。とてもかゆい。毛虫かと思うが、山下先生は「花粉だろ」とひと言。きょうの収穫物はジャガイモ。ちょっと小さいけど新ジャガだ。
  町田でゆらゆら帝国のアナログを発見。なぜか「ゆらゆら帝国3-1」とある。店員に聞いたら「3-2があるんですよ」しかたなく両方ゲット。1枚2600円の2枚組で5600円! まさかゆらゆら帝国にこんな大枚をはたくことになるとは。でも内容はグレート。

 

2001年06月04日 (月)
すぎもと修論とそばの数値化

 

  すぎもと、みねぎしから2時ごろ電話。3時に赤坂見附の予定が、もう着いたという。迎えに行き、ひとくち餃子を食べつつ、すぎもとの修論を見せていただく。木目や壁紙、服の生地、それらが「落ち着く」と感じたり、「ケバイ」と感じたりするのは、なぜだろう、なぜかしら。そういった印象を数値化することはできるのかしら、どうかしら。すぎもとの分析手法を使えば、峯岸の服は「派手」ということになるのだが。
  編工研にてすぎもと、みねぎしにISISをいじってもらい、忌憚のない感想を聞かせてもらった。ありがとう。夜は市田、みねぎと三平で蕎麦。ここは量が少ないのだが、きょうは比較的、腹が膨れた。そばレベルはまあまあ(10段階で5くらい)。つまみのセンスはイマイチ。ちょっと使い勝手の悪い店ではある。市田さんはこの店の従業員が着用する、めくるめくベストに心惹かれ、武田鉄矢と長渕剛が好きになれないのは「わざとらしい」からだと瞬間理解。

 

2001年06月03日 (日)
競馬「安田記念」

 

  ぼくは馬券を買ったことがないのだが、きのう、サパークラブへ行く前にサパーを食べる必要があり、やや無国籍な飲み屋に行くと、お店の人が、なぜか僕ら全員に馬券をくれた。馬連13-18が500円と、枠連2-8が500円。馬連が来たら10万円になる計算だったが…。結果はさらに大穴で外れ。当たった人は10万馬券だったみたいよ。ちょっとくやしい。

 

2001年06月02日 (土)
ホストの真実

 

  花壇に朝顔を植える。去年、フウセンカズラに使ったネットと柱のセットをそのまま流用。6本全部、違う色が楽しめる予定。
  夜の十二時。川崎隆章、市田炎子、そしてみねぎしと六本木へくり出す。腹ごなしを済ませてから、本日のメインイベント、サパークラブへ。店に着くなりみねぎしがホストに変身。「こばやしあせーっ」(いらっしゃいませ)と出迎えてくれる。初回来店時のみ、飲み放題、カラオケ歌い放題、トイレ使い放題、で5千円。みねぎしはともかく、かっこいい龍馬くんまでついてくれて、川崎さんの美声をとことん聞かせてもらって、5千円は安い。1度は行ってみることをお勧めする(でも2度目の来店から金額が跳ね上がるので要注意)。

 

2001年06月01日 (金)
前世は中国人やバレリーナ

 

  仁科哲さんの昔の同僚、さっぱりしたソソギさんと本棚チェック。彼女は、三代前の前世は中国人で、一代前の前世はバレリーナだったという。晩飯には3人でまたしても吉葉へ。きょうはビールと手羽先、板わさ、かしわ蕎麦。いかん。なんだかただのお食事日記になっている。たぐりすぎだ。
  市田さんが陰陽師のまんがを持ってきてくれた。「歌合わせで死人がでるのよー」と、全部で9冊も。実は陰陽師って読んだことなかったのだ。
  シトラス系デザイナー美柑くんが、アラヤシキのタイトル画像を作ってくれた。3×3バナーを大きくしたもの。ありがとう。せっかくだから、いずれこのバナーに機能を持たせるね。